冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第71話

朝日を背に、キング・ブラッドレイは静かに立ち上がった。

 

瓦礫を踏む靴音が、小さく響く。

 

その声色が変わった事を察し、自然と全員の視線が集まる。

 

イスカンダルは酒瓶を傾ける手を止め、ギルガメッシュは気怠げに視線だけを向けた。

 

「さて、皆に提案がある」

 

ブラッドレイは周囲を見渡す。

 

聖杯の神秘により更に強くなった魔術師達。

受肉した英霊達。

世界を救ったとは思えぬほど、ボロボロの生存者達。

 

「まず確認だが――ここにいる全員、時計塔に解剖される趣味は無いだろう?」

 

数秒の沈黙。

 

そして。

 

「無いな」

 

即答したのはケイネスだった。

 

「絶対に嫌だ!」

 

ウェイバーが即座に続く。

 

「私は標本になる趣味は無い」

 

時臣も疲れた顔で頷いた。

 

「教会も似たようなものだろうな」

 

そう呟いたのは言峰綺礼だった。

 

「受肉した英霊など、“奇跡”を超えている。封印指定程度では済まんだろう」

 

「うむ!」

 

イスカンダルが豪快に腕を組む。

 

「余は檻に入る気など無いぞ!」

 

「お前はまず服を着ろ、征服王」

 

「何故だ!?」

 

「近隣住民への被害だ」

 

小さな笑いが漏れる。

 

その空気を見ながら、ブラッドレイは続けた。

 

「ならば、だ」

 

彼は一本指を立てた。

 

「ここで起きた事は、最低限しか外へ流さない」

 

全員が静かに耳を傾ける。

 

「聖杯戦争は異常事態により崩壊。大聖杯も消滅。生存者は少数。サーヴァントは全消滅――そういう事にする」

 

「……なるほど」

 

時臣が目を細めた。

 

「受肉を秘匿する訳か」

 

「当然だ。今の我々は、あまりにも危険すぎる」

 

ブラッドレイの言葉には現実味があった。

 

サーヴァントの完全受肉。

 

それは第三魔法にすら匹敵しかねない奇跡。

 

魔術協会が知れば、世界中の封印指定執行者が動く。

 

教会も放置しない。

 

まして――

 

修復され、増幅された魔術回路を持つマスター達もまた、既に“普通の魔術師”ではなかった。

 

「……隠し切れるか?」

 

切嗣が低く問う。

 

ブラッドレイは即答した。

 

「無理だろうな」

 

全員が顔をしかめる。

 

だが彼は続けた。

 

「だが、“時間”は稼げる」

 

静かな声だった。

 

「その間に、生き方を決めろ」

 

その言葉は、妙に重かった。

 

戦争が終わった今、誰もが空白だったのだ。

 

願いの為に生きていた者達に、“その後”など無かった。

 

だからこそ。

 

「……面白い」

 

最初に笑ったのは、ギルガメッシュだった。

 

赤い瞳が細く歪む。

 

「隠れ潜みながら現代を生きる英霊か。退屈凌ぎにはなる」

 

「お前の場合、目立つなと言っても無駄そうだがな」

 

「王たるもの、隠れて輝ける訳が無かろう」

 

「最悪だな」

 

ウェイバーが頭を抱える。

 

すると、ディルムッドがふと口を開いた。

 

「だが……悪くない提案だ」

 

金の瞳が朝日を見つめる。

 

「今度こそ、“戦い以外”の人生を知ってみたい」

 

その言葉に、沈黙していたハサンも頷いた。

 

「静かな生を得られるなら、それで良い」

 

「ほう、暗殺者が隠居か」

 

ギルガメッシュが笑う。

 

「悪くない余生だな」

 

「貴様に余生と言われると不吉だ」

 

また笑いが起きた。

 

それを見ながら、ブラッドレイは小さく息を吐いた。

 

不思議だった。

 

ほんの数時間前まで、互いを殺そうとしていた者達だ。

 

だが今は。

 

