冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第41話

冬木市――深夜二時。

 

雪雲に覆われた空の下、

街は静まり返っていた。

 

だが、その静寂の裏側では、

聖杯戦争そのものが次の段階へ移行し始めていた。

 

    ◆

 

遠坂邸。

 

薄暗い工房の中で、

遠坂時臣は静かにワインを揺らしていた。

 

赤い液体がグラスの中で静かに波打つ。

 

その背後。

 

黄金の鎧を纏ったアーチャーが、

退屈そうに玉座めいた椅子へ腰掛けている。

 

「……なるほど」

 

時臣は低く呟いた。

 

「セイバー陣営は動かない、と」

 

使い魔からの報告。

 

アインツベルン城。

周辺索敵。

結界反応。

 

衛宮切嗣は、

籠城と観察を選択した。

 

それはつまり、

相手がこちらの動きを読んでいるということでもある。

 

「当然であろう」

 

アーチャー――英雄王ギルガメッシュは鼻で笑った。

 

「雑種共が徒党を組み、

あの剣士を恐れている」

 

黄金の瞳が細まる。

 

「あれは面白い」

 

「……」

 

「怪物でありながら、

未だ“人間”を捨てておらぬ」

 

ギルガメッシュは笑う。

 

愉快そうに。

 

「ゆえに歪だ」

 

人であるが故に残酷。

 

理性があるが故に、

躊躇なく殺せる。

 

狂人ではない。

 

むしろ、

極めて正常。

 

だからこそ異常だった。

 

時臣は慎重に言葉を選ぶ。

 

「侮るべき相手ではありません」

 

「無論だ」

 

英雄王は即答した。

 

「ゆえに余はまだ殺さん」

 

その言葉に、

時臣は僅かに視線を上げた。

 

「興が乗っているのですか?」

 

「うむ」

 

ギルガメッシュは笑った。

 

「あの男、

どこまで“人間”で居続けられるか見てみたい」

 

    ◆

 

ハイアットホテル。

 

豪奢な一室。

 

ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、

苛立たしげに机を叩いた。

 

「なぜだ……!」

 

銀色の水銀が床を蠢く。

 

「なぜ誰も動かん!」

 

キャスター討伐。

 

あの戦闘で、

最も危険だったのは誰か。

 

誰の目にも明らかだった。

 

セイバー。

 

あの怪物じみた剣士を、

今ここで始末しなければならない。

 

なのに。

 

遠坂は静観。

教会も様子見。

ライダー組は不明。

 

誰も決定打を打とうとしない。

 

「腑抜け共が……!」

 

その時。

 

背後から声が響いた。

 

「ならば、我々がが行けば良い」

 

ランサー――ディルムッドだった。

 

静かな声。

 

だがその瞳は鋭い。

 

ケイネスは振り返る。

 

「何だと?」

 

「セイバーを危険視しているのはわかります?」

 

「当然だ!」

 

「ならば討つべきだ」

 

「……」

 

ケイネスは言葉に詰まった。

 

ディルムッドは理解していた。

 

主は恐れている。

 

真正面から、

あのセイバーと戦うことを。

 

キャスター戦。

 

あの光景を見てしまった。

 

怪物を斬り裂きながら、

一切勢いを落とさず進軍する姿。

 

まるで戦場そのもの。

 

あれは一騎の英霊ではない。

 

“軍勢”だった。

 

ディルムッドは静かに続ける。

 

「だが、焦ればこちらが死ぬ」

 

「……」

 

「衛宮切嗣もそれを理解している」

 

ケイネスは舌打ちした。

 

気に入らない。

 

全てが。

 

あのセイバーも。

衛宮切嗣も。

自分が慎重にならざるを得ない現実も。

 

    ◆

 

一方。

 

冬木教会。

 

地下。

 

暗い礼拝堂跡。

 

言峰綺礼は、

静かに目を閉じていた。

 

無音。

 

呼吸すら浅い。

 

その脳裏に浮かぶのは、

キャスターの工房で見た光景。

 

首が飛ぶ瞬間。

 

龍之介は、

最後まで理解していなかった。

 

死を。

 

恐怖を。

 

人間を。

 

だが、

セイバーだけは違った。

 

あの男は理解していた。

 

死も。

恐怖も。

殺人も。

 

全てを理解した上で、

なお淡々と首を落とした。

 

綺礼はゆっくりと目を開く。

 

「……不思議な男だ」

 

怪物。

 

だが、

怪物になり切れていない。

 

むしろ逆だ。

 

“人間であろうとし続けている”。

 

だからこそ、

あれほど強い。

 

綺礼は薄く笑った。

 

「衛宮切嗣」

 

あの男もまた、

似た匂いを持っている。

 

人を救うために、

人を殺し続ける男。

 

ならば――。

 

その隣に立つセイバーは何だ?

 

救済か。

破滅か。

 

あるいは。

 

「鏡、か」

 

綺礼は静かに立ち上がる。

 

そして。

 

教会の奥に向かって歩き出した。

 

次の戦いが近い。

 

誰もがそれを理解している。

 

そして同時に、

誰もが理解していた。

 

もし、

あのセイバーが本気で戦争を始めれば――。

 

この冬木そのものが、

戦場になる。

 

 

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