冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第39話

冬木の空気が、変わり始めていた。

 

 それは爆発的な変化ではない。

 

 誰かが突然死んだわけでも。

 

 大規模な戦闘が起きたわけでもない。

 

 だが。

 

 確実に。

 

 ゆっくりと。

 

 聖杯戦争そのものの“流れ”が変質し始めていた。

 

 

 最初に異変へ気づいたのは、言峰綺礼だった。

 

 教会地下。

 

 薄暗い礼拝堂。

 

 蝋燭の火だけが揺れる空間で、綺礼は静かに報告書を読んでいた。

 

 アサシン達から集まる情報。

 

 各陣営の移動。

 

 監視記録。

 

 魔力反応。

 

 通常なら、戦争はここから停滞する。

 

 互いを警戒し。

 

 様子を窺い。

 

 誰かが焦れて動くのを待つ。

 

 だが。

 

 違った。

 

「……動きが早い」

 

 綺礼が小さく呟く。

 

 ライダー陣営。

 

 ランサー陣営。

 

 双方が明らかに準備を急いでいる。

 

 特に問題なのは、“連携”だった。

 

 本来なら有り得ない。

 

 敵同士であるはずの陣営が、互いを強く意識し始めている。

 

 原因は明白だった。

 

 セイバー。

 

 キング・ブラッドレイ。

 

 あの男の存在が、全陣営の危機感を異常な水準へ引き上げている。

 

 綺礼はゆっくり目を閉じる。

 

(均衡が崩れ始めている)

 

 誰もが理解してしまった。

 

 一対一では危険だと。

 

 真正面からぶつかれば死ぬと。

 

 だからこそ。

 

 “複数で対処する”という発想が、各陣営へ自然に芽生え始めている。

 

 それは聖杯戦争において、極めて異常な事態だった。

 

 

 一方。

 

 衛宮切嗣もまた、変化を察知していた。

 

 アインツベルン城地下。

 

 作戦室。

 

 机の上には、新たな監視記録が並んでいる。

 

 ホテル周辺の使い魔増加。

 

 港湾地区の異常な魔力反応。

 

 教会周辺での隠密監視。

 

 切嗣は煙草を咥えたまま、静かに地図を見つめる。

 

「……来るな」

 

 低い呟き。

 

 久宇舞弥が視線を向ける。

 

「どこが動きますか」

 

「全員だ」

 

 即答だった。

 

「ただし、同時じゃない」

 

 切嗣は冷静に分析していた。

 

 ケイネスは焦っている。

 

 ライダーは動く理由を探している。

 

 遠坂はまだ静観。

 

 だが。

 

 綺礼だけは別だ。

 

 あの男は、“待つ側”ではない。

 

 切嗣には分かる。

 

 言峰綺礼は今、“楽しみ始めている”。

 

 それが最悪だった。

 

 

 その頃。

 

 セイバー――キング・ブラッドレイは、城の外へ出ていた。

 

 単独行動。

 

 切嗣は止めなかった。

 

 止めても無駄だからだ。

 

 冬木市の街並み。

 

 昼。

 

 人々は何も知らずに歩いている。

 

 学生。

 

 会社員。

 

 買い物袋を抱えた主婦。

 

 普通の日常。

 

 その中を、軍服姿の男が静かに歩く。

 

 異様な光景だ。

 

 だが。

 

 この男は気にしていない。

 

 その隻眼は、街そのものを観察していた。

 

(空気が変わった)

 

 兵士の勘だった。

 

 人の流れ。

 

 視線。

 

 気配。

 

 戦場へ変わる前兆。

 

 それを感じ取っている。

 

 そして。

 

 知っていた。

 

 自分自身が、その原因の一つである事も。

 

 地下水路で見せすぎた。

 

 力を。

 

 殺意を。

 

 だから敵は変わる。

 

 単独で来ない。

 

 罠を張る。

 

 消耗を狙う。

 

 “戦争”として正しい方向へ進み始める。

 

 小さく笑う。

 

「それでいい」

 

 むしろ歓迎していた。

 

 生温い探り合いより遥かにマシだ。

 

 そして。

 

 真正面から殺意を向けてくる敵の方が、理解しやすい。

 

 

 ライダー陣営でも変化が起きていた。

 

 ウェイバーは驚いていた。

 

「……え?」

 

 机に広げられた地図。

 

 その上へ、イスカンダルが次々と印をつけていく。

 

「待ってライダー」

「何これ」

 

「包囲網だ」

 

 あまりにも自然に答える。

 

 ウェイバーが目を見開く。

 

「誰の!?」

 

「セイバー」

 

 沈黙。

 

 ウェイバーは絶句した。

 

「い、いや待って」

「共闘なんて無理だろ!?」

 

「無論、正式にはやらん」

 

 イスカンダルは笑う。

 

「だが、皆考える事は同じだ」

 

 真正面から戦いたくない。

 

 それが今の全陣営共通認識だった。

 

 つまり。

 

 誰かがサーベルへ仕掛ければ。

 

 別陣営も、“漁夫の利”を狙って動く可能性が高い。

 

 結果として。

 

 半ば自然発生的な連携が起きる。

 

 イスカンダルは豪快に笑った。

 

「ははは!」

「面白くなってきたではないか!」

 

 だが。

 

 その目は鋭い。

 

 征服王は理解している。

 

 これは既に、“普通の聖杯戦争”ではない。

 

 

 そして。

 

 最も危機感を強めていたのは、ランサー陣営だった。

 

 ケイネスは苛立っていた。

 

「何故こうなる!」

 

 机を叩く。

 

 ソラウが顔をしかめる。

 

「うるさいわね」

 

「うるさくもなる!」

 

 ケイネスの焦燥は限界に近づいていた。

 

 セイバーが強すぎる。

 

 しかも。

 

 他陣営まで動き始めている。

 

 このままでは埋もれる。

 

 聖杯へ届く前に消耗させられる。

 

 ディルムッドは静かに窓の外を見ていた。

 

「……嵐になります」

 

 ぽつりと呟く。

 

 ケイネスが睨む。

 

「何だと?」

 

「もう、誰も静観できない」

 

 ディルムッドは理解していた。

 

 キング・ブラッドレイの存在が、戦争を加速させている。

 

 強すぎる存在は、均衡を壊す。

 

 だから皆、動かざるを得ない。

 

 

 そして。

 

 言峰綺礼は、静かに笑っていた。

 

 教会の窓から冬木市を見下ろす。

 

 夜。

 

 街の灯りが広がっている。

 

 平和な街。

 

 だがその裏側では、殺意が連鎖し始めていた。

 

 綺礼は小さく呟く。

 

「……なるほど」

 

「貴様が、戦争を動かすか」

 

 キング・ブラッドレイ。

 

 怪物。

 

 兵士。

 

 王。

 

 そして。

 

 人間。

 

 その存在そのものが。

 

 冬木の聖杯戦争を、静かに狂わせ始めていた。

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