冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第69話

遠坂邸跡地。

 

 崩壊した大庭園には、未だ濃密な魔力の残滓が漂っていた。

 

 だが、あの黒泥の悪意はもう無い。

 

 空は青く。

 

 冬木へ、静かな朝が訪れていた。

 

 その頃には、間桐雁夜とランスロットは既にこの場を離れていた。

 

 桜を連れて。

 

 三人の、新しい人生を始めるために。

 

 そして今。

 

 遠坂邸には、残された者達が集っていた。

 

 サーヴァント。

 マスター。

 

 かつて互いを殺し合った者達。

 

 だが今は誰も武器を抜いていない。

 

 その時。

 

 遠くから雷鳴のような轟音が響く。

 

 次の瞬間。

 

 爆音と共に、巨大な戦車が庭園へ滑り込んできた。

 

 神威の車輪。

 

 雷光を纏う牛達が地面を削りながら停止する。

 

「ハハハハハ!!」

 

 豪快な笑い声。

 

 征服王イスカンダルだった。

 

 その後ろでは、戦車へしがみついたウェイバーが半泣きになっている。

 

「ちょ、ちょっと待てって言っただろアンタ!!」

 

「何を言う坊主! 速い方が格好良いではないか!!」

 

「死ぬかと思ったわ!!」

 

 ライダーは豪快に笑いながら戦車から飛び降りる。

 

 どうやら避難誘導を終えたウェイバーと合流し、そのまま戻ってきたらしい。

 

 その姿を見て、場の空気が少しだけ緩む。

 

 ライダーは周囲を見回した。

 

「ふむ?」

 

 そして気付く。

 

「おお。ランスロットと間桐の男は居らぬか」

 

 ブラッドレイが煙草を咥えたまま頷く。

 

「ああ。桜という少女を連れて行った」

 

「ほう」

 

 ライダーは満足そうに笑う。

 

「ならば良い顔で去ったのであろうな」

 

「違いない」

 

 短い返答。

 

 だが、それだけで充分だった。

 

 そして。

 

 ブラッドレイはゆっくり全員を見回す。

 

 黄金の王。

 征服王。

 騎士。

 暗殺者。

 魔術師達。

 

 誰もが疲弊している。

 

 それでも、生きていた。

 

 彼は静かに煙を吐く。

 

「さて」

 

 朝風が軍帽を揺らす。

 

「ランスロットとマスターは、行ってしまったな」

 

 その声音には、僅かな穏やかさがあった。

 

 あの狂った騎士が、最後に救われた。

 

 それだけで、充分価値がある。

 

 そして。

 

 キング・ブラッドレイは、この場にいる全ての者へ問いかけた。

 

「我々は、どうするかね?」

 

 静寂。

 

 誰も、すぐには答えなかった。

 

 戦争だけを考えていた者達だ。

 

 “その後”など、考えたことも無い。

 

 だが今は違う。

 

 彼らは生き延びた。

 

 ならば、この先を生きる必要がある。

 

 最初に口を開いたのは、意外にも遠坂時臣だった。

 

「……まずは、後始末でしょうな」

 

 崩壊した屋敷を見渡す。

 

 霊脈。

 結界。

 魔術痕跡。

 

 放置すれば時計塔が飛んでくる。

 

 ケイネスが疲れた顔で頷いた。

 

「全面的に同意する……」

 

「説明を考えるだけで頭痛がするな」

 

 切嗣がぼやく。

 

 綺礼が静かに付け加えた。

 

「少なくとも、“サーヴァント全員受肉”は秘匿すべきでしょう」

 

「当然だな」

 

 ケイネスが即答する。

 

「時計塔が知れば、世界規模で争奪戦になる」

 

 ライダーが豪快に笑った。

 

「ハハハ!! 面白そうではないか!!」

 

「面白くない!!」

 

 ウェイバーが即座に叫ぶ。

 

 ギルガメッシュは腕を組み、退屈そうに鼻を鳴らす。

 

「雑種共はすぐ騒ぐ」

 

「お前も原因側だろうが」

 

 ブラッドレイが珍しく突っ込む。

 

 黄金の王は不機嫌そうに目を細めた。

 

 だが、その口元は少し笑っていた。

 

 アイリスフィールは、静かにその光景を見ていた。

 

 争っていた者達が。

 今、普通に会話している。

 

 それが不思議で。

 

 どこか嬉しかった。

 

 そして。

 

 ブラッドレイは再び空を見上げる。

 

 冬木は救われた。

 

 聖杯戦争は終わった。

 

 だが。

 

 彼らの人生は、ようやく始まったばかりだった。

 

ブラッドレイは、深く煙を吐いた。

 

 崩壊した遠坂邸。

 焼けた庭園。

 瓦礫の山。

 

 つい数時間前まで、世界の終わりのような戦場だった場所とは思えないほど静かだった。

 

 そして。

 

「……流石に疲れた」

 

 その一言と共に、彼は近くの瓦礫へ腰を下ろした。

 

 軍帽を少し上げ、右眼を覆っていた眼帯を緩める。

 

 最強の眼。

 

 神剣。

 

 人類悪との戦闘。

 

 どれだけ強靭な存在であろうと、無事で済む戦いではなかった。

 

 ライダーが豪快に笑う。

 

「ハハハ!! 貴様ほどの男でも疲れるか!!」

 

「当たり前だ」

 

 ブラッドレイは即答した。

 

「私は不死身ではないのでね」

 

「今はかなり人外寄りだと思うぞ?」

 

 切嗣がぼそりと呟く。

 

 事実だった。

 

 受肉した英霊達も。

 神秘で再構築された魔術師達も。

 

