冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第5話

『戦場の王は、暇に弱い』

 

アインツベルン城の午後。

 

外は相変わらずの吹雪だった。

 

白銀の森。

凍てつく風。

鉛色の空。

 

だが城内は暖炉の火で暖かい。

 

そして現在――。

 

埋葬機関番外次席にして、死徒二十七祖を二体道連れにした伝説の怪物は。

 

暇だった。

 

「…………」

 

ソファに座るブラッドレイは、腕を組んだまま動かない。

 

まるで彫像である。

 

だがその実。

 

内心かなり困っていた。

 

戦場なら分かる。

 

敵を殺せばいい。

 

作戦を立てればいい。

 

生き残ればいい。

 

だが。

 

平和な城の中で何をすればいいのか、本気で分からなかった。

 

結果。

 

三十分ほど、ずっと座っている。

 

通りかかったメイドが二回ほど悲鳴を飲み込んで逃げた。

 

理由は簡単だ。

 

“殺気を放ったまま無言で座る軍服の男”など怖すぎる。

 

本人に悪気は一切ない。

 

「……おじさん」

 

イリヤだった。

 

ぺたぺたと近付いてくる。

 

ブラッドレイは視線を向けた。

 

「なんだ」

 

「さっきからずっとそこにいるけど、なにしてるの?」

 

数秒沈黙。

 

そして。

 

「暇だ」

 

真顔だった。

 

イリヤは瞬きを繰り返す。

 

「……サーヴァントって暇なの?」

 

「戦いが無ければな」

 

「ふーん」

 

イリヤは考え込む。

 

やがて。

 

「遊ぶ?」

 

ブラッドレイが止まる。

 

「……遊ぶ?」

 

「うん!」

 

まるで未知の単語だった。

 

彼は本気で考え込む。

 

遊び。

 

戦場では無縁の概念。

 

人生の大半を“殺すか殺されるか”で過ごした男にとって、それは理解し難い文化だった。

 

「具体的には何をする」

 

「んー……」

 

イリヤは周囲を見回し。

 

棚からトランプを持ってきた。

 

「これ!」

 

ブラッドレイはカードを見る。

 

「……賭博か?」

 

「ちがうよ!?」

 

イリヤが慌てる。

 

「普通に遊ぶの!」

 

「普通とは」

 

「えぇ……」

 

イリヤは困惑した。

 

このおじさん、たまに本当に人間なのか怪しい。

 

 

数分後。

 

食堂。

 

テーブルにはトランプが並べられていた。

 

参加者は三人。

 

イリヤ。

切嗣。

ブラッドレイ。

 

そして舞弥が少し離れた位置から見ている。

 

異様な光景だった。

 

世界有数の危険人物達が、真顔でババ抜きをしている。

 

「ルールは理解した」

 

ブラッドレイはカードを扇状に持ちながら頷く。

 

「同じ数字を揃えて捨て、最後にジョーカーを持っていた者が負け」

 

「うん!」

 

「なるほど。心理戦か」

 

「そんな大層なものじゃない」

 

切嗣が呆れ気味に言う。

 

ゲーム開始。

 

イリヤは楽しそうにカードを引く。

 

切嗣は無表情。

 

ブラッドレイは。

 

異様な集中力だった。

 

「……」

 

最強の眼。

 

発動。

 

視線。

 

呼吸。

 

指先の動き。

 

筋肉。

 

全てを解析。

 

切嗣がジョーカーを持っている確率を瞬時演算。

 

「そちらだな」

 

ブラッドレイがカードを引く。

 

外れ。

 

ジョーカーではない。

 

「……?」

 

彼の眉が僅かに動いた。

 

切嗣が煙草を咥えながら言う。

 

「最強の眼でババ抜きするな」

 

「いや、確率的には間違っていなかった」

 

「子供相手に本気出すな」

 

「勝負に手加減は失礼だ」

 

「大人気ない……」

 

イリヤが呆れている。

 

しかし。

 

次の瞬間。

 

ブラッドレイの視線が鋭くなる。

 

イリヤの手元。

 

呼吸。

 

目線。

 

僅かな指の震え。

 

「そこか」

 

引く。

 

ジョーカー。

 

「…………」

 

場が静まる。

 

イリヤが吹き出した。

 

「おじさん弱い!!」

 

「馬鹿な……」

 

ブラッドレイが本気で困惑していた。

 

「何故だ。理論上は……」

 

「運が悪いだけだ」

 

切嗣が淡々と言う。

 

ブラッドレイは深く考え込む。

 

「……なるほど」

 

真面目な顔で頷いた。

 

「幸運値か」

 

「そんな真剣に分析しなくていいから」

 

 

夕方。

 

ブラッドレイは城の図書室にいた。

 

理由は簡単。

 

暇だからである。

 

「……」

 

本棚を眺める。

 

膨大な蔵書。

 

魔術書。

 

歴史書。

 

詩集。

 

文学。

 

その中から彼が手に取ったのは――。

 

料理本だった。

 

「何読んでるの?」

 

イリヤが後ろから覗き込む。

 

ブラッドレイは平然と答えた。

 

「料理だ」

 

「料理?」

 

「興味がある」

 

「なんで?」

 

数秒考え。

 

「戦場でまともな食事が少なかった」

 

妙に重い理由だった。

 

ページを捲る。

 

シチュー。

ローストビーフ。

パスタ。

 

ブラッドレイは真剣だった。

 

まるで作戦書でも読むように。

 

「……切る」

 

「うん?」

 

「食材を切る技術は応用できそうだ」

 

「包丁で戦う気なの!?」

 

「冗談だ」

 

「今ちょっと本気っぽかった!」

 

ブラッドレイは僅かに笑った。

 

その時。

 

図書室へアイリスフィールが入ってくる。

 

「あら?」

 

そして。

 

料理本を読むセイバーを見て固まった。

 

「……何を?」

 

「勉強だ」

 

「料理の?」

 

「うむ」

 

アイリスフィールは数秒沈黙し。

 

やがて耐えきれず笑った。

 

「ふふっ……」

 

「何がおかしい」

 

「いえ……その……」

 

死徒二十七祖を斬り殺した男が、真顔で料理本を読んでいる。

 

ギャップが酷すぎた。

 

ブラッドレイは不満そうに眉を寄せる。

 

「笑うな」

 

「ご、ごめんなさい……っ」

 

しかし笑いが止まらない。

 

イリヤまで笑い始める。

 

「おじさん、エプロン似合いそう!」

 

「断る」

 

「絶対似合う!」

 

「断る」

 

真顔だった。

 

 

夜。

 

暖炉の火が揺れている。

 

切嗣はソファに座り、煙草を吸っていた。

 

向かいにはブラッドレイ。

 

珍しく静かな時間だった。

 

「……どうだ」

 

切嗣が聞く。

 

「何がだ」

 

「平和ごっこは」

 

ブラッドレイは少し考える。

 

暖炉の火を見る。

 

穏やかな空気。

 

誰も死なない夜。

 

銃声の無い時間。

 

それは彼にとって、余りにも未知だった。

 

「……妙だな」

 

「妙?」

 

「落ち着かん」

 

「だろうな」

 

「だが」

 

彼は小さく笑った。

 

「嫌いではない」

 

切嗣は煙を吐く。

 

そして静かに目を閉じた。

 

聖杯戦争は、まだ始まらない。

 

だが。

 

この短い平穏は、きっと長くは続かない。

 

だからこそ。

 

今だけは。

 

この静かな時間を、誰も壊さなかった。

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