冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第4話

『アインツベルンの朝』

 

翌朝。

 

アインツベルン城は静かだった。

 

外では雪が降り続けている。

 

分厚い雲に覆われた空。

白銀の森。

凍りつく風。

 

だが城内だけは、不自然なほど暖かい。

 

廊下を歩くブラッドレイは、無言で周囲を見回していた。

 

高級絨毯。

巨大なシャンデリア。

磨き抜かれた大理石。

 

「……落ち着かんな」

 

ぽつりと呟く。

 

その姿は完全に場違いだった。

 

黒い軍服。

鋭い眼光。

軍刀二振り。

 

豪奢な城にいるというより、“戦場から帰ってきた軍人”が迷い込んだような雰囲気がある。

 

そんな彼へ。

 

後方から小さな声が飛んだ。

 

「……おじさん?」

 

ブラッドレイが振り返る。

 

そこには、小さな少女が立っていた。

 

 

銀髪。

赤い瞳。

白いワンピース。

 

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 

彼女は眠そうな目を擦りながら、じっとセイバーを見上げている。

 

「……ふむ」

 

ブラッドレイは僅かに目を細めた。

 

「貴様がイリヤか」

 

「知ってるの?」

 

「切嗣から聞いている」

 

イリヤは首を傾げる。

 

そして。

 

「こわいひと?」

 

と、無邪気に聞いた。

 

普通なら返答に困る質問だった。

 

しかしブラッドレイは真顔で考え込む。

 

「……恐らくは」

 

「えぇ……」

 

イリヤが困った顔をする。

 

その反応に、ブラッドレイは少しだけ笑った。

 

「安心しろ。少なくとも、子供を斬ったことはない」

 

「“少なくとも”ってなに?」

 

「大人はある」

 

「わぁ……」

 

完全に引いていた。

 

だが。

 

イリヤは逃げない。

 

むしろ興味津々だった。

 

「ほんとうにサーヴァントなの?」

 

「そうらしい」

 

「パパのおともだちだったんでしょ?」

 

「腐れ縁だ」

 

「ふーん」

 

イリヤはブラッドレイの周囲をぐるぐる回る。

 

観察。

 

まるで珍しい動物を見るような目だった。

 

「おじさん、ほんとに強いの?」

 

「それなりには」

 

「どれくらい?」

 

ブラッドレイは少し考えた。

 

「熊より強い」

 

「すごい!」

 

「昔、戦車も斬った」

 

「もっとすごい!」

 

「城も壊したことがある」

 

「パパよりひどい!」

 

後ろから聞こえた咳払い。

 

切嗣だった。

 

「朝から何を教えてる」

 

「事実しか言っていない」

 

「教育に悪い」

 

「お前よりは健全だ」

 

「否定できないのが腹立つな……」

 

切嗣は深く溜息を吐いた。

 

イリヤは楽しそうに笑っている。

 

その光景を見て。

 

ブラッドレイは、ほんの少しだけ目を細めた。

 

「……どうした?」

 

切嗣が問う。

 

「いや」

 

セイバーは静かに答える。

 

「こういう光景は、慣れていなくてな」

 

イリヤが不思議そうに見上げる。

 

「おじさん、家族いなかったの?」

 

「居なかった」

 

「さみしくない?」

 

即答だった。

 

「分からん」

 

その答えに、切嗣が視線を向ける。

 

ブラッドレイは本当に分かっていない顔をしていた。

 

「私は戦場に居る時間の方が長かった」

 

淡々と語る。

 

「朝起きれば銃声がして、人が死ぬ」

 

「……」

 

「それが普通だった」

 

イリヤは黙る。

 

幼いながらに。

 

その言葉が重いことは分かった。

 

だから彼女は、小さく言った。

 

「じゃあ、いまは?」

 

ブラッドレイが視線を落とす。

 

少女と目が合う。

 

赤い瞳。

 

まっすぐな眼。

 

彼は、ほんの数秒だけ沈黙し。

 

「……悪くない」

 

と呟いた。

 

その声は、驚くほど穏やかだった。

 

 

食堂。

 

長いテーブルには朝食が並んでいた。

 

パン。

スープ。

卵料理。

ベーコン。

 

極めて普通の朝食。

 

だが。

 

その光景は異様だった。

 

なにせ。

 

埋葬機関番外次席が、無表情でトーストを食べている。

 

シュール極まりない。

 

「……」

 

