雪が降る。
静かな夜。
だが――。
セイバーのその言葉が落ちた瞬間、
場の空気は明確に変わった。
「だからこそ――」
セイバーは眼帯へ触れながら、
静かに続ける。
「もう数体、
サーヴァントが脱落し、
聖杯の元へ還れば――」
黄金の杯を置く。
「私は、
聖杯の本質を見る事が出来る」
沈黙。
今度こそ、
誰も笑わなかった。
ライダーの表情から陽気さが消え。
ディルムッドは目を細め。
ケイネスは反射的に魔力を練る。
そして。
ギルガメッシュだけが、
ゆっくりと笑みを深めていく。
「……クク」
低い声。
「面白い」
英雄王の紅い瞳が、
セイバーを射抜く。
「貴様、
既に“何か”を疑っているな?」
セイバーは否定しない。
ただ静かに雪空を見上げる。
「サーヴァントは器だ」
「……」
「魂を収める楔。
聖杯を満たす為の供物。」
風が吹く。
「ならば、
完成が近付くほど、
本質は表へ滲み出る」
ケイネスが低く言う。
「……馬鹿な」
だがその声には、
確信が無い。
魔術理論としては、
決して間違っていないからだ。
聖杯は英霊の魂を回収し、
完成へ近付く。
ならば。
内部構造。
本質。
性質。
それらが外へ現れ始めても、
不思議ではない。
ウェイバーが恐る恐る聞く。
「……見えるのか?」
セイバーは少し考え――。
そして静かに答えた。
「微かにな」
その瞬間。
切嗣の目が鋭く細まる。
城の窓際。
煙草の火が、
小さく揺れた。
セイバーは続ける。
「キャスターが消えた後、
ほんの一瞬だけ――」
眼帯へ触れる。
「妙な“濁り”が見えた」
空気が凍る。
ギルガメッシュの笑みが深まる。
ライダーは腕を組み。
ディルムッドは沈黙する。
ケイネスだけが、
険しい顔で否定した。
「有り得ん……!
聖杯は第三魔法の器だ!
穢れなど――」
「ならば聞くがロード・エルメロイ」
セイバーの声は静かだった。
「貴様、
聖杯の中を見たのか?」
「……!」
「本当に、
何も無いと断言出来るのか?」
ケイネスが詰まる。
沈黙。
その隙間へ、
ギルガメッシュの笑い声が落ちた。
「クハハハハ……!」
黄金の王は、
心底愉快そうだった。
「なるほど。
ようやく見えて来たかセイバー」
「何がだ」
「この戦争の“腐臭”よ」
その瞬間。
空気が僅かに重くなる。
ウェイバーの背筋に寒気が走った。
ギルガメッシュは酒を傾けながら、
退屈そうに続ける。
「余は最初から気付いていた」
「……」
「この聖杯、
どうにも気色が悪い」
ライダーが目を細める。
「ほう?」
「器として歪んでいる」
英雄王の声音から、
笑みが消える。
「まるで、
何かが底へ沈殿しているようだ」
切嗣の呼吸が止まりそうになる。
……知っているのか?
いや。
違う。
英雄王ほどの存在なら、
感覚的に理解していてもおかしくない。
神代の王。
あらゆる財を持つ英雄。
ならば、
聖杯の異常性を感じ取っていても。
セイバーは静かに呟く。
「やはりな」
雪が降る。
その目は、
まるで遠い戦場を見ていた。
「私は、
あの手の“濁り”を知っている」
ライダーが問う。
「戦場の勘か?」
「似たようなものだ」
セイバーは頷く。
「人の悪意。
怨念。
呪い。」
眼帯を軽く叩く。
「積み重なったそれらは、
独特の色を持つ」
静かな声。
「聖杯から、
それに近いものを感じる」
誰も喋らない。
聖杯戦争。
その根幹を揺るがす言葉だった。
もし本当に、
聖杯が穢れているなら。
この戦争そのものが、
破綻している。
願望機ではない。
災厄の器。
その可能性が、
初めて現実味を帯び始めた。
そして。
そんな重苦しい空気の中で。
セイバーは、
妙に穏やかな顔でみかんを一つ手に取った。
「まあ」
皮を剥く。
「もしそうなら、
斬るだけだ」
あまりにも自然に。
まるで。
“明日は雨だから傘を持つ”程度の気軽さで。
聖杯破壊を口にした。
その瞬間。
ライダーは豪快に笑い。
ギルガメッシュは愉快そうに目を細め。
ディルムッドは苦笑し。
