冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第61話

地下最深部。

 

遠坂邸のさらに下。

 

そこには、“空洞”が存在していた。

 

否。

 

空洞に見えるほど、巨大な魔力の奔流だった。

 

青白い光が、地下空間そのものを照らしている。

 

大地の奥底から湧き上がる膨大な魔力。

 

まるで星の血流。

 

脈動する巨大河川。

 

それが――霊脈。

 

冬木全域を巡る、土地の命そのものだった。

 

「……これが霊脈か。」

 

セイバー――キング・ブラッドレイが、静かに呟く。

 

その声音には、純粋な感心が混じっていた。

 

彼は軍人だ。

 

戦場。

兵器。

国家。

 

そういった“人の営み”には詳しい。

 

だが、これほど巨大な神秘を真正面から見る機会など、本来あり得ない。

 

眼帯の奥。

 

“究極の眼”が、霊脈の流れを見ていた。

 

膨大。

 

あまりにも膨大。

 

冬木の山。

川。

土地。

人々。

 

全てから微弱な魔力が流れ込み、この地下で循環している。

 

それはまるで、“都市そのものが一つの生命体”のようだった。

 

ライダー――が豪快に笑う。

 

「ハッ!これは壮観だな!」

 

「余の軍勢でも、ここまでの魔力は見たことがない!」

 

ランサー――も目を細める。

 

「これほどの土地なら、確かに聖杯降臨も可能か……。」

 

時臣は霊脈炉を見上げながら低く言った。

 

「冬木の聖杯戦争は、この霊脈ありきだ。」

 

「三家が数十年かけて整備した。」

 

誇り。

 

本来なら、そう語るはずだった。

 

だが今の時臣の声にあるのは苦味だけ。

 

その大霊脈が、今まさに汚染されようとしている。

 

ブラッドレイは霊脈の奥を見据える。

 

そして。

 

その中に混ざる“黒”を見た。

 

ドス黒い泥。

 

呪詛。

 

悪意。

 

それが血管へ流れ込む毒のように、霊脈内部を侵食している。

 

「……酷いな。」

 

その声は低かった。

 

「まるで病だ。」

 

切嗣――がアイリスフィールを支えながら答える。

 

「聖杯は、この霊脈を使って顕現する。」

 

「つまり、汚染された今は……。」

 

ブラッドレイが続ける。

 

「冬木全体が感染源になる。」

 

静寂。

 

誰も否定しない。

 

それほど危険だった。

 

アサシン――達は既に霊脈周囲へ封印陣を展開している。

 

だが。

 

抑え切れていない。

 

黒泥は生きている。

 

脈打っている。

 

まるで霊脈そのものへ根を張ろうとしているように。

 

その時だった。

 

ボタリ。

 

アイリスフィールの腕から、再び黒泥が落ちる。

 

瞬間。

 

霊脈が反応した。

 

ゴォォォォォ……。

 

地下空間全体が震える。

 

青白い魔力が、一瞬で黒く濁る。

 

ライダーの笑みが消える。

 

「来るぞ。」

 

究極の眼が捉える。

 

霊脈内部。

 

流れの奥。

 

巨大な“何か”が動いた。

 

それはまるで。

 

深海の底で目覚める怪物。

 

世界の裏側から、こちらへ這い上がろうとしている。

 

ブラッドレイは静かに剣へ手を掛けた。

 

「……始まるな。」

 

地下霊脈炉。

 

青白い奔流が、巨大な河のように脈打っている。

 

その中心。

 

アイリスフィール・フォン・アインツベルンが、苦しげな呼吸を繰り返していた。

 

彼女の身体には、黒い侵食紋様が走っている。

 

聖杯との接続。

 

まだ切れていない。

 

そして。

 

その奥では、“何か”がこちらを見返していた。

 

黒泥。

 

人類悪。

 

世界の裏側。

 

それが、霊脈を通じて這い上がろうとしている。

 

セイバー――キング・ブラッドレイは、その巨大な奔流を見つめながら、静かに息を吐いた。

 

「……正直、自信がないが。」

 

その言葉に。

 

全員が僅かに目を向ける。

 

ライダー――ですら笑わない。

 

それほどの状況だった。

 

もし失敗すれば。

 

アイリスフィールは死ぬ。

 

霊脈は暴走する。

 

聖杯が完全顕現する。

 

冬木そのものが地獄へ変わる。

 

だが。

 

ブラッドレイは次の瞬間、軍帽を軽く押さえた。

 

「さて、やるか。」

 

その声音には、もう迷いが無かった。

 

戦場へ立つ軍人の声。

 

恐怖が消えたのではない。

 

恐怖ごと前へ進む覚悟。

 

彼はゆっくりと、時臣へ視線を向ける。

 

「時臣殿。」

 

時臣が振り返る。

 

その顔には緊張が刻まれていた。

 

彼ほど、この行為の危険性を理解している者はいない。

 

