朝日を背に、キング・ブラッドレイは静かに立ち上がった。
瓦礫を踏む靴音が、小さく響く。
その声色が変わった事を察し、自然と全員の視線が集まる。
イスカンダルは酒瓶を傾ける手を止め、ギルガメッシュは気怠げに視線だけを向けた。
「さて、皆に提案がある」
ブラッドレイは周囲を見渡す。
聖杯の神秘により更に強くなった魔術師達。
受肉した英霊達。
世界を救ったとは思えぬほど、ボロボロの生存者達。
「まず確認だが――ここにいる全員、時計塔に解剖される趣味は無いだろう?」
数秒の沈黙。
そして。
「無いな」
即答したのはケイネスだった。
「絶対に嫌だ!」
ウェイバーが即座に続く。
「私は標本になる趣味は無い」
時臣も疲れた顔で頷いた。
「教会も似たようなものだろうな」
そう呟いたのは言峰綺礼だった。
「受肉した英霊など、“奇跡”を超えている。封印指定程度では済まんだろう」
「うむ!」
イスカンダルが豪快に腕を組む。
「余は檻に入る気など無いぞ!」
「お前はまず服を着ろ、征服王」
「何故だ!?」
「近隣住民への被害だ」
小さな笑いが漏れる。
その空気を見ながら、ブラッドレイは続けた。
「ならば、だ」
彼は一本指を立てた。
「ここで起きた事は、最低限しか外へ流さない」
全員が静かに耳を傾ける。
「聖杯戦争は異常事態により崩壊。大聖杯も消滅。生存者は少数。サーヴァントは全消滅――そういう事にする」
「……なるほど」
時臣が目を細めた。
「受肉を秘匿する訳か」
「当然だ。今の我々は、あまりにも危険すぎる」
ブラッドレイの言葉には現実味があった。
サーヴァントの完全受肉。
それは第三魔法にすら匹敵しかねない奇跡。
魔術協会が知れば、世界中の封印指定執行者が動く。
教会も放置しない。
まして――
修復され、増幅された魔術回路を持つマスター達もまた、既に“普通の魔術師”ではなかった。
「……隠し切れるか?」
切嗣が低く問う。
ブラッドレイは即答した。
「無理だろうな」
全員が顔をしかめる。
だが彼は続けた。
「だが、“時間”は稼げる」
静かな声だった。
「その間に、生き方を決めろ」
その言葉は、妙に重かった。
戦争が終わった今、誰もが空白だったのだ。
願いの為に生きていた者達に、“その後”など無かった。
だからこそ。
「……面白い」
最初に笑ったのは、ギルガメッシュだった。
赤い瞳が細く歪む。
「隠れ潜みながら現代を生きる英霊か。退屈凌ぎにはなる」
「お前の場合、目立つなと言っても無駄そうだがな」
「王たるもの、隠れて輝ける訳が無かろう」
「最悪だな」
ウェイバーが頭を抱える。
すると、ディルムッドがふと口を開いた。
「だが……悪くない提案だ」
金の瞳が朝日を見つめる。
「今度こそ、“戦い以外”の人生を知ってみたい」
その言葉に、沈黙していたハサンも頷いた。
「静かな生を得られるなら、それで良い」
「ほう、暗殺者が隠居か」
ギルガメッシュが笑う。
「悪くない余生だな」
「貴様に余生と言われると不吉だ」
また笑いが起きた。
それを見ながら、ブラッドレイは小さく息を吐いた。
不思議だった。
ほんの数時間前まで、互いを殺そうとしていた者達だ。
だが今は。
同じ秘密を抱え、
同じ朝を見て、
同じ未来の不安を共有している。
奇妙な連帯感だった。
その時、不意にアイリスフィールが柔らかく言った。
「……まるで、家族みたいね」
誰もすぐには否定しなかった。
瓦礫の中。
世界を救った異常者達は、ようやく“その後”を語り始めていた。
次の一言で。
和やかだった空気が、僅かに張り詰めた。
朝風が、瓦礫の隙間を抜けていく。
キング・ブラッドレイは静かに腕を組み、淡々と続けた。
「もしくは――我々を追ってくる可能性がある組織に、先に釘を刺しに行くかだ」
その場の全員が意味を理解した。
時計塔。