同じ秘密を抱え、

同じ朝を見て、

同じ未来の不安を共有している。

 

奇妙な連帯感だった。

 

その時、不意にアイリスフィールが柔らかく言った。

 

「……まるで、家族みたいね」

 

誰もすぐには否定しなかった。

 

瓦礫の中。

 

世界を救った異常者達は、ようやく“その後”を語り始めていた。

 

次の一言で。

 

和やかだった空気が、僅かに張り詰めた。

 

朝風が、瓦礫の隙間を抜けていく。

 

キング・ブラッドレイは静かに腕を組み、淡々と続けた。

 

「もしくは――我々を追ってくる可能性がある組織に、先に釘を刺しに行くかだ」

 

その場の全員が意味を理解した。

 

時計塔。

 

聖堂教会。

 

場合によっては、各国の魔術組織。

 

受肉した英霊と、異常進化した魔術師。

 

それは“研究対象”で済む話ではない。

 

世界の神秘体系そのものを揺るがしかねない災害だ。

 

最初に口を開いたのは、ケイネスだった。

 

「……脅迫か?」

 

「交渉だ」

 

ブラッドレイは即答する。

 

「こちらは世界を救った。その対価として、“放っておけ”と言うだけだ」

 

「随分と乱暴な交渉術だな」

 

「私は軍人なのでな」

 

妙に説得力があった。

 

すると、瓦礫に腰掛けていたギルガメッシュが、愉快そうに笑い始めた。

 

「フハハハハッ! 面白い!」

 

赤い瞳が獰猛に細まる。

 

「時計塔の老害共に、“我らに手を出すな”と宣言しに行くのか!」

 

「やるなら徹底的だ」

 

ブラッドレイの隻眼が静かに細まる。

 

「半端な脅しは逆効果になる」

 

その瞬間。

 

場の空気が、僅かに重く沈んだ。

 

誰もが理解してしまったからだ。

 

今ここにいる面子は、“本気でそれを実行可能”な集団であると。

 

受肉した征服王。

完全な肉体を得た英雄王。

現界制限を失った英霊達。

そして、異常な魔術回路を得たマスター達。

 

一国家レベルですら、正面から相手をしたくない戦力。

 

「……時計塔が卒倒するぞ」

 

疲れた顔で呟いたのは、ウェイバーだった。

 

「むしろ一部は失神するな」

 

時臣が遠い目をする。

 

「第三魔法級の現象を複数確認、その上、英霊が人間として定着――報告書を書くだけで胃が痛い」

 

「ならば書かなければ良い」

 

「君は本当にそういうところだぞ、セイバー」

 

だが、時臣は少しだけ笑っていた。

 

すると、不意に切嗣が煙草を踏み潰す。

 

「……ただ、やるなら覚悟は必要だ」

 

全員の視線が向く。

 

「魔術協会は、“理解出来ないもの”を恐れる」

 

切嗣の声音は静かだった。

 

「特に、自分達では再現出来ない奇跡をな」

 

アイリスフィールが、そっと彼の隣に立つ。

 

「だから排除しようとする?」

 

「ああ。封印指定なんて生易しいかも怪しい」

 

その言葉に、短い沈黙が落ちた。

 

だが。

 

「ならば尚更、先にこちらから動くべきだな」

 

そう言ったのは、意外にも時臣だった。

 

皆が少し驚いた顔をする。

 

「遠坂?」

 

「私は魔術師だ。時計塔の思考も分かる」

 

時臣は崩壊した自宅を見回し、小さく息を吐いた。

 

「放置すれば、必ず探りに来る。ならば最初から、“触れるな”と理解させた方が早い」

 

「ほう」

 

ギルガメッシュが面白そうに笑う。

 

「ようやく貴様も腹を括ったか、時臣」

 

「弟子入りした覚えは無いのだがな、英雄王」

 

「だが悪くない」

 

その時だった。

 

今まで黙っていたハサンの内の1人が、低く口を開く。

 

「……一つ、問題がある」

 

「何だ?」

 

「“敵対”と認識された場合、平穏は遠のく」

 

