冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第46話

雪の庭園。

 

静寂。

 

みかんの皮の香りが、

妙に冬の空気へ混じっていた。

 

そんな中。

 

セイバーは静かに、

黄金の王へ視線を向けた。

 

「黄金の王よ」

 

ギルガメッシュが目を細める。

 

「……ほう?」

 

「貴様は無数の財が自慢なのだろう?」

 

セイバーは淡々と続けた。

 

「美味い酒は無いのかね?」

 

沈黙。

 

ウェイバーが固まる。

 

ケイネスも固まる。

 

切嗣は城の上で、

とうとう頭痛を覚え始めていた。

 

――何故、

そんな自然に英雄王へ酒を要求できる。

 

だが。

 

次の瞬間。

 

ギルガメッシュは――笑った。

 

「クハハハハハハハハ!!」

 

冬木の夜に響く、

王の大笑。

 

黄金の魔力が揺れる。

 

「言うではないかセイバー!」

 

その瞳は、

心底愉快そうだった。

 

「この我に酒を求めるか!

しかも当然のようにな!」

 

セイバーは平然としている。

 

「持っているのだろう?」

 

「無論だ!」

 

空間が裂ける。

 

王の財宝――ゲート・オブ・バビロン。

 

黄金の波紋の中から、

一本の酒瓶が現れた。

 

古い。

 

あまりにも古い。

 

瓶そのものが、

神秘を放っていた。

 

ライダーの目が輝く。

 

「おお!!」

 

ギルガメッシュは酒瓶を片手で掲げる。

 

「神代の葡萄酒だ。

雑種共が一生かけても口に出来ぬ代物よ」

 

「ほう」

 

セイバーの目が僅かに細まる。

 

興味を持った。

 

その反応を見て、

ギルガメッシュはさらに愉快そうに笑う。

 

「良い。

気に入ったぞセイバー」

 

黄金の杯が出現する。

 

三つ。

 

「今宵だけは許す。

我の酒を飲む栄誉をな」

 

「気前が良いな、英雄王」

 

「王だからな」

 

ライダーが豪快に笑った。

 

「ハッハァ!!

ならば余も頂こう!」

 

「貴様は図々しいな征服王」

 

「酒の席で細かいことを言うな!」

 

ウェイバーは頭を抱えていた。

 

なんなんだこの状況。

 

数時間前まで、

全員殺し合う気だっただろ。

 

だが。

 

ディルムッドだけは、

静かにセイバーを見ていた。

 

不思議だった。

 

この男がいると、

場の空気そのものが変わる。

 

戦場になりかけた場所が、

いつの間にか“ただの夜”へ変わっていく。

 

だが同時に。

 

誰よりも危険なのも、

間違いなくこの男だった。

 

セイバーは黄金の杯を受け取る。

 

酒の香りを静かに嗅ぎ。

 

そして。

 

「……良い香りだ」

 

小さく呟いた。

 

その姿は、

まるで長い戦争から帰還した老兵のようだった。

 

ギルガメッシュはそんなセイバーを見つめる。

 

そして、

ふと問う。

 

「セイバー」

 

「何だ」

 

「貴様、

何故そこまで人間に拘る?」

 

雪が降る。

 

誰も喋らない。

 

ライダーも、

ケイネスも、

ウェイバーも。

 

静かに答えを待った。

 

セイバーは黄金の酒を一口飲み――。

 

ゆっくりと息を吐く。

 

「簡単だ」

 

その声は静かだった。

 

だが。

 

どこまでも重い。

 

「私は、人間として生きたかった」

 

雪が落ちる。

 

「人間として老い、

人間として死にたかった」

 

その瞬間。

 

ライダーの笑みが消えた。

 

ギルガメッシュの瞳が細まる。

 

そして。

 

誰も、

軽口を叩けなくなった。

 

雪は静かに降り続けていた。

 

白い吐息が夜へ溶ける。

 

アインツベルン城の庭園。

 

本来なら、

英霊同士が殺し合うはずの場所。

 

だが今は、

みかんの段ボールと、

神代の酒瓶が置かれている。

 

異様な光景だった。

 

そしてその中心で。

 

セイバーは黄金の杯を片手に、

静かに空を見上げていた。

 

「私は、誰よりも人間らしく居たかっただけだ」

 

その声に、

誰も口を挟まない。

 

「環境が、

そうさせてくれなかったがな」

 

雪が肩へ積もる。

 

セイバーは気にも留めない。

 

「生前は、

人間でありながら――」

 

そこで僅かに笑った。

 

自嘲にも似た笑み。

 

「死徒二十七祖を道連れに出来る程、

強くなってしまったがね」

 

沈黙。

 

その場の空気が変わる。

 

ケイネスの表情が凍った。

 

ディルムッドの目が細まる。

 

ウェイバーは意味を理解し切れていない。

 

だが、

ギルガメッシュとライダーだけは違った。

 

二騎とも、

その言葉の重さを理解していた。

 

“人間のまま”。

 

それがどれほど異常か。

 

死徒二十七祖。

 

人を超えた怪物達。

 

災害。

 

神秘。

 

長命種。

 

本来なら、

人間が真正面から戦う存在ではない。

 

まして。

 

“道連れにした”?