ケイネスだけが、
本気で頭を抱えた。
そして切嗣は――。
窓の奥で静かに目を閉じた。
もし。
もし本当に。
聖杯が、
救済ではなく呪いなら。
このセイバーはきっと、
最後まで迷わない。
雪が静かに降る。
庭園の空気は、
先程までの談笑が嘘のように静まり返っていた。
酒。
みかん。
笑い声。
その全てを、
セイバーの次の一言が切り裂く。
「私は、
バーサーカーとアサシンを落としたいと考えている」
沈黙。
ウェイバーが顔を上げる。
ケイネスの目が細まり。
ディルムッドは静かに息を吐く。
そして。
ギルガメッシュだけが、
愉快そうに笑った。
「……ほう?」
セイバーは雪空を見上げたまま続ける。
「二騎落ちれば、
この目で見える」
眼帯へ触れる。
「聖杯の本質がな」
風が吹く。
その声音は静かだった。
だが。
その言葉は、
この場に居る全員へ明確な意味を持っていた。
“次の標的”。
それを、
セイバーが口にしたのだ。
ライダーが腕を組む。
「アサシンはともかく、
バーサーカーか」
「厄介だ」
セイバーは頷く。
「あれは純粋に危険だ」
キャスターとは違う。
狂気ではない。
破壊。
純粋な暴力。
バーサーカーは、
戦場そのものを壊す存在だ。
そして。
アサシン。
既に“死んだ”とされている影。
だがこの場にいる者達は、
全員理解している。
あれは偽装だ。
完全には消えていない。
ギルガメッシュが笑う。
「クク……。
やはり気付いていたか」
「当然だ」
セイバーは即答した。
「あの程度の偽装、
この目は誤魔化せん」
その瞬間。
遠坂邸に居ないはずの時臣へ、
妙な冷や汗が走るような気配がした。
セイバーは続ける。
「アサシンは散っている」
「……」
「街中に目を置き、
情報を集めている」
ディルムッドが低く呟く。
「つまり、
教会側か」
「恐らくな」
ケイネスが不快そうに顔を歪める。
「言峰め……」
だが。
それ以上に重かったのは、
セイバーの次の言葉だった。
「放置すると、
戦場全体を支配される」
静かな声。
「見えない敵ほど厄介なものは無い」
それは、
純粋な戦場経験から来る言葉だった。
索敵。
情報。
監視。
それだけで、
戦争の流れは変わる。
ライダーが笑う。
「ならば、
先に狩るか!」
「理想はな」
セイバーはみかんを一房口へ放る。
「だが、
アサシンは徹底して逃げるタイプだ」
「バーサーカーは逆に正面から来る」
ギルガメッシュが退屈そうに言った。
「犬のようにな」
セイバーは小さく頷く。
「ああ。
だから先にアサシンを削りたい」
ウェイバーが眉を顰める。
「でも……
アサシンって何体いるんだ?」
沈黙。
そして。
セイバーが静かに答える。
「多い」
ウェイバーの顔が引き攣る。
「いや雑!!」
ライダーが吹き出した。
だが。
セイバーの表情は真剣だった。
「数は正確に掴めん。
だが、
少なくとも“一騎”ではない」
ギルガメッシュが笑う。
「ハッ。
雑種らしい小細工よ」
その時。
切嗣が、
ようやく城から出て来た。
雪を踏みながら、
ゆっくり庭園へ降りて来る。
全員の視線が向く。
衛宮切嗣は、
セイバーの隣へ立った。
「……本気か?」
「何がだ」
「聖杯の本質を見る為に、
サーヴァントを落とすつもりか」
セイバーは少し考え――。
静かに答える。
「ああ」
その目には、
迷いが無かった。
「もし聖杯が本当に穢れているなら、
手遅れになる前に確認する必要がある」
切嗣は黙る。
セイバーは続けた。
「願いを賭ける価値があるのか。
壊すべきものなのか。」
眼帯へ触れる。
「それを、
私はこの目で確かめたい」
雪が降る。
その時。
ギルガメッシュが、
心底愉快そうに笑った。
「クハハハハハ!!」
黄金の王は立ち上がる。
「良い!!
実に良いぞセイバー!!」
紅い瞳が妖しく輝く。
「聖杯を求めながら、
同時に疑うか!」
セイバーは静かに答える。
「私は奇跡を信用していないのでな」
ライダーもまた、
豪快に笑った。
「ハッハ!
