『戦場の王は、暇に弱い』
アインツベルン城の午後。
外は相変わらずの吹雪だった。
白銀の森。
凍てつく風。
鉛色の空。
だが城内は暖炉の火で暖かい。
そして現在――。
埋葬機関番外次席にして、死徒二十七祖を二体道連れにした伝説の怪物は。
暇だった。
「…………」
ソファに座るブラッドレイは、腕を組んだまま動かない。
まるで彫像である。
だがその実。
内心かなり困っていた。
戦場なら分かる。
敵を殺せばいい。
作戦を立てればいい。
生き残ればいい。
だが。
平和な城の中で何をすればいいのか、本気で分からなかった。
結果。
三十分ほど、ずっと座っている。
通りかかったメイドが二回ほど悲鳴を飲み込んで逃げた。
理由は簡単だ。
“殺気を放ったまま無言で座る軍服の男”など怖すぎる。
本人に悪気は一切ない。
「……おじさん」
イリヤだった。
ぺたぺたと近付いてくる。
ブラッドレイは視線を向けた。
「なんだ」
「さっきからずっとそこにいるけど、なにしてるの?」
数秒沈黙。
そして。
「暇だ」
真顔だった。
イリヤは瞬きを繰り返す。
「……サーヴァントって暇なの?」
「戦いが無ければな」
「ふーん」
イリヤは考え込む。
やがて。
「遊ぶ?」
ブラッドレイが止まる。
「……遊ぶ?」
「うん!」
まるで未知の単語だった。
彼は本気で考え込む。
遊び。
戦場では無縁の概念。
人生の大半を“殺すか殺されるか”で過ごした男にとって、それは理解し難い文化だった。
「具体的には何をする」
「んー……」
イリヤは周囲を見回し。
棚からトランプを持ってきた。
「これ!」
ブラッドレイはカードを見る。
「……賭博か?」
「ちがうよ!?」
イリヤが慌てる。
「普通に遊ぶの!」
「普通とは」
「えぇ……」
イリヤは困惑した。
このおじさん、たまに本当に人間なのか怪しい。
⸻
数分後。
食堂。
テーブルにはトランプが並べられていた。
参加者は三人。
イリヤ。
切嗣。
ブラッドレイ。
そして舞弥が少し離れた位置から見ている。
異様な光景だった。
世界有数の危険人物達が、真顔でババ抜きをしている。
「ルールは理解した」
ブラッドレイはカードを扇状に持ちながら頷く。
「同じ数字を揃えて捨て、最後にジョーカーを持っていた者が負け」
「うん!」
「なるほど。心理戦か」
「そんな大層なものじゃない」
切嗣が呆れ気味に言う。
ゲーム開始。
イリヤは楽しそうにカードを引く。
切嗣は無表情。
ブラッドレイは。
異様な集中力だった。
「……」
最強の眼。
発動。
視線。
呼吸。
指先の動き。
筋肉。
全てを解析。
切嗣がジョーカーを持っている確率を瞬時演算。
「そちらだな」
ブラッドレイがカードを引く。
外れ。
ジョーカーではない。
「……?」
彼の眉が僅かに動いた。
切嗣が煙草を咥えながら言う。
「最強の眼でババ抜きするな」
「いや、確率的には間違っていなかった」
「子供相手に本気出すな」
「勝負に手加減は失礼だ」
「大人気ない……」
イリヤが呆れている。
しかし。
次の瞬間。
ブラッドレイの視線が鋭くなる。
イリヤの手元。
呼吸。
目線。
僅かな指の震え。
「そこか」
引く。
ジョーカー。
「…………」
場が静まる。
イリヤが吹き出した。
「おじさん弱い!!」
「馬鹿な……」
ブラッドレイが本気で困惑していた。
「何故だ。理論上は……」
「運が悪いだけだ」
切嗣が淡々と言う。
ブラッドレイは深く考え込む。
「……なるほど」
真面目な顔で頷いた。
「幸運値か」
「そんな真剣に分析しなくていいから」
⸻
夕方。
ブラッドレイは城の図書室にいた。
理由は簡単。
暇だからである。
「……」
本棚を眺める。
膨大な蔵書。
魔術書。
歴史書。
詩集。
文学。
その中から彼が手に取ったのは――。
料理本だった。
「何読んでるの?」
イリヤが後ろから覗き込む。
ブラッドレイは平然と答えた。
「料理だ」
「料理?」
「興味がある」
「なんで?」
数秒考え。
「戦場でまともな食事が少なかった」
妙に重い理由だった。
ページを捲る。
シチュー。
ローストビーフ。
パスタ。
ブラッドレイは真剣だった。
まるで作戦書でも読むように。
「……切る」
「うん?」
「食材を切る技術は応用できそうだ」
「包丁で戦う気なの!?」
「冗談だ」
「今ちょっと本気っぽかった!」
ブラッドレイは僅かに笑った。
その時。
図書室へアイリスフィールが入ってくる。
「あら?」
そして。
料理本を読むセイバーを見て固まった。
「……何を?」
「勉強だ」
「料理の?」
「うむ」
アイリスフィールは数秒沈黙し。
やがて耐えきれず笑った。
「ふふっ……」
「何がおかしい」
「いえ……その……」
死徒二十七祖を斬り殺した男が、真顔で料理本を読んでいる。
ギャップが酷すぎた。
ブラッドレイは不満そうに眉を寄せる。
「笑うな」
「ご、ごめんなさい……っ」
しかし笑いが止まらない。
イリヤまで笑い始める。
「おじさん、エプロン似合いそう!」
「断る」
「絶対似合う!」
「断る」
真顔だった。
⸻
夜。
暖炉の火が揺れている。
切嗣はソファに座り、煙草を吸っていた。
向かいにはブラッドレイ。
珍しく静かな時間だった。
「……どうだ」
切嗣が聞く。
「何がだ」
「平和ごっこは」
ブラッドレイは少し考える。
暖炉の火を見る。
穏やかな空気。
誰も死なない夜。
銃声の無い時間。
それは彼にとって、余りにも未知だった。
「……妙だな」
「妙?」
「落ち着かん」
「だろうな」
「だが」
彼は小さく笑った。
「嫌いではない」
切嗣は煙を吐く。
そして静かに目を閉じた。
聖杯戦争は、まだ始まらない。
だが。
この短い平穏は、きっと長くは続かない。
だからこそ。
今だけは。
この静かな時間を、誰も壊さなかった。