霊脈決壊。
その瞬間――。
遠坂邸地下空間が、“夜”に呑まれた。
光が消える。
音が歪む。
上下感覚すら狂う。
まるで世界そのものが、黒泥へ沈み始めたようだった。
ゴォォォォォォォ――――ッ!!
霊脈の奔流が黒へ染まる。
大地の血管へ、人類悪が流れ込んでいく。
壁面の魔術刻印が腐食。
結界が悲鳴を上げながら崩壊していく。
遠坂邸全体が揺れた。
地上では窓ガラスが砕け、庭園の木々が黒く変色していく。
冬木の霊脈そのものが、侵され始めていた。
「チィ……!」
時臣が吐血する。
霊脈制御を維持したまま、人類悪の侵食を押さえ込んでいるのだ。
常人なら、とっくに精神が焼き切れている。
だが。
止めれば終わる。
だから彼は耐える。
「地下封鎖を維持する!!」
叫び。
同時に。
黒泥が爆発的に噴き上がった。
天井へ。
壁へ。
人の形を取りながら。
兵士。
老人。
女。
子供。
無数の“人間”が泥から這い出してくる。
『苦しい』
『助けて』
『憎い』
『殺してくれ』
その全てが呪詛だった。
ライダー――が前へ出る。
「来るぞ英霊共!!」
神威の車輪が雷鳴を轟かせる。
ドォォォォン!!
雷光が泥人形を蒸発させる。
だが、即座に再生。
霊脈そのものから無限に供給されている。
ランサー――が双槍を回転させる。
「核を狙え!!流れを断つんだ!!」
紅槍が因果を裂き。
黄槍が魔力循環を破壊。
泥の一部が崩れる。
しかし。
焼け石に水。
霊脈そのものが汚染されている以上、再生が止まらない。
アサシン―達は四方へ散開。
封印杭。
結界線。
侵食遮断。
彼らは既に“軍”として動いていた。
一人の暗殺者ではない。
多重思考による戦場制御。
その動きは精密機械のようだった。
だが。
黒泥は笑う。
否。
笑ったように見えた。
次の瞬間。
地下空間の中央が、ゆっくりと“開く”。
空間ではない。
世界そのものが裂けている。
深淵。
その奥。
巨大な“瞳”が現れた。
見るだけで、本能が理解する。
――あれを、この世へ出してはならない。
切嗣――額に汗が流れる。
綺礼――は、逆に恍惚としていた。
「……これが、人類の底か。」
ギルガメッシュ――英雄王だけは笑わない。
黄金律の王ですら、本能で理解していた。
これは“災害”ではない。
概念だ。
人類史そのものに巣食う、“悪”。
そして。
その中心。
ブラッドレイは静かに前へ出る。
黒泥が歓喜する。
まるで彼を歓迎するように。
無数の腕が伸びる。
呪詛が絡みつく。
だが。
セイバー――キング・ブラッドレイは、一切止まらない。
軍帽を深く被り直す。
究極の眼が、世界の裂け目を見据える。
その奥。
“核”。
まだ存在する。
完全には壊れていない。
だから終わらない。
「……成程。」
低い声。
「随分と往生際が悪い。」
ギルガメッシュが黄金の波紋を開く。
王の財宝。
神代の武具群が展開。
ライダーが戦車へ雷を集束。
ランサーが双槍を構える。
ランスロット――が黒い剣を握り締める。
切嗣が起源弾を装填。
時臣は霊脈制御を維持。
綺礼は静かに拳を構えた。
そして。
ブラッドレイが剣を抜く。
「総員。」
その声に、全員が反応する。
「世界の穴を閉じる。」
次の瞬間。
深淵の“瞳”が、完全に開いた。
深淵の瞳が開いた瞬間。
地下霊脈炉の空気が、“死”へ変わった。
圧力。
重力。
悪意。
その場に立つだけで精神が軋む。
黒泥は既に液体ではなかった。
意思だ。
人類悪そのものが、この世へ身体を伸ばしている。
『■■■■■■■■』
言葉にならない声が響く。
聞いた瞬間、心の奥底にある負の感情を抉り出される。
恐怖。
後悔。
憎悪。
嫉妬。
それら全てが増幅される。
アサシン――複数のうち一体が膝をついた。
ランサー――も歯を食いしばる。
ライダー――ですら笑みを消していた。
「……冗談ではないぞ、これは。」
ギルガメッシュ――の背後では、王の財宝が唸るように展開している。
だが。
それでも分かる。
相手は規格外だ。
そして。
ブラッドレイは、その深淵を見据えたまま静かに口を開いた。
「……今こそ。」
その声は低い。
だが、全員へ突き刺さる。
「令呪を使う時では無いかね?」
全員が振り返る。
マスター達へ。
切嗣。
時臣。
雁夜。
そして綺礼。
サーヴァント達だけでは押し切れない。
今から始まるのは、“聖杯戦争”ではない。
世界を閉じるための戦い。
ならば。
出し惜しみなどしている場合ではない。
ブラッドレイは剣を構えたまま続ける。
「マスター諸君。」
「この場で温存する意味は無い。」
霊脈が揺れる。
黒泥が膨張する。
深淵の瞳が、さらに開く。
「使い切れ。」
その瞬間。
最初に動いたのは、切嗣――だった。
彼は左手を見つめる。
令呪。
本来なら、“勝利”のために使うもの。
だが今は違う。
守るため。
終わらせるため。
切嗣は低く呟く。
「令呪を以て命ずる。」
赤い光が弾ける。
「セイバー――」
魔力が爆発的に流れ込む。
ブラッドレイの身体が軋む。
だが。
その剣圧が跳ね上がる。
「必ず、あれを断て。」
令呪発動。
瞬間。
ブラッドレイの魔力が数段階膨れ上がった。
ライダーが豪快に笑う。
「ならば余もだ!!」
ウェイバー不在。
だが、この異常空間では霊脈が擬似的に魔力供給を成立させている。
ライダーは己の現界そのものを燃やし始めた。
ランサーのマスター側も令呪を使用。
双槍へ呪光が宿る。
アサシン達も、一斉に分体を展開。
数十の気配が地下空間へ満ちる。
そして。
綺礼だけは静かに、自らの令呪を見下ろしていた。
その顔には奇妙な笑み。
「……成程。」
彼は呟く。
「願いのためではなく、“終わらせるため”に使う令呪か。」
ギルガメッシュが嗤う。
「綺礼。」
「貴様はどうする。」
綺礼はゆっくり顔を上げる。
その瞳には、底知れない愉悦と空虚。
そして。
僅かな“選択”があった。
数秒の沈黙。
やがて。
彼は静かに右手を掲げる。
「令呪を以て命ずる。」
黒泥が反応する。
深淵が脈打つ。
綺礼は笑った。
「アサシン。」
「死ぬまで戦え。」
赤い光が炸裂。
アサシン達の気配が、一斉に膨れ上がる。
自壊寸前の強化。
完全な特攻命令。
だが。
誰も止めない。
止められない。
次の瞬間。
深淵の瞳が、完全に“こちら側”を認識した。
地下空間全体へ、膨大な悪意が雪崩れ込む。
そして。
ブラッドレイが、一歩前へ出た。
「総攻撃だ。」
世界を揺らす最終決戦が、始まった。