冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第49話

雪が降る。

 

静かな夜。

 

だが――。

 

セイバーのその言葉が落ちた瞬間、

場の空気は明確に変わった。

 

「だからこそ――」

 

セイバーは眼帯へ触れながら、

静かに続ける。

 

「もう数体、

サーヴァントが脱落し、

聖杯の元へ還れば――」

 

黄金の杯を置く。

 

「私は、

聖杯の本質を見る事が出来る」

 

沈黙。

 

今度こそ、

誰も笑わなかった。

 

ライダーの表情から陽気さが消え。

 

ディルムッドは目を細め。

 

ケイネスは反射的に魔力を練る。

 

そして。

 

ギルガメッシュだけが、

ゆっくりと笑みを深めていく。

 

「……クク」

 

低い声。

 

「面白い」

 

英雄王の紅い瞳が、

セイバーを射抜く。

 

「貴様、

既に“何か”を疑っているな?」

 

セイバーは否定しない。

 

ただ静かに雪空を見上げる。

 

「サーヴァントは器だ」

 

「……」

 

「魂を収める楔。

聖杯を満たす為の供物。」

 

風が吹く。

 

「ならば、

完成が近付くほど、

本質は表へ滲み出る」

 

ケイネスが低く言う。

 

「……馬鹿な」

 

だがその声には、

確信が無い。

 

魔術理論としては、

決して間違っていないからだ。

 

聖杯は英霊の魂を回収し、

完成へ近付く。

 

ならば。

 

内部構造。

本質。

性質。

 

それらが外へ現れ始めても、

不思議ではない。

 

ウェイバーが恐る恐る聞く。

 

「……見えるのか?」

 

セイバーは少し考え――。

 

そして静かに答えた。

 

「微かにな」

 

その瞬間。

 

切嗣の目が鋭く細まる。

 

城の窓際。

 

煙草の火が、

小さく揺れた。

 

セイバーは続ける。

 

「キャスターが消えた後、

ほんの一瞬だけ――」

 

眼帯へ触れる。

 

「妙な“濁り”が見えた」

 

空気が凍る。

 

ギルガメッシュの笑みが深まる。

 

ライダーは腕を組み。

 

ディルムッドは沈黙する。

 

ケイネスだけが、

険しい顔で否定した。

 

「有り得ん……!

聖杯は第三魔法の器だ!

穢れなど――」

 

「ならば聞くがロード・エルメロイ」

 

セイバーの声は静かだった。

 

「貴様、

聖杯の中を見たのか?」

 

「……!」

 

「本当に、

何も無いと断言出来るのか?」

 

ケイネスが詰まる。

 

沈黙。

 

その隙間へ、

ギルガメッシュの笑い声が落ちた。

 

「クハハハハ……!」

 

黄金の王は、

心底愉快そうだった。

 

「なるほど。

ようやく見えて来たかセイバー」

 

「何がだ」

 

「この戦争の“腐臭”よ」

 

その瞬間。

 

空気が僅かに重くなる。

 

ウェイバーの背筋に寒気が走った。

 

ギルガメッシュは酒を傾けながら、

退屈そうに続ける。

 

「余は最初から気付いていた」

 

「……」

 

「この聖杯、

どうにも気色が悪い」

 

ライダーが目を細める。

 

「ほう?」

 

「器として歪んでいる」

 

英雄王の声音から、

笑みが消える。

 

「まるで、

何かが底へ沈殿しているようだ」

 

切嗣の呼吸が止まりそうになる。

 

……知っているのか?

