冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

40 / 57
第40話

アインツベルン城――深夜。

 

雪は止み、冬木の夜には異様な静寂が満ちていた。

 

暖炉の火だけが赤く揺れ、広間には煙草の匂いが薄く漂っている。

 

衛宮切嗣は無言で机に広げた地図を見ていた。

冬木市全域。

港湾部、深山町、新都、教会周辺。

 

そこには赤い印がいくつも増えていた。

 

監視地点。

結界反応。

使い魔の痕跡。

そして――サーヴァントの接近予測。

 

「……」

 

その沈黙を破るように、重い扉が開いた。

 

雪を軽く払いながら、セイバーが戻ってくる。

 

黒い外套を羽織り、片手には紙袋。

 

まるで夜の散歩帰りのような気軽さだった。

 

「戻ったぞ、切嗣」

 

「ああ」

 

「みかんを買ってきた」

 

そう言って、机に紙袋を置く。

 

ころり、と橙色の果実が転がった。

 

この男は本当に戦場帰りなのか――。

 

切嗣は煙草を咥えたまま、目だけを向けた。

 

「……それで?」

 

セイバーはコートを脱ぎ、暖炉の前に立つ。

 

「徐々に囲まれて来ているぞ」

 

淡々とした声だった。

 

しかし、その言葉の意味は重い。

 

「具体的には?」

 

「まず監視だ」

 

セイバーは指を折る。

 

「遠坂の使い魔。

教会側の監視。

それと――ランサー組の索敵結界」

 

「ライダーは?」

 

「直接は見ていない。

だが、あの征服王は隠れる性格ではない。

おそらく、“いつでも戦える位置”にいる」

 

切嗣は静かに地図を見た。

 

想定通り。

 

キャスター討伐によって、

一時的な協力体制は終わった。

 

今や全陣営が再び互いを敵として見ている。

 

そして――。

 

最大の脅威として浮上したのは、

間違いなくセイバーだった。

 

キャスターの怪物群を正面突破し、

ジル・ド・レェを斬殺。

雨生龍之介を処刑同然に斬首。

 

しかも、消耗が少ない。

 

あまりにも強すぎた。

 

「……当然だな」

 

切嗣は呟く。

 

「奴らから見れば、お前は危険すぎる」

 

セイバーは小さく笑った。

 

「そうか?」

 

「自覚が無いのか」

 

「私は普通に戦っただけだ」

 

その言葉に嘘はない。

 

だからこそ恐ろしい。

 

普通に戦って、

英霊を圧倒し、

怪物を虐殺し、

なお平然としている。

 

その在り方は、

他陣営から見れば“化物”そのものだった。

 

だが――。

 

切嗣は知っている。

 

この男は単なる怪物ではない。

 

龍之介を斬る直前。

 

あの狂人に対して、

最後まで“人間として死ね”と語りかけていた。

 

尊厳を捨てるな、と。

 

誇りを持て、と。

 

殺す直前まで。

 

それが余計に異様だった。

 

人間性を持ったまま、

躊躇なく殺せる。

 

言峰綺礼が興味を抱くのも理解できる。

 

「……で、どうする切嗣?」

 

セイバーは暖炉の火を見ながら聞いた。

 

「囲まれているのだろう?

なら、先に潰すか?」

 

その声音は穏やかだった。

 

まるで、

明日の天気でも聞くように。

 

切嗣は即答しない。

 

代わりに煙を吐く。

 

「焦って動けば包囲網に乗る」

 

「ほう」

 

「今、相手は“共闘の可能性”を探っている段階だ」

 

遠坂。

ケイネス。

教会。

 

互いを信用していない。

 

だが、

“セイバーを放置する危険性”だけは共有し始めている。

 

だからこそ、

今はまだ様子見だ。

 

「こちらから動けば、

奴らは安心して連携できる」

 

「なるほど」

 

セイバーは納得したように頷いた。

 

「つまり、怯えさせ続けるわけか」

 

「……そういうことだ」

 

恐怖は連携を鈍らせる。

 

誰が先に動く?

誰が囮になる?

誰がセイバーと戦う?

 

押し付け合いが始まる。

 

それが切嗣の狙いだった。

 

沈黙。

 

暖炉が爆ぜる。

 

その時だった。

 

セイバーが、不意に笑った。

 

「だが、面白いものだな」

 

「何がだ」

 

「昼間は怪物退治で肩を並べ、

夜には殺し合いの準備か」

 

「聖杯戦争だ」

 

「人間らしい」

 

その言葉に、

切嗣は僅かに目を細めた。

 

人間らしい、か。

 

合理。

裏切り。

恐怖。

疑念。

 

確かにそれは、

どこまでも人間的だった。

 

セイバーはみかんを一つ剥きながら続ける。

 

「だが切嗣」

 

「ん?」

 

「もし本当に全員で来るなら――」

 

薄皮を丁寧に剥がしながら。

 

セイバーは静かに言った。

 

「それはそれで、悪くない」

 

その瞬間。

 

暖炉の火が揺れた。

 

切嗣は理解していた。

 

この男は虚勢で言っているのではない。

 

本気だ。

 

全陣営を相手にしても、

勝つつもりでいる。

 

そして――。

 

それが決して不可能ではないと、

切嗣自身も思ってしまっていることが、

何より危険だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。