冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

67 / 86
第67話

冬木の夜明け。

 

 黒泥に覆われていた空は晴れ、焼け焦げた街並みを朝日が照らしていた。

 

 まるで悪夢が終わった後の世界だった。

 

 だが。

 

 各陣営にとって、本当の意味で現実感が無かったのは――。

 

 自分達が“生きている”ことだった。

 

 ◆

 

 遠坂邸地上部。

 

 崩壊した庭園には、疲弊しきった面々が集まっていた。

 

 つい数時間前まで殺し合っていた魔術師と英霊達。

 

 普通なら、こんな光景はあり得ない。

 

 それでも今は、誰も武器を向けなかった。

 

 戦う理由が消えていたからだ。

 

 遠坂時臣は、静かに空を見上げる。

 

「……聖杯戦争の終結後、生存者がこれほど残るなど前代未聞だ」

 

 しかも。

 

 サーヴァント達は完全受肉。

 

 マスター達すら、神秘によって再構築されている。

 

 魔術史そのものを書き換えかねない異常事態だった。

 

 だが。

 

 時臣は、ゆっくり息を吐いた。

 

「……だが、今は良しとしよう」

 

 根源。

 聖杯。

 悲願。

 

 そんなものより。

 

 この場で世界が存続している事実の方が遥かに重かった。

 

 ◆

 

 ケイネスは未だ納得しきれていなかった。

 

 何度も魔力循環を確認し。

 何度も身体を調べる。

 

 結果は同じだった。

 

 完全回復。

 

 それどころか、以前より明確に性能が上がっている。

 

「あり得ん……」

 

 ロード・エルメロイとしての知識が、逆に現実を否定する。

 

「魔術回路とは、生得的資質だぞ……」

 

 ソラウは苦笑した。

 

「でも、現実に起きてるじゃない」

 

 ケイネスは押し黙る。

 

 その通りだった。

 

 常識で説明不能。

 

 だが、それを否定できる者はここにいない。

 

 なぜなら。

 

 全員が“奇跡”を体験してしまったからだ。

 

 ◆

 

 ウェイバーは未だにライダーを見ては、時折変な顔をしていた。

 

「……本当に消えないんだな」

 

「だからそう言っておるだろう!」

 

 イスカンダルは大笑いする。

 

 完全な肉体。

 完全な現界。

 

 しかも霊体化ではない。

 

 普通に腹が減り。

 疲れ。

 呼吸している。

 

 英霊というより、もはや異世界人だった。

 

「坊主!」

 

「なんだよ」

 

「腹が減った!」

 

「さっきからそればっかりだなアンタ!?」

 

 だが、そのやり取りが妙に嬉しかった。

 

 消えるはずだった存在が、今も隣にいる。

 

 それだけで、ウェイバーには充分だった。

 

 ◆

 

 言峰綺礼は静かに教会の瓦礫へ腰掛けていた。

 

 己の拳を見つめる。

 

 肉体は全快。

 

 魔術回路も強化されている。

 

 だが。

 

 彼の内面だけは、まだ整理がついていなかった。

 

「……終わった、か」

 

 長年追い求めた愉悦。

 悪。

 答え。

 

 その全てを、人類悪との戦いで見てしまった。

 

 あれほど巨大な悪意を見た後では、個人の歪みなど些細に思える。

 

 ギルガメッシュが隣で鼻を鳴らした。

 

「神父。貴様、腑抜けた顔をしているな」

 

「……かもしれません」

 

「フン」

 

 黄金の王は空を見る。

 

「だが、悪くない余興だった」

 

 綺礼は僅かに笑った。

 

 それ以上、何も言わなかった。

 

 ◆

 

 間桐雁夜は、ようやく普通に歩ける自分へ未だ慣れていなかった。

 

 身体が軽い。

 

 呼吸が苦しくない。

 

 痛みが無い。

 

 それが、逆に怖いほどだった。

 

 だが。

 

 その視線は既に未来を見ていた。

 

「……桜を迎えに行く」

 

 その言葉に、ブラッドレイは静かに頷く。

 

「ああ。行け」

 

 雁夜は、もう壊れかけた男ではない。

 

 未来へ進む力を持っていた。

 

 ◆

 

 そして。

 

 その中心。

 

 キング・ブラッドレイは、静かに冬木の空を見上げていた。

 

 軍帽を被り直し。

 煙草へ火を付ける。

 

 誰よりも戦場に立ち。

 誰よりも深く人類悪を見た男。

 

 だが今、その顔にあるのは静かな穏やかさだった。

 

 切嗣が隣へ立つ。

 

「……これからどうする」

 

 ブラッドレイは煙を吐く。

 

「さてな」

 

 少し考え――。

 

 笑った。

 

「とりあえず」

 

 その視線は、朝日に向く。

 

「生きてみるさ」

 

 その言葉を聞き。

 

 誰も否定しなかった。

 

 聖杯戦争は終わった。

 

 世界は滅びなかった。

 

 そして彼らは――。

 

 ようやく、“その先”を生きられるのだから。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。