静かな言葉だった。

 

だが核心でもあった。

 

脅しは、時に宣戦布告になる。

 

すると、ディルムッドが頷く。

 

「我々は、ようやく戦場を降りた」

 

金の瞳が揺れる。

 

「出来れば……もう少し、人として生きてみたい」

 

その声には、本音が滲んでいた。

 

忠義でも誇りでもない。

 

ただの願い。

 

それを聞きながら、ブラッドレイは静かに目を閉じた。

 

そして。

 

「……ならば、両方だな」

 

「何?」

 

「表向きは静かに消える。だが必要なら、いつでも牙を見せる」

 

隻眼が開く。

 

それは、戦場を知る男の目だった。

 

「平穏とは、“戦う力を持つ者”だけが守れる贅沢だ」

 

誰も、否定しなかった。

 

遠くで、街が目覚め始める音がする。

 

救急車。

人々の声。

冬木の日常。

 

世界は、何も知らないまま朝を迎えていた。

 

その裏側で。

 

世界を変えてしまった者達が、これからの生き方を決めようとしていた。

 

 

「我々を追ってくる可能性があるのは、二つの組織だ」

 

低く落ち着いた声。

 

自然と全員の視線が集まる。

 

「ひとつは、魔術師のいる時計塔」

 

ロード・エルメロイであるケイネスが、小さく目を閉じる。

 

「そして、もうひとつが、化け物と異端者を狩る、教会の埋葬機関だ」

 

空気が僅かに張り詰める。

 

だが、それを恐れている者はいない。

 

何故なら。

 

その“埋葬機関”の側に立つ怪物が、ここにいるからだ。

 

ブラッドレイは淡々と続けた。

 

「幸いなことに、時計塔には現役のロードが居る」

 

ケイネスへ視線が向く。

 

「そして、埋葬機関には、元埋葬機関番外次席の私がいる」

 

静かな言葉。

 

だが、その重みは絶大だった。

 

イスカンダルが豪快に笑う。

 

「ハハハ! まったく、頼もしすぎるではないかセイバー!」

 

「敵に回したくない男ランキング一位だな」

 

ディルムッドが苦笑する。

 

「既に十分敵に回した経験があるのだがな」

 

時臣が遠い目をした。

 

実際、聖杯戦争を通して誰もが理解していた。

 

この男は、“人を殺す事”にあまりにも慣れ過ぎている。

 

だがそれは、狂気ではない。

 

必要と判断すれば即座に切り捨て、

不要な殺しは行わず、

常に冷静で合理的。

 

まるで処刑機械のような精神性。

 

だからこそ、埋葬機関という場所で生き残れたのだろう。

 

綺礼が静かに口を開く。

 

「埋葬機関は実力主義だ」

 

黒い瞳がブラッドレイを見る。

 

「世界を救い、なお理性を保ち続けている元番外次席を、無視は出来んだろう」

 

「敵対もしたくは無いだろうな」

 

切嗣が煙草を咥えながら言う。

 

「受肉した今なら尚更だ」

 

その通りだった。

 

英霊という枠から解放された今のブラッドレイは、もはや“燃費”や“現界制限”が存在しない。

 

生身でありながら、英霊時代と同等以上の能力を維持している。

 

埋葬機関側から見れば、制御不能な危険物にも見えるだろう。

 

だが同時に――

 

人類側に立つなら、これ以上なく頼もしい存在でもある。

 

ブラッドレイは、そんな周囲の視線を気にする様子もなく、静かに言った。

 

「悪い話では無いだろ?」

 

朝風が、黒衣を揺らす。

 

「逃げ続けるより、よほどマシだと思うが。どうかね?」

 

短い沈黙。

 

だが、その場の誰もが理解していた。

 

これは楽観論ではない。

 

現実的な、“均衡”の話だ。

 

時計塔にはロード。

埋葬機関には元番外次席。

 

互いに簡単には手出し出来ない立場を作る。

 

それは、戦場を知る男らしい発想だった。

 

やがてケイネスが、小さく頷く。

 