聖堂教会。
場合によっては、各国の魔術組織。
受肉した英霊と、異常進化した魔術師。
それは“研究対象”で済む話ではない。
世界の神秘体系そのものを揺るがしかねない災害だ。
最初に口を開いたのは、ケイネスだった。
「……脅迫か?」
「交渉だ」
ブラッドレイは即答する。
「こちらは世界を救った。その対価として、“放っておけ”と言うだけだ」
「随分と乱暴な交渉術だな」
「私は軍人なのでな」
妙に説得力があった。
すると、瓦礫に腰掛けていたギルガメッシュが、愉快そうに笑い始めた。
「フハハハハッ! 面白い!」
赤い瞳が獰猛に細まる。
「時計塔の老害共に、“我らに手を出すな”と宣言しに行くのか!」
「やるなら徹底的だ」
ブラッドレイの隻眼が静かに細まる。
「半端な脅しは逆効果になる」
その瞬間。
場の空気が、僅かに重く沈んだ。
誰もが理解してしまったからだ。
今ここにいる面子は、“本気でそれを実行可能”な集団であると。
受肉した征服王。
完全な肉体を得た英雄王。
現界制限を失った英霊達。
そして、異常な魔術回路を得たマスター達。
一国家レベルですら、正面から相手をしたくない戦力。
「……時計塔が卒倒するぞ」
疲れた顔で呟いたのは、ウェイバーだった。
「むしろ一部は失神するな」
時臣が遠い目をする。
「第三魔法級の現象を複数確認、その上、英霊が人間として定着――報告書を書くだけで胃が痛い」
「ならば書かなければ良い」
「君は本当にそういうところだぞ、セイバー」
だが、時臣は少しだけ笑っていた。
すると、不意に切嗣が煙草を踏み潰す。
「……ただ、やるなら覚悟は必要だ」
全員の視線が向く。
「魔術協会は、“理解出来ないもの”を恐れる」
切嗣の声音は静かだった。
「特に、自分達では再現出来ない奇跡をな」
アイリスフィールが、そっと彼の隣に立つ。
「だから排除しようとする?」
「ああ。封印指定なんて生易しいかも怪しい」
その言葉に、短い沈黙が落ちた。
だが。
「ならば尚更、先にこちらから動くべきだな」
そう言ったのは、意外にも時臣だった。
皆が少し驚いた顔をする。
「遠坂?」
「私は魔術師だ。時計塔の思考も分かる」
時臣は崩壊した自宅を見回し、小さく息を吐いた。
「放置すれば、必ず探りに来る。ならば最初から、“触れるな”と理解させた方が早い」
「ほう」
ギルガメッシュが面白そうに笑う。
「ようやく貴様も腹を括ったか、時臣」
「弟子入りした覚えは無いのだがな、英雄王」
「だが悪くない」
その時だった。
今まで黙っていたハサンの内の1人が、低く口を開く。
「……一つ、問題がある」
「何だ?」
「“敵対”と認識された場合、平穏は遠のく」
静かな言葉だった。
だが核心でもあった。
脅しは、時に宣戦布告になる。
すると、ディルムッドが頷く。
「我々は、ようやく戦場を降りた」
金の瞳が揺れる。
「出来れば……もう少し、人として生きてみたい」
その声には、本音が滲んでいた。
忠義でも誇りでもない。
ただの願い。
それを聞きながら、ブラッドレイは静かに目を閉じた。
そして。
「……ならば、両方だな」
「何?」
「表向きは静かに消える。だが必要なら、いつでも牙を見せる」
隻眼が開く。
それは、戦場を知る男の目だった。
「平穏とは、“戦う力を持つ者”だけが守れる贅沢だ」
誰も、否定しなかった。
遠くで、街が目覚め始める音がする。
救急車。
人々の声。
冬木の日常。
世界は、何も知らないまま朝を迎えていた。
その裏側で。
世界を変えてしまった者達が、これからの生き方を決めようとしていた。
「我々を追ってくる可能性があるのは、二つの組織だ」
低く落ち着いた声。
自然と全員の視線が集まる。
「ひとつは、魔術師のいる時計塔」
ロード・エルメロイであるケイネスが、小さく目を閉じる。
