冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第33話

――斬撃は、一瞬だった。

 

 銀光が地下空間を走る。

 

 あまりにも速い。

 

 あまりにも正確。

 

 龍之介の視界は、自分が斬られた事すら理解できなかった。

 

 ただ。

 

 最後に見えたのは、冷たい隻眼だった。

 

 恐怖も。

 

 嘲笑も。

 

 怒りもない。

 

 静かに、“終わり”を見届ける眼差し。

 

 次の瞬間。

 

 龍之介雨生の首は、鮮血と共に宙を舞った。

 

 どさり、と重い音。

 

 首のない胴体が床へ崩れ落ちる。

 

 血が噴き出す。

 

 地下水路の濁流へ混ざり、赤黒い筋となって流れていく。

 

 沈黙。

 

 誰も言葉を発しなかった。

 

 キャスター陣営。

 

 その狂気の幕は、今ここで完全に閉じた。

 

 セイバー――キング・ブラッドレイは、静かに軍刀を振る。

 

 刃についた血が散る。

 

 そして何事もなかったかのように、ゆっくりと刀を鞘へ納めた。

 

 金属音が、地下空間へ長く響く。

 

 その姿には達成感も高揚もない。

 

 ただ。

 

 一つの任務を終えた軍人の静けさだけがあった。

 

「……これで終幕だ」

 

 低い声。

 

 静かだった。

 

 だが、その一言だけで空気が変わる。

 

 今まで“共闘”という名目で抑え込まれていたもの。

 

 それが、再び浮上し始める。

 

 聖杯戦争。

 

 殺し合い。

 

 同盟は終わった。

 

 ここから先は、再び敵同士だ。

 

 地下空間の奥。

 

 衛宮切嗣が煙草を踏み消す。

 

 その目は既に戦況を計算していた。

 

 キャスターは排除された。

 

 だが。

 

 ここには複数のサーヴァントが集結している。

 

 ライダー。

 

 ランサー。

 

 そして監督役側――言峰綺礼。

 

 最悪なのは、この狭い地下空間で乱戦になる事だった。

 

 サーヴァント同士の戦闘が始まれば、被害は計り知れない。

 

 子供達の搬送も、まだ完全には終わっていない。

 

 切嗣の指先が、コートの内側へ滑る。

 

 銃。

 

 礼装。

 

 爆薬。

 

 即応できる準備はある。

 

 だが。

 

 その必要があるかどうかを見極めていた。

 

 静かに振り返る。

 

 隻眼が暗闇を見据えた。

 

「どうするかね?」

 

 その言葉は、地下空間全体へ向けられていた。

 

 姿を見せない者達へ。

 

 気配を潜めている全員へ。

 

「乱戦や、隙を狙うつもりの者も居ただろう?」

 

 静かな声音。

 

 だが。

 

 その奥にあるのは、明確な挑発だった。

 

 瞬間。

 

 地下空間の空気が、張り詰める。

 

 ライダー陣営。

 

 ウェイバーが息を呑む。

 

「お、おいライダー……」

 

 隣に立つ征服王イスカンダルは、腕を組んだまま豪快に笑った。

 

「はははは!」

「相変わらず、とんでもない男だな貴様は!」

 

 笑っている。

 

 だが、その目は笑っていない。

 

 王として。

 

 戦士として。

 

 キング・ブラッドレイという存在を見極めている。

 

(強い)

 

 単純な武勇ではない。

 

 精神が。

 

 在り方が。

 

 完成されすぎている。

 

 あれは、もはや戦場そのものだ。

 

 一方。

 

 ランサー――ディルムッドは静かに槍を構えていた。

 

 騎士として。

 

 先程のセイバーの振る舞いを見ていた。

 

 キャスターへ最後の敬意を払い。

 

 龍之介へ“人間として死ね”と告げた。

 

 あまりにも矛盾している。

 

 冷酷な殺人者。

 

 だが同時に。

 

 騎士以上に、死へ誠実だった。

 

 ディルムッドは低く呟く。

 

「……貴公は、一体何者だ」

 

 その問いに、セイバーは答えない。

 

 代わりに。

 

 ゆっくりと周囲を見回した。

 

 その隻眼には、一切の油断がない。

 

 地下空間の構造。

 

 気配。

 

 呼吸。

 

 足音。

 

 全てを読んでいる。

 

 もし誰かが今この瞬間、奇襲を仕掛ければ。

 

 恐らく一秒以内に斬り伏せられる。

 

 そう確信できるほどの圧だった。

 

 そして。

 

 暗闇の中から、静かな拍手が響く。

 

 ぱち、ぱち、と。

 

 ゆっくり。

 

 嘲笑でも賞賛でもない、奇妙な拍手。

 

 言峰綺礼だった。

 

 黒衣の神父が影から姿を現す。

 

「見事だった、セイバー」

 

 綺礼の目は細く笑っている。

 

 だがその奥には、底知れぬ興味が渦巻いていた。

 

「キャスター討伐、そしてマスター処刑」

「完璧な終幕だ」

 

 静かに視線を向ける。

 

「監督役としては満足かね、神父」

 

「さて」

「どうだろうな」

 

 綺礼は口元を歪めた。

 

「むしろ私は、ここから先の方が興味深い」

 

 その言葉と共に。

 

 空気が再び変わる。

 

 同盟は終わった。

 

 ここから先は、また殺し合いだ。

 

 切嗣はゆっくりと壁から身体を離す。

 

 視線は綺礼へ。

 

 互いに言葉はない。

 

 だが。

 

 理解していた。

 

 次の局面が始まる。

 

 静かに言った。

 

「私はかまわないが?」

 

 軍帽の影。

 

 隻眼だけが鋭く光る。

 

「来るなら来い」

 

「隙を狙うなら好きにしろ」

 

「だが――」

 

 その瞬間。

 

 空気が凍り付いた。

 

 圧力。

 

 殺気。

 

 まるで巨大な刃が空間そのものへ突きつけられたようだった。

 

 ウェイバーが息を呑む。

 

 ディルムッドの槍先が僅かに揺れる。

 

 イスカンダルですら、笑みを深めた。

 

 セイバーは静かに告げる。

 

「次は、容赦なく斬る」

 

 その言葉には虚勢が一切ない。

 

 事実だけがあった。

 

 誰が相手でも。

 

 何騎同時でも。

 

 この男は本当に戦う。

 

 そして。

 

 本当に殺す。

 

 地下空間に沈黙が落ちる。

 

 誰も動かなかった。

 

 いや。

 

 動けなかった。

 

 今ここで刃を交えれば。

 

 確実に、誰かが死ぬ。

 

 それも一人では済まない。

 

 誰もが、それを理解していた。

 

 だから。

 

 冬木の夜は、再び静かに動き始める。

 

 次なる殺し合いへ向けて。

 

 

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