「……合理的だな」

 

「うむ!」

 

イスカンダルが笑う。

 

「力ある者は、時に剣ではなく“存在”そのもので戦を止める!」

 

「お前が言うと妙に説得力があるな……」

 

ウェイバーが疲れた顔で呟いた。

 

その時。

 

アイリスフィールが、小さく笑う。

 

「なんだか不思議ね」

 

皆が彼女を見る。

 

「数時間前までは殺し合っていたのに、今は“どうやって平和に生きるか”を話してる」

 

静かな沈黙。

 

そして。

 

ブラッドレイは、ほんの僅かに口元を緩めた。

 

「……生き残ったからだろうな」

 

それは、英雄の言葉ではなかった。

 

長い戦場を生き延びた、一人の人間の言葉だった。

 

瓦礫の庭に、しばし静寂が落ちた。

 

遠くでは冬木市が完全に目を覚まし始めている。

 

救急車のサイレン。

車の走行音。

人々の日常。

 

その音を聞きながら、キング・ブラッドレイは静かに続けた。

 

「早い方が良いだろう」

 

朝日が、黒い軍服を照らす。

 

「時計塔も教会も、動き始めれば早い」

 

それは実感の籠った言葉だった。

 

埋葬機関にいた頃、ブラッドレイ自身が“そういう側”だったのだから。

 

異端を見つければ追跡する。

脅威なら排除する。

情報が漏れた時点で、既に包囲は始まっている。

 

だからこそ、先手を打つ。

 

それが最も合理的だった。

 

だが――

 

ブラッドレイはそこで、一度言葉を区切る。

 

そして、周囲を見渡した。

 

征服王。

英雄王。

騎士。

暗殺者。

魔術師。

代行者。

 

本来なら、絶対に同じ場所で笑い合う事など無かった者達。

 

「それと」

 

隻眼が細くなる。

 

「我々で同盟を組まないかね?」

 

その言葉に、空気が止まった。

 

「……同盟?」

 

ウェイバーが目を瞬かせる。

 

ブラッドレイは頷いた。

 

「せっかく共に地獄を経験し、世界を救った仲だ」

 

静かな声だった。

 

だが、その言葉には奇妙な重みがあった。

 

共に黒泥へ立ち向かい、

聖杯を破壊し、

世界の終わりを止めた。

 

そこには、願いの奪い合いではない、“戦友”としての記憶が確かに存在していた。

 

「目的は単純だ」

 

ブラッドレイは続ける。

 

「互いの安全保障。情報共有。そして必要時の相互支援」

 

まるで軍の協定を語るような口調だった。

 

「時計塔や教会への牽制にもなる。何より――」

 

そこで、ほんの少しだけ口元が緩む。

 

「独りで生き残るには、少々派手過ぎる面子だからな」

 

その瞬間。

 

イスカンダルが豪快に笑い出した。

 

「ハハハハハハ!! 面白い!!」

 

巨大な身体で立ち上がり、両腕を広げる。

 

「良いではないか! 王も騎士も暗殺者も魔術師も、同じ卓につく! これぞ英雄譚よ!」

 

「お前は本当に楽しそうだな……」

 

ウェイバーが呆れる。

 

「当然だ坊主! 共に死地を越えた者は、既に友よ!」

 

その言葉に、ディルムッドが静かに笑った。

 

「……悪くない響きだ」

 

かつて主君に裏切られ、

騎士道に殉じた男。

 

そんな彼にとって、“裏切りでは終わらない関係”というものは、少し眩しく見えた。

 

その一方で、ギルガメッシュは退屈そうに腕を組む。

 

「馴れ合いか?」

 

「そう言う割に帰らんではないか、英雄王」

 

ブラッドレイの返答に、ギルガメッシュは鼻を鳴らした。

 

「勘違いするな雑種。貴様らを気に入った訳ではない」

 

「では?」

 

赤い瞳が、静かに細まる。

 

「退屈しなさそうだからだ」

 

「充分ではないか」

 

「フン」

 