だが嫌いではないぞ、その在り方!」
そして。
征服王は目を細める。
「だがセイバー。
もしその結果――」
空気が静かに張り詰める。
「聖杯が本当に災厄なら、
貴様は迷わず壊せるのか?」
誰も喋らない。
セイバーは、
ほんの少しだけ夜空を見上げた。
静かな冬空。
白い雪。
そして。
「壊せる」
その答えは、
あまりにも即答だった。
だからこそ。
その場にいる全員が、
理解してしまった。
この男は、
本当に最後まで人間として、
自分の意思で地獄を選べるのだと。
その言葉に。
今度こそ、
切嗣の表情が止まった。
雪が静かに降る。
庭園にいる全員が、
セイバーを見た。
セイバーは、
まるで当然の事を言うように続ける。
「そして――」
静かな声。
「器である、
アイリスフィールも救う」
風が吹く。
切嗣の指先が、
僅かに震えた。
誰も気付かないほど微細な動き。
だが、
セイバーだけは見逃さない。
眼帯の奥。
“全てを見る眼”が、
その僅かな揺らぎを捉えていた。
ライダーが眉を上げる。
「ほう?」
ウェイバーは困惑していた。
「器って……
あの白いお姉さんのことか?」
ケイネスの目が細まる。
そして。
ギルガメッシュだけが、
静かに笑った。
「なるほど」
黄金の王は、
まるで全てを見透かしたように呟く。
「ようやく見えて来たぞ。
貴様らの歪さが」
切嗣は無言。
セイバーは続ける。
「アインツベルンは、
聖杯の器を人の形へ落とし込んでいる」
ライダーが腕を組む。
「つまり、
聖杯完成が近付けば――」
「ああ」
セイバーは頷く。
「アイリスフィールは、
“人”では居られなくなる」
沈黙。
ウェイバーが顔を青くする。
「な、なんだよそれ……」
ケイネスは低く呟いた。
「……第三次から続く、
アインツベルンの悲願か」
魔術師としては理解出来る。
器。
降霊。
魂の収束。
理論としては成立している。
だが。
“人間を器にする”。
その一点だけで、
セイバーは明確に嫌悪していた。
「私はあれが気に入らん」
静かな声。
「道具として人を扱うのは、
戦場だけで十分だ」
切嗣の目が、
僅かに動く。
セイバーはそんな切嗣を見ずに続けた。
「アイリスフィールは、
少なくとも今は人間だ」
雪が降る。
「笑い、
怒り、
冗談を言い、
日常を生きている」
その声は穏やかだった。
「ならば、
最後まで人として終わらせるべきだ」
その瞬間。
切嗣は静かに目を伏せた。
胸の奥が、
鈍く痛む。
それは、
自分が最も見ないようにしていた現実だった。
アイリスフィールは器。
その事実を、
切嗣は理解している。
理解した上で、
利用している。
聖杯へ辿り着く為に。
理想を叶える為に。
だが。
セイバーは違った。
この男は、
そこへ真正面から踏み込む。
“人間として扱え”と。
ギルガメッシュが、
愉快そうに笑う。
「クク……」
黄金の王は杯を傾ける。
「聖杯を疑い、
器まで救うと言うか」
紅い瞳が細まる。
「ますます英雄らしくないなセイバー」
セイバーは薄く笑った。
「ああ」
「では何だ?」
雪が舞う。
その問いに。
セイバーは少しだけ考え――。
そして、
静かに答えた。
「ただの人間だよ」
ライダーが豪快に笑った。
「ハハハハハ!!
そこまで来ると清々しいな!」
「人間が、
奇跡を疑い、
化物を斬り、
聖杯を壊し、
女を救うか!」
征服王は酒を飲み干す。
「実に面白い!!」
ディルムッドも、
静かに目を閉じた。
「……騎士とは違う。
だが、
嫌いではない在り方だ」
ケイネスだけは苦い顔をしていた。
理解出来ない。
いや。
理解したくない。
魔術師なら、
器は器だ。
犠牲は犠牲。
だが。
このセイバーは、
そこへ感情を持ち込む。
“救う”などと言う。
非合理。
非効率。
なのに――。
何故か、
その言葉には妙な説得力があった。
そして。
切嗣は静かに煙草へ火を点けた。
火が揺れる。
セイバーはそんな切嗣へ、
ようやく視線を向ける。
「切嗣」
「ああ」
「お前はどうしたい?」
沈黙。
雪が落ちる音だけが響く。
衛宮切嗣は、
しばらく何も答えなかった。
だが。
やがて。
掠れた声で、
小さく呟く。
「……救えるなら」
その言葉は、
あまりにも弱かった。
理想を追い続けた男とは思えないほど。
「救いたい」
セイバーは、
静かに頷いた。
その目は、
どこか優しかった。
まるで。
初めて、
衛宮切嗣という男の“本音”を見たように。