冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第38話

暖炉の火が、静かに揺れていた。

 

 ぱち、と薪が爆ぜる音だけが、広いリビングへゆっくり響く。

 

 外はまだ薄暗い。

 

 夜明け前の森は静まり返り、雪こそ降っていないものの、窓の向こうには冬特有の冷えた空気が漂っていた。

 

 テーブルの上には、剥かれたみかんの皮。

 

 甘い香りが、ほんの僅かに部屋へ残っている。

 

 数時間前。

 

 地下水路では血が流れていた。

 

 怪物が蠢き。

 

 人が死に。

 

 サーヴァント達が殺気をぶつけ合っていた。

 

 だが今は、静かだった。

 

 あまりにも静かで。

 

 だからこそ。

 

 次に来る嵐を、より鮮明に感じさせる。

 

 切嗣はソファへ深く腰掛けたまま、火を見つめていた。

 

 煙草は吸っていない。

 

 珍しく。

 

 考え事をしている時の顔だった。

 

 セイバー――キング・ブラッドレイは暖炉の前へ立ち、腕を組んでいる。

 

 軍服姿のまま。

 

 まるで、戦場からまだ完全には戻ってきていないようだった。

 

 やがて。

 

 セイバーが低く口を開く。

 

「さて」

 

 静かな声。

 

「どうするかね? 切嗣」

 

 切嗣は目だけを向ける。

 

 サーベルは続けた。

 

「まだ待機するのか?」

 

 部屋の空気が、少しだけ変わった。

 

 アイリスフィールも、静かに二人を見る。

 

 それは単なる確認ではない。

 

 “次の局面”についての問いだった。

 

 キャスターは消えた。

 

 共同戦線は終わった。

 

 ここから先は、本格的な聖杯戦争だ。

 

 切嗣はしばらく答えなかった。

 

 暖炉の火だけが揺れている。

 

 やがて、低く息を吐いた。

 

「……まだ動かない」

 

 隻眼が細まる。

 

「理由は?」

 

「今夜、全陣営がお前を見た」

 

 即答だった。

 

 切嗣の声は冷静だ。

 

 既に思考は次の戦いへ移っている。

 

「ライダー」

「ランサー」

「遠坂」

「綺礼」

 

「全員がお前を危険視している」

 

 黙って聞いている。

 

「特に綺礼だ」

 

 切嗣の目が僅かに鋭くなる。

 

「あの神父は動く」

 

「確実にな」

 

 アイリスフィールが静かに視線を落とす。

 

 言峰綺礼。

 

 監督役。

 

 だが。

 

 衛宮切嗣は最初から理解していた。

 

 あの男は“ただの神父”ではない。

 

 同類だ。

 

 人を殺す事へ適応した人間。

 

 だからこそ危険だった。

 

 低く問う。

 

「恐れているのか?」

 

「警戒している」

 

 切嗣は即答した。

 

「恐怖とは違う」

 

 セイバーの口元が、僅かに歪む。

 

「同じだろう」

 

「違う」

 

 切嗣は火を見つめたまま答える。

 

「恐怖は判断を鈍らせる」

 

「警戒は、生存率を上げる」

 

 数秒の沈黙。

 

 小さく鼻を鳴らした。

 

「合理的だな」

 

「お前ほどじゃない」

 

 アイリスフィールは、そのやり取りを静かに聞いていた。

 

 似ている。

 

 この二人は。

 

 考え方は違う。

 

 価値観も違う。

 

 だが。

 

 どちらも“戦場”を知り過ぎている。

 

 だから会話が短い。

 

 必要以上に説明しない。

 

 互いに、“何を考えているか”を察してしまう。

 

 セイバーは暖炉の火へ視線を戻す。

 

「ライダーはどう見る」

 

「正面から来る」

 

「うむ」

 

 納得したように頷く。

 

「ランサーは?」

 

「騎士道に拘る」

 

「……あれは面倒だな」

 

「お前が言うのか」

 

 珍しく。

 

 切嗣の口調に微かな皮肉が混ざった。

 

 平然としている。

 

「騎士は嫌いではない」

 

「だが、死に方へ拘る兵士は長生きせん」

 

 切嗣は目を細める。

 

 その言葉には、実感があった。

 

 キング・ブラッドレイは。

 

 理想ではなく、“生存”で戦場を渡ってきた男だ。

 

 だから強い。

 

 だから恐ろしい。

 

 そして。

 

 だからこそ。

 

 時折見せる“人間らしさ”が異様に映る。

 

 切嗣の表情が僅かに硬くなる。

 

「分かってる」

 

 セイバーは無言。

 

 数秒沈黙した後、小さく息を吐いた。

 

「気味の悪い男だ」

 

 その声音には、珍しく本音が混じっていた。

 

「目が死んでいる」

「だが、内側だけ妙に熱い」

 

 切嗣の瞳が細まる。

 

 同感だった。

 

 綺礼は空虚だ。

 

 だが、その空虚の底で何かが燃えている。

 

 あの男は危険だ。

 

 ふと切嗣を見る。

 

「……ならば尚更、先に斬るべきではないのか?」

 

 暖炉の火が揺れた。

 

 切嗣は即答しない。

 

 長い沈黙。

 

 やがて。

 

「まだ早い」

 

 低い声。

 

「綺礼は尻尾を出していない」

 

「今動けば、遠坂まで敵に回る」

 

「ライダーとランサーも巻き込まれる可能性が高い」

 

 セイバーは静かに聞いている。

 

「勝てないとは言わん」

 

 切嗣は続けた。

 

「だが、消耗が大きすぎる」

 

「今はまだ、“待つ”方が得だ」

 

 数秒、切嗣を見つめていた。

 

 やがて。

 

 小さく笑う。

 

「なるほど」

 

 その笑みは薄い。

 

 だが。

 

 どこか愉快そうだった。

 

「お前は本当に、“狩人”だな」

 

 切嗣は答えない。

 

 否定もしない。

 

 セイバーは暖炉の火へ視線を戻し、静かに言った。

 

「ならば待とう」

 

「獣が動くまで」

 

 その声には焦りがない。

 

 戦場を知る者の静けさだけがあった。

 

 そして。

 

 冬木の夜は、ゆっくりと朝へ近づいていく。

 

 束の間の日常。

 

 だがその裏では。

 

 次の殺意が、確実に牙を研いでいた。

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