深夜三時。
冬木の空気は、
骨の芯まで凍りつくように冷えていた。
だが――。
その夜の静寂は、
唐突に崩れる。
◆
遠坂邸。
時臣が魔術工房で結界を調整していた時だった。
「時臣」
不意に、
背後から声。
振り返る。
そこには、
黄金の王――アーチャー。
ギルガメッシュが立っていた。
酒杯を片手に、
いつものように不遜な笑みを浮かべている。
「どうなさいました、アーチャー」
「暇だ」
「……は?」
あまりに唐突だった。
ギルガメッシュは退屈そうに言う。
「雑種共の腹の探り合いには飽きた」
黄金の瞳が細まる。
「故に、会いに行く」
「誰に?」
王は笑った。
「決まっておろう」
その瞬間。
時臣の背筋に嫌な予感が走った。
「まさか――」
「セイバーだ」
空気が凍る。
「お、お待ちくださいアーチャー!」
時臣は珍しく声を荒げた。
「今は極めて危険な時期です!
下手に接触すれば――」
「だからどうした」
ギルガメッシュは鼻で笑う。
「余が誰に遠慮する必要がある?」
「……!」
「それとも貴様は、
余があの男に敗れるとでも思っているのか?」
時臣は言葉を失った。
違う。
問題は勝敗ではない。
“今”、
セイバーと接触すること自体が危険なのだ。
均衡が崩れる。
今は各陣営が互いを警戒し、
かろうじて動けずにいる状態。
そこへ英雄王が動けば、
戦争が加速する。
だが。
ギルガメッシュは既に興味を失っていた。
「案ずるな時臣」
黄金の粒子が舞う。
「少し話すだけだ」
そう言って――。
王は霊体化し、
闇へ溶けるように消えた。
「アーチャー!!」
静まり返る工房。
時臣は舌打ちした。
最悪だ。
よりによって、
このタイミングで。
◆
同時刻。
冬木大橋。
巨大な影が、
夜の道路を悠然と進んでいた。
牛車。
神威の車輪。
雷を散らしながら、
征服王イスカンダルが豪快に笑う。
「ハッハッハ!!
面白いではないか坊主!」
隣では、
ウェイバー・ベルベットが顔を青くしていた。
「ど、どこが面白いんだよ!?」
「決まっておろう!
戦の匂いだ!」
ライダーは愉快そうに空を見上げた。
「今夜は妙に空気が騒がしい!」
ウェイバーは頭を抱える。
嫌な予感しかしない。
ライダーは完全に勘で動いている。
だが。
その勘が異常に当たることを、
ウェイバーはもう知っていた。
「……で?
本当に行くのかよ、アインツベルン城」
「うむ!」
「死ぬかもしれないんだぞ!?」
「ならば尚良い!」
雷鳴。
イスカンダルは豪快に笑った。
「あのセイバー、
余は気に入っておる!」
「はぁ!?」
「戦場を知っている目だ。
覇者の目ではない。
だが――」
征服王は口元を吊り上げた。
「あれは“死地を歩き続けた男”の目だ」
ウェイバーは黙る。
キャスター討伐。
あの戦いを、
ライダーも見ていた。
まるで嵐だった。
無数の怪物の中を、
一直線に進み、
斬り、
殺し、
潰し、
止まらない。
恐怖ではなく、
技術と経験だけで戦場を支配していた。
あれは英雄ではない。
戦争そのものだった。
「……だからって、
わざわざ会いに行く必要あるか?」
「ある!」
ライダーは断言した。
「酒を飲みたい!」
「絶対それだけじゃないだろ!」
「ハッハッハ!!
当然だ!」
征服王は笑う。
「余は知りたいのだ!
あの男が何を背負って戦っているのかをな!」
◆
そして――。
アインツベルン城。
静寂。
暖炉の火。
切嗣は突然、
煙草を持つ手を止めた。
「……来るな」
セイバーはみかんを剥きながら答える。
「ああ」
「二騎」
「うむ」
切嗣の目が細まる。
索敵結界。
反応は明確。
一つは、
圧倒的な魔力。
隠れる気がない。
ライダー。
そしてもう一つ。
異様。
静かで、
だが底知れない。
まるで黄金そのものが歩いて来るような威圧感。
「……アーチャーか」
セイバーが笑った。
愉快そうに。
「今夜は賑やかだな、切嗣」
「笑い事じゃない」
「そうか?」
セイバーは立ち上がる。
二本の軍刀が、
静かに鳴った。
「私は少し楽しみだが」
その瞬間。
城の外。
雪の庭園に、
黄金の粒子が舞い始めた。