冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

64 / 83
第64話

地下霊脈炉――。

 

 遠坂邸の最深部は、もはや魔術工房ではなかった。

 

 大地を抉り開いたような巨大な空洞。

 脈動する黒泥。

 崩れ続ける術式。

 焼け爛れた霊脈。

 

 その中心。

 

 “穴”が、あった。

 

 世界そのものに穿たれた裂傷。

 無限に黒を流し続ける、悪意の臓腑。

 

 そして、その奥に浮かぶ“核”。

 

 人類の憎悪。

 絶望。

 嫉妬。

 殺意。

 飢え。

 祈り。

 呪い。

 

 ありとあらゆる負の感情を凝縮した、概念そのもの。

 

 それを前に――。

 

 サーヴァント達ですら、膝を震わせていた。

 

「……っ……!」

 

 ランサーが膝をつく。

 ライダーの戦車が軋む。

 アサシンの分身体が次々と消滅していく。

 

 視界に入るだけで精神を侵される。

 

 理解した瞬間、心が壊れる。

 

 それは“敵”ですらなかった。

 

 人類が生み出した、世界規模の傷だった。

 

 だが。

 

 その最前線に、二人だけ立っていた。

 

 セイバー。

 そして、ランスロット。

 

 二人とも既に満身創痍。

 

 黒泥に焼かれた肉。

 砕けた骨。

 限界を超えた霊核。

 

 それでも。

 

 背中だけは預けていた。

 

「……ランスロット」

 

「ああ……王よ」

 

セイバーを騎士王に重ねていた。

 

あまりに生き方、在り方が似ていた。

かつて憎み合い、狂い、堕ちた騎士。

 

 だが今だけは違う。

 

 世界を守るための、最後の騎士だった。

 

 セイバー――キング・ブラッドレイが、ゆっくりと二振りのサーベルを構える。

 

令呪のブーストにより、神造兵装なったサーベル。

 

 どちらも本来、人間が扱える代物ではない。

 

 握るだけで、腕が裂け、魔力回路が焼き切れていく。

 

 だが。

 

 ブラッドレイは笑った。

 

「まったく……最後の最後まで、骨が折れる」

 

 右眼――“最強の眼”。

 

 その瞳が、世界の裂け目を見据える。

 

 流れる魔力。

 空間の歪み。

 黒泥の循環。

 核の位置。

 

 全てを視る。

 

 全てを断つために。

 

 直後。

 

 “穴”が咆哮した。

 

 空間そのものが絶叫する。

 

 黒泥が津波のように押し寄せ、地下空洞を埋め尽くす。

 

「来るぞ!!」

 

 切嗣が叫ぶ。

 

「全員、セイバーを通せ!!」

 

 その瞬間――。

 

「令呪を以て命ずる!!」

 

 遠坂時臣の令呪が燃えた。

 

「アーチャー!! 全宝具の使用制限を解除しろ!!」

 

 黄金の門が、空間を埋め尽くす。

 

 ギルガメッシュが嗤った。

 

「よかろう雑種共!! 刮目するがいい!!」

 

 王の財宝が、一斉射出。

 

 神代宝具の雨が黒泥を蒸発させる。

 

 続けて。

 

「征くぞ!!」

 

 ライダーが咆哮。

 

 神威の車輪が雷を纏い、泥の濁流へ突撃する。

 

 ランサーは血塗れの双槍を構えた。

 

「騎士として、最後まで付き合おう」

 

 紅槍が呪いを裂き。

 黄槍が魔力循環を破壊する。

 

 アサシン達は、自ら崩壊しながら道を作った。

 

 神父――言峰綺礼ですら、拳を震わせながら呟く。

 

「これが……人の悪か」

 

 その時。

 

 黒泥の中心から、“眼”が開いた。

 

 巨大な深淵の眼。

 

 それがセイバーを見た。

 

 瞬間。

 

 無数の声が流れ込む。

 

『殺せ』

『憎め』

『奪え』

『絶望しろ』

『人間など醜い』

 

 世界中の悪意。

 

 数十億の呪詛。

 

 普通の人間なら、一瞬で発狂する。

 

 だが。

 

 ブラッドレイは、歩みを止めなかった。

 

「……知っているさ」

 

 一歩。

 

「人間は愚かだ」

 

 一歩。

 

「醜く」

 

 一歩。

 

「救いようもない」

 

 黒泥が身体を侵食する。

 皮膚が裂ける。

 血が蒸発する。

 

 それでも。

 

 彼は前へ進む。

 

「だが――」

 

 ランスロットが背後で絶叫した。

 

「王よォォォォォ!! 前へ!!」

 

 無数の泥槍が、ランスロットを貫く。

 

 腕が千切れ。

 脚が砕け。

 霊基が崩壊していく。

 

 それでも彼は笑った。

 

「今度こそ……貴方の騎士であれた……!!」

 

 その背中を見て。

 

 ブラッドレイは、静かに目を細めた。

 

「見事だ、ランスロット」

 

 そして。

 

 世界が止まった。

 

 セイバーの右眼が、核の“綻び”を捉える。

 

 概念の接続点。

 呪いの中心。

 世界に食い込んだ楔。

 

 たった一瞬だけ現れた、“存在の隙間”。

 

 そこへ。

 

 二振りの神剣が交差する。

 

「これで――終わりだ」

 

 そして。

 

 キング・ブラッドレイは。

 

 人類悪の核を――

 

 存在ごと、切り裂いた。

 

 ――――――――――――――――。

 

 音が、消えた。

 

 黒泥が止まる。

 

 時間が凍る。

 

 世界の穴が、静かに軋む。

 

 次の瞬間。

 

 核に、一本の線が走った。

 

 それはゆっくりと広がり――。

 

 パキリ、と。

 

 世界最大の呪いが、砕け散った。

 

 絶叫。

 

 断末魔。

 

 数十億の怨嗟が、一斉に消えていく。

 

 黒泥が、灰になった。

 

 霊脈が悲鳴を上げる。

 

 地下空洞が崩壊する。

 

 終わった。

 

 ついに。

 

 聖杯は――滅びたのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。