「そして、もうひとつが、化け物と異端者を狩る、教会の埋葬機関だ」
空気が僅かに張り詰める。
だが、それを恐れている者はいない。
何故なら。
その“埋葬機関”の側に立つ怪物が、ここにいるからだ。
ブラッドレイは淡々と続けた。
「幸いなことに、時計塔には現役のロードが居る」
ケイネスへ視線が向く。
「そして、埋葬機関には、元埋葬機関番外次席の私がいる」
静かな言葉。
だが、その重みは絶大だった。
イスカンダルが豪快に笑う。
「ハハハ! まったく、頼もしすぎるではないかセイバー!」
「敵に回したくない男ランキング一位だな」
ディルムッドが苦笑する。
「既に十分敵に回した経験があるのだがな」
時臣が遠い目をした。
実際、聖杯戦争を通して誰もが理解していた。
この男は、“人を殺す事”にあまりにも慣れ過ぎている。
だがそれは、狂気ではない。
必要と判断すれば即座に切り捨て、
不要な殺しは行わず、
常に冷静で合理的。
まるで処刑機械のような精神性。
だからこそ、埋葬機関という場所で生き残れたのだろう。
綺礼が静かに口を開く。
「埋葬機関は実力主義だ」
黒い瞳がブラッドレイを見る。
「世界を救い、なお理性を保ち続けている元番外次席を、無視は出来んだろう」
「敵対もしたくは無いだろうな」
切嗣が煙草を咥えながら言う。
「受肉した今なら尚更だ」
その通りだった。
英霊という枠から解放された今のブラッドレイは、もはや“燃費”や“現界制限”が存在しない。
生身でありながら、英霊時代と同等以上の能力を維持している。
埋葬機関側から見れば、制御不能な危険物にも見えるだろう。
だが同時に――
人類側に立つなら、これ以上なく頼もしい存在でもある。
ブラッドレイは、そんな周囲の視線を気にする様子もなく、静かに言った。
「悪い話では無いだろ?」
朝風が、黒衣を揺らす。
「逃げ続けるより、よほどマシだと思うが。どうかね?」
短い沈黙。
だが、その場の誰もが理解していた。
これは楽観論ではない。
現実的な、“均衡”の話だ。
時計塔にはロード。
埋葬機関には元番外次席。
互いに簡単には手出し出来ない立場を作る。
それは、戦場を知る男らしい発想だった。
やがてケイネスが、小さく頷く。
「……合理的だな」
「うむ!」
イスカンダルが笑う。
「力ある者は、時に剣ではなく“存在”そのもので戦を止める!」
「お前が言うと妙に説得力があるな……」
ウェイバーが疲れた顔で呟いた。
その時。
アイリスフィールが、小さく笑う。
「なんだか不思議ね」
皆が彼女を見る。
「数時間前までは殺し合っていたのに、今は“どうやって平和に生きるか”を話してる」
静かな沈黙。
そして。
ブラッドレイは、ほんの僅かに口元を緩めた。
「……生き残ったからだろうな」
それは、英雄の言葉ではなかった。
長い戦場を生き延びた、一人の人間の言葉だった。
瓦礫の庭に、しばし静寂が落ちた。
遠くでは冬木市が完全に目を覚まし始めている。
救急車のサイレン。
車の走行音。
人々の日常。
その音を聞きながら、キング・ブラッドレイは静かに続けた。
「早い方が良いだろう」
朝日が、黒い軍服を照らす。
「時計塔も教会も、動き始めれば早い」
それは実感の籠った言葉だった。
埋葬機関にいた頃、ブラッドレイ自身が“そういう側”だったのだから。
異端を見つければ追跡する。
脅威なら排除する。
情報が漏れた時点で、既に包囲は始まっている。
だからこそ、先手を打つ。
それが最も合理的だった。
だが――
ブラッドレイはそこで、一度言葉を区切る。
そして、周囲を見渡した。
征服王。
英雄王。
騎士。
暗殺者。
魔術師。
代行者。
本来なら、絶対に同じ場所で笑い合う事など無かった者達。
「それと」
隻眼が細くなる。
「我々で同盟を組まないかね?」
