冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第55話

アインツベルン城の談話室。

 

暖炉の火が静かに揺れていた。

 

外では雪が降り続いている。

 

だが、この部屋の空気はそれ以上に重かった。

 

卓上には、ギルガメッシュが無造作に出した神代の杯。

ライダーの豪快な酒瓶。

剥かれたみかん。

 

そして。

 

聖杯戦争そのものを揺るがす話。

 

セイバー――は、静かにアイリスフィールを見た。

 

アイリスフィールは、その視線を真っ直ぐ受け止める。

 

彼女は理解していた。

 

この男が、今から危険な事を言おうとしている事を。

 

セイバーは淡々と口を開く。

 

「アイリスフィール」

 

静かな声。

 

「かなり危険な賭けだが、信じてくれ」

 

部屋が静まり返る。

 

切嗣――が煙草を持つ手を止めた。

 

セイバーは続ける。

 

「聖杯が本当に“器”なら」

 

「アイリスフィールを核にしている以上、外部から神秘を流し込めば反応する可能性がある」

 

アイリスフィールの表情が僅かに曇る。

 

ライダー――Iが腕を組む。

 

「つまり、疑似的に聖杯を刺激する気か」

 

「そうだ」

 

セイバーは頷いた。

 

「危険性は高い」

 

「最悪の場合、“中の何か”が表に出る」

 

その瞬間。

 

暖炉の火が小さく揺れた。

 

切嗣の目が細くなる。

 

「……成功率は?」

 

「分からん」

 

即答だった。

 

「だが、確認せずに最後まで進めば、もっと危険だ」

 

静寂。

 

その現実的な言葉が、逆に重い。

 

セイバーはアイリスフィールを見る。

 

「だから確認したい」

 

「貴女が壊れる前に」

 

その言葉に。

 

アイリスフィールの瞳が僅かに揺れた。

 

彼女は理解している。

 

自分が“器”である事を。

 

最後には、聖杯そのものへ変わっていく存在である事を。

 

切嗣が低く尋ねる。

 

「……お前は、何をするつもりだ」

 

セイバーはギルガメッシュを見る。

 

黄金の王は、既に面白そうに笑っていた。

 

「王の財宝の神秘を利用する」

 

「英霊の魂に近い神代の財を、少量だけ流し込む」

 

ランサー――が険しい顔をする。

 

「そんな事をして、器が耐えられるのか?」

 

セイバーは少し考え。

 

それから静かに答えた。

 

「普通なら無理だ」

 

「だが、アイリスフィールは特別製だ」

 

アイリスフィールが苦笑する。

 

「嬉しくない褒め言葉ね」

 

ライダーが豪快に笑った。

 

「ハハハ!

違いない!」

 

しかし。

 

切嗣だけは笑わなかった。

 

彼はセイバーを見ている。

 

この男は、本気だ。

 

本当に。

 

聖杯の正体を暴こうとしている。

 

たとえ、その結果が絶望でも。

 

セイバーは静かに言った。

 

「切嗣も良いかね?」

 

その問い。

 

それは確認だった。

 

マスターとして。

夫として。

そして、願いを追い続けた男として。

 

切嗣は長く沈黙した。

 

暖炉の火だけが揺れる。

 

やがて。

 

彼は煙を吐き出し、低く呟いた。

 

「……やれ」

 

アイリスフィールが彼を見る。

 

切嗣は目を伏せたまま続ける。

 

「ここまで来て、正体不明のまま進む方が危険だ」

 

「もし災厄なら」

「俺達が止める」

 

セイバーは静かに頷いた。

 

「そうか」

 

その時だった。

 

ギルガメッシュが酒杯を掲げ、愉快そうに笑う。

 

「フハハハハ!!」

 

「良いぞ雑種共!」

 

「願望機の解体実験とは、実に余興らしい!」

 

ライダーも立ち上がる。

 

「面白い!

