冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

58 / 72
第58話

「――さて。」

 

崩壊しかけたアインツベルン城を背に。

 

セイバー――は、静かに服の汚れを払った。

 

雪が降っている。

 

黒泥に侵食され、腐臭と呪詛に満ちていた空気も、僅かだが落ち着きを取り戻していた。

 

だが。

 

完全に終わったわけではない。

 

究極の眼には、まだ見えている。

 

アイリスフィールの内部へ残る、“聖杯への細い接続”。

 

まるで焼き切れかけた神経のように、微弱な呪いが脈打っている。

 

放置すれば。

 

再接続が起こる。

 

再び、あの黒泥は溢れ出す。

 

「遠坂邸に向かうかね。」

 

ブラッドレイの声に、その場の全員が反応した。

 

切嗣は、眠るアイリスフィールを抱き上げながら頷く。

 

「ああ……急ぐ必要がある。」

 

その顔には疲労が刻まれていた。

 

魔術回路の酷使。

 

精神的消耗。

 

そして何より、“聖杯の真実”を知ってしまった重み。

 

魔術師殺しとして積み上げてきた全てが、根底から腐っていた。

 

それでも彼は立つ。

 

守るべきものがあるからだ。

 

ライダーが豪快に外套を翻す。

 

「では征くぞ!このまま城ごと潰れては笑えん!」

 

まるで緊張を吹き飛ばすような大声。

 

だが、その裏では彼も理解していた。

 

先程の戦いは、“勝利”ではない。

 

ただの応急処置だ。

 

根はまだ残っている。

 

ランサーは崩れた壁の向こうを警戒している。

 

「……妙だな。」

 

「何がだ?」

 

ブラッドレイは歩きながら問い返す。

 

「静かすぎる。」

 

その言葉に。

 

アサシン達が一斉に気配を広げた。

 

森。

雪原。

上空。

 

複数のハサンが、闇へ溶けるように散っていく。

 

索敵。

 

監視。

 

包囲確認。

 

やがて一人が現れ、低く告げた。

 

「黒泥反応、沈静化。」

 

「だが。」

 

「冬木市中心部に、微弱な霊脈振動あり。」

 

ブラッドレイの目が細まる。

 

「……遠坂邸か。」

 

ギルガメッシュが鼻で笑った。

 

「当然だ。冬木最大級の霊脈だぞ。あの汚物が惹かれぬ道理もあるまい。」

 

つまり。

 

時間がない。

 

聖杯は本能的に、“最も強い土地”へ繋がろうとしている。

 

遠坂邸へ辿り着く前に再活性化すれば。

 

今度こそ、冬木全域が汚染される。

 

「急ぐぞ。」

 

ブラッドレイが前へ出る。

 

その瞬間。

 

――ズ……。

 

全員が足を止めた。

 

地面。

 

雪の下。

 

黒い染みが広がっている。

 

微量。

 

だが確実に。

 

まだ生きている。

 

「チッ……。」

 

切嗣が舌打ちする。

 

次の瞬間。

 

雪原を突き破り、黒泥の槍が一斉に噴き出した。

 

「散れ!!」

 

ブラッドレイが叫ぶ。

 

轟音。

 

ライダーが即座にアイリスフィールと切嗣を庇い、戦車の雷を叩き込む。

 

ランサーが双槍で泥槍を弾き飛ばす。

 

アサシン達は影のように飛び退き、周囲を制圧。

 

だが。

 

ブラッドレイだけは動かなかった。

 

否。

 

動く必要が無かった。

 

究極の眼が、“発生前”に全て見切っている。

 

迫る黒槍。

 

軌道。

速度。

呪いの流れ。

 

全て。

 

「遅い。」

 

斬撃。

 

神速。

 

一歩も動かず、数十の泥槍が空中で断裂する。

 

だがその直後。

 

黒泥が、人の形を取った。

 

巨大な影。

 

顔のない兵士達。

 

無数。

 

まるで戦場の亡霊。

 

『コロセ』

『ウバエ』

『タスケロ』

『ニクイ』

 

人類悪の残滓。

 

核を切られてなお、消えきれていない。

 

ライダーが低く唸る。

 

「……しつこい奴よ。」

 

ブラッドレイは静かに剣を抜く。

 

「当然だ。」

 

その声は、妙に冷静だった。

 

「人間の悪意など、一度斬った程度で消えるものではない。」

 

かつて無数の戦場を見てきた男の声。

 

戦争。

憎悪。

復讐。

 

それらは、絶対に無くならない。

 

だからこそ。

 

「――何度でも切る。」

 

次の瞬間。

 

ブラッドレイが消えた。

 

雪原へ黒い斬線が走る。

 

遅れて。

 

無数の泥人形が、一斉に崩れ落ちた。

 

その先で。

 

彼は振り返りもせず歩いていく。

 

遠坂邸へ。

 

聖杯を終わらせるために。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。