 

いや。

 

違う。

 

英雄王ほどの存在なら、

感覚的に理解していてもおかしくない。

 

神代の王。

 

あらゆる財を持つ英雄。

 

ならば、

聖杯の異常性を感じ取っていても。

 

セイバーは静かに呟く。

 

「やはりな」

 

雪が降る。

 

その目は、

まるで遠い戦場を見ていた。

 

「私は、

あの手の“濁り”を知っている」

 

ライダーが問う。

 

「戦場の勘か?」

 

「似たようなものだ」

 

セイバーは頷く。

 

「人の悪意。

怨念。

呪い。」

 

眼帯を軽く叩く。

 

「積み重なったそれらは、

独特の色を持つ」

 

静かな声。

 

「聖杯から、

それに近いものを感じる」

 

誰も喋らない。

 

聖杯戦争。

 

その根幹を揺るがす言葉だった。

 

もし本当に、

聖杯が穢れているなら。

 

この戦争そのものが、

破綻している。

 

願望機ではない。

 

災厄の器。

 

その可能性が、

初めて現実味を帯び始めた。

 

そして。

 

そんな重苦しい空気の中で。

 

セイバーは、

妙に穏やかな顔でみかんを一つ手に取った。

 

「まあ」

 

皮を剥く。

 

「もしそうなら、

斬るだけだ」

 

あまりにも自然に。

 

まるで。

 

“明日は雨だから傘を持つ”程度の気軽さで。

 

聖杯破壊を口にした。

 

その瞬間。

 

ライダーは豪快に笑い。

 

ギルガメッシュは愉快そうに目を細め。

 

ディルムッドは苦笑し。

 

ケイネスだけが、

本気で頭を抱えた。

 

そして切嗣は――。

 

窓の奥で静かに目を閉じた。

 

もし。

 

もし本当に。

 

聖杯が、

救済ではなく呪いなら。

 

このセイバーはきっと、

最後まで迷わない。

 

雪が静かに降る。

 

庭園の空気は、

先程までの談笑が嘘のように静まり返っていた。

 

酒。

 

みかん。

 

笑い声。

 

その全てを、

セイバーの次の一言が切り裂く。

 

「私は、

バーサーカーとアサシンを落としたいと考えている」

 

沈黙。

 

ウェイバーが顔を上げる。

 

ケイネスの目が細まり。

 

ディルムッドは静かに息を吐く。

 

そして。

 

ギルガメッシュだけが、

愉快そうに笑った。

 

「……ほう?」

 

セイバーは雪空を見上げたまま続ける。

 

「二騎落ちれば、

この目で見える」

 

眼帯へ触れる。

 

「聖杯の本質がな」

 

風が吹く。

 

その声音は静かだった。

 

だが。

 

その言葉は、

この場に居る全員へ明確な意味を持っていた。

 

“次の標的”。

 

それを、

セイバーが口にしたのだ。

 

ライダーが腕を組む。

 

「アサシンはともかく、

バーサーカーか」

 

「厄介だ」

 

セイバーは頷く。

 

「あれは純粋に危険だ」

 

キャスターとは違う。

 

狂気ではない。

 

破壊。

 

純粋な暴力。

 

バーサーカーは、

戦場そのものを壊す存在だ。

 

そして。

 

アサシン。

 

既に“死んだ”とされている影。

 

だがこの場にいる者達は、

全員理解している。

 

あれは偽装だ。

 

完全には消えていない。

 

ギルガメッシュが笑う。

 

「クク……。

やはり気付いていたか」

 

「当然だ」

 

セイバーは即答した。

 

「あの程度の偽装、

この目は誤魔化せん」

 

その瞬間。

 

遠坂邸に居ないはずの時臣へ、

妙な冷や汗が走るような気配がした。

 

セイバーは続ける。

 

「アサシンは散っている」

 

「……」

 

「街中に目を置き、

情報を集めている」

 

ディルムッドが低く呟く。

 

「つまり、

教会側か」

 

「恐らくな」

 

ケイネスが不快そうに顔を歪める。

 

「言峰め……」

 

だが。

 

それ以上に重かったのは、

セイバーの次の言葉だった。

 

「放置すると、

戦場全体を支配される」

 

静かな声。

 

「見えない敵ほど厄介なものは無い」

 

それは、

純粋な戦場経験から来る言葉だった。

 

索敵。

情報。

監視。

 

