冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第62話

霊脈決壊。

 

その瞬間――。

 

遠坂邸地下空間が、“夜”に呑まれた。

 

光が消える。

 

音が歪む。

 

上下感覚すら狂う。

 

まるで世界そのものが、黒泥へ沈み始めたようだった。

 

ゴォォォォォォォ――――ッ!!

 

霊脈の奔流が黒へ染まる。

 

大地の血管へ、人類悪が流れ込んでいく。

 

壁面の魔術刻印が腐食。

 

結界が悲鳴を上げながら崩壊していく。

 

遠坂邸全体が揺れた。

 

地上では窓ガラスが砕け、庭園の木々が黒く変色していく。

 

冬木の霊脈そのものが、侵され始めていた。

 

「チィ……!」

 

時臣が吐血する。

 

霊脈制御を維持したまま、人類悪の侵食を押さえ込んでいるのだ。

 

常人なら、とっくに精神が焼き切れている。

 

だが。

 

止めれば終わる。

 

だから彼は耐える。

 

「地下封鎖を維持する!!」

 

叫び。

 

同時に。

 

黒泥が爆発的に噴き上がった。

 

天井へ。

 

壁へ。

 

人の形を取りながら。

 

兵士。

老人。

女。

子供。

 

無数の“人間”が泥から這い出してくる。

 

『苦しい』

『助けて』

『憎い』

『殺してくれ』

 

その全てが呪詛だった。

 

ライダー――が前へ出る。

 

「来るぞ英霊共!!」

 

神威の車輪が雷鳴を轟かせる。

 

ドォォォォン!!

 

雷光が泥人形を蒸発させる。

 

だが、即座に再生。

 

霊脈そのものから無限に供給されている。

 

ランサー――が双槍を回転させる。

 

「核を狙え!!流れを断つんだ!!」

 

紅槍が因果を裂き。

 

黄槍が魔力循環を破壊。

 

泥の一部が崩れる。

 

しかし。

 

焼け石に水。

 

霊脈そのものが汚染されている以上、再生が止まらない。

 

アサシン―達は四方へ散開。

 

封印杭。

結界線。

侵食遮断。

 

彼らは既に“軍”として動いていた。

 

一人の暗殺者ではない。

 

多重思考による戦場制御。

 

その動きは精密機械のようだった。

 

だが。

 

黒泥は笑う。

 

否。

 

笑ったように見えた。

 

次の瞬間。

 

地下空間の中央が、ゆっくりと“開く”。

 

空間ではない。

 

世界そのものが裂けている。

 

深淵。

 

その奥。

 

巨大な“瞳”が現れた。

 

見るだけで、本能が理解する。

 

――あれを、この世へ出してはならない。

 

切嗣――額に汗が流れる。

 

綺礼――は、逆に恍惚としていた。

 

「……これが、人類の底か。」

 

ギルガメッシュ――英雄王だけは笑わない。

 

黄金律の王ですら、本能で理解していた。

 

これは“災害”ではない。

 

概念だ。

 

人類史そのものに巣食う、“悪”。

 

そして。

 

その中心。

 

ブラッドレイは静かに前へ出る。

 

黒泥が歓喜する。

 

まるで彼を歓迎するように。

 

無数の腕が伸びる。

 

呪詛が絡みつく。

 

だが。

セイバー――キング・ブラッドレイは、一切止まらない。

 

軍帽を深く被り直す。

 

究極の眼が、世界の裂け目を見据える。

 

その奥。

 

“核”。

 

まだ存在する。

 

完全には壊れていない。

 

だから終わらない。

 

「……成程。」

 

低い声。

 

「随分と往生際が悪い。」

 

ギルガメッシュが黄金の波紋を開く。

 

王の財宝。

 

神代の武具群が展開。

 

ライダーが戦車へ雷を集束。

 

ランサーが双槍を構える。

 

ランスロット――が黒い剣を握り締める。

 

切嗣が起源弾を装填。

 

時臣は霊脈制御を維持。

 

綺礼は静かに拳を構えた。

 

そして。

 

ブラッドレイが剣を抜く。

 

「総員。」

 

その声に、全員が反応する。

 

「世界の穴を閉じる。」

 

次の瞬間。

 

深淵の“瞳”が、完全に開いた。

 

