冬木の夜明け。
黒泥に覆われていた空は晴れ、焼け焦げた街並みを朝日が照らしていた。
まるで悪夢が終わった後の世界だった。
だが。
各陣営にとって、本当の意味で現実感が無かったのは――。
自分達が“生きている”ことだった。
◆
遠坂邸地上部。
崩壊した庭園には、疲弊しきった面々が集まっていた。
つい数時間前まで殺し合っていた魔術師と英霊達。
普通なら、こんな光景はあり得ない。
それでも今は、誰も武器を向けなかった。
戦う理由が消えていたからだ。
遠坂時臣は、静かに空を見上げる。
「……聖杯戦争の終結後、生存者がこれほど残るなど前代未聞だ」
しかも。
サーヴァント達は完全受肉。
マスター達すら、神秘によって再構築されている。
魔術史そのものを書き換えかねない異常事態だった。
だが。
時臣は、ゆっくり息を吐いた。
「……だが、今は良しとしよう」
根源。
聖杯。
悲願。
そんなものより。
この場で世界が存続している事実の方が遥かに重かった。
◆
ケイネスは未だ納得しきれていなかった。
何度も魔力循環を確認し。
何度も身体を調べる。
結果は同じだった。
完全回復。
それどころか、以前より明確に性能が上がっている。
「あり得ん……」
ロード・エルメロイとしての知識が、逆に現実を否定する。
「魔術回路とは、生得的資質だぞ……」
ソラウは苦笑した。
「でも、現実に起きてるじゃない」
ケイネスは押し黙る。
その通りだった。
常識で説明不能。
だが、それを否定できる者はここにいない。
なぜなら。
全員が“奇跡”を体験してしまったからだ。
◆
ウェイバーは未だにライダーを見ては、時折変な顔をしていた。
「……本当に消えないんだな」
「だからそう言っておるだろう!」
イスカンダルは大笑いする。
完全な肉体。
完全な現界。
しかも霊体化ではない。
普通に腹が減り。
疲れ。
呼吸している。
英霊というより、もはや異世界人だった。
「坊主!」
「なんだよ」
「腹が減った!」
「さっきからそればっかりだなアンタ!?」
だが、そのやり取りが妙に嬉しかった。
消えるはずだった存在が、今も隣にいる。
それだけで、ウェイバーには充分だった。
◆
言峰綺礼は静かに教会の瓦礫へ腰掛けていた。
己の拳を見つめる。
肉体は全快。
魔術回路も強化されている。
だが。
彼の内面だけは、まだ整理がついていなかった。
「……終わった、か」
長年追い求めた愉悦。
悪。
答え。
その全てを、人類悪との戦いで見てしまった。
あれほど巨大な悪意を見た後では、個人の歪みなど些細に思える。
ギルガメッシュが隣で鼻を鳴らした。
「神父。貴様、腑抜けた顔をしているな」
「……かもしれません」
「フン」
黄金の王は空を見る。
「だが、悪くない余興だった」
綺礼は僅かに笑った。
それ以上、何も言わなかった。
◆
間桐雁夜は、ようやく普通に歩ける自分へ未だ慣れていなかった。
身体が軽い。
呼吸が苦しくない。
痛みが無い。
それが、逆に怖いほどだった。
だが。
その視線は既に未来を見ていた。
「……桜を迎えに行く」
その言葉に、ブラッドレイは静かに頷く。
「ああ。行け」
雁夜は、もう壊れかけた男ではない。
未来へ進む力を持っていた。
◆
そして。
その中心。
キング・ブラッドレイは、静かに冬木の空を見上げていた。
軍帽を被り直し。
煙草へ火を付ける。
誰よりも戦場に立ち。
誰よりも深く人類悪を見た男。
だが今、その顔にあるのは静かな穏やかさだった。
切嗣が隣へ立つ。
「……これからどうする」
ブラッドレイは煙を吐く。
「さてな」
少し考え――。
笑った。
「とりあえず」
その視線は、朝日に向く。
「生きてみるさ」
その言葉を聞き。
誰も否定しなかった。
聖杯戦争は終わった。
世界は滅びなかった。
そして彼らは――。
ようやく、“その先”を生きられるのだから。