霊脈へ直接干渉し、聖杯接続を強制切断する。

 

それは例えるなら、“星の血管へ刃を突き立てる”ような暴挙だ。

 

ブラッドレイは静かに告げた。

 

「霊脈を使い、アイリスフィールから聖杯を切り離すぞ。」

 

時臣は数秒沈黙し――やがて頷いた。

 

「……承知した。」

 

魔術師としてではない。

 

冬木を守る者としての返答だった。

 

その瞬間。

 

地下工房全体が起動する。

 

ゴォォォォォ……。

 

巨大術式が発光。

 

霊脈制御輪が回転を始める。

 

無数の魔術刻印が、地下空間を覆っていく。

 

アサシン―達が即座に配置へ散開。

 

封印陣。

結界維持。

侵食監視。

 

ライダーとランサー――は、アイリスフィールを中心に防衛位置へ。

 

ランスロット――は無言で剣を抜き、霊脈の黒い流れを睨み続ける。

 

そして。

 

切嗣――だけは、アイリスフィールの手を握っていた。

 

その手は震えている。

 

魔術師殺しではない。

 

ただ、大切な者を失いたくない男の手だった。

 

アイリスフィールは、薄く微笑む。

 

「……大丈夫です、切嗣さん。」

 

弱々しい声。

 

だが、その瞳には確かな意志があった。

 

自分が何なのか。

 

何を終わらせるべきなのか。

 

彼女も理解している。

 

その時。

 

ギルガメッシュ――が退屈そうに玉座めいた瓦礫へ腰掛けた。

 

「では始めろ。」

 

黄金の瞳が細まる。

 

「人類の愚かさの結末を、余が見届けてやろう。」

 

ブラッドレイは眼帯へ手を掛ける。

 

外す。

 

露わになる、“究極の眼”。

 

瞬間。

 

世界が変わる。

 

霊脈の流れ。

聖杯接続。

呪いの循環。

アイリスフィールの生命線。

 

全てが視える。

 

そして。

 

その奥。

 

世界の裏側から、巨大な“悪意”がこちらを覗いていた。

 

「……なるほど。」

 

ブラッドレイは静かに剣を抜く。

 

「随分と、しつこい。」

 

黒泥が脈動する。

 

霊脈が濁る。

 

地下空間全体が揺れ始める。

 

時臣が叫ぶ。

 

「来るぞ!!接続が逆流する!!」

 

次の瞬間。

 

アイリスフィールの身体から、黒泥が爆発的に噴き出した。

 

「――やれ。」

 

低く。

 

短い命令。

 

だがその一言で、地下霊脈炉の空気が一変した。

 

轟音。

 

霊脈制御環が一斉に回転を始める。

 

青白い魔力光が地下空間を埋め尽くし、遠坂邸全体が震動した。

 

時臣が両手を広げ、魔術回路を解放する。

 

「霊脈制御開始――!」

 

無数の術式が起動。

 

床の刻印が輝き、巨大な魔力の奔流がアイリスフィールへ収束していく。

 

それは本来、“聖杯降臨”のためのシステム。

 

だが今は違う。

 

降ろすためではない。

 

引き剥がすための術式。

 

強引に。

 

暴力的に。

 

聖杯との接続を切断する。

 

アイリスフィールが悲鳴を上げた。

 

「――ぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

黒泥が噴き出す。

 

爆発的な量。

 

まるで彼女の身体そのものが“穴”になったかのように。

 

床が腐る。

 

空気が濁る。

 

地下空間全体へ、人類悪の怨嗟が響き渡る。

 

『死ね』

『苦しめ』

『許さない』

『奪え』

『愛してくれ』

 

無数の声。

 

人類の絶望そのもの。

 

ランサー――が即座に前へ出る。

 

「押さえ込むぞ!!」

 

紅槍が閃く。

 

因果を裂き、泥の流れを断つ。

 

同時に。

 

ライダー――の雷が轟いた。

 

「蹴散らせ、神威の車輪!!」

 

雷霆が地下を焼き、噴き出した黒泥を蒸発させる。

 

だが。

 

止まらない。

 

聖杯は抵抗している。

 

器を失うまいと。

 

霊脈そのものへ根を張ろうとしていた。

 

アサシン――達が結界杭を撃ち込む。

 

封印。

 

固定。

 

侵食遅延。

 

しかし次々と腐食される。

 

黒泥は“概念”そのものを汚染していた。

 

そして。

 

地下空間の中央。

 

ブラッドレイだけが、一歩も動かず“核”を見ていた。

 

究極の眼。

 

視えている。

 

アイリスフィールの内部。

 

霊脈。

 

黒泥。

 

それら全てを繋ぐ、“一本の接続”。

 

世界の裏側へ伸びる臍帯。

 

「あれか。」

 

黒泥が気付く。

 

瞬間。

 

地下全域の泥が、ブラッドレイただ一人へ殺到した。

 

巨大な波。

 

数万の怨霊。

 

人類悪そのもの。

 

だが。

 

「遅い。」

 

消える。

 

神速。

 

次の瞬間には、ブラッドレイはアイリスフィールの目前へ踏み込んでいた。

 

剣が抜かれる。

 

ギィィィィィ――――ッ!!