だが、否定はしなかった。

 

それだけで周囲は察する。

 

“参加する気だ”と。

 

その時、ケイネスが腕を組んだまま口を開く。

 

「……合理性はある」

 

ロードとしての顔だった。

 

「時計塔は派閥社会だ。こちらも集団で動く方が、政治的圧力に対抗しやすい」

 

「埋葬機関も同じだ」

 

綺礼が静かに続ける。

 

「単独より、“勢力”として認識させた方が迂闊に動けなくなる」

 

切嗣が煙草を咥えながら、小さく息を吐いた。

 

「世界救済同盟、か」

 

「名前がダサいな」

 

「うるさい英雄王」

 

珍しく、少しだけ空気が軽い。

 

そんな中。

 

今まで黙っていたハサンが、低く呟いた。

 

「……仲間、か」

 

その声は、どこか不思議そうだった。

 

影として生き、

名を捨て、

孤独のまま死ぬはずだった暗殺者。

 

そんな彼にとって、“仲間”という概念そのものが遠かった。

 

ブラッドレイは、そんな彼へ静かに視線を向ける。

 

「嫌かね?」

 

数秒の沈黙。

 

やがてハサンは、小さく首を横に振った。

 

「……悪くない」

 

その返答に、誰かが小さく笑った。

 

アイリスフィールだった。

 

「ふふ……家族みたい」

 

その言葉に、場が静まる。

 

家族。

 

その響きは、戦場ばかりを生きてきた者達には、少しだけ眩し過ぎた。

 

だが。

 

誰一人、否定しなかった。

 

崩れた遠坂邸の庭。

 

世界を救ってしまった異常者達は――

 

ようやく、“その後”を共に生きる事を考え始めていた。

 

だが、その直後。

 

キング・ブラッドレイは静かに首を横へ振った。

 

「違うぞ?」

 

全員の視線が向く。

 

ブラッドレイは朝日を見ながら、淡々と言った。

 

「アイリスフィール。この関係は“家族”ではない」

 

その声は冷たくはない。

 

だが、妙に現実的だった。

 

「我々は、互いの過去も、思想も、背負った罪も知っている」

 

隻眼が静かに仲間達を見る。

 

「場合によっては、本来殺し合ったまま終わっていた相手だ」

 

ギルガメッシュが小さく鼻を鳴らす。

 

イスカンダルは腕を組み、静かに聞いている。

 

「家族のような綺麗なものではない」

 

ブラッドレイは続ける。

 

「もっと泥臭い」

 

その言葉に、切嗣が僅かに目を細めた。

 

そうだ。

 

ここにいる者達は、英雄でも聖人でもない。

 

人を殺し、

願いを奪い、

戦場を生き抜いてきた者達だ。

 

綺礼などは、未だに愉悦を捨て切れていない。

 

ギルガメッシュは傲慢そのもの。

 

切嗣もまた、理想の為に多くを切り捨ててきた。

 

そんな者達が、“普通の家族”になれる筈がない。

 

だが。

 

ブラッドレイはそこで、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

「……戦友だ」

 

静かな声だった。

 

「共に地獄を見て、生き残った者同士だ」

 

その瞬間。

 

場の空気が、不思議と腑に落ちたように静まる。

 

家族ではない。

 

だが、赤の他人でもない。

 

信頼し切っている訳でもない。

 

それでも背中を預けられる。

 

そんな、血よりも戦場で繋がった関係。

 

イスカンダルが豪快に笑う。

 

「ハハハ! 確かにな!」

 

巨大な手でウェイバーの肩を叩く。

 

「戦場を越えた者同士の絆よ!」

 

「痛いって!!」

 

「だが、余は嫌いではないぞ! そういう関係は!」

 

ディルムッドも静かに頷く。

 

「……騎士団にも近いな」

 

「少し違う」

 

ブラッドレイは即座に返す。

 

「忠誠ではなく、理解だ」

 

その言葉に、ディルムッドは少し驚いた顔をした。

 

「理解?」

 

「ああ」

 