その言葉に、空気が止まった。
「……同盟?」
ウェイバーが目を瞬かせる。
ブラッドレイは頷いた。
「せっかく共に地獄を経験し、世界を救った仲だ」
静かな声だった。
だが、その言葉には奇妙な重みがあった。
共に黒泥へ立ち向かい、
聖杯を破壊し、
世界の終わりを止めた。
そこには、願いの奪い合いではない、“戦友”としての記憶が確かに存在していた。
「目的は単純だ」
ブラッドレイは続ける。
「互いの安全保障。情報共有。そして必要時の相互支援」
まるで軍の協定を語るような口調だった。
「時計塔や教会への牽制にもなる。何より――」
そこで、ほんの少しだけ口元が緩む。
「独りで生き残るには、少々派手過ぎる面子だからな」
その瞬間。
イスカンダルが豪快に笑い出した。
「ハハハハハハ!! 面白い!!」
巨大な身体で立ち上がり、両腕を広げる。
「良いではないか! 王も騎士も暗殺者も魔術師も、同じ卓につく! これぞ英雄譚よ!」
「お前は本当に楽しそうだな……」
ウェイバーが呆れる。
「当然だ坊主! 共に死地を越えた者は、既に友よ!」
その言葉に、ディルムッドが静かに笑った。
「……悪くない響きだ」
かつて主君に裏切られ、
騎士道に殉じた男。
そんな彼にとって、“裏切りでは終わらない関係”というものは、少し眩しく見えた。
その一方で、ギルガメッシュは退屈そうに腕を組む。
「馴れ合いか?」
「そう言う割に帰らんではないか、英雄王」
ブラッドレイの返答に、ギルガメッシュは鼻を鳴らした。
「勘違いするな雑種。貴様らを気に入った訳ではない」
「では?」
赤い瞳が、静かに細まる。
「退屈しなさそうだからだ」
「充分ではないか」
「フン」
だが、否定はしなかった。
それだけで周囲は察する。
“参加する気だ”と。
その時、ケイネスが腕を組んだまま口を開く。
「……合理性はある」
ロードとしての顔だった。
「時計塔は派閥社会だ。こちらも集団で動く方が、政治的圧力に対抗しやすい」
「埋葬機関も同じだ」
綺礼が静かに続ける。
「単独より、“勢力”として認識させた方が迂闊に動けなくなる」
切嗣が煙草を咥えながら、小さく息を吐いた。
「世界救済同盟、か」
「名前がダサいな」
「うるさい英雄王」
珍しく、少しだけ空気が軽い。
そんな中。
今まで黙っていたハサンが、低く呟いた。
「……仲間、か」
その声は、どこか不思議そうだった。
影として生き、
名を捨て、
孤独のまま死ぬはずだった暗殺者。
そんな彼にとって、“仲間”という概念そのものが遠かった。
ブラッドレイは、そんな彼へ静かに視線を向ける。
「嫌かね?」
数秒の沈黙。
やがてハサンは、小さく首を横に振った。
「……悪くない」
その返答に、誰かが小さく笑った。
アイリスフィールだった。
「ふふ……家族みたい」
その言葉に、場が静まる。
家族。
その響きは、戦場ばかりを生きてきた者達には、少しだけ眩し過ぎた。
だが。
誰一人、否定しなかった。
崩れた遠坂邸の庭。
世界を救ってしまった異常者達は――
ようやく、“その後”を共に生きる事を考え始めていた。
だが、その直後。
キング・ブラッドレイは静かに首を横へ振った。
「違うぞ?」
全員の視線が向く。
ブラッドレイは朝日を見ながら、淡々と言った。
「アイリスフィール。この関係は“家族”ではない」
その声は冷たくはない。
だが、妙に現実的だった。
「我々は、互いの過去も、思想も、背負った罪も知っている」
隻眼が静かに仲間達を見る。
「場合によっては、本来殺し合ったまま終わっていた相手だ」
ギルガメッシュが小さく鼻を鳴らす。
イスカンダルは腕を組み、静かに聞いている。
「家族のような綺麗なものではない」
ブラッドレイは続ける。
「もっと泥臭い」
その言葉に、切嗣が僅かに目を細めた。
そうだ。