 

神剣。

 

概念断裂。

 

その刃が、“接続”そのものへ届く。

 

黒泥が絶叫した。

 

地下空間が揺れる。

 

霊脈が暴走する。

 

そして。

 

世界の裏側から、“何か”が目を開く。

 

巨大。

 

深淵。

 

悪意。

 

理解した瞬間、正気が削れるほどの存在。

 

綺礼――が、恍惚すら浮かべて呟く。

 

「……これが。」

 

ギルガメッシュ――の笑みが消える。

 

「ほう……。」

 

ライダーですら額に汗を流す。

 

「化け物め……!」

 

だが。

 

ブラッドレイは一切揺るがない。

 

究極の眼は、“切るべき一点”だけを見ていた。

 

「――断つ。」

 

斬撃。

 

一閃。

 

世界が、裂けた。

 

斬撃が走った瞬間。

 

地下霊脈炉から、“音”が消えた。

 

否。

 

世界そのものが、一瞬だけ静止した。

 

そして――。

 

ブツリ、と。

 

何かが切れる音が響く。

 

アイリスフィールの身体を覆っていた黒い紋様が、一斉に砕け散った。

 

黒泥が噴き上がる。

 

絶叫。

 

断末魔。

 

世界の裏側から伸びていた“接続”が、完全に切断された。

 

「――っ!!」

 

切嗣――が崩れ落ちる彼女を抱き止める。

 

アイリスフィールの身体から、黒泥が止まっていた。

 

呼吸。

 

鼓動。

 

まだ弱い。

 

だが、確かに生きている。

 

聖杯ではなく。

 

“アイリスフィール”として。

 

時臣――が呆然と呟く。

 

「……切り、離した……。」

 

信じられないという顔だった。

 

数十年。

 

三家が積み上げた聖杯降臨術式。

 

その中核を、“剣で断ち切った”。

 

本来なら有り得ない。

 

魔術理論そのものへの冒涜。

 

だが。

 

現実として、成功している。

 

ライダー――が豪快に笑った。

 

「ハハハハハ!!やりおったぞ軍人王!!」

 

ランサー―も目を見開いている。

 

「本当にやるとはな……。」

 

アサシン――達ですら、僅かに沈黙していた。

 

ランスロット――は静かに剣を握り直す。

 

そして。

 

ブラッドレイは、ゆっくりと剣を下ろした。

 

その腕は震えている。

 

概念級の接続を断った反動。

 

神経。

肉体。

魔力。

 

全てへ凄まじい負荷が掛かっていた。

 

だが彼は笑う。

 

軍人らしい、乾いた笑み。

 

「成功だ。」

 

短く息を吐く。

 

「聖杯を、アイリスフィールから取り除いた。」

 

その瞬間だった。

 

ゴォォォォォォォォ――――ッ!!

 

地下霊脈が、暴走した。

 

空間が揺れる。

 

霊脈の青白い光が、一瞬で黒へ染まる。

 

床の術式が腐敗。

 

壁が崩壊。

 

遠坂邸そのものが悲鳴を上げ始める。

 

切り離された聖杯。

 

器を失った“人類悪”が、今度は直接顕現しようとしていた。

 

黒泥が霊脈から噴き出す。

 

先程までとは桁が違う。

 

量も。

密度も。

悪意も。

 

まるで地獄そのもの。

 

綺礼――が、震えるように笑った。

 

「……素晴らしい。」

 

ギルガメッシュ――は黄金の瞳を細める。

 

「ようやく出てきたか。」

 

ライダーの戦車へ雷が走る。

 

ランサーが双槍を構える。

 

アサシン達が封印陣を最大展開。

 

時臣は歯を食いしばりながら霊脈制御を続ける。

 

その中で。

 

ブラッドレイは、ゆっくり振り返った。

 

サーヴァント。

 

マスター。

 

本来なら殺し合っていた者達。

 

だが今は、同じ地獄を前に立っている。

 

彼は軍帽を被り直し、静かに告げた。

 

「これから本番だぞ?」

 

地下空間が揺れる。

 

黒泥が空を埋める。

 

世界の裏側が開き始める。

 

それでも。

 

ブラッドレイは笑った。

 

「サーヴァントにマスター諸君。」

 

究極の眼が、“敵”の全貌を捉える。

 

巨大な悪意。

 

人類悪。

 

聖杯の本体。

 

そして。

 

その中心にある、“核”。

 

「精々、足掻いてみようじゃないか。」

 

次の瞬間。

 

霊脈が完全に決壊した。

 

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