冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

7 / 53
第7話

『黒剣の亡霊』

 

冬木教会、地下。

 

薄暗い石造りの空間に、蝋燭の火だけが揺れている。

 

静寂。

 

だが、その沈黙の中には確かな緊張があった。

 

「……ほう」

 

低い声。

 

言峰綺礼は静かにワインを揺らしていた。

 

黒衣の神父。

 

無表情。

 

感情の薄い男。

 

だが今、その瞳には僅かな興味が宿っていた。

 

対面に座るのは、遠坂時臣。

 

優雅な赤のスーツを纏った魔術師。

 

彼もまた、珍しく眉間に皺を寄せている。

 

「確認したのか、綺礼」

 

「ええ」

 

綺礼は淡々と答える。

 

「衛宮切嗣が召喚したサーヴァントはセイバー」

 

「それだけではあるまい」

 

「……」

 

綺礼は僅かに目を細めた。

 

「真名までは不明です。ですが」

 

そこで一度言葉を切る。

 

蝋燭の火が揺れる。

 

「教会の記録と一致する特徴があります」

 

時臣の表情が変わった。

 

「まさか」

 

綺礼は静かに告げる。

 

「埋葬機関番外次席。キング・ブラッドレイ」

 

空気が止まった。

 

数秒。

 

遠坂時臣は沈黙する。

 

やがて。

 

「……冗談だろう?」

 

と、珍しく本音を漏らした。

 

綺礼は首を横に振る。

 

「残念ながら」

 

「英霊なのか、あれは」

 

「生前から怪物だったのでしょう」

 

綺礼の声音は平坦だった。

 

だが、その目には微かな熱があった。

 

興味。

 

あるいは期待。

 

「死徒二十七祖を二体道連れにした男」

 

時臣が呟く。

 

「聖堂教会の処刑兵器」

 

「ええ」

 

「しかも白兵戦特化」

 

綺礼は静かにワインを飲む。

 

「最悪ですね」

 

「笑えんぞ、それは」

 

時臣は深く息を吐いた。

 

魔術師としての勘が告げている。

 

危険だ、と。

 

余りにも。

 

普通の英霊ではない。

 

生前から完成し過ぎている。

 

「衛宮切嗣め……」

 

時臣は低く呟く。

 

「よりによって、あの男を引き当てるとは」

 

「縁召喚でしょう」

 

「皮肉なものだ」

 

綺礼は小さく笑った。

 

「どうやら本当に旧知だったようですね」

 

「魔術師殺しと、埋葬機関の怪物か」

 

時臣は額へ手を当てる。

 

「組み合わせとしては最悪だな」

 

 

沈黙。

 

蝋燭の火だけが揺れる。

 

やがて時臣は静かに口を開いた。

 

「綺礼」

 

「はい」

 

「お前はどう見る」

 

綺礼は即答しなかった。

 

少し考える。

 

あの男を思い出す。

 

教会で一瞬だけ交わした視線。

 

あれは。

 

危険な目だった。

 

殺人鬼ではない。

 

狂人でもない。

 

もっと純粋な何か。

 

「……空虚ではない」

 

「何?」

 

時臣が眉を寄せる。

 

綺礼は続ける。

 

「衛宮切嗣に似ているようで、違う」

 

「どう違う」

 

「ブラッドレイは、自分の生き方を理解している」

 

淡々とした声。

 

「自らが怪物であることも」

 

「……」

 

「何を斬るべきかも」

 

綺礼はワインを見つめる。

 

赤い液体。

 

血のようだった。

 

「故に完成している」

 

その言葉には、微かな羨望が混じっていた。

 

時臣はそれに気付く。

 

「綺礼」

 

「はい」

 

「お前、あの男に興味があるな」

 

綺礼は否定しなかった。

 

代わりに。

 

「理解したいと思っています」

 

と答えた。

 

「彼は、何故あそこまで人間でいられるのか」

 

時臣は目を細める。

 

危険だ。

 

この弟子は今、“興味”を持っている。

 

それはつまり。

 

深淵を覗き始めているということ。

 

「近付くな、綺礼」

 

「……」

 

「アレは危険すぎる」

 

時臣は真剣だった。

 

「死徒二十七祖を斬るような人間だぞ」

 

「人間、ですか」

 

綺礼がぽつりと呟く。

 

時臣は眉を寄せた。

 

「何だ」

 

「いえ」

 

綺礼は静かに笑った。

 

「彼自身、人間であることに執着しているようでしたので」

 

「……?」

 

時臣は怪訝な顔をする。

 

綺礼は思い出していた。

 

教会での一瞬。

 

ブラッドレイの目。

 

あれは。

 

怪物の目ではなかった。

 

むしろ逆だ。

 

人間であろうとし続ける者の目だった。

 

だからこそ異様だった。

 

「理解不能です」

 

綺礼は小さく呟く。

 

「何故、あれほど殺しに適応した男が、人間性を捨てていないのか」

 

時臣は深く溜息を吐いた。

 

「綺礼」

 

「はい」

 

「お前は本当に、そういう危険物を引き寄せるな」

 

「否定はしません」

 

 

一方その頃。

 

遠坂邸。

 

アーチャー――。

 

英雄王ギルガメッシュは、ソファに座りながらワインを飲んでいた。

 

その前で、時臣が静かに報告している。

 

「ほう?」

 

黄金の瞳が細まる。

 

「死徒を斬る人間だと?」

 

「はい、我が王」

 

「埋葬機関番外次席。教会側の処刑兵器とも」

 

ギルガメッシュは笑った。

 

愉快そうに。

 

「雑種にしては随分面白い」

 

時臣は慎重に言葉を選ぶ。

 

「危険な英霊です。特に接近戦では――」

 

「知るか」

 

即答だった。

 

「所詮は人よ」

 

だが。

 

ギルガメッシュは不意に笑みを深める。

 

「だが良い」

 

「……?」

 

「人でありながら怪物を斬るか」

 

黄金の王は杯を揺らす。

 

「矜持としては嫌いではない」

 

時臣は少しだけ安堵した。

 

しかし。

 

次の言葉で全て吹き飛ぶ。

 

「余興にはなりそうだ」

 

王は愉悦に目を細める。

 

「その剣、どこまで届くか見てみたい」

 

時臣は頭痛を覚えた。

 

嫌な予感しかしない。

 

絶対に衝突する。

 

しかも。

 

最悪の形で。

 

 

地下教会。

 

綺礼は一人、静かに座っていた。

 

暗闇。

 

沈黙。

 

その脳裏には、黒い軍服の男が浮かぶ。

 

『私は化物ではない』

 

低い声。

 

静かな目。

 

『ただ、人間であろうとしているだけだ』

 

綺礼は目を閉じる。

 

理解できない。

 

何故だ。

 

何故あの男は、自分を見失わない。

 

何故壊れない。

 

何故。

 

あそこまで殺しに満ちていて。

 

なお人間でいられる。

 

綺礼は、自らの胸へ手を当てる。

 

空っぽだ。

 

自分には何もない。

 

喜びも。

 

悲しみも。

 

実感も。

 

だが。

 

あの男にはある。

 

確かな“何か”が。

 

「……興味深い」

 

言峰綺礼は静かに呟く。

 

そして。

 

その口元には。

 

ほんの僅かに笑みが浮かんでいた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。