冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

59 / 72
第59話

雪の降る森を進みながら。

 

セイバー――キング・ブラッドレイは、不意に足を止めた。

 

背後。

 

崩壊したアインツベルン城の闇。

 

その奥へ向け、静かに声を投げる。

 

「――ランスロット。」

 

沈黙。

 

吹雪だけが木々を鳴らす。

 

だが次の瞬間。

 

闇の中から、重い鎧の音が響いた。

 

ギ……ギギ……。

 

現れたのは、黒騎士。

 

バーサーカー――ランスロット。

 

だが、先程までとは違う。

 

狂化は弱まっている。

 

理性を失った獣ではなく、今は“騎士”として立っていた。

 

その背後には、一人の男。

 

間桐雁夜。

 

泥と血に塗れ、肩で息をしている。

 

既に限界だった。

 

体内から取り除いたとはいえ、刻印虫に喰われ続けた身体。

急激な魔力消耗。

精神疲労。

 

生きていること自体が奇跡に近い。

 

ランサーが警戒を強める。

 

ライダーも目を細めた。

 

アサシン達は無言で包囲位置へ移行する。

 

当然だ。

 

つい先程まで敵だった。

 

しかもバーサーカー陣営。

 

だが。

 

ブラッドレイだけは、自然体のまま彼らを見る。

 

「……そのマスター共々、ついて来るかね?」

 

静かな問いだった。

 

敵への呼びかけではない。

 

戦場を共に潜った者への確認。

 

雁夜は息を荒げながら笑う。

 

「ハ……ッ……はは……。」

 

乾いた笑い。

 

「随分と、気前がいいな……セイバー……。」

 

その目には疲弊と狂気、そして僅かな安堵が混ざっていた。

 

聖杯。

 

それだけが希望だった。

 

桜を救うための。

 

だが、その聖杯が“あれ”だった。

 

ならば。

 

もう戦争に意味はない。

 

ランスロットが一歩前へ出る。

 

黒い兜の奥。

 

その視線がブラッドレイへ向けられる。

 

敵意ではない。

 

騎士としての敬意。

 

そして――罪悪感。

 

彼は知っている。

 

己が王を裏切り。

狂い。

暴れ。

汚れたことを。

 

ブラッドレイはそれを理解した上で、鼻を鳴らした。

 

「そんな顔をするな。」

 

ランスロットが僅かに反応する。

 

「貴様は確かに狂っていた。だがな。」

 

ブラッドレイは雪を踏みながら近づく。

 

「最後には、自分の意思で立った。」

 

究極の眼は見抜いていた。

 

狂化の奥。

 

ランスロット自身の意志を。

 

あの狂気に呑まれながらも、なお抗っていたことを。

 

「ならば、それで十分だ。」

 

短い言葉。

 

だが。

 

ランスロットの身体から、僅かに力みが抜けた。

 

雁夜が低く呟く。

 

「……いいのかよ。」

 

「何がだ?」

 

「俺達は敵だった。」

 

ブラッドレイは即答する。

 

「今も敵だ。」

 

全員が目を向ける。

 

だが彼は続けた。

 

「勘違いするな。これは馴れ合いではない。」

 

冷たい声。

 

軍人としての現実。

 

「今は、“より危険な敵”が居るだけだ。」

 

その言葉に。

 

ライダーが豪快に笑った。

 

「ハハハ!!実に分かりやすいな!!」

 

ランサーも苦笑する。

 

「嫌いではない考え方だ。」

 

ギルガメッシュは退屈そうに肩を竦めた。

 

「雑種同士、好きに群れるがよい。」

 

だが。

 

誰も反対はしない。

 

それが今の状況だった。

 

雁夜はランスロットを見上げる。

 

黒騎士は静かに頷いた。

 

騎士として。

 

今度こそ守るために。

 

そして。

 

ブラッドレイは再び前を向く。

 

雪の向こう。

 

遠坂邸の方向。

 

究極の眼には見えている。

 

霊脈が脈打っている。

 

聖杯が、まだ生きている。

 

「行くぞ。」

 

低く。

 

重く。

 

その言葉と共に、一時停戦した英霊達は再び歩き始めた。

 

冬木の終わりへ向かって。

 

冬木の雪夜を。

 

英霊達が進んでいた。

 

