――斬撃は、一瞬だった。
銀光が地下空間を走る。
あまりにも速い。
あまりにも正確。
龍之介の視界は、自分が斬られた事すら理解できなかった。
ただ。
最後に見えたのは、冷たい隻眼だった。
恐怖も。
嘲笑も。
怒りもない。
静かに、“終わり”を見届ける眼差し。
次の瞬間。
龍之介雨生の首は、鮮血と共に宙を舞った。
どさり、と重い音。
首のない胴体が床へ崩れ落ちる。
血が噴き出す。
地下水路の濁流へ混ざり、赤黒い筋となって流れていく。
沈黙。
誰も言葉を発しなかった。
キャスター陣営。
その狂気の幕は、今ここで完全に閉じた。
セイバー――キング・ブラッドレイは、静かに軍刀を振る。
刃についた血が散る。
そして何事もなかったかのように、ゆっくりと刀を鞘へ納めた。
金属音が、地下空間へ長く響く。
その姿には達成感も高揚もない。
ただ。
一つの任務を終えた軍人の静けさだけがあった。
「……これで終幕だ」
低い声。
静かだった。
だが、その一言だけで空気が変わる。
今まで“共闘”という名目で抑え込まれていたもの。
それが、再び浮上し始める。
聖杯戦争。
殺し合い。
同盟は終わった。
ここから先は、再び敵同士だ。
地下空間の奥。
衛宮切嗣が煙草を踏み消す。
その目は既に戦況を計算していた。
キャスターは排除された。
だが。
ここには複数のサーヴァントが集結している。
ライダー。
ランサー。
そして監督役側――言峰綺礼。
最悪なのは、この狭い地下空間で乱戦になる事だった。
サーヴァント同士の戦闘が始まれば、被害は計り知れない。
子供達の搬送も、まだ完全には終わっていない。
切嗣の指先が、コートの内側へ滑る。
銃。
礼装。
爆薬。
即応できる準備はある。
だが。
その必要があるかどうかを見極めていた。
静かに振り返る。
隻眼が暗闇を見据えた。
「どうするかね?」
その言葉は、地下空間全体へ向けられていた。
姿を見せない者達へ。
気配を潜めている全員へ。
「乱戦や、隙を狙うつもりの者も居ただろう?」
静かな声音。
だが。
その奥にあるのは、明確な挑発だった。
瞬間。
地下空間の空気が、張り詰める。
ライダー陣営。
ウェイバーが息を呑む。
「お、おいライダー……」
隣に立つ征服王イスカンダルは、腕を組んだまま豪快に笑った。
「はははは!」
「相変わらず、とんでもない男だな貴様は!」
笑っている。
だが、その目は笑っていない。
王として。
戦士として。
キング・ブラッドレイという存在を見極めている。
(強い)
単純な武勇ではない。
精神が。
在り方が。
完成されすぎている。
あれは、もはや戦場そのものだ。
一方。
ランサー――ディルムッドは静かに槍を構えていた。
騎士として。
先程のセイバーの振る舞いを見ていた。
キャスターへ最後の敬意を払い。
龍之介へ“人間として死ね”と告げた。
あまりにも矛盾している。
冷酷な殺人者。
だが同時に。
騎士以上に、死へ誠実だった。
ディルムッドは低く呟く。
「……貴公は、一体何者だ」
その問いに、セイバーは答えない。
代わりに。
ゆっくりと周囲を見回した。
その隻眼には、一切の油断がない。
地下空間の構造。
気配。
呼吸。
足音。
全てを読んでいる。
もし誰かが今この瞬間、奇襲を仕掛ければ。
恐らく一秒以内に斬り伏せられる。
そう確信できるほどの圧だった。
そして。
暗闇の中から、静かな拍手が響く。
ぱち、ぱち、と。
ゆっくり。
嘲笑でも賞賛でもない、奇妙な拍手。
言峰綺礼だった。
黒衣の神父が影から姿を現す。
「見事だった、セイバー」
綺礼の目は細く笑っている。
だがその奥には、底知れぬ興味が渦巻いていた。
「キャスター討伐、そしてマスター処刑」
「完璧な終幕だ」
静かに視線を向ける。
「監督役としては満足かね、神父」
「さて」
「どうだろうな」
綺礼は口元を歪めた。
「むしろ私は、ここから先の方が興味深い」
その言葉と共に。
空気が再び変わる。
同盟は終わった。
ここから先は、また殺し合いだ。
切嗣はゆっくりと壁から身体を離す。
視線は綺礼へ。
互いに言葉はない。
だが。
理解していた。
次の局面が始まる。
静かに言った。
「私はかまわないが?」
軍帽の影。
隻眼だけが鋭く光る。
「来るなら来い」
「隙を狙うなら好きにしろ」
「だが――」
その瞬間。
空気が凍り付いた。
圧力。
殺気。
まるで巨大な刃が空間そのものへ突きつけられたようだった。
ウェイバーが息を呑む。
ディルムッドの槍先が僅かに揺れる。
イスカンダルですら、笑みを深めた。
セイバーは静かに告げる。
「次は、容赦なく斬る」
その言葉には虚勢が一切ない。
事実だけがあった。
誰が相手でも。
何騎同時でも。
この男は本当に戦う。
そして。
本当に殺す。
地下空間に沈黙が落ちる。
誰も動かなかった。
いや。
動けなかった。
今ここで刃を交えれば。
確実に、誰かが死ぬ。
それも一人では済まない。
誰もが、それを理解していた。
だから。
冬木の夜は、再び静かに動き始める。
次なる殺し合いへ向けて。