冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第53話

先ほどまで城を揺らしていた狂気は消え、中庭には英霊達の気配だけが残っている。

 

ランスロット――は膝をついたまま、なお呼吸を整えていた。

 

その姿を見下ろしながら。

 

セイバー――は困ったように頭を掻いた。

 

「参ったな」

 

ぽつり、と零す。

 

「真に狂っているなら、斬るつもりだったが」

 

みかんを一房食べる。

 

「予定が狂ったな」

 

ライダー――が豪快に笑う。

 

「ハハハ!!

貴様、“正気なら斬らない”のか!!」

 

「無意味な殺しは好かん」

 

即答だった。

 

「必要なら殺す」

「不要なら殺さない」

 

切嗣が煙を吐き出す。

 

「……いつも通りだな」

 

「そうでもない」

 

セイバーは静かにランスロットを見る。

 

「この男は、まだ戦士だ」

 

「壊れていても、終わってはいない」

 

その時だった。

 

セイバーの魔眼が、暗闇へ向く。

 

城の外壁。

 

森の奥。

 

呼吸。

鼓動。

魔力の揺れ。

 

怯え。

 

セイバーは視線だけを向けたまま言った。

 

「ランスロットのマスター」

 

空気が張り詰める。

 

ランサー――が槍を構える。

 

ギルガメッシュ――の背後に黄金の波紋が浮かぶ。

 

だが。

 

セイバーは片手を軽く上げた。

 

「出てくるといい」

 

静かな声。

 

「戦う気はない」

 

沈黙。

 

吹雪の音だけが響く。

 

やがて。

 

森の奥から、ゆっくりと人影が現れた。

 

黒いコート。

 

疲弊した顔。

 

それでも消えぬ気品。

 

切嗣が目を細める。

 

「……間桐ではないな」

 

男は警戒したまま歩み出る。

 

ランスロットが顔を上げた。

 

「……マスター」

 

その声には驚きが混じっていた。

 

男はランスロットを見る。

 

狂化の消えた瞳。

 

理性を取り戻した騎士。

 

そして。

 

震えるように息を吐いた。

 

「本当に……戻ったのか……」

 

セイバーは静かに答える。

 

「応急処置だ」

 

「完全ではない」

「無理をすれば再び狂気に呑まれる」

 

男はセイバーを見る。

 

その視線には恐怖があった。

 

当然だ。

 

目の前の男は。

 

狂化という“概念”を斬り裂いた。

 

英霊ですら理解不能な異常。

 

セイバーは気にした様子もなく言う。

 

「安心しろ」

 

「今は斬らん」

 

「貴様らは、まだ聖杯を見ていない」

 

その言葉に。

 

切嗣が静かに目を細める。

 

ライダーが腕を組む。

 

ギルガメッシュが愉快そうに笑った。

 

「クク……」

「雑種にしては随分と甘いではないか」

 

セイバーは肩を竦める。

 

「そうか?」

 

「敵を減らす前に、“何を壊すべきか”確認したいだけだ」

 

冬木の空を見る。

 

その奥。

 

まだ現れぬ聖杯。

 

だが。

 

眼帯の奥の魔眼は、確かに感じていた。

 

淀み。

 

腐敗。

 

何か巨大な悪意。

 

セイバーは低く呟く。

 

「もし聖杯が本当に壊れているなら」

 

静かな声。

 

だが誰よりも冷たい。

 

「敵味方をしている場合ではなくなる」

 

その瞬間。

 

空気が再び重くなった。

 

誰も否定できない。

 

皆、既に感じている。

 

この戦争は、どこかおかしい。

 

キャスターの狂気。

異常な召喚。

黒い気配。

 

まるで。

 

“願望機”そのものが、人間の願いを喰っているかのように。

 

空気が凍った。

 

森から現れたランスロットのマスター。

 

その男を見た瞬間。

 

セイバー――の魔眼が、僅かに細くなる。

 

「……ほう?」

 

低い声。

 

だが、その一言だけで場の空気が変わった。

 

切嗣が即座に気付く。

 

――何かを見た。

 

セイバーは男を観察していた。

 

皮膚。

血流。

神経。

魔力。

内臓。

 

そして。

 

“異物”。

 

無数の蠢く気配。

 

呪われた生命。

 

人間の肉体へ無理矢理寄生した、歪んだ魔術。

 

ライダー――が眉を顰める。

 

「どうした?」

 

セイバーは淡々と答えた。

 

「随分悪趣味な物を体内に飼っているな?」

 

その瞬間。

 

男の顔色が変わった。

 

ランサー――が警戒する。

 

ギルガメッシュ――は愉快そうに笑っていた。

 

「クク……見えるか」

 

セイバーは静かに前へ出る。

 

男が一歩下がる。

 

恐怖。

 

当然だった。

 

この男の眼は異常だ。

 

肉体の奥まで見通している。

 

セイバーは双剣の一本を抜いた。

 

銀の刃。

 

静かな殺気。

 

ランスロットが咄嗟に前へ出ようとする。

 

「待て!!」

 

だが。

 

セイバーは平然と言った。

 

「安心しろ」

 

「斬るのは貴様ではない」

 

次の瞬間。

 

銀閃。

 

誰も見えなかった。

 

風すら遅れて裂ける。

 

男の身体が硬直する。

 

切嗣の目が開く。

 

――速い。

 

いや。

 

速すぎる。

 

斬撃そのものが“認識”を置き去りにしていた。

 

数秒後。

 

ぶちぶち、と。

 

男の全身から何かが弾け飛ぶ。

 

黒い虫。

 

無数。

 

肉へ食い込んでいた刻印虫が、雪の上へ落ちていた。

 

まだ蠢いている。

 

ライダーが目を見開く。

 

「な……!?」

 

ランサーが絶句する。

 

「内部だけを……」

 

ギルガメッシュですら笑みを深めた。

 

「フハハ……」

「人体を傷付けず、寄生虫のみを斬ったか」

 

セイバーは当然のように剣を納めた。

 

「簡単だ」

 

「動きが遅い」

 

切嗣が額を押さえる。

 

「基準がおかしい……」

 

男は膝をついた。

 

苦しそうに咳き込む。

 

だが。

 

その顔には、驚愕が浮かんでいた。

 

身体が軽い。

 

長年まとわりついていた異物感。

 

腐臭のような魔力。

 

それが消えている。

 

セイバーは静かに言った。

 

「間桐の魔術か」

 

「趣味が悪い」

 

ランスロットの表情が歪む。

 

理解した。

 

自分のマスターは、利用されていたのだ。

 

蟲蔵。

 

外法。

 

肉体改造。

 

人間を部品のように扱う魔術。

 

セイバーは冷めた目で雪の上の虫を見る。

 

そして。

 

容赦なく踏み潰した。

 

ぐしゃり、と。

 

「虫は嫌いだ」

 

ライダーが吹き出した。

 

「理由が単純すぎるだろうが!!」

 

「不快だからな」

 

セイバーは本気でそう言っていた。

 

ギルガメッシュは腹を抱えて笑っている。

 

ランサーも苦笑した。

 

だが。

 

切嗣だけは静かにセイバーを見ていた。

 

――この男は。

 

本当に、どこまで見えている?

 

魔力。

人体。

精神。

呪い。

 

まるで。

 

“構造そのもの”を理解して斬っている。

 

セイバーは空を見上げた。

 

眼帯の奥。

 

魔眼が、遥か先を見ている。

 

「……ますます嫌な予感がする」

 

低い声。

 

「この戦争、“人間の悪意”が濃すぎる」

 

その言葉に。

 

誰も反論できなかった。

 

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