地下最深部。
黒い霧のような瘴気が、
ゆっくりと広がっていく。
石壁が軋み、
霊脈そのものが腐敗していた。
その中心で。
巨大な影が、
ゆっくりと嗤う。
「さて、化け物、君は何位かね?」
ブラッドレイの声音は、
驚くほど穏やかだった。
まるで旧知の相手へ、
世間話でも投げるように。
だが。
周囲の魔術師達は、
誰も笑えない。
この場に現れている時点で、
最低でも“祖級”。
しかも、
地下霊脈を書き換えている。
普通の死徒では有り得ない。
怪物は、
ゆっくりとその巨体を起こした。
人型。
だが、
三メートルを超える異形。
蒼白の皮膚。
骨のように細長い指。
頭部から伸びる黒角。
そして、
深紅の瞳。
その眼が、
ブラッドレイを見下ろす。
「……位階か。」
低い声。
「人間共は、そう呼ぶのだったな。」
次の瞬間。
地下空間が震えた。
ドクン――
脈動。
同時に、
周囲の下級死徒達が次々と肉塊へ変わる。
吸われている。
血。
魂。
呪い。
全てが、
その怪物へ流れ込んでいた。
ウェイバーが青ざめる。
「な……何だあれ……。」
「捕食だ。」
即答したのは、
言峰綺礼。
「周囲の死徒を“餌”として取り込んでいる。」
「しかも、
無意識で、だ。」
ケイネスの額に汗が浮かぶ。
「馬鹿な……。」
怪物は笑った。
「我は二十七祖第十一位。」
その瞬間。
空気が凍った。
「――“黒血のベラムド”。」
沈黙。
時計塔組の顔色が変わる。
遠坂時臣ですら、
僅かに目を見開いた。
「十一位……だと……。」
二十七祖。
その上位十数柱は、
既に“災害”では済まない。
国家規模。
神秘規模。
文明崩壊級。
特に十位前後から上は、
埋葬機関ですら、
単独討伐を想定していない。
「ハハッ!!
面白いではないか!!」
笑ったのは、
イスカンダル。
だが。
その笑みにも、
僅かな緊張が混じる。
「流石に、
ただの怪物では無さそうだ!」
一方。
ギルガメッシュは、
退屈そうに鼻を鳴らした。
「十一位程度で大仰な。」
だが、
王の周囲には既に黄金の波紋が幾重にも展開されている。
完全に、
戦闘態勢。
そして。
ブラッドレイだけは、
静かに目を細めていた。
「……成程。」
双剣を軽く回す。
「昔、名前だけは聞いた事がある。」
怪物――ベラムドの口元が歪む。
「光栄だな、“墓守”。」
その瞬間。
“消えた”。
轟音。
音より先に、
ブラッドレイのサーベルが交差する。
ギィィィィィン!!
火花。
地下空間が爆ぜる。
誰も反応できなかった。
サーヴァント級ですら、
視認困難な速度。
至近距離。
ベラムドの爪と、
ブラッドレイの銀刃が激突していた。
床が砕け、
衝撃波が後衛を吹き飛ばす。
「……ほう。」
ベラムドが笑う。
「まだ見えるか、その眼。」
ブラッドレイも笑った。
「老眼気味だがね。」
次の瞬間。
究極眼が、
怪物の全動作を解析する。
筋肉。
血流。
魔力。
霊核。
呪詛循環。
全て。
だが。
ブラッドレイの笑みが、
僅かに深くなった。
「……厄介だな。」
「気付いたか。」
ベラムドが嗤う。
「我には“死”の概念が薄い。」
その言葉に、
キリツグが舌打ちした。
「不死性特化か……!」
「いや。」
ブラッドレイは静かに否定した。
「もっと悪い。」
双剣を構え直す。
「コイツ、“土地そのもの”と融合している。」
「ディルムッド。」
ブラッドレイは、
激突する黒爪を銀刃で受け流しながら叫んだ。
「君の槍と、
ギルガメッシュの財が有効だ!」
火花。
衝撃。
地下空間そのものが悲鳴を上げる。
「残りの我々は――」
ブラッドレイの隻眼が獰猛に細まる。
「暴れさせて頂こう。」
その瞬間。
「承知した!!」
ディルムッドが踏み込んだ。
紅槍と黄槍。
二本の魔槍が、
凄まじい速度で回転する。
「破魔の紅薔薇――!!」
赤槍が閃く。
ベラムドの周囲を覆う、
土地融合型の呪詛循環へ直接突き刺さった。
――ギャァァァァッ!?
初めて。
怪物が明確な悲鳴を上げる。
「効いている!」
ウェイバーが叫ぶ。
ディルムッドの赤槍――
必滅の黄薔薇ではない。
“破魔”。
魔力そのものを断つ呪い。
土地へ拡散した不死性へ、
直接干渉している。
「ほう?」
ギルガメッシュが愉快そうに口元を歪めた。
「ならば、
王の財も通るという訳か。」
黄金の波紋。
空間が埋まる。
宝具。
宝具。
宝具。
古今東西、
対怪物戦に用いられた神秘が、
数百単位で展開された。
「跪け、雑種。」
次の瞬間。
――轟轟轟轟轟轟轟ッ!!