ここにいる者達は、英雄でも聖人でもない。
人を殺し、
願いを奪い、
戦場を生き抜いてきた者達だ。
綺礼などは、未だに愉悦を捨て切れていない。
ギルガメッシュは傲慢そのもの。
切嗣もまた、理想の為に多くを切り捨ててきた。
そんな者達が、“普通の家族”になれる筈がない。
だが。
ブラッドレイはそこで、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……戦友だ」
静かな声だった。
「共に地獄を見て、生き残った者同士だ」
その瞬間。
場の空気が、不思議と腑に落ちたように静まる。
家族ではない。
だが、赤の他人でもない。
信頼し切っている訳でもない。
それでも背中を預けられる。
そんな、血よりも戦場で繋がった関係。
イスカンダルが豪快に笑う。
「ハハハ! 確かにな!」
巨大な手でウェイバーの肩を叩く。
「戦場を越えた者同士の絆よ!」
「痛いって!!」
「だが、余は嫌いではないぞ! そういう関係は!」
ディルムッドも静かに頷く。
「……騎士団にも近いな」
「少し違う」
ブラッドレイは即座に返す。
「忠誠ではなく、理解だ」
その言葉に、ディルムッドは少し驚いた顔をした。
「理解?」
「ああ」
ブラッドレイは淡々と続ける。
「互いが化け物になり切れず、人間を捨て切れなかった事を知っている」
静かな朝風が吹く。
「だからこそ、必要以上に踏み込まん」
その距離感が、妙に心地良かった。
すると、不意に綺礼が小さく笑った。
「なるほど。“戦友”か」
黒い瞳が細まる。
「確かに、我々にはその程度が丁度良い」
「神父が言うと重いな……」
ウェイバーが疲れた顔で呟いた。
その横で、ハサンが静かに口を開く。
「……悪くない言葉だ」
孤独を宿命づけられた暗殺者。
その彼が、僅かに口元を緩める。
それだけで、この空気の特別さが分かった。
アイリスフィールは、そんな皆を見渡し――
そして、柔らかく笑った。
「そっか。じゃあ、“戦友”ね」
「うむ!」
イスカンダルが笑う。
「ならば宴の理由としては十分だ!」
「結局そこへ戻るのか貴様は」
「当然よセイバー! 戦友とは、酒を飲む為にある!」
「最低だな」
だが。
その場の誰も、本気では否定しなかった。
瓦礫の中。
世界を救った異常者達は――
ようやく、“敵ではない関係”を手に入れ始めていた。
「こちらの方が、しっくりくるだろう?」
朝日を背にしたキング・ブラッドレイが、静かにそう言った。
“家族”ではない。
だが、“戦友”なら納得出来る。
その言葉は、この場にいる全員の胸へ、不思議なほど自然に落ちていった。
そして――
「フッ……」
最初に笑ったのは、意外にも綺礼だった。
喉の奥で漏れるような、小さな笑い。
「どうした神父、気でも狂ったか?」
ギルガメッシュが愉快そうに目を細める。
「元からだろう」
切嗣が即答した。
「酷い言われようだな」
綺礼は否定しなかった。
そのやり取りに、イスカンダルが腹を抱えて笑い出す。
「ハハハハハハ!! 良いではないか! 実に良い!」
巨大な身体を揺らしながら、征服王は豪快に笑う。
「家族などという綺麗事より、余程貴様ららしい!」
「否定はせん」
ブラッドレイも、小さく口元を緩めた。
その表情を見て、ウェイバーが目を丸くする。
「……あんた、そんな顔出来たんだな」
「失礼だな坊主」
「いやだって、ずっと怖い顔しかしてなかっただろ」
「戦場で笑う趣味は無いのでな」
「今は笑ってるじゃねぇか……」
その言葉通りだった。
ブラッドレイは、確かに笑っていた。
冷徹な軍人でも、
埋葬機関の処刑人でもなく。
ただ、生き残った男として。
その姿を見て、ディルムッドも静かに笑う。
「……不思議なものだな」
金の瞳が仲間達を見る。
「本来なら、最後まで剣を交えていた相手と、こうして朝を迎えている」