それだけで、

戦争の流れは変わる。

 

ライダーが笑う。

 

「ならば、

先に狩るか!」

 

「理想はな」

 

セイバーはみかんを一房口へ放る。

 

「だが、

アサシンは徹底して逃げるタイプだ」

 

「バーサーカーは逆に正面から来る」

 

ギルガメッシュが退屈そうに言った。

 

「犬のようにな」

 

セイバーは小さく頷く。

 

「ああ。

だから先にアサシンを削りたい」

 

ウェイバーが眉を顰める。

 

「でも……

アサシンって何体いるんだ?」

 

沈黙。

 

そして。

 

セイバーが静かに答える。

 

「多い」

 

ウェイバーの顔が引き攣る。

 

「いや雑!!」

 

ライダーが吹き出した。

 

だが。

 

セイバーの表情は真剣だった。

 

「数は正確に掴めん。

だが、

少なくとも“一騎”ではない」

 

ギルガメッシュが笑う。

 

「ハッ。

雑種らしい小細工よ」

 

その時。

 

切嗣が、

ようやく城から出て来た。

 

雪を踏みながら、

ゆっくり庭園へ降りて来る。

 

全員の視線が向く。

 

衛宮切嗣は、

セイバーの隣へ立った。

 

「……本気か?」

 

「何がだ」

 

「聖杯の本質を見る為に、

サーヴァントを落とすつもりか」

 

セイバーは少し考え――。

 

静かに答える。

 

「ああ」

 

その目には、

迷いが無かった。

 

「もし聖杯が本当に穢れているなら、

手遅れになる前に確認する必要がある」

 

切嗣は黙る。

 

セイバーは続けた。

 

「願いを賭ける価値があるのか。

壊すべきものなのか。」

 

眼帯へ触れる。

 

「それを、

私はこの目で確かめたい」

 

雪が降る。

 

その時。

 

ギルガメッシュが、

心底愉快そうに笑った。

 

「クハハハハハ!!」

 

黄金の王は立ち上がる。

 

「良い!!

実に良いぞセイバー!!」

 

紅い瞳が妖しく輝く。

 

「聖杯を求めながら、

同時に疑うか!」

 

セイバーは静かに答える。

 

「私は奇跡を信用していないのでな」

 

ライダーもまた、

豪快に笑った。

 

「ハッハ!

だが嫌いではないぞ、その在り方!」

 

そして。

 

征服王は目を細める。

 

「だがセイバー。

もしその結果――」

 

空気が静かに張り詰める。

 

「聖杯が本当に災厄なら、

貴様は迷わず壊せるのか?」

 

誰も喋らない。

 

セイバーは、

ほんの少しだけ夜空を見上げた。

 

静かな冬空。

 

白い雪。

 

そして。

 

「壊せる」

 

その答えは、

あまりにも即答だった。

 

だからこそ。

 

その場にいる全員が、

理解してしまった。

 

この男は、

本当に最後まで人間として、

自分の意思で地獄を選べるのだと。

 

その言葉に。

 

今度こそ、

切嗣の表情が止まった。

 

雪が静かに降る。

 

庭園にいる全員が、

セイバーを見た。

 

セイバーは、

まるで当然の事を言うように続ける。

 

「そして――」

 

静かな声。

 

「器である、

アイリスフィールも救う」

 

風が吹く。

 

切嗣の指先が、

僅かに震えた。

 

誰も気付かないほど微細な動き。

 

だが、

セイバーだけは見逃さない。

 

眼帯の奥。

 

“全てを見る眼”が、

その僅かな揺らぎを捉えていた。

 

ライダーが眉を上げる。

 

「ほう?」

 

ウェイバーは困惑していた。

 

「器って……

あの白いお姉さんのことか?」

 

ケイネスの目が細まる。

 

そして。

 

ギルガメッシュだけが、

静かに笑った。

 

「なるほど」

 

黄金の王は、

まるで全てを見透かしたように呟く。

 

