冬木の夜は深かった。
キャスター陣営壊滅。
教会主導による異例の共同戦線。
地下水路での戦闘。
そして龍之介雨生の処刑。
余りにも濃密な一夜だった。
だが聖杯戦争は終わらない。
むしろ今夜を境に、戦争は次の段階へ進んでいく。
同盟という仮初めの均衡が崩れ。
各陣営は再び、“敵”として夜へ散っていった。
⸻
地下水路を出た瞬間、冬の空気が肺へ刺さった。
冷たい。
血臭に満ちた地下とは違う、生きた街の匂いだった。
遠くでパトカーのサイレンが鳴っている。
消防車の赤色灯が冬木の夜をぼんやり照らしていた。
キャスターが引き起こした騒動の後始末は、まだ終わっていない。
だが。
聖杯戦争の参加者達にとって重要なのは、その混乱の先だった。
⸻
■アインツベルン陣営
衛宮切嗣は無言で歩いていた。
黒いコートを翻し、人気のない夜道を進む。
隣にはセイバー――キング・ブラッドレイ。
まるで長年連れ添った軍人同士のように、互いに余計な言葉を交わさない。
だが。
沈黙は重くなかった。
地下での戦闘を経て、切嗣は改めて理解していた。
(危険だ)
セイバーは危険すぎる。
強さだけではない。
精神性が。
あの男は完全に“戦場”へ適応している。
躊躇なく殺せる。
必要なら民間人ごと切り捨てる判断もできるだろう。
だが同時に。
龍之介へ“人間として死ね”と告げた。
キャスターへ敬意を払った。
死へ、妙な誠実さを持っている。
それが切嗣には理解できない。
理解できないからこそ、警戒していた。
セイバーはコンビニの袋を片手に持ちながら言う。
「みかんは悪くないな」
「……そうか」
「イリヤも喜ぶだろう」
切嗣は煙草へ火をつける。
その横顔は疲れていた。
キャスターは討伐した。
だが問題は山積みだ。
綺礼。
遠坂。
ケイネス。
そしてライダー。
全員が、今夜セイバーの強さを見た。
確実に警戒レベルを上げてくる。
特に綺礼は危険だ。
あの神父は、セイバーへ異常な興味を抱き始めている。
それが嫌な予感を呼んでいた。
一方。
静かに夜空を見上げる。
「……次は、もっと酷い戦いになる」
ぽつりと呟く。
切嗣は答えない。
だが。
否定もしなかった。
⸻
■遠坂・言峰陣営
教会へ戻る道中。
言峰綺礼は静かに歩いていた。
黒衣が夜風に揺れる。
遠坂時臣は、その隣で沈黙していた。
やがて時臣が低く言う。
「……どう見る、綺礼」
綺礼はすぐには答えなかった。
数秒後。
「セイバーは危険です」
即答だった。
「恐らく、現時点で最強のサーヴァントでしょう」
時臣の目が細まる。
当然、彼も理解している。
地下での戦闘。
あれは異常だった。
狭所。
多数戦。
不利な地形。
にも関わらず、キング・ブラッドレイは一方的に殲滅した。
しかも。
戦闘後も精神が全く乱れていない。
怪物だ。
「だが」
綺礼が静かに続ける。
「あの男は単なる兵器ではない」
時臣は視線を向ける。
「ほう?」
「人間性へ執着している」
綺礼は思い出していた。
龍之介へ向けた言葉。
“死ぬ最期まで抗え”。
“それが人間だ”。
普通の英霊なら、あそこまで他者の死へ踏み込まない。
ましてキング・ブラッドレイほどの怪物なら尚更だ。
だが。
あの男は違う。
殺しながら、人間を見ている。
綺礼は小さく笑った。
「興味深い」
その声音に、時臣は僅かに眉を寄せた。
弟子である綺礼の変化を感じていた。
最近の彼は、“楽しんでいる”。
それが時臣には少しだけ不穏だった。
⸻
■ライダー陣営
「ははははははは!!」
帰路。
イスカンダルの笑い声が夜道へ響く。
ウェイバーはうんざりした顔だった。
「うるさいよライダー……」
「いやぁ! 面白いではないか!」
征服王は豪快に笑う。
「みかんだぞ!?」
「戦場の締めがみかんとは!」
ウェイバーは頭を抱える。
「そこじゃないでしょ普通……」
だが。
彼も内心では理解していた。
キング・ブラッドレイ。
あのサーヴァントは異常だ。
強い。
とにかく強い。
しかも怖い。
戦闘中の圧力は、イスカンダルと並ぶレベルだった。
なのに。
戦闘後は平然と日常へ戻る。
その切り替えが恐ろしい。
イスカンダルは夜空を見上げながら言う。
「だが、良い王だ」
「え?」
「あれは民を守るために戦う男だ」
ウェイバーが目を瞬く。
イスカンダルは笑みを消して続けた。
「だからこそ危険なのだ」
王とは。
時に民のため、大量の死を選ぶ。
キング・ブラッドレイには、それができる。
躊躇なく。
合理的に。
そこに情を混ぜず。
だが同時に。
“人間”を見失っていない。
それが恐ろしい。
イスカンダルは静かに笑った。
「いずれ語り合いたいものだな」
「王として」
⸻
■ランサー陣営
ハイアットホテル。
ケイネスは帰還するなり苛立たしげに椅子へ腰を下ろした。
「気に入らん」
ディルムッドは黙っていた。
「何だあのサーヴァントは」
ケイネスの声には焦りが混じっていた。
強い。
あまりにも。
ディルムッドほどの騎士ですら、真正面から勝てる保証がない。
しかも。
精神面が完成されすぎている。
隙が見えない。
「……ディルムッド」
「は」
「貴様、勝てるか」
沈黙。
長い沈黙の後。
ディルムッドは静かに答えた。
「分かりません」
その返答に、ケイネスの顔が険しくなる。
だが。
ディルムッドは真剣だった。
「あの男は、既に“死”へ慣れ切っています」
「戦場の理を知り尽くしている」
「恐らく……私以上に」
騎士として理解していた。
キング・ブラッドレイは、あまりにも完成されすぎている。
それは最早、英雄というより。
“兵器”だった。
⸻
そして。
冬木の夜は静かに更けていく。
キャスターは消えた。
だが。
今夜、全陣営が理解してしまった。
真に危険な存在は、まだ残っている。
黒い軍服。
隻眼。
冷徹な剣。
そして。
戦場から帰った後、平然とみかんを買って帰る怪物。
キング・ブラッドレイ。
その存在が。
確実に、聖杯戦争そのものを変え始めていた。