雪が降り続ける。
アインツベルン城の中庭。
狂戦士との衝突の余韻。
砕けた石畳。
黒い虫の残骸。
その中心で。
セイバー―は、静かに空を見上げていた。
冬木の空。
その奥にある、“まだ現れていない何か”。
やがて。
セイバーは淡々と言った。
「聖杯戦争を一時中断して」
全員の視線が集まる。
「聖杯の本質を確認することにしないかね?」
静寂。
風の音だけが響く。
最初に反応したのは、ライダー――だった。
「……ほう」
征服王は腕を組み、興味深そうに笑う。
「戦争の最中に停戦協定か」
「実に面白い提案だ」
ランサー――は真剣な表情で周囲を見る。
「確かに、この戦争は異常だ」
「キャスターの暴走だけではない」
「何か根本的に歪んでいる」
切嗣が煙草を咥えたまま低く言う。
「問題は、誰がそれを信用するかだ」
現実的な意見だった。
聖杯戦争は殺し合い。
停戦など、本来あり得ない。
だが。
切嗣自身も理解している。
ここまで異常が重なれば、“確認”は必要だ。
セイバーは頷く。
「当然、全面的な信頼など期待していない」
「だから条件付きだ」
眼帯の奥。
魔眼が全員を静かに見る。
「バーサーカー陣営」
「ライダー陣営」
「ランサー陣営」
「アーチャー陣営」
「そして私達」
「互いに監視し合いながら、聖杯へ至る」
「その上で」
セイバーの声が僅かに低くなる。
「もし聖杯が災厄なら、その場で破壊する」
空気が重くなる。
誰も冗談だと思わない。
この男は、本当に斬る。
たとえ願望機であろうと。
たとえ奇跡であろうと。
災厄なら、迷わず壊す。
ギルガメッシュ――が酒杯を傾けながら笑った。
「ククク……」
「願望機を前にして、“壊す前提”で話す英霊など初めて見たぞ」
セイバーは平然としている。
「腐った水は飲まん」
「単純な話だ」
ライダーが豪快に笑う。
「ハハハ!!
嫌いではない!!」
「余も乗ろう!」
「もし聖杯が偽物なら、そんなものに征服される趣味はない!」
ランサーも静かに頷いた。
「私も異論はない」
「騎士として、災厄を見過ごす気はない」
切嗣は煙を吐き出しながら呟く。
「……奇妙な同盟だな」
「英霊同士が、聖杯破壊を前提に動くとは」
その時だった。
ギルガメッシュが不意に笑みを消した。
赤い瞳が、セイバーへ向く。
「だが雑種」
「一つ問題がある」
中庭の空気が張り詰める。
「アサシン陣営はどうする?」
その瞬間。
全員の空気が変わった。
偽装された死。
消えた気配。
教会。
言峰綺礼。
全てが繋がる。
切嗣の目が細まる。
「……やはり生きているか」
セイバーは静かに頷いた。
「十中八九な」
「だからこそ、放置出来ん」
ライダーが笑みを消す。
「なるほど」
「停戦の前に、まずは“影”を引きずり出す必要があるか」
セイバーはサーベルへ手を添えた。
中庭に沈黙が落ちる。
雪の降る夜。
停戦。
聖杯の調査。
アサシン狩り。
その異常な会談の中で。
セイバー――は、不意に黄金の王を見た。
「英雄王」
ギルガメッシュが酒杯を傾ける。
「なんだ、雑種」
セイバーは静かに言った。
「貴様なら、サーヴァントの代わりになる財を持っているだろ?」
その瞬間。
空気が変わった。
切嗣が目を細める。
ライダー――が興味深そうに笑う。
ランサー――は即座に意図を理解した。
「……まさか」
ギルガメッシュの赤い瞳が細くなる。
「ほう?」
セイバーは続けた。
「もし聖杯が、本当に“器”なら」
「サーヴァントの魂を満たした時、完成するはずだ」
雪が舞う。
静かな声だけが響く。
「ならば」
「代用品で満たせば、反応を見る事が出来る」
切嗣の顔色が変わる。
――試す気か。
聖杯そのものを。
ライダーが低く唸る。
「なるほどな……」
「英霊の魂を満たす前に、“別の神秘”を流し込むか」
セイバーは頷く。
「聖杯が本当に万能なら、拒絶しない」
「だが、もし“何か”を求めているなら」
眼帯の奥。
魔眼が細くなる。
「反応する」
ギルガメッシュは数秒沈黙した。
その背後。
黄金の波紋――『王の財宝』が静かに揺らぐ。
神代の秘宝。
失われた幻想。
原初の財。
その一つ一つが、下手な宝具を遥かに超える神秘を持つ。
黄金の王は、ゆっくり笑った。
「クク……」
「面白い発想だ」
「流石は現代の戦争屋」
セイバーは肩を竦める。
「戦争では、まず敵を調べる」
「正体も分からん物へ願いを預けるほど、私は夢見がちではない」
ライダーが豪快に笑う。
「ハハハ!!
気に入ったぞ!!」
「聖杯を“兵器検証”のように扱う英霊など初めてだ!」
ランサーも真剣な顔で頷く。
「だが理には適っている」
「確かに、あれが本当に万能機なら、代替神秘にも反応するはずだ」
切嗣が低く呟く。
「……危険だな」
「もしセイバーの予感通りなら、聖杯側も反応する」
セイバーは即答した。
「だからこそ確認する」
「災厄なら、なおさら放置出来ん」
その時だった。
ギルガメッシュが愉快そうに笑い始める。
「フハハハハハ!!」
黄金の波紋が広がる。
空間から現れる無数の財宝。
剣。
杯。
宝石。
呪具。
神代兵装。
周囲の大気そのものが悲鳴を上げる。
「よかろう」
王は玉座のように立ちながら宣言した。
「雑種共」
「貴様らに、王の財を見せてやる」
その瞬間。
セイバーの魔眼が僅かに細まる。
――多い。
神秘の密度が異常だ。
まるで、一つ一つが“小さな聖杯”に近い。
ギルガメッシュは笑う。
「さて」
「万能の器とやらが、本当に“願望機”なのか」
赤い瞳が夜を見上げる。
「それとも、ただの呪われた穴なのか」
空気が張り詰める。
そして。
冬木の夜の奥で。
ほんの僅かに。
“黒い何か”が脈動した。