冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第6話

『冬木という街』

 

数日後。

 

冬木市。

 

雪は止み、空には薄い陽光が差していた。

 

衛宮切嗣は車を運転している。

 

助手席には久宇舞弥。

 

そして後部座席には――。

 

黒い軍服姿の男。

 

セイバー、キング・ブラッドレイ。

 

完全に職務質問されそうな集団だった。

 

「……」

 

ブラッドレイは窓の外を眺めている。

 

流れる街並み。

 

歩く人々。

 

笑い声。

 

信号待ち。

 

学生達。

 

戦場とは無縁の日常。

 

「珍しいな」

 

切嗣が前を見たまま言う。

 

「何がだ」

 

「お前がそんなに外を見るのは」

 

ブラッドレイは少し沈黙し。

 

「人間が多い」

 

「日本だからな」

 

「平和だ」

 

ぽつりと呟く。

 

それは驚きにも似ていた。

 

ブラッドレイの知る街は、大抵どこか壊れていた。

 

銃声。

 

暴力。

 

死。

 

それが当たり前。

 

だが冬木は違う。

 

子供が笑っている。

 

恋人達が歩いている。

 

誰も“明日死ぬ”顔をしていない。

 

それが彼には妙に新鮮だった。

 

「……悪くない」

 

「意外だな」

 

「何がだ」

 

「お前はこういう平和を退屈だと思うタイプかと」

 

ブラッドレイは静かに笑う。

 

「退屈だぞ」

 

「正直だな」

 

「だが」

 

彼は窓の外を見る。

 

横断歩道を渡る親子。

 

小さな女の子が、父親の手を引いて笑っている。

 

ブラッドレイは目を細めた。

 

「守る価値はある」

 

切嗣は少しだけ黙った。

 

その言葉は。

 

誰よりも戦場を知る男だからこそ重い。

 

 

車は冬木市街へ入る。

 

切嗣達の目的は情報収集。

 

魔術師達の動向。

 

監督役。

 

霊脈。

 

まだ戦争は始まっていない。

 

だが、水面下では既に動いている。

 

「まずは教会だ」

 

切嗣が言う。

 

「監督役への挨拶か」

 

「ああ」

 

ブラッドレイは鼻で笑った。

 

「嫌な予感しかしないな」

 

「同感だ」

 

舞弥が小さく溜息を吐く。

 

 

言峰教会。

 

坂の上に建つ古い教会。

 

静寂。

 

厳かな空気。

 

だがブラッドレイは入口へ立った瞬間、僅かに目を細めた。

 

「……なるほど」

 

「何か分かるのか」

 

切嗣が問う。

 

「血の臭いがする」

 

舞弥の空気が変わる。

 

殺気ではない。

 

警戒。

 

ブラッドレイは淡々と続けた。

 

「ここには、人を殺し慣れた人間が居る」

 

その言葉に。

 

切嗣は僅かに眉を動かした。

 

「神父か」

 

「恐らくな」

 

ブラッドレイは静かに笑う。

 

「面白い」

 

「楽しそうに言うな」

 

「強い人間は嫌いではない」

 

「……」

 

切嗣は煙草を取り出しかけ、教会前なのを思い出して戻した。

 

 

教会内部。

 

長椅子。

 

ステンドグラス。

 

静かな祈りの空間。

 

そこへ、一人の男が現れる。

 

黒衣の神父。

 

言峰璃正。

 

監督役。

 

彼は切嗣達を見る。

 

そして。

 

ブラッドレイを見た瞬間、空気が止まった。

 

「……ほう」

 

老神父の目が細まる。

 

理解している。

 

目の前の存在が、どれほど危険か。

 

対するブラッドレイも、静かに視線を返した。

 

数秒。

 

沈黙。

 

やがて璃正が口を開く。

 

「これはまた……恐ろしい英霊を召喚したものだ」

 

「褒め言葉として受け取ろう」

 

ブラッドレイは穏やかに答える。

 

だが。

 

空気は鋭かった。

 

互いに分かる。

 

この場の誰よりも、“死”を知っている。

 

「監督役か」

 

ブラッドレイが言う。

 

「いかにも」

 

「聖職者には見えんな」

 

璃正は笑った。

 

「貴方ほどではない」

 

切嗣が小さく頭痛を覚える。

 

相性が悪い。

 

この二人、絶対同類だ。

 

 

挨拶を終えた後。

 

切嗣達は教会を後にする。

 

外へ出た瞬間、舞弥が小さく息を吐いた。

 

「……疲れる」

 

「同感だ」

 

切嗣が言う。

 

ブラッドレイは平然としていた。

 

「興味深い男だった」

 

「誰のことだ」

 

「神父だ」

 

彼は静かに続ける。

 

「あれは“人を殺せる人間”だ」

 

切嗣は目を細める。

 

「分かるのか」

 

「分かる」

 

即答だった。

 

「戦場を知っている目だ」

 

ブラッドレイは空を見る。

 

冬の空。

 

灰色の雲。

 

「だが妙だな」

 

「何がだ」

 

「あの男、自分の生き方に実感が無い」

 

切嗣の足が止まる。

 

ブラッドレイは続けた。

 

「空っぽだ」

 

その言葉は妙に鋭かった。

 

切嗣は少しだけ考え込む。

 

言峰綺礼。

 

まだ直接会ってはいない。

 

だが。

 

確かに得体の知れない男だと聞いている。

 

「気を付けろ、切嗣」

 

ブラッドレイが低く言う。

 

「お前と同じ匂いがする」

 

「……嬉しくないな」

 

「私もだ」

 

 

夕方。

 

冬木の商店街。

 

人混み。

 

夕焼け。

 

買い物袋を抱えた主婦達。

 

学生。

 

サラリーマン。

 

そんな中。

 

ブラッドレイは妙に目立っていた。

 

原因は服装である。

 

軍服。眼帯。軍刀。

 

怪しさの塊。

 

イリヤなら絶対笑っている。

 

「……視線が多いな」

 

「当たり前だ」

 

切嗣が呆れる。

 

「少しは一般人に紛れろ」

 

「難題を言う」

 

「存在感を消せ」

 

「サーヴァントにそれを求めるか?」

 

「アサシンなら出来る」

 

「私はセイバーだ」

 

妙に誇らしげだった。

 

その時。

 

近くの店から匂いが漂ってくる。

 

甘い香り。

 

ブラッドレイの足が止まった。

 

「……」

 

切嗣が気付く。

 

「どうした」

 

「いや」

 

セイバーは店を見る。

 

和菓子屋。

 

ショーケースには団子が並んでいる。

 

「気になるのか」

 

数秒沈黙。

 

そして。

 

「少し」

 

切嗣は額を押さえた。

 

「お前ほんと甘党だな……」

 

数分後。

 

ベンチ。

 

ブラッドレイは無言でみたらし団子を食べていた。

 

真顔で。

 

「……どうだ」

 

切嗣が聞く。

 

「美味い」

 

即答だった。

 

「戦場では食えん味だ」

 

「まあな」

 

ブラッドレイは団子を見る。

 

ほんの少しだけ。

 

本当に少しだけ。

 

穏やかな顔をした。

 

「平和とは、こういうものかもしれんな」

 

夕焼けが街を染める。

 

聖杯戦争は近い。

 

殺し合いは、すぐそこまで来ている。

 

だが今だけは。

 

剣の英霊は、静かな街で団子を食べていた。

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