冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

3 / 58
第3話

『冬木の静かな狂気』

 

アインツベルン城の夜は静まり返っていた。

 

吹雪だけが、白い世界を埋め尽くしている。

 

召喚陣の残光が消えた後も、空気には未だ強烈な魔力の残滓が漂っていた。

 

久宇舞弥は、無意識に銃へ手を伸ばしていた。

 

目の前に立つ男。

 

黒衣の剣士。

 

その存在感は、サーヴァントというより――。

 

巨大な猛獣。

 

少しでも気を抜けば喉笛を食い破られるような、圧倒的威圧感。

 

しかし。

 

その男は極めて静かだった。

 

「……変わらんな、切嗣」

 

セイバー――キング・ブラッドレイは、薄く笑った。

 

「あの頃より目が死んでいる」

 

「余計なお世話だ」

 

切嗣は短く返す。

 

だが、その声には僅かな揺れがあった。

 

死んだはずの男。

 

自ら墓標代わりの弾丸を供えた相手。

 

それが今、目の前にいる。

 

しかも。

 

サーヴァントとして。

 

「ふむ」

 

ブラッドレイは部屋を見渡した。

 

豪奢な石造りの室内。

 

アインツベルンの紋章。

 

高純度の霊脈。

 

そして。

 

城そのものを覆う、濃密な結界。

 

「相変わらず金のかかる連中だ」

 

「嫌いか?」

 

「嫌いではない。落ち着かんだけだ」

 

彼はコートを翻し、窓際へ歩く。

 

外は吹雪。

 

暗い雪原。

 

その背中を見ながら、切嗣は静かに煙草へ火をつけた。

 

「……本当に、お前なんだな」

 

「なんだ、その確認は」

 

「夢でも見ている気分だ」

 

「安心しろ。私もだ」

 

ブラッドレイは肩を竦める。

 

その仕草が、生前と全く同じだった。

 

だからこそ。

 

切嗣は、逆に現実感を失いそうになる。

 

舞弥が静かに口を開いた。

 

「サーヴァント・セイバー。確認します。あなたは聖杯戦争について、どこまで理解していますか」

 

ブラッドレイは振り返る。

 

その視線だけで、空気が張り詰めた。

 

「大凡は理解している」

 

低い声。

 

軍人の声だった。

 

「七騎の英霊による殺し合い。最後の一騎が聖杯を得る」

 

「その通りです」

 

「……で?」

 

ブラッドレイは笑う。

 

「今回は誰を殺せばいい」

 

あまりにも自然に。

 

あまりにも平然と。

 

まるで明日の天気を尋ねるように。

 

舞弥は一瞬だけ言葉を失った。

 

だが切嗣は、静かに煙を吐く。

 

「まだだ」

 

「ほう?」

 

「まずは情報収集を行う」

 

「慎重だな」

 

「死にたくないだけだ」

 

「違いない」

 

ブラッドレイは喉で笑った。

 

その笑い方を見て、切嗣は不意に過去を思い出す。

 

 

中東。

 

瓦礫の街。

 

銃声。

 

炎。

 

若い頃の切嗣は、まだ今ほど冷え切っていなかった。

 

理想を信じていた。

 

正義を信じていた。

 

世界は救えると思っていた。

 

そして。

 

その幻想を、徹底的に壊した男がいた。

 

『切嗣』

 

戦場跡。

 

ブラッドレイは血塗れの軍服で煙草を吸っていた。

 

周囲には死体。

 

数十。

 

いや、数百。

 

吸血鬼も。

 

傭兵も。

 

民兵も。

 

全て斬殺されていた。

 

『お前は何故、人を救おうとする』

 

『……何だ急に』

 

『理解できんのでな』

 

彼は本当に不思議そうだった。

 

『人間は醜い。愚かだ。争い続ける』

 

『それでも人間だからだ』

 

『ふむ』

 

ブラッドレイは笑った。

 

『やはりお前は甘い』

 

『悪かったな』

 

『いや』

 

静かに。

 

少しだけ優しい声音で。

 

彼は言った。

 

『私は、そういう人間が嫌いではない』

 