深淵の瞳が開いた瞬間。

 

地下霊脈炉の空気が、“死”へ変わった。

 

圧力。

 

重力。

 

悪意。

 

その場に立つだけで精神が軋む。

 

黒泥は既に液体ではなかった。

 

意思だ。

 

人類悪そのものが、この世へ身体を伸ばしている。

 

『■■■■■■■■』

 

言葉にならない声が響く。

 

聞いた瞬間、心の奥底にある負の感情を抉り出される。

 

恐怖。

後悔。

憎悪。

嫉妬。

 

それら全てが増幅される。

 

アサシン――複数のうち一体が膝をついた。

 

ランサー――も歯を食いしばる。

 

ライダー――ですら笑みを消していた。

 

「……冗談ではないぞ、これは。」

 

ギルガメッシュ――の背後では、王の財宝が唸るように展開している。

 

だが。

 

それでも分かる。

 

相手は規格外だ。

 

そして。

 

ブラッドレイは、その深淵を見据えたまま静かに口を開いた。

 

「……今こそ。」

 

その声は低い。

 

だが、全員へ突き刺さる。

 

「令呪を使う時では無いかね?」

 

全員が振り返る。

 

マスター達へ。

 

切嗣。

時臣。

雁夜。

 

そして綺礼。

 

サーヴァント達だけでは押し切れない。

 

今から始まるのは、“聖杯戦争”ではない。

 

世界を閉じるための戦い。

 

ならば。

 

出し惜しみなどしている場合ではない。

 

ブラッドレイは剣を構えたまま続ける。

 

「マスター諸君。」

 

「この場で温存する意味は無い。」

 

霊脈が揺れる。

 

黒泥が膨張する。

 

深淵の瞳が、さらに開く。

 

「使い切れ。」

 

その瞬間。

 

最初に動いたのは、切嗣――だった。

 

彼は左手を見つめる。

 

令呪。

 

本来なら、“勝利”のために使うもの。

 

だが今は違う。

 

守るため。

 

終わらせるため。

 

切嗣は低く呟く。

 

「令呪を以て命ずる。」

 

赤い光が弾ける。

 

「セイバー――」

 

魔力が爆発的に流れ込む。

 

ブラッドレイの身体が軋む。

 

だが。

 

その剣圧が跳ね上がる。

 

「必ず、あれを断て。」

 

令呪発動。

 

瞬間。

 

ブラッドレイの魔力が数段階膨れ上がった。

 

ライダーが豪快に笑う。

 

「ならば余もだ!!」

 

ウェイバー不在。

 

だが、この異常空間では霊脈が擬似的に魔力供給を成立させている。

 

ライダーは己の現界そのものを燃やし始めた。

 

ランサーのマスター側も令呪を使用。

 

双槍へ呪光が宿る。

 

アサシン達も、一斉に分体を展開。

 

数十の気配が地下空間へ満ちる。

 

そして。

 

綺礼だけは静かに、自らの令呪を見下ろしていた。

 

その顔には奇妙な笑み。

 

「……成程。」

 

彼は呟く。

 

「願いのためではなく、“終わらせるため”に使う令呪か。」

 

ギルガメッシュが嗤う。

 

「綺礼。」

 

「貴様はどうする。」

 

綺礼はゆっくり顔を上げる。

 

その瞳には、底知れない愉悦と空虚。

 

そして。

 

僅かな“選択”があった。

 

数秒の沈黙。

 

やがて。

 

彼は静かに右手を掲げる。

 

「令呪を以て命ずる。」

 

黒泥が反応する。

 

深淵が脈打つ。

 

綺礼は笑った。

 

「アサシン。」

 

「死ぬまで戦え。」

 

赤い光が炸裂。

 

アサシン達の気配が、一斉に膨れ上がる。

 

自壊寸前の強化。

 

完全な特攻命令。

 

だが。

 

誰も止めない。

 

止められない。

 

次の瞬間。

 

深淵の瞳が、完全に“こちら側”を認識した。

 

地下空間全体へ、膨大な悪意が雪崩れ込む。

 

そして。

 

ブラッドレイが、一歩前へ出た。

 

「総攻撃だ。」

 

世界を揺らす最終決戦が、始まった。

 

 

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