余も見届けよう!」

 

ランサーは静かに槍を握る。

 

「……何が起きても対応出来るようにしておく」

 

部屋の空気が変わる。

 

停戦ではない。

 

信頼でもない。

 

だが。

 

今この場だけは。

 

全員が同じ方向を見ていた。

 

――聖杯の正体。

 

その瞬間。

 

セイバーの魔眼が、僅かに細くなる。

 

眼帯の奥。

 

何かが、“向こう側”からこちらを見返していた。

 

暖炉の火が揺れる。

 

部屋の空気は、既に戦場以上に張り詰めていた。

 

アイリスフィール――は静かに椅子へ座っている。

 

白い指先が、僅かに震えていた。

 

だが、その瞳に恐怖はない。

 

覚悟だけがあった。

 

セイバー――は、その前へ立つ。

 

眼帯の奥。

 

魔眼が、既にアイリスフィールの内部構造を見抜いていた。

 

聖杯の器。

 

人造人間。

 

英霊の魂を受け入れるための“空洞”。

 

そして、その奥に沈む、黒い淀み。

 

セイバーは静かに口を開く。

 

「英雄王」

 

黄金の王――が愉快そうに笑う。

 

「なんだ、雑種」

 

セイバーは淡々と言った。

 

「サーヴァント二騎分の財を、アイリスフィールへ」

 

その瞬間。

 

部屋の空気が凍った。

 

ランサー――が目を見開く。

 

「二騎分だと……!?」

 

ライダー――ですら真顔になる。

 

切嗣が低く唸った。

 

「……一気にやる気か」

 

セイバーは頷く。

 

「小出しでは意味がない」

 

「聖杯が“魂”を求めているなら、中途半端な神秘では反応しない可能性がある」

 

眼帯の奥。

 

魔眼が細くなる。

 

「ならば、限界まで揺さぶる」

 

ギルガメッシュは数秒沈黙し。

 

やがて。

 

腹の底から笑った。

 

「フハハハハハハハ!!」

 

黄金の波紋が空間へ広がる。

 

『王の財宝』。

 

神代の秘宝が次々と姿を現す。

 

部屋そのものが悲鳴を上げた。

 

空気が重い。

 

神秘の密度が異常だ。

 

まるで古代神殿の中心にいるような圧迫感。

 

ギルガメッシュは愉快そうに言う。

 

「良かろう」

 

「雑種にしては大胆だ」

 

「二騎分程度なら、余の蔵には塵にも等しい」

 

ライダーが苦笑する。

 

「毎度思うが、規模がおかしいぞ英雄王……」

 

セイバーはアイリスフィールを見る。

 

「始める」

 

アイリスフィールは静かに頷いた。

 

「ええ」

 

切嗣が彼女の肩へ手を置く。

 

その表情は険しい。

 

だが止めない。

 

もう、ここまで来たのだ。

 

真実を見るしかない。

 

セイバーは双剣を抜く。

 

銀の刃。

 

その切っ先が、空中へ静かに向けられる。

 

「英雄王」

 

「流せ」

 

次の瞬間。

 

黄金の波紋から、二つの財が現れる。

 

一つは、神代の聖杯。

 

もう一つは、脈動する赤い宝石。

 

どちらも、下級宝具を遥かに超える神秘。

 

ギルガメッシュが嗤う。

 

「壊すなよ、器」

 

そして。

 

神秘が解放された。

 

轟音。

 

否。

 

音ではない。

 

“概念”が流れ込む。

 

部屋の空気が歪む。

 

アイリスフィールが息を呑む。

 

白い身体へ、黄金の光が流れ込んだ。

 

瞬間。

 

セイバーの魔眼が、限界まで開く。

 

――来る。

 

アイリスフィールの内部。

 

空洞だった器が、急速に満たされていく。

 

神秘。

魂。

情報。

 

そして。

 

その奥。

 

黒い“穴”が、反応した。

 

ぞぶり、と。

 

何かが動く。

 

切嗣の顔色が変わる。

 

ランサーが槍を構える。

 

ライダーの笑みが消える。

 

ギルガメッシュだけが、愉快そうに細めた目で見ていた。

 

アイリスフィールが苦しそうに胸を押さえる。

 

「っ……!」

 

黒い泥。

 

影。

 

呪詛。

 

器の奥から、“何か”が溢れようとしている。

 

セイバーが低く呟く。

 

「やはりか」

 

魔眼が、その本質を捉える。

 

願望機ではない。

 

もっと古い。

 

もっと醜悪な。

 

人類の悪意そのもの。

 

セイバーの声が、静かに冷えた。

 

「……これは聖杯ではない」

 