本来ならば、決して並び立つことのない者達。

 

王。

騎士。

暗殺者。

狂戦士。

魔術師殺し。

 

互いに血を流し、殺し合うため召喚された存在。

 

それが今は――同じ方向を見ている。

 

聖杯。

 

否。

 

“あの災厄”を破壊するために。

 

「……妙な光景だな。」

 

ランサー――が、雪を踏みながら呟く。

 

その視線の先では、ライダー――が豪快に笑っていた。

 

「ハッハッハ!!良いではないか!世界を救うための共闘など、英雄譚には付き物だ!」

 

「貴様の場合、楽しんでいるだけだろう。」

 

黄金の王――が鼻で笑う。

 

だが、その場を離れようとはしない。

 

彼も理解している。

 

これは既に“聖杯戦争”ではない。

 

冬木という都市そのものの存亡が懸かっている。

 

その後方では、アサシン―達が周囲を警戒していた。

 

複数の気配。

 

複数の視界。

 

森の中。

上空。

霊脈。

 

全方位監視。

 

今や彼らは、各陣営を監視する暗殺者ではなく、“黒泥の再発生”を探知する斥候と化していた。

 

そして。

 

隊列の中央。

 

切嗣は、アイリスフィールを抱えながら歩いている。

 

顔からは、既に戦争の色が消えていた。

 

残っているのは焦燥だけ。

 

アイリスフィール内部に残る、聖杯との接続。

 

それが完全に切断される前に。

 

全てを終わらせなければならない。

 

その隣を歩くのは、黒騎士。

 

ランスロット

 

狂化は未だ残っている。

 

だが今は、自らを制御していた。

 

まるで罪を背負ったまま戦場へ立つ処刑騎士のように。

 

そして先頭。

 

セイバー――キング・ブラッドレイ。

 

雪を踏む音だけが響く。

 

眼帯の奥。

 

“究極の眼”は、既に遠坂邸を見据えていた。

 

冬木最大級の霊脈。

 

聖杯降臨のため整備された土地。

 

本来なら、願望機完成のための祭壇。

 

だが今は違う。

 

あそこは、“解体場”になる。

 

「……セイバー。」

 

雁夜が苦しげに口を開く。

 

「本当に、壊せるのかよ……聖杯を。」

 

ブラッドレイは歩みを止めない。

 

「壊す。」

 

即答だった。

 

「願いの器だろうが、神秘だろうが関係ない。」

 

その声には、軍人や埋葬機関代行者としての冷徹さがあった。

 

「災害なら排除する。それだけだ。」

 

シンプルな結論。

 

だが。

 

だからこそ迷いがない。

 

ギルガメッシュが愉快そうに笑う。

 

「フハハ……面白い雑種だ。万能の釜を前にして、一切願わぬか。」

 

ブラッドレイは僅かに視線を向ける。

 

「願いなら、昔に捨てた。」

 

雪が吹く。

 

その言葉だけが妙に重かった。

 

ライダーがふっと笑う。

 

「……だからこそ、お前は強いのだろうな。」

 

その時だった。

 

アサシンの一人が、音もなく現れる。

 

「報告。」

 

全員の空気が変わる。

 

「遠坂邸周辺に、大規模結界反応。」

 

「加えて。」

 

「地下霊脈に、“黒泥残滓”の流入を確認。」

 

切嗣の顔色が変わった。

 

「もう流れ込んでいるのか……!」

 

ブラッドレイは静かに目を細める。

 

予想通りだ。

 

核を斬られてなお、聖杯は生き延びようとしている。

 

霊脈を使い、再構築する気だ。

 

もし遠坂邸地下で完全再活性化すれば。

 

今度こそ冬木全域が飲み込まれる。

 

ライダーが戦車へ乗り込む。

 

雷光が走る。

 

「ならば急ぐぞ諸君!!」

 

ランサーも槍を構える。

 

「ここからは時間勝負だ。」

 

ランスロットが無言で剣を抜く。

 

黒い騎士の瞳に、狂気ではなく決意が宿る。

 

そして。

 

ブラッドレイは軍帽を深く被り直した。

 

「総員。」

 

静かな声。

 

だが全員が反応する。

 

「これより、“聖杯破壊作戦”を開始する。」

 