 

それはつまり。

 

この男は、

怪物と刺し違える場所まで辿り着いたということだ。

 

人間のまま。

 

ギルガメッシュが静かに口を開く。

 

「……なるほど」

 

その声音から、

いつもの嘲笑が消えていた。

 

「だから貴様は、

そこまで歪なのか」

 

セイバーは肩を竦める。

 

「歪か」

 

「当然だ」

 

英雄王は断言した。

 

「普通の人間は、

そこまで戦えば壊れる」

 

黄金の瞳が、

セイバーを射抜く。

 

「憎悪に狂う。

力に酔う。

あるいは、

己を怪物として受け入れる」

 

だが。

 

「貴様は違う」

 

ギルガメッシュは笑った。

 

静かに。

 

興味深そうに。

 

「強くなるほど、

逆に“人間へ執着している”」

 

ライダーも腕を組み、

深く頷く。

 

「うむ」

 

征服王の声は低かった。

 

「余も多くの英雄を見て来た」

 

王。

暴君。

救世主。

怪物。

 

だが。

 

「貴様ほど、

“人であろうとする怪物”は見たことが無い」

 

ウェイバーが息を呑む。

 

怪物。

 

その言葉に、

セイバーは否定しなかった。

 

ただ静かに酒を飲む。

 

そして。

 

「怪物でも構わん」

 

ぽつりと呟く。

 

「だが私は、

最後まで人間でいたかった」

 

雪が降る。

 

静寂。

 

その言葉には、

途方もない重みがあった。

 

切嗣は二階の窓から、

その光景を見下ろしていた。

 

……理解できる。

 

いや。

 

理解してしまう。

 

衛宮切嗣もまた、

理想の為に人を殺し続けた。

 

救済の為に、

犠牲を選び続けた。

 

人間を守る為に、

人間性を削り続けた。

 

だからこそ分かる。

 

このセイバーは、

自分より遥かに危うい。

 

この男は、

壊れていない。

 

壊れないまま、

地獄を歩き続けている。

 

それがどれほど異常か。

 

その時だった。

 

ケイネスが低く呟く。

 

「……理解出来んな」

 

全員の視線が向く。

 

ロード・エルメロイは、

セイバーを睨んでいた。

 

「そこまでの力を持ちながら、

何故そこまで人間に拘る」

 

「簡単だ」

 

セイバーは即答した。

 

「人間だからだ」

 

「……」

 

「人間だから、

人間でありたい」

 

ケイネスは眉を顰める。

 

「下らん感傷だ」

 

その瞬間。

 

空気が僅かに冷えた。

 

ディルムッドが気付く。

 

ギルガメッシュも。

 

ライダーも。

 

セイバーの目。

 

それが一瞬だけ、

鋭利な刃へ変わった。

 

だが。

 

本当に一瞬だった。

 

セイバーはすぐ、

静かに笑った。

 

「そうかもしれんな」

 

そして。

 

黄金の杯を見つめながら、

ぽつりと言う。

 

「だが――」

 

その声は、

どこか疲れていた。

 

「人間である事を捨てた瞬間、

私は本当に“終わる”気がした」

 

沈黙。

 

誰も笑わない。

 

風だけが吹く。

 

その時。

 

ライダーが、

豪快に酒を飲み干した。

 

「ハハッ!」

 

大声が、

重苦しい空気を吹き飛ばす。

 

「実に良いではないかセイバー!」

 

「……何がだ」

 

「人間臭い!」

 

征服王は笑う。

 

「覇道だの神だの、

そんなものはどうでもいい!」

 

拳で胸を叩く。

 

「最後まで人で在ろうとする!

それこそ英雄よ!」

 

ギルガメッシュは鼻で笑った。

 

「青臭いな征服王」

 

「貴様は傲慢過ぎる黄金王!」

 

「当然だ」

 

「ハッハッハ!」

 

笑い声。

 

その中心で。

 

セイバーは静かに、

小さく笑った。

 

本当に僅かに。

 

戦場では決して見せない、

人間らしい笑みだった。

 

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