冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第47話

冬木の夜は、

いつの間にか静かに更けていた。

 

雪は止み。

 

雲の切れ間から、

淡い月光が庭園へ差し込んでいる。

 

アインツベルン城の中庭。

 

そこでは本来あり得ない光景が広がっていた。

 

聖杯戦争の英霊達が、

酒とみかんを囲んで談笑している。

 

誰が予想しただろう。

 

数時間前まで、

互いの首を狙っていた連中が。

 

今は酒を飲み、

雪景色を眺めているなど。

 

    ◆

 

「ハッハッハ!!

それでその魔獣を素手で殴り殺したのか!?」

 

ライダーが腹を抱えて笑う。

 

セイバーは黄金の杯を揺らしながら、

淡々と答えた。

 

「急所を潰しただけだ」

 

「十分おかしいわ!!」

 

ウェイバーが思わず叫ぶ。

 

ギルガメッシュですら、

少し口元を吊り上げていた。

 

「貴様、

本当に人間か?」

 

「失礼な。

戸籍上は人間だ」

 

「戸籍という問題ではない」

 

ケイネスは頭を抱えていた。

 

何故だ。

 

何故こんな空気になる。

 

自分は乱戦を想定して来たはずだ。

 

それが今では、

征服王がみかんを五個目に突入している。

 

しかも、

英雄王まで普通に酒を飲んでいる。

 

聖杯戦争とは何だったのか。

 

その横で。

 

ディルムッドだけは、

静かにセイバーを見ていた。

 

「……セイバー」

 

「何だランサー」

 

「貴殿は、

本当に不思議な男だ」

 

セイバーは小さく笑う。

 

「よく言われる」

 

「いや」

 

ディルムッドは首を振った。

 

「これほど自然に、

敵同士を同じ場へ座らせる者を私は知らない」

 

普通なら有り得ない。

 

英霊同士が集まれば、

誇りがぶつかる。

 

殺気が生まれる。

 

だが今夜は違う。

 

中心にいるセイバーが、

妙に自然体なのだ。

 

構えていない。

 

威圧していない。

 

それなのに。

 

誰も軽率に動けない。

 

まるで、

“戦う必要が無い”と全員が無意識に理解させられている。

 

ライダーが豪快に頷く。

 

「うむ!

貴様は戦場の空気を支配する!」

 

「褒めているのか?」

 

「当然だ!」

 

征服王は酒を飲み干した。

 

「だが分からんなぁセイバー!」

 

「何がだ」

 

「何故そこまで強くなって、

未だに“普通”へ戻りたがる?」

 

ウェイバーも少し気になっていた。

 

セイバーほどの存在なら。

 

神になりたい、

王になりたい、

世界を支配したい。

 

そういう欲望があってもおかしくない。

 

だが。

 

この男は違う。

 

セイバーは少し考え――。

 

それから静かに言った。

 

「疲れるのだよ」

 

沈黙。

 

「……は?」

 

ウェイバーが間抜けな声を出す。

 

セイバーは真顔だった。

 

「強過ぎると、

普通に生きられん」

 

「……」

 

「店で絡まれても、

軽く払えば相手が死ぬ」

 

ウェイバーが絶句する。

 

「加減を誤れば建物が壊れる」

 

ライダーが吹き出す。

 

「クク……!」

 

「目が良過ぎて、

戦場では常に全てが見える」

 

ギルガメッシュが静かに笑う。

 

「なるほど」

 

「普通に老後を過ごしたかったのだがね」

 

セイバーはみかんを一房食べる。

 

「縁側で茶を飲み、

たまに畑でも弄りながら、

静かに寿命で死ぬ」

 

その言葉に。

 

全員が一瞬黙った。

 

あまりにも、

普通だったからだ。

 

怪物じみた力を持つ男の願いが。

 

あまりにも小さい。

 

ギルガメッシュが低く笑う。

 

「クハ……」

 

黄金の王は杯を傾ける。

 

「欲が薄いなセイバー」

 

「そうか?」

 

「余なら世界を退屈させぬ」

 

「貴様はそういう男だろう」

 

「当然だ」

 

ライダーが豪快に笑う。

 

「だが余は嫌いではないぞ!

そういう生き方もな!」

 

ディルムッドも静かに頷いた。

 

「……理解は出来る」

 

ケイネスだけが、

どこか複雑そうな顔をしていた。

 

魔術師は根本を目指す。

 

超越を求める。

 

だがこの男は、

逆だ。

 

強くなり過ぎた果てに、

“普通”へ帰りたがっている。

 

それは、

ある意味で魔術師とは真逆の存在だった。

 

その時。

 

セイバーがふと、

夜空を見上げた。

 

「しかし妙だな」

 

「何がだ?」

 

ライダーが聞く。

 

セイバーは静かに目を細める。

 

「こうしていると、

本当に戦争中なのか分からなくなる」

 

雪が静かに降る。

 

酒。

 

みかん。

 

笑い声。

 

それはまるで、

ただの冬の夜だった。

 

だが。

 

誰も忘れてはいない。

 

この場にいる全員が、

いずれ互いを殺す。

 

明日かもしれない。

 

数時間後かもしれない。

 

それでも今だけは。

 

誰も剣を抜かなかった。

 