その瞬間。

 

アイリスフィールの背後から。

 

黒い腕が、ゆっくりと現れた。

 

 

暖炉の火が、黒く揺れた。

 

空気そのものが腐敗していく。

 

アイリスフィール――の背後から現れた“黒い腕”。

 

それは腕の形をしているだけだった。

 

泥。

 

呪詛。

 

悪意。

 

人間の負の感情を無理矢理固めたような、悍ましい何か。

 

見た瞬間、本能が理解する。

 

――これは、この世に存在してはいけない。

 

ライダー――ですら笑みを消した。

 

「……おいおい」

 

ランサー――が槍を構える。

 

「なんだ……これは……」

 

切嗣は即座にアイリスフィールの前へ出る。

 

その顔から血の気が引いていた。

 

ギルガメッシュ――だけが、静かに目を細めている。

 

黄金の王ですら、愉快そうな笑みを消していた。

 

そして。

 

セイバー――は、その“黒”を真正面から見据えたまま、低く呟いた。

 

「最悪のパターンだな」

 

静かな声。

 

だが、そこには明確な殺意があった。

 

魔眼が、黒泥の本質を暴いていく。

 

怨嗟。

憎悪。

嫉妬。

絶望。

殺意。

 

人間が生み出した負の感情。

 

それを際限なく濃縮した“穴”。

 

セイバーの顔から、いつもの余裕が消える。

 

「……願望機ではない」

 

「これは、“悪意の集合体”だ」

 

黒い腕が、ゆっくりと空中を掴む。

 

その瞬間。

 

床が腐った。

 

石が溶ける。

 

魔力が悲鳴を上げる。

 

ランサーが歯を食いしばる。

 

「触れるだけで侵食するのか……!」

 

ライダーが険しい顔で呟く。

 

「冗談ではないぞ」

「こんなものが聖杯だと言うのか?」

 

切嗣はアイリスフィールを抱き支える。

 

彼女の白い肌へ、黒い筋が浮かび始めていた。

 

侵食。

 

聖杯との接続が進んでいる。

 

セイバーの眼が細くなる。

 

「英雄王」

 

ギルガメッシュが静かに応じる。

 

「分かっている」

 

黄金の波紋が展開される。

 

今度は遊びではない。

 

純粋な殺意。

 

神代兵装が一斉に黒泥へ向けられる。

 

だが。

 

セイバーは片手を上げた。

 

「待て」

 

空気が止まる。

 

ギルガメッシュが不機嫌そうに眉を顰めた。

 

「何だ」

 

セイバーは黒泥を見たまま言う。

 

「刺激するな」

 

「今は“覗いただけ”だ」

 

「下手に攻撃すれば、完全に繋がる可能性がある」

 

切嗣が低く問う。

 

「……閉じられるのか?」

 

数秒の沈黙。

 

セイバーは静かに答えた。

 

「分からん」

 

その現実的な返答が、逆に絶望的だった。

 

しかし。

 

次の瞬間。

 

セイバーは双剣を構える。

 

眼帯の奥。

 

魔眼が赤く光る。

 

「だが」

 

静かな声。

 

「斬れない類ではない」

 

その言葉に。

 

全員の背筋へ冷たいものが走った。

 

ギルガメッシュが低く笑う。

 

「クク……」

 

「本当に貴様は狂っているな」

 

人類悪に近い何かを前に。

 

なお、“斬れるかどうか”で判断している。

 

ライダーが豪快に笑った。

 

「ハハ……!」

 

「気に入ったぞ貴様!!」

 

「こんな化け物を前にして、その発想が出るか!」

 

セイバーは黒泥から視線を逸らさない。

 

「問題は量だ」

 

「今の状態なら抑え込める」

 

「だが聖杯が完成した場合――」

 

その時だった。

 

黒い腕が、ゆっくりとセイバーへ伸びた。

 

瞬間。

 

セイバーの魔眼が“奥”を見る。

 

そして。

 

初めて。

 

ほんの僅かに。

 

表情が険しくなった。

 

「……なるほど」

 

低い声。

 

切嗣が気付く。

 

「何を見た?」

 

セイバーは静かに答えた。

 

「向こう側だ」

 

雪より冷たい声。

 

「この泥、“人間を理解した上で壊そうとしている”」

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