地下霊脈炉――。
遠坂邸の最深部は、もはや魔術工房ではなかった。
大地を抉り開いたような巨大な空洞。
脈動する黒泥。
崩れ続ける術式。
焼け爛れた霊脈。
その中心。
“穴”が、あった。
世界そのものに穿たれた裂傷。
無限に黒を流し続ける、悪意の臓腑。
そして、その奥に浮かぶ“核”。
人類の憎悪。
絶望。
嫉妬。
殺意。
飢え。
祈り。
呪い。
ありとあらゆる負の感情を凝縮した、概念そのもの。
それを前に――。
サーヴァント達ですら、膝を震わせていた。
「……っ……!」
ランサーが膝をつく。
ライダーの戦車が軋む。
アサシンの分身体が次々と消滅していく。
視界に入るだけで精神を侵される。
理解した瞬間、心が壊れる。
それは“敵”ですらなかった。
人類が生み出した、世界規模の傷だった。
だが。
その最前線に、二人だけ立っていた。
セイバー。
そして、ランスロット。
二人とも既に満身創痍。
黒泥に焼かれた肉。
砕けた骨。
限界を超えた霊核。
それでも。
背中だけは預けていた。
「……ランスロット」
「ああ……王よ」
セイバーを騎士王に重ねていた。
あまりに生き方、在り方が似ていた。
かつて憎み合い、狂い、堕ちた騎士。
だが今だけは違う。
世界を守るための、最後の騎士だった。
セイバー――キング・ブラッドレイが、ゆっくりと二振りのサーベルを構える。
令呪のブーストにより、神造兵装なったサーベル。
どちらも本来、人間が扱える代物ではない。
握るだけで、腕が裂け、魔力回路が焼き切れていく。
だが。
ブラッドレイは笑った。
「まったく……最後の最後まで、骨が折れる」
右眼――“最強の眼”。
その瞳が、世界の裂け目を見据える。
流れる魔力。
空間の歪み。
黒泥の循環。
核の位置。
全てを視る。
全てを断つために。
直後。
“穴”が咆哮した。
空間そのものが絶叫する。
黒泥が津波のように押し寄せ、地下空洞を埋め尽くす。
「来るぞ!!」
切嗣が叫ぶ。
「全員、セイバーを通せ!!」
その瞬間――。
「令呪を以て命ずる!!」
遠坂時臣の令呪が燃えた。
「アーチャー!! 全宝具の使用制限を解除しろ!!」
黄金の門が、空間を埋め尽くす。
ギルガメッシュが嗤った。
「よかろう雑種共!! 刮目するがいい!!」
王の財宝が、一斉射出。
神代宝具の雨が黒泥を蒸発させる。
続けて。
「征くぞ!!」
ライダーが咆哮。
神威の車輪が雷を纏い、泥の濁流へ突撃する。
ランサーは血塗れの双槍を構えた。
「騎士として、最後まで付き合おう」
紅槍が呪いを裂き。
黄槍が魔力循環を破壊する。
アサシン達は、自ら崩壊しながら道を作った。
神父――言峰綺礼ですら、拳を震わせながら呟く。
「これが……人の悪か」
その時。
黒泥の中心から、“眼”が開いた。
巨大な深淵の眼。
それがセイバーを見た。
瞬間。
無数の声が流れ込む。
『殺せ』
『憎め』
『奪え』
『絶望しろ』
『人間など醜い』
世界中の悪意。
数十億の呪詛。
普通の人間なら、一瞬で発狂する。
だが。
ブラッドレイは、歩みを止めなかった。
「……知っているさ」
一歩。
「人間は愚かだ」
一歩。
「醜く」
一歩。
「救いようもない」
黒泥が身体を侵食する。
皮膚が裂ける。
血が蒸発する。
それでも。
彼は前へ進む。
「だが――」
ランスロットが背後で絶叫した。
「王よォォォォォ!! 前へ!!」
無数の泥槍が、ランスロットを貫く。
腕が千切れ。
脚が砕け。
霊基が崩壊していく。
それでも彼は笑った。
「今度こそ……貴方の騎士であれた……!!」
その背中を見て。
ブラッドレイは、静かに目を細めた。
「見事だ、ランスロット」
そして。
世界が止まった。
セイバーの右眼が、核の“綻び”を捉える。
概念の接続点。
呪いの中心。
世界に食い込んだ楔。
たった一瞬だけ現れた、“存在の隙間”。
そこへ。
二振りの神剣が交差する。
「これで――終わりだ」
そして。
キング・ブラッドレイは。
人類悪の核を――
存在ごと、切り裂いた。
――――――――――――――――。
音が、消えた。
黒泥が止まる。
時間が凍る。
世界の穴が、静かに軋む。
次の瞬間。
核に、一本の線が走った。
それはゆっくりと広がり――。
パキリ、と。
世界最大の呪いが、砕け散った。
絶叫。
断末魔。
数十億の怨嗟が、一斉に消えていく。
黒泥が、灰になった。
霊脈が悲鳴を上げる。
地下空洞が崩壊する。
終わった。
ついに。
聖杯は――滅びたのだ。