ブラッドレイは黙々と食べていた。

 

切嗣が煙草を吸いながら聞く。

 

「どうだ」

 

「美味い」

 

「そうか」

 

「特にこれが良い」

 

セイバーはジャムを持ち上げる。

 

イチゴジャムだった。

 

「……お前、甘党だったのか」

 

「悪いか?」

 

「いや、意外すぎる」

 

「戦場では糖分が貴重でな」

 

妙な説得力があった。

 

イリヤが笑う。

 

「おじさんかわいい!」

 

「やめろ」

 

真顔だった。

 

だが耳だけ僅かに赤い。

 

切嗣は思わず吹き出しかける。

 

「お前でもそういう顔するんだな」

 

「殺すぞ」

 

「娘の前だぞ」

 

「……」

 

ブラッドレイは黙ってジャムを塗り始めた。

 

イリヤはケラケラ笑っている。

 

その様子を、アイリスフィールが静かに見つめていた。

 

彼女は柔らかく微笑む。

 

「素敵ですね」

 

「何がだ」

 

ブラッドレイが問う。

 

「切嗣が、こんな風に笑うなんて久しぶりです」

 

切嗣が露骨に嫌そうな顔をした。

 

「やめろ、調子が狂う」

 

「ですが本当でしょう?」

 

「……」

 

否定できない。

 

ブラッドレイは静かにコーヒーを飲む。

 

そして。

 

「切嗣は昔から笑わん男だった」

 

「お前にだけは言われたくない」

 

「違いない」

 

二人同時に笑う。

 

アイリスフィールは少し驚いた。

 

息が合っている。

 

長い戦場を共に生きた者特有の距離感。

 

言葉が少なくても通じる。

 

それは、彼女の知らない衛宮切嗣だった。

 

「……切嗣」

 

アイリスフィールが小さく呟く。

 

「なんだ」

 

「この人、本当にあなたのお友達だったのね」

 

数秒の沈黙。

 

切嗣は煙草を咥え直し。

 

「……まあな」

 

とだけ答えた。

 

それだけで十分だった。

 

 

昼。

 

ブラッドレイは城の中庭にいた。

 

雪景色。

 

静寂。

 

彼は軍刀の手入れをしている。

 

その動作は恐ろしく丁寧だった。

 

一本一本。

 

刃を確認し。

 

油を塗り。

 

布で磨く。

 

まるで宝石でも扱うような手つき。

 

「綺麗ですね」

 

声。

 

アイリスフィールだった。

 

白い吐息を漏らしながら近付いてくる。

 

「……見ていて面白いものではない」

 

「そんなことありません」

 

彼女は隣へ座った。

 

ブラッドレイは少しだけ眉を動かす。

 

「貴様は物好きだな」

 

「よく言われます」

 

アイリスフィールは笑う。

 

雪が舞う。

 

静かな時間。

 

やがて彼女は、ぽつりと聞いた。

 

「怖くないんですか?」

 

「何がだ」

 

「また戦うことが」

 

ブラッドレイの手が止まる。

 

しばらく沈黙。

 

やがて。

 

「怖いさ」

 

と、意外な言葉が返った。

 

アイリスフィールは目を見開く。

 

ブラッドレイは刀身を見る。

 

そこに映る自分を。

 

「私は、自分が人間でなくなるのが怖い」

 

低い声だった。

 

「戦い続ければ、人は壊れる」

 

「……」

 

「私もそうだった」

 

彼は笑う。

 

自嘲気味に。

 

「気付けば、人を斬る感触でしか生を実感できなくなっていた」

 

アイリスフィールは何も言えなかった。

 

ブラッドレイほどの男ですら。

 

壊れている。

 

いや。

 

壊れたまま、立ち続けている。

 

「だが」

 

彼は空を見る。

 

白い雪。

 

静かな空。

 

「こういう時間は嫌いではない」

 

「……はい」

 

「平和というのは、存外悪くないものだな」

 

その言葉に。

 

アイリスフィールは静かに微笑んだ。

 

彼女は思う。

 

この男はきっと。

 

本当は、とても不器用なのだと。

 

戦うことしか知らない。

 

剣でしか生きられない。

 

それでも。

 

人間であろうとしている。

 

だからこそ。

 

こんなにも寂しそうなのだと。

 

雪は降り続ける。

 

聖杯戦争は、まだ始まらない。

 

だが。

 

冬木の運命は、確実に変わり始めていた。

 

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