「ようやく見えて来たぞ。

貴様らの歪さが」

 

切嗣は無言。

 

セイバーは続ける。

 

「アインツベルンは、

聖杯の器を人の形へ落とし込んでいる」

 

ライダーが腕を組む。

 

「つまり、

聖杯完成が近付けば――」

 

「ああ」

 

セイバーは頷く。

 

「アイリスフィールは、

“人”では居られなくなる」

 

沈黙。

 

ウェイバーが顔を青くする。

 

「な、なんだよそれ……」

 

ケイネスは低く呟いた。

 

「……第三次から続く、

アインツベルンの悲願か」

 

魔術師としては理解出来る。

 

器。

 

降霊。

 

魂の収束。

 

理論としては成立している。

 

だが。

 

“人間を器にする”。

 

その一点だけで、

セイバーは明確に嫌悪していた。

 

「私はあれが気に入らん」

 

静かな声。

 

「道具として人を扱うのは、

戦場だけで十分だ」

 

切嗣の目が、

僅かに動く。

 

セイバーはそんな切嗣を見ずに続けた。

 

「アイリスフィールは、

少なくとも今は人間だ」

 

雪が降る。

 

「笑い、

怒り、

冗談を言い、

日常を生きている」

 

その声は穏やかだった。

 

「ならば、

最後まで人として終わらせるべきだ」

 

その瞬間。

 

切嗣は静かに目を伏せた。

 

胸の奥が、

鈍く痛む。

 

それは、

自分が最も見ないようにしていた現実だった。

 

アイリスフィールは器。

 

その事実を、

切嗣は理解している。

 

理解した上で、

利用している。

 

聖杯へ辿り着く為に。

 

理想を叶える為に。

 

だが。

 

セイバーは違った。

 

この男は、

そこへ真正面から踏み込む。

 

“人間として扱え”と。

 

ギルガメッシュが、

愉快そうに笑う。

 

「クク……」

 

黄金の王は杯を傾ける。

 

「聖杯を疑い、

器まで救うと言うか」

 

紅い瞳が細まる。

 

「ますます英雄らしくないなセイバー」

 

セイバーは薄く笑った。

 

「ああ」

 

「では何だ?」

 

雪が舞う。

 

その問いに。

 

セイバーは少しだけ考え――。

 

そして、

静かに答えた。

 

「ただの人間だよ」

 

ライダーが豪快に笑った。

 

「ハハハハハ!!

そこまで来ると清々しいな!」

 

「人間が、

奇跡を疑い、

化物を斬り、

聖杯を壊し、

女を救うか!」

 

征服王は酒を飲み干す。

 

「実に面白い!!」

 

ディルムッドも、

静かに目を閉じた。

 

「……騎士とは違う。

だが、

嫌いではない在り方だ」

 

ケイネスだけは苦い顔をしていた。

 

理解出来ない。

 

いや。

 

理解したくない。

 

魔術師なら、

器は器だ。

 

犠牲は犠牲。

 

だが。

 

このセイバーは、

そこへ感情を持ち込む。

 

“救う”などと言う。

 

非合理。

 

非効率。

 

なのに――。

 

何故か、

その言葉には妙な説得力があった。

 

そして。

 

切嗣は静かに煙草へ火を点けた。

 

火が揺れる。

 

セイバーはそんな切嗣へ、

ようやく視線を向ける。

 

「切嗣」

 

「ああ」

 

「お前はどうしたい?」

 

沈黙。

 

雪が落ちる音だけが響く。

 

衛宮切嗣は、

しばらく何も答えなかった。

 

だが。

 

やがて。

 

掠れた声で、

小さく呟く。

 

「……救えるなら」

 

その言葉は、

あまりにも弱かった。

 

理想を追い続けた男とは思えないほど。

 

「救いたい」

 

セイバーは、

静かに頷いた。

 

その目は、

どこか優しかった。

 

まるで。

 

初めて、

衛宮切嗣という男の“本音”を見たように。

 

 

 

 

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