「しかも酒盛り付きだ!」
イスカンダルが割り込む。
「お前は本当に酒しか頭に無いな」
時臣が呆れる。
だがその時。
「いや――」
ハサンが低く呟いた。
全員がそちらを見る。
「悪くない」
短い言葉。
だが、その一言には重みがあった。
名を捨て、
顔を捨て、
影として生き続けた暗殺者。
そんな男が、“悪くない”と口にしたのだ。
場の空気が、少しだけ柔らかくなる。
アイリスフィールが、くすりと笑った。
「ふふ……じゃあ、“戦友達”ね」
「うむ!」
イスカンダルが酒瓶を掲げる。
「ならば改めて乾杯といこうではないか!」
「朝から飲むのか……?」
ウェイバーが顔を引き攣らせる。
「当然!」
「いや当然じゃないだろ!」
「坊主、戦友との酒は義務だ!」
「そんな義務聞いたことない!!」
笑い声が、瓦礫の庭へ広がっていく。
ギルガメッシュですら、小さく鼻で笑っていた。
綺礼も。
時臣も。
切嗣でさえ。
ほんの僅かに、肩の力を抜いている。
世界を救った代償も、
これから訪れる問題も、
時計塔も、
埋葬機関も。
まだ何一つ終わってはいない。
それでも。
今、この瞬間だけは――
彼らは確かに、“戦友”として同じ朝を笑っていた。
瓦礫の上に置かれた酒瓶から、次々とグラスへ酒が注がれていく。
即席の宴。
だが不思議と、誰も粗末だとは思わなかった。
世界の終わりを越え、
死地を潜り抜け、
奇跡のように生き残った者達には、それで十分だった。
朝日が差し込む中、ブラッドレイは静かにグラスを持ち上げる。
その動きに合わせるように、他の者達も自然と杯を手にした。
イスカンダルは豪快に酒樽ごと抱え、
ギルガメッシュは呆れた顔をしながらも黄金の杯を傾ける。
切嗣は煙草を咥えたままグラスを持ち、
時臣は疲れた顔で苦笑しながら杯を上げた。
ディルムッドも、
ハサンも、
綺礼も。
誰一人、席を外さない。
ブラッドレイは、そんな光景を静かに見渡し――
そして、低く口を開いた。
「諸君、グラスを」
自然と全員が視線を向ける。
朝日が、その隻眼を金色に照らしていた。
「愛すべき新たな戦友に――乾杯」
ほんの一瞬。
静寂。
だが次の瞬間。
「乾杯!!」
イスカンダルの雷鳴のような声が響き渡った。
グラスがぶつかり合う。
澄んだ音が、崩壊した遠坂邸へ広がっていく。
「これで我々は戦友だ」
ブラッドレイの言葉に、
「うむ!」
「フン」
「……悪くない」
「まったく、不思議な縁だ」
様々な声が返る。
ウェイバーなどは、まだ少し信じられない顔をしていた。
「僕、英雄王とか征服王と乾杯してるんだけど……夢じゃないよな……?」
「夢ならもっと気持ちよく酔えておるわ!」
「理屈が雑すぎるだろ!!」
笑いが起こる。
その横で、アイリスフィールが静かに微笑んでいた。
「戦友、か……」
彼女はグラスを胸元で抱える。
「なんだか、素敵ね」
切嗣が小さく息を吐く。
「似合わない言葉だと思ってたんだけどな」
「あなた、自分で思ってるより人付き合い悪くないわよ?」
「初耳だ」
「私もだ」
時臣が真顔で頷いた。
「遠坂まで乗るな」
また笑いが起きる。
それは、戦争の中では決して聞けなかった笑い声だった。
殺意も、
敵意も、
願いの奪い合いも無い。
ただ、生き残った者達だけの笑い。
その時。
ギルガメッシュが、ふと小さく杯を掲げる。
「まあ良い」
赤い瞳が細くなる。
「退屈凌ぎとしては、最高級だ」
「素直では無いな英雄王」
「王とはそういうものだ」
「違いない」
ブラッドレイは鼻で笑った。
そのやり取りに、再び空気が和む。
朝日が昇る。
崩れた庭。
瓦礫の山。
傷だらけの英雄達。
それでも――
その光景は、不思議なほど穏やかだった。
世界を救った者達は今。
ようやく、“生き残った後”を笑い合っていた。