『冬木という街』
数日後。
冬木市。
雪は止み、空には薄い陽光が差していた。
衛宮切嗣は車を運転している。
助手席には久宇舞弥。
そして後部座席には――。
黒い軍服姿の男。
セイバー、キング・ブラッドレイ。
完全に職務質問されそうな集団だった。
「……」
ブラッドレイは窓の外を眺めている。
流れる街並み。
歩く人々。
笑い声。
信号待ち。
学生達。
戦場とは無縁の日常。
「珍しいな」
切嗣が前を見たまま言う。
「何がだ」
「お前がそんなに外を見るのは」
ブラッドレイは少し沈黙し。
「人間が多い」
「日本だからな」
「平和だ」
ぽつりと呟く。
それは驚きにも似ていた。
ブラッドレイの知る街は、大抵どこか壊れていた。
銃声。
暴力。
死。
それが当たり前。
だが冬木は違う。
子供が笑っている。
恋人達が歩いている。
誰も“明日死ぬ”顔をしていない。
それが彼には妙に新鮮だった。
「……悪くない」
「意外だな」
「何がだ」
「お前はこういう平和を退屈だと思うタイプかと」
ブラッドレイは静かに笑う。
「退屈だぞ」
「正直だな」
「だが」
彼は窓の外を見る。
横断歩道を渡る親子。
小さな女の子が、父親の手を引いて笑っている。
ブラッドレイは目を細めた。
「守る価値はある」
切嗣は少しだけ黙った。
その言葉は。
誰よりも戦場を知る男だからこそ重い。
⸻
車は冬木市街へ入る。
切嗣達の目的は情報収集。
魔術師達の動向。
監督役。
霊脈。
まだ戦争は始まっていない。
だが、水面下では既に動いている。
「まずは教会だ」
切嗣が言う。
「監督役への挨拶か」
「ああ」
ブラッドレイは鼻で笑った。
「嫌な予感しかしないな」
「同感だ」
舞弥が小さく溜息を吐く。
⸻
言峰教会。
坂の上に建つ古い教会。
静寂。
厳かな空気。
だがブラッドレイは入口へ立った瞬間、僅かに目を細めた。
「……なるほど」
「何か分かるのか」
切嗣が問う。
「血の臭いがする」
舞弥の空気が変わる。
殺気ではない。
警戒。
ブラッドレイは淡々と続けた。
「ここには、人を殺し慣れた人間が居る」
その言葉に。
切嗣は僅かに眉を動かした。
「神父か」
「恐らくな」
ブラッドレイは静かに笑う。
「面白い」
「楽しそうに言うな」
「強い人間は嫌いではない」
「……」
切嗣は煙草を取り出しかけ、教会前なのを思い出して戻した。
⸻
教会内部。
長椅子。
ステンドグラス。
静かな祈りの空間。
そこへ、一人の男が現れる。
黒衣の神父。
言峰璃正。
監督役。
彼は切嗣達を見る。
そして。
ブラッドレイを見た瞬間、空気が止まった。
「……ほう」
老神父の目が細まる。
理解している。
目の前の存在が、どれほど危険か。
対するブラッドレイも、静かに視線を返した。
数秒。
沈黙。
やがて璃正が口を開く。
「これはまた……恐ろしい英霊を召喚したものだ」
「褒め言葉として受け取ろう」
ブラッドレイは穏やかに答える。
だが。
空気は鋭かった。
互いに分かる。
この場の誰よりも、“死”を知っている。
「監督役か」
ブラッドレイが言う。
「いかにも」
「聖職者には見えんな」
璃正は笑った。
「貴方ほどではない」
切嗣が小さく頭痛を覚える。
相性が悪い。
この二人、絶対同類だ。
⸻
挨拶を終えた後。
切嗣達は教会を後にする。
外へ出た瞬間、舞弥が小さく息を吐いた。
「……疲れる」
「同感だ」
切嗣が言う。
ブラッドレイは平然としていた。
「興味深い男だった」
「誰のことだ」
「神父だ」
彼は静かに続ける。
「あれは“人を殺せる人間”だ」
切嗣は目を細める。
「分かるのか」
「分かる」
即答だった。
「戦場を知っている目だ」
ブラッドレイは空を見る。
冬の空。
灰色の雲。
「だが妙だな」
「何がだ」
「あの男、自分の生き方に実感が無い」
切嗣の足が止まる。
ブラッドレイは続けた。
「空っぽだ」
その言葉は妙に鋭かった。
切嗣は少しだけ考え込む。
言峰綺礼。
まだ直接会ってはいない。
だが。
確かに得体の知れない男だと聞いている。
「気を付けろ、切嗣」
ブラッドレイが低く言う。
「お前と同じ匂いがする」
「……嬉しくないな」
「私もだ」
⸻
夕方。
冬木の商店街。
人混み。
夕焼け。
買い物袋を抱えた主婦達。
学生。
サラリーマン。
そんな中。
ブラッドレイは妙に目立っていた。
原因は服装である。
軍服。眼帯。軍刀。
怪しさの塊。
イリヤなら絶対笑っている。
「……視線が多いな」
「当たり前だ」
切嗣が呆れる。
「少しは一般人に紛れろ」
「難題を言う」
「存在感を消せ」
「サーヴァントにそれを求めるか?」
「アサシンなら出来る」
「私はセイバーだ」
妙に誇らしげだった。
その時。
近くの店から匂いが漂ってくる。
甘い香り。
ブラッドレイの足が止まった。
「……」
切嗣が気付く。
「どうした」
「いや」
セイバーは店を見る。
和菓子屋。
ショーケースには団子が並んでいる。
「気になるのか」
数秒沈黙。
そして。
「少し」
切嗣は額を押さえた。
「お前ほんと甘党だな……」
数分後。
ベンチ。
ブラッドレイは無言でみたらし団子を食べていた。
真顔で。
「……どうだ」
切嗣が聞く。
「美味い」
即答だった。
「戦場では食えん味だ」
「まあな」
ブラッドレイは団子を見る。
ほんの少しだけ。
本当に少しだけ。
穏やかな顔をした。
「平和とは、こういうものかもしれんな」
夕焼けが街を染める。
聖杯戦争は近い。
殺し合いは、すぐそこまで来ている。
だが今だけは。
剣の英霊は、静かな街で団子を食べていた。