 既に通常の人間からは大きく逸脱している。

 

 だが、それでも。

 

 疲れるものは疲れる。

 

 ディルムッドも静かに壁へ背を預けた。

 

「……同感だ」

 

 騎士らしく姿勢は崩していない。

 

 だが、その顔には濃い疲労が浮かんでいる。

 

「流石に、人類悪との戦いは二度と御免被りたい」

 

「珍しく意見が合ったな」

 

 ケイネスが苦い顔で呟く。

 

 その横でソラウも完全に疲れ切っていた。

 

「もうしばらく魔術絡みは見たくないわ……」

 

 ウェイバーは芝生へ倒れ込んでいた。

 

「僕は三日は寝る……」

 

「坊主、それでは腹が減るぞ!」

 

「アンタはなんでそんな元気なんだよ……」

 

 ライダーだけ妙に元気だった。

 

 征服王は大笑いしながら酒樽をどこからか持ち出している。

 

 ギルガメッシュが呆れたように鼻を鳴らす。

 

「相変わらず騒がしい男だ」

 

「良いではないか黄金王!」

 

「馴れ馴れしいぞ征服王」

 

 そう言いながらも、ギルガメッシュはその場を離れなかった。

 

 綺礼は瓦礫へ腰掛けたまま、静かに空を見ていた。

 

「……平和、ですか」

 

 呟きは小さい。

 

 だが。

 

 その場にいる誰もが、似たようなことを考えていた。

 

 戦争が終わった。

 

 命を狙われることも。

 裏切りを警戒することも。

 

 今は、無い。

 

 アイリスフィールは柔らかく微笑む。

 

「こうして、皆で話してるのって不思議ね」

 

「違いない」

 

 ブラッドレイが頷く。

 

 かつて敵だった者達。

 

 それが今は、同じ朝日を見ながら疲れた顔で休んでいる。

 

 奇妙で。

 

 だが悪くない光景だった。

 

 その時。

 

 ライダーが酒樽を掲げる。

 

「よし!!」

 

 征服王は満面の笑みで叫んだ。

 

「まずは宴だ!!」

 

「朝からか!?」

 

 ウェイバーが悲鳴を上げる。

 

 だが。

 

 次の瞬間。

 

 その場には、小さな笑い声が広がっていた。

 

 皆、疲れていた。

 

 満身創痍だった。

 

 それでも。

 

 誰も死ななかった。

 

 だから今くらいは。

 

 こうして笑っても良いのだと。

 

 冬木の朝日は、そんな彼らを静かに照らしていた。

 

遠坂邸跡地。

 

 崩れた庭園の中央で、即席の宴が始まっていた。

 

 瓦礫を椅子代わりにし。

 無事だったテーブルを引きずり出し。

 どこから持ち出したのか、ライダーが大量の酒樽まで並べている。

 

 数時間前まで世界滅亡寸前だったとは思えない光景だった。

 

 ライダーが豪快に杯を掲げる。

 

「ハハハハ!! 生き延びたならば飲まねば損だ!!」

 

「その理論はおかしい」

 

 ウェイバーが突っ込みながらも、結局隣へ座っていた。

 

 ブラッドレイは、注がれた酒を静かに見つめる。

 

 琥珀色。

 

 朝日に照らされ、揺れていた。

 

 軍人として。

 王として。

 人造人間として。

 

 幾度も酒は口にしてきた。

 

 だが。

 

 今は妙に違って見える。

 

 ブラッドレイは、ゆっくり一口飲む。

 

 喉を通る熱。

 

 香り。

 

 余韻。

 

 そして――。

 

「……酒は、こんなに美味かったか?」

 

 ぽつりと漏れた言葉。

 

 一瞬、周囲が静かになる。

 

 ライダーは満面の笑みを浮かべた。

 

「当然よ!!」

 

 征服王は豪快に酒を煽る。

 

「死地を越えた後の酒ほど美味いものはない!!」

 

 ディルムッドも、小さく笑った。

 

「確かに……これは格別だ」

 

 ケイネスですら、静かにグラスを傾けている。

 

「……認めたくはないがな」

 

「素直じゃないわね」

 

 ソラウが呆れたように笑う。

 

 ギルガメッシュは黄金の杯を片手に鼻を鳴らした。

 

「フン。酒そのものではない」

 

 赤い瞳が細まる。

 

「今宵が特別なのだ」

 

 誰も否定しなかった。

 

 切嗣は、珍しく穏やかな顔で酒を飲んでいた。

 

 アイリスフィールが隣で微笑む。

 

 生きている。

 

 ちゃんと隣にいる。

 

 それだけで、世界の見え方が変わっていた。

 

 綺礼は静かにグラスを見つめる。

 

「……幸福、というやつですか」

 

「神父にしては湿っぽいな」

 

 ブラッドレイが笑う。

 

 綺礼も、小さく笑みを返した。

 

 そして。

 

 ライダーが再び酒樽を叩いた。

 

「もっと飲め!!」

 

「まだ飲ませるのか!?」

 

 ウェイバーが悲鳴を上げる。

 

 庭園に笑い声が響く。

 

 戦場ではない。

 殺し合いでもない。

 

 ただ、生き残った者達の宴。

 

 ブラッドレイは空を見る。

 

 青空だった。

 

 壊れた聖杯も。

 黒泥も。

 人類悪も。

 

 もう無い。

 

 残ったのは、疲れ果てた人間達だけだ。

 

 だが。

 

 それが妙に愛おしく思えた。

 

 ブラッドレイは、もう一度酒を飲む。

 

 そして静かに笑った。

 

「……悪くない」

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