その言葉と共に。

 

本来なら絶対に有り得ない同盟軍は、雪の夜を駆け出した。

 

遠坂邸へ。

 

世界の穴を閉じるために。

 

雪を裂きながら、一行は冬木市街へ降りていく。

 

遠くに見える灯り。

 

その中心――遠坂邸のある高台では、霊脈が不穏に脈動していた。

 

まるで巨大な心臓だ。

 

聖杯が、あそこへ再接続しようとしている。

 

その流れを、――キング・ブラッドレイの“究極の眼”は正確に捉えていた。

 

「……。」

 

しばし無言で歩いていたブラッドレイは、不意に口を開く。

 

「英雄王。」

 

黄金の王――が視線だけを向ける。

 

「なんだ、雑種。」

 

セイバーは前を向いたまま問う。

 

「君のマスターは、遠坂邸に居るのかね?」

 

一瞬。

 

空気が止まった。

 

ライダーが目を細める。

 

ランサーも無言になる。

 

切嗣は僅かに警戒を強めた。

 

それは極めて重要な問題だった。

 

遠坂時臣。

 

この聖杯戦争の監督役にも近い魔術師。

 

もし彼が遠坂邸に居るなら、霊脈封鎖や地下工房へのアクセスに大きく関わる。

 

だが同時に――。

 

この状況をどう判断するか分からない危険人物でもある。

 

ギルガメッシュは数秒沈黙した後、鼻で笑った。

 

「居るだろうよ。」

 

「あの男は、自らの工房を離れん。」

 

その声音には、どこか冷めた響きがあった。

 

主従というより、“観察対象”を見るような声音。

 

ブラッドレイは短く頷く。

 

「なら話は早い。」

 

ギルガメッシュの目が細まる。

 

「説得するつもりか?」

 

「必要ならばな。」

 

「フン。」

 

黄金の王は笑う。

 

「無駄だぞ。あの男は根っからの魔術師だ。」

 

願望機。

根源。

第三魔法。

 

そのために人生を費やしてきた。

 

聖杯を破壊するなど、受け入れるとは思えない。

 

だが。

 

ブラッドレイは平然と言った。

 

「なら、排除するだけだ。」

 

空気が凍る。

 

だが誰も驚かなかった。

 

この男は、本気でそうする。

 

必要なら。

 

世界を守るためなら。

 

躊躇なく。

 

ギルガメッシュは数秒ブラッドレイを見つめ――やがて喉を鳴らした。

 

「クク……本当に面白い男だ。」

 

その横で。

 

ブラッドレイは今度は暗殺者達へ視線を向ける。

 

「アサシン。」

 

闇の中から、複数の気配が揺れる。

 

ハサン達。

 

その一体が静かに現れた。

 

「御意。」

 

「君達のマスター――言峰神父はどうしている?」

 

僅かな沈黙。

 

アサシンは低く答える。

 

「監督役として教会に待機。」

 

「ただし。」

 

「聖杯異常発生以降、独自行動を開始した可能性あり。」

 

切嗣の目が鋭くなる。

 

「……言峰綺礼。」

 

その名だけで空気が重くなる。

 

魔術師殺しとしての本能が警鐘を鳴らしていた。

 

危険だ。

 

あの男は、この異常事態で必ず動く。

 

しかも。

 

最悪の方向へ。

 

ブラッドレイもまた、静かに目を細める。

 

「……あの神父。」

 

究極の眼が見抜いていた。

 

言峰綺礼という男の奥にある、“空虚”。

 

あれは危うい。

 

この黒泥に、最も魅入られかねない人間だ。

 

ライダーが腕を組む。

 

「ならば厄介だな。」

 

「聖杯が災厄と知ってなお、欲する者も居るだろう。」

 

ギルガメッシュは愉快そうに笑った。

 

「当然だ。」

 

「人は泥に惹かれる。」

 

その言葉には妙な重みがあった。

 

まるで。

 

既に誰かが惹かれていると知っているように。

 

ブラッドレイは静かに息を吐く。

 

「……時間が無いな。」

 

遠坂邸。

 

言峰綺礼。

 

聖杯。

 

全てが一点へ集まり始めている。

 

雪の向こう。

 

高台に建つ遠坂邸の灯りが、静かに揺れていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。