ブラッドレイは淡々と続ける。

 

「互いが化け物になり切れず、人間を捨て切れなかった事を知っている」

 

静かな朝風が吹く。

 

「だからこそ、必要以上に踏み込まん」

 

その距離感が、妙に心地良かった。

 

すると、不意に綺礼が小さく笑った。

 

「なるほど。“戦友”か」

 

黒い瞳が細まる。

 

「確かに、我々にはその程度が丁度良い」

 

「神父が言うと重いな……」

 

ウェイバーが疲れた顔で呟いた。

 

その横で、ハサンが静かに口を開く。

 

「……悪くない言葉だ」

 

孤独を宿命づけられた暗殺者。

 

その彼が、僅かに口元を緩める。

 

それだけで、この空気の特別さが分かった。

 

アイリスフィールは、そんな皆を見渡し――

 

そして、柔らかく笑った。

 

「そっか。じゃあ、“戦友”ね」

 

「うむ!」

 

イスカンダルが笑う。

 

「ならば宴の理由としては十分だ!」

 

「結局そこへ戻るのか貴様は」

 

「当然よセイバー! 戦友とは、酒を飲む為にある!」

 

「最低だな」

 

だが。

 

その場の誰も、本気では否定しなかった。

 

瓦礫の中。

 

世界を救った異常者達は――

 

ようやく、“敵ではない関係”を手に入れ始めていた。

 

「こちらの方が、しっくりくるだろう?」

 

朝日を背にしたキング・ブラッドレイが、静かにそう言った。

 

“家族”ではない。

 

だが、“戦友”なら納得出来る。

 

その言葉は、この場にいる全員の胸へ、不思議なほど自然に落ちていった。

 

そして――

 

「フッ……」

 

最初に笑ったのは、意外にも綺礼だった。

 

喉の奥で漏れるような、小さな笑い。

 

「どうした神父、気でも狂ったか?」

 

ギルガメッシュが愉快そうに目を細める。

 

「元からだろう」

 

切嗣が即答した。

 

「酷い言われようだな」

 

綺礼は否定しなかった。

 

そのやり取りに、イスカンダルが腹を抱えて笑い出す。

 

「ハハハハハハ!! 良いではないか! 実に良い!」

 

巨大な身体を揺らしながら、征服王は豪快に笑う。

 

「家族などという綺麗事より、余程貴様ららしい!」

 

「否定はせん」

 

ブラッドレイも、小さく口元を緩めた。

 

その表情を見て、ウェイバーが目を丸くする。

 

「……あんた、そんな顔出来たんだな」

 

「失礼だな坊主」

 

「いやだって、ずっと怖い顔しかしてなかっただろ」

 

「戦場で笑う趣味は無いのでな」

 

「今は笑ってるじゃねぇか……」

 

その言葉通りだった。

 

ブラッドレイは、確かに笑っていた。

 

冷徹な軍人でも、

埋葬機関の処刑人でもなく。

 

ただ、生き残った男として。

 

その姿を見て、ディルムッドも静かに笑う。

 

「……不思議なものだな」

 

金の瞳が仲間達を見る。

 

「本来なら、最後まで剣を交えていた相手と、こうして朝を迎えている」

 

「しかも酒盛り付きだ!」

 

イスカンダルが割り込む。

 

「お前は本当に酒しか頭に無いな」

 

時臣が呆れる。

 

だがその時。

 

「いや――」

 

ハサンが低く呟いた。

 

全員がそちらを見る。

 

「悪くない」

 

短い言葉。

 

だが、その一言には重みがあった。

 

名を捨て、

顔を捨て、

影として生き続けた暗殺者。

 

そんな男が、“悪くない”と口にしたのだ。

 

場の空気が、少しだけ柔らかくなる。

 

アイリスフィールが、くすりと笑った。

 

「ふふ……じゃあ、“戦友達”ね」

 

「うむ!」

 

イスカンダルが酒瓶を掲げる。

 

「ならば改めて乾杯といこうではないか!」

 

「朝から飲むのか……?」

 