その束の間の静寂を、

誰よりも深く味わっていたのは――。

 

きっと、

セイバー本人だった。

 

雪は弱まり、

月明かりが白い庭園を照らしている。

 

酒瓶は半分ほど空き、

みかんの皮が段ボールの脇へ積まれていた。

 

ライダーは豪快に笑い、

ウェイバーは半ば呆れ、

ケイネスは未だ納得していない顔をしている。

 

ギルガメッシュは静かに酒を傾け、

ディルムッドは雪景色を眺めていた。

 

そして――。

 

その空気の中で。

 

セイバーが、

唐突にぽつりと呟く。

 

「……聖杯に何を願う?」

 

静寂。

 

風の音だけが響く。

 

誰もすぐには答えなかった。

 

それは、

この戦争において最も本質的な問いだったからだ。

 

聖杯。

 

万能の願望機。

 

命を懸け、

英霊を召喚し、

殺し合いまでして求める奇跡。

 

その願いを、

互いに真正面から聞く。

 

本来なら、

有り得ない。

 

だが。

 

今夜だけは、

誰もその問いを拒絶しなかった。

 

最初に笑ったのはライダーだった。

 

「ハッハッハ!

愚問だなセイバー!」

 

征服王は杯を掲げる。

 

「余は世界を欲する!」

 

雷鳴のような声。

 

「見知らぬ土地!

未知の海!

果て無き征服!

生きて、生きて、生き抜き!

世界の果てまで駆け抜けたい!」

 

ウェイバーが苦笑する。

 

「アンタらしいよ……」

 

「当然だ坊主!」

 

ライダーは笑う。

 

「人は夢を見る生き物だ!

ならば余は、

最も大きな夢を見る!」

 

その言葉には、

一点の迷いも無かった。

 

ギルガメッシュは鼻で笑う。

 

「相変わらず騒がしい男よ」

 

「では貴様はどうだ黄金王!」

 

ライダーが問う。

 

ギルガメッシュは静かに酒を飲み――。

 

「願いなど無い」

 

全員の視線が向く。

 

英雄王は退屈そうに続けた。

 

「世界は既に余の庭だ」

 

傲慢。

 

圧倒的な自負。

 

だが、

それを口に出来るだけの格があった。

 

「聖杯など、

余の宝物庫へ加える財の一つに過ぎぬ」

 

ウェイバーが小声で呟く。

 

「スケールがおかしい……」

 

「当然だ雑種」

 

ギルガメッシュは笑う。

 

「王とはそういうものだ」

 

その時。

 

セイバーの視線が、

ランサーへ向く。

 

「ランサーは?」

 

ディルムッドは少し沈黙した。

 

雪が肩へ積もる。

 

そして静かに答える。

 

「……忠義だ」

 

「ほう」

 

「私は主君へ全てを捧げた」

 

ディルムッドの目は、

どこか遠くを見ていた。

 

「だが最後は裏切りと破滅だった」

 

ケイネスが僅かに眉を動かす。

 

「だからこそ今度こそ、

騎士として正しく主へ尽くしたい」

 

その声には、

深い後悔が滲んでいた。

 

セイバーは小さく頷く。

 

「騎士らしい願いだ」

 

ディルムッドは苦笑した。

 

「貴殿に言われると、

妙に重いな」

 

そして。

 

自然と視線が、

セイバー自身へ向く。

 

ライダーが笑った。

 

「では貴様はどうだセイバー!」

 

ギルガメッシュも、

静かに興味深そうな目を向ける。

 

切嗣は城の窓から、

黙って見下ろしていた。

 

セイバーは少し考え――。

 

そして。

 

「……大した願いではない」

 

静かな声。

 

「普通に死にたいだけだ」

 

誰も喋らない。

 

セイバーは続ける。

 

「人として老い、

人として寿命で死ぬ」

 

雪が降る。

 

「それだけだ」

 

あまりにも小さい願いだった。

 

世界征服でもない。

 

万能でもない。

 

栄光でもない。

 

ただ、

静かな人生の終わり。

 

それだけ。

 

ギルガメッシュが静かに目を細める。

 

「やはり妙な男だ」

 

「そうか?」

 

「強者ほど、

永遠を欲する」

 

英雄王は言う。

 

「だが貴様は逆だ。

終わりを求めている」

 

セイバーは薄く笑った。

 

「終わりの無い戦場など、

地獄だからな」

 

その言葉に。

 

その場の誰もが、

少しだけ黙った。

 

戦場を知る者達だけが分かる。

 

終われない戦いが、

どれほど人を摩耗させるか。

 

ライダーが静かに酒を飲み。

 

ディルムッドは目を閉じ。

 

ギルガメッシュだけが、

愉快そうに笑った。

 

「クク……」

 

黄金の王は杯を傾ける。

 

「ならばセイバー。

もし聖杯が、

貴様の願いを叶えられぬ代物だったらどうする?」

 

冬の風が吹く。

 

その問いに。

 

セイバーは静かに答えた。

 

「その時は――」

 

黄金の瞳を真っ直ぐ見返し。

 

「自分の足で、

人間として死ぬ場所を探すだけだ」

 

その声音には、

一切の迷いが無かった。

 

 

 

 

 

 

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