 

「切嗣」

 

現実へ引き戻される。

 

気付けば、ブラッドレイが目の前に立っていた。

 

「……どうした」

 

「何を考えている」

 

「昔を少しな」

 

「やめておけ」

 

セイバーは淡々と言う。

 

「過去は、人を鈍らせる」

 

「お前が言うのか」

 

「私だから言う」

 

一瞬。

 

その眼に、ほんの僅かな陰が差した。

 

切嗣は気付く。

 

この男もまた。

 

過去を引き摺っている。

 

死徒二十七祖との戦い。

 

殉職。

 

無数の戦場。

 

無数の死。

 

英雄などではない。

 

ただ戦い続けた男。

 

その果てに、“剣”へ成り果てた存在。

 

「……聖杯に願いはあるのか」

 

切嗣が問う。

 

ブラッドレイは沈黙した。

 

窓の外を見る。

 

白い雪。

 

静かな夜。

 

「無い」

 

短い返答。

 

だが。

 

切嗣には分かった。

 

嘘だ。

 

「お前は嘘が下手だな」

 

「ほう?」

 

「昔からそうだ」

 

セイバーは少しだけ笑った。

 

「願い、か」

 

その声は、どこか遠かった。

 

「もし叶うなら――」

 

彼は右目の眼帯へ触れる。

 

黒い布。

 

その奥に眠る、怪物の眼。

 

「普通の人生を知ってみたかった」

 

切嗣は黙る。

 

セイバーは続ける。

 

「朝起きて、働いて、家へ帰る」

 

「……」

 

「家族がいて、老いて、死ぬ」

 

その言葉には。

 

戦場の王ではなく。

 

ただの男の寂しさが滲んでいた。

 

「私には、それが最後まで理解出来なかった」

 

吹雪が窓を叩く。

 

静寂。

 

長い沈黙。

 

やがて切嗣が煙草を揉み消す。

 

「イリヤには会うな」

 

「何故だ?」

 

「怖がる」

 

「……私が?」

 

「お前、自覚ないのか」

 

ブラッドレイは僅かに考え込む。

 

「無いな」

 

「ある意味幸せだな」

 

「お前ほどではない」

 

切嗣は小さく鼻で笑った。

 

それは、この数年で初めて見せた自然な笑みだった。

 

舞弥はその光景を静かに見つめる。

 

信じ難いことだった。

 

あの衛宮切嗣が。

 

“魔術師殺し”が。

 

こんな顔をするなど。

 

セイバーはソファへ腰を下ろす。

 

そして、ふと問うた。

 

「アイリスフィールはどうした」

 

「休んでいる」

 

「体調か」

 

「ああ」

 

切嗣の声が僅かに硬くなる。

 

ブラッドレイは察した。

 

深くは聞かない。

 

代わりに。

 

「……守りたいか」

 

とだけ問う。

 

切嗣は即答した。

 

「ああ」

 

迷いの無い声。

 

ブラッドレイは静かに目を細める。

 

「なるほど」

 

そして。

 

ゆっくり立ち上がる。

 

軍刀の鍔へ手を置き。

 

まるで誓うように。

 

「ならば安心しろ、切嗣」

 

その声は低く。

 

重く。

 

絶対的だった。

 

「貴様が守れないものは、私が斬る」

 

その瞬間。

 

空気が変わった。

 

殺気。

 

否。

 

戦場そのもの。

 

久宇舞弥ですら、本能的に息を呑む。

 

この男は危険だ。

 

余りにも。

 

余りにも強すぎる。

 

だが同時に。

 

頼もしすぎた。

 

「……相変わらずだな、お前は」

 

切嗣が呟く。

 

「変わらんさ」

 

セイバーは笑う。

 

「死人になってもな」

 

雪は降り続ける。

 

静かに。

 

冬木へ向けて。

 

第四次聖杯戦争は、まだ始まっていない。

 

だが。

 

運命は既に動き出していた。

 

かつて死徒二十七祖を葬った黒剣。

 

その刃が再び現界したことで。

 

冬木の戦場は。

 

本来とは全く異なる地獄へ変わろうとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。