冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第34話

地下空間に満ちていた殺気は、未だ消えてはいなかった。

 

 キャスター陣営は壊滅した。

 

 その事実に疑いはない。

 

 だが。

 

 聖杯戦争そのものが終わったわけではない。

 

 むしろ今この瞬間こそが、本当の意味での“再開”だった。

 

 共闘という名の猶予期間。

 

 異常事態への一時休戦。

 

 それが終わりを迎えた以上、ここにいる全員が再び敵へ戻る。

 

 ライダー陣営。

 

 ランサー陣営。

 

 監督役である言峰綺礼。

 

 そして衛宮切嗣とセイバー。

 

 誰もが互いを警戒していた。

 

 地下水路の冷気が流れる。

 

 血の臭いは消えない。

 

 龍之介の亡骸は、既にただの肉塊へ変わっていた。

 

 その死を惜しむ者は誰もいない。

 

 セイバー――キング・ブラッドレイは静かに周囲を見回した後、ゆっくりと言峰綺礼へ視線を向けた。

 

 軍帽の影。

 

 鋭い隻眼。

 

 その視線を受けながら、綺礼は微笑ともつかぬ表情を浮かべている。

 

 神父は理解していた。

 

 この男は今、戦える。

 

 しかも万全に近い状態で。

 

 キャスターとの戦闘直後にも関わらず、息一つ乱れていない。

 

 地下空間にいる全員を相手取っても、本気で戦闘を開始しかねない圧力があった。

 

 そして何より。

 

 セイバー自身が、それを理解した上で平然としている。

 

 だからこそ恐ろしい。

 

 沈黙を破ったのは、セイバーだった。

 

「神父」

 

 低い声。

 

 綺礼が静かに目を向ける。

 

 一歩だけ前へ出た。

 

「約束の令呪を、マスターへ」

 

 その言葉と共に。

 

 地下空間の空気が、再び静かに張り詰めた。

 

 聖堂教会が提示した報酬。

 

 キャスター討伐への協力者へ与えられる追加令呪。

 

 前代未聞の特例。

 

 それを受ける権利は、間違いなく今ここにいる陣営にある。

 

 だが。

 

 問題は、その“価値”だった。

 

 令呪は絶対命令権。

 

 サーヴァントを縛る最後の楔。

 

 それが増えるという事は、この戦争における主導権そのものが変わる。

 

 綺礼は数秒、沈黙した。

 

 まるで試すように見た。

 

「随分と率直だな」

 

「必要なものを要求しているだけだ」

 

 即答。

 

 一切の遠慮がない。

 

 綺礼の口元が僅かに歪む。

 

「他の陣営の前で、それを口にするか」

 

「構わん」

 

 セイバー声に迷いはなかった。

 

「欲するなら奪いに来い」

 

 その瞬間。

 

 ウェイバーの背筋に冷たいものが走る。

 

 イスカンダルは豪快に笑った。

 

「ははははは!」

「良いぞ! 実に良い!」

 

 征服王は愉快そうに肩を揺らす。

 

「そうでなくては戦争は面白くない!」

 

 一方で。

 

 ランサー陣営。

 

 ケイネスの表情は険しかった。

 

 追加令呪。

 

 それは無視できない。

 

 特に、ディルムッドという優秀なサーヴァントを持つ以上、戦力維持のためにも欲しい。

 

 だが。

 

 今ここで動けばどうなるか。

 

 理解できないほど愚かではない。

 

 ケイネスは苛立たしげに舌打ちした。

 

「……化け物め」

 

 ディルムッドは静かにセイバーを見ていた。

 

 騎士として。

 

 戦士として。

 

 先程の戦いを見届けた彼には分かる。

 

 この男は今、最も危険な状態にある。

 

 戦闘直後。

 

 血の熱を残しながら、精神だけは異様なまでに静まり返っている。

 

 戦場で最も恐ろしい兵士の状態だった。

 

 切嗣は無言だった。

 

 だが、その視線は綺礼から外れていない。

 

 言峰綺礼。

 

 監督役。

 

 そして恐らく、自分と同種の男。

 

 切嗣は理解していた。

 

 この神父は“今”を楽しんでいる。

 

 均衡。

 

 緊張。

 

 誰が最初に動くのか。

 

 誰が誰を殺すのか。

 

 それを見ている。

 

 綺礼は静かに息を吐いた。

 

「……無論、約束は守る」

 

 そう言って、黒衣の神父はゆっくりと前へ出る。

 

 地下空間へ、靴音が響く。

 

「監督役として、私は公平でなければならない」

 

 その言葉に。

 

 切嗣の目が僅かに細まった。

 

 嘘だ。

 

 あるいは半分だけ本当。

 

 公平など、この男の本質ではない。

 

 だが今は、それを演じている。

 

 綺礼は続けた。

 

「キャスター討伐への貢献を認めよう」

「追加令呪は、衛宮切嗣へ与えられる」

 

 その瞬間。

 

 地下空間に再び静かな緊張が走る。

 

ライダー陣営。

 

 ランサー陣営。

 

 双方が、切嗣を見た。

 

 令呪が増える。

 

 つまり。

 

 セイバーという怪物への拘束力がさらに強化されるという事だ。

 

 それは脅威だった。

 

 綺礼はゆっくりと切嗣の前へ立つ。

 

 黒鍵を構えるでもなく。

 

 敵意を見せるでもなく。

 

 ただ静かに。

 

「右手を」

 

 切嗣は数秒、沈黙した。

 

 罠か。

 

 挑発か。

 

 あるいは。

 

 ただの儀式か。

 

 だが。

 

 ここで拒絶する意味はない。

 

 ゆっくりと右手を差し出す。

 

 綺礼の指先が、令呪の痕へ触れた。

 

 瞬間。

 

 赤い光が浮かび上がる。

 

 熱。

 

 魔力。

 

 神経へ直接刻み込まれるような痛み。

 

 切嗣は眉一つ動かさない。

 

 そして。

 

 新たな紋様が、右手へ刻まれた。

 

 追加令呪。

 

 聖杯戦争における、新たな力。

 

 地下空間が静まり返る。

 

 綺礼はゆっくりと手を離した。

 

「これで契約は果たした」

 

 切嗣は自らの右手を見下ろす。

 

 増えた令呪。

 

 その意味を理解している。

 

 そして。

 

 セイバーは静かにそれを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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