ウェイバーが顔を引き攣らせる。

 

「当然!」

 

「いや当然じゃないだろ!」

 

「坊主、戦友との酒は義務だ!」

 

「そんな義務聞いたことない!!」

 

笑い声が、瓦礫の庭へ広がっていく。

 

ギルガメッシュですら、小さく鼻で笑っていた。

 

綺礼も。

時臣も。

切嗣でさえ。

 

ほんの僅かに、肩の力を抜いている。

 

世界を救った代償も、

これから訪れる問題も、

時計塔も、

埋葬機関も。

 

まだ何一つ終わってはいない。

 

それでも。

 

今、この瞬間だけは――

 

彼らは確かに、“戦友”として同じ朝を笑っていた。

 

瓦礫の上に置かれた酒瓶から、次々とグラスへ酒が注がれていく。

 

即席の宴。

 

だが不思議と、誰も粗末だとは思わなかった。

 

世界の終わりを越え、

死地を潜り抜け、

奇跡のように生き残った者達には、それで十分だった。

 

朝日が差し込む中、ブラッドレイは静かにグラスを持ち上げる。

 

その動きに合わせるように、他の者達も自然と杯を手にした。

 

イスカンダルは豪快に酒樽ごと抱え、

ギルガメッシュは呆れた顔をしながらも黄金の杯を傾ける。

 

切嗣は煙草を咥えたままグラスを持ち、

時臣は疲れた顔で苦笑しながら杯を上げた。

 

ディルムッドも、

ハサンも、

綺礼も。

 

誰一人、席を外さない。

 

ブラッドレイは、そんな光景を静かに見渡し――

 

そして、低く口を開いた。

 

「諸君、グラスを」

 

自然と全員が視線を向ける。

 

朝日が、その隻眼を金色に照らしていた。

 

「愛すべき新たな戦友に――乾杯」

 

ほんの一瞬。

 

静寂。

 

だが次の瞬間。

 

「乾杯!!」

 

イスカンダルの雷鳴のような声が響き渡った。

 

グラスがぶつかり合う。

 

澄んだ音が、崩壊した遠坂邸へ広がっていく。

 

「これで我々は戦友だ」

 

ブラッドレイの言葉に、

 

「うむ!」

 

「フン」

 

「……悪くない」

 

「まったく、不思議な縁だ」

 

様々な声が返る。

 

ウェイバーなどは、まだ少し信じられない顔をしていた。

 

「僕、英雄王とか征服王と乾杯してるんだけど……夢じゃないよな……?」

 

「夢ならもっと気持ちよく酔えておるわ!」

 

「理屈が雑すぎるだろ!!」

 

笑いが起こる。

 

その横で、アイリスフィールが静かに微笑んでいた。

 

「戦友、か……」

 

彼女はグラスを胸元で抱える。

 

「なんだか、素敵ね」

 

切嗣が小さく息を吐く。

 

「似合わない言葉だと思ってたんだけどな」

 

「あなた、自分で思ってるより人付き合い悪くないわよ?」

 

「初耳だ」

 

「私もだ」

 

時臣が真顔で頷いた。

 

「遠坂まで乗るな」

 

また笑いが起きる。

 

それは、戦争の中では決して聞けなかった笑い声だった。

 

殺意も、

敵意も、

願いの奪い合いも無い。

 

ただ、生き残った者達だけの笑い。

 

その時。

 

ギルガメッシュが、ふと小さく杯を掲げる。

 

「まあ良い」

 

赤い瞳が細くなる。

 

「退屈凌ぎとしては、最高級だ」

 

「素直では無いな英雄王」

 

「王とはそういうものだ」

 

「違いない」

 

ブラッドレイは鼻で笑った。

 

そのやり取りに、再び空気が和む。

 

朝日が昇る。

 

崩れた庭。

瓦礫の山。

傷だらけの英雄達。

 

それでも――

 

その光景は、不思議なほど穏やかだった。

 

世界を救った者達は今。

 

ようやく、“生き残った後”を笑い合っていた。

 

 

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