宝具の雨。
地下世界が光に呑まれる。
聖剣。
神槍。
呪剣。
封印杭。
ありとあらゆる“神秘による死”が、
ベラムドへ叩き込まれる。
土地融合による再生が、
目に見えて崩壊していく。
だが。
「舐めるなァァァァ!!」
ベラムドが咆哮した。
地下霊脈が暴走。
黒血が津波のように溢れ出す。
触れた石壁が腐り、
魔術刻印が焼け落ちていく。
「下がれ!!」
ケイネスの水銀礼装が壁となる。
だが、
侵食が速い。
「チィ……!」
その瞬間。
銃声。
――パンッ!!
切嗣の起源弾が、
霊脈接続点を撃ち抜いた。
黒血の流れが乱れる。
「今だ、ブラッドレイ!」
「言われるまでもない。」
既に、
ブラッドレイは突っ込んでいた。
音を置き去りにする踏み込み。
双銀刃が、
暴風のように踊る。
首。
心臓。
霊核。
魔力循環。
超高速で切断。
だが。
斬っても、
まだ再生する。
「化け物め……!」
ディルムッドが唸る。
「当然だ。」
ブラッドレイは笑った。
「だからこそ、
皆で殺すのだろう?」
その時。
静かだった男が、
前へ出た。
ハサン・サッバーハ。
歴代ハサン達。
その中の一人――
“呪腕”。
「首を。」
低い声。
「落とす。」
誰にも気付かれぬまま。
影が、
ベラムドの背後へ回る。
直後。
黒い腕が、
怪物の首へ触れた。
「――妄想心音。」
ドクン。
一瞬。
ベラムドの鼓動が止まる。
完全ではない。
だが、
確かに“死”が届いた。
「今だァァァァ!!」
イスカンダルが突撃。
雷鳴のような咆哮。
戦車が、
怪物を真正面から轢き潰す。
地下空間が崩壊しかける。
そして。
その中央へ。
黄金。
紅。
銀。
黒。
英雄達が、
一斉に踏み込んだ。
地下ロンドン最深部。
対二十七祖第十一位。
人類側最悪級戦力による、
総攻撃が始まった。
「ハハハ!」
轟音と崩壊の只中。
ブラッドレイは、
飛来する黒血を銀刃で切り裂きながら、
心底愉快そうに笑った。
「流石に過剰戦力もいい所だな!」
その声には、
恐怖も緊張も無い。
あるのは、
純粋な高揚。
かつて、
埋葬機関の“墓守”として、
幾度も死地を潜った男の戦場の笑み。
「フハハハハ!!
当然であろう!!」
応じるように、
ギルガメッシュが哄笑する。
黄金の王の背後では、
数え切れぬ宝具が空間を埋め尽くしていた。
「本来ならば、
一国を滅ぼしてなお足りぬ怪物よ!
それを王達が寄って集って蹂躙しているのだ!」
次の瞬間。
宝具の豪雨。
――轟轟轟轟轟轟!!
ベラムドの半身が吹き飛ぶ。
だが、
即座に黒血が蠢き再生。
「鬱陶しいッ!!」
怪物が咆哮した瞬間。
「ならば焼き切るのみ!!」
イスカンダルの戦車が雷鳴を纏い突撃。
神牛の角が、
再生途中の肉塊を粉砕する。
さらに。
「逃がさん!」
ディルムッドの紅槍が、
再生核を縫い止めた。
魔力断絶。
再生が鈍る。
その隙へ。
「――撃つ。」
乾いた銃声。
切嗣の起源弾が、
核となる呪詛循環を再び破壊する。
完璧な連携。
サーヴァント。
代行者。
魔術師。
暗殺者。
本来ならば、
互いに敵対していた者達。
だが今は。
“戦友”。
地下空間に満ちるのは、
奇妙な一体感だった。
「ハッ!
見ろウェイバー!!」
イスカンダルが豪快に笑う。
「これぞ共闘よ!!
英雄とは、本来こうして肩を並べるものだ!」
「いや普通こんな戦場ないからな!?」
悲鳴を上げる
ウェイバー。
だが、
その顔には恐怖だけではない。
高揚があった。
時計塔では決して見られない、
神話の戦場。
一方。
後方のケイネスは、
崩壊する天井を水銀礼装で押さえ込みながら、
半ば呆れ果てていた。
「何なのだ、この連中は……。」
その時。
ベラムドが、
初めて“焦り”を見せた。
「貴様ら……!」
怪物の再生速度が追いつかない。
当然だ。
本来、
祖討伐とは。
国家規模。
埋葬機関総動員。
時計塔上位参加。
それほどの案件。
それを今。
地下通路という限定空間で。
英雄王。
征服王。
神代級英霊。
埋葬機関の怪物。
現代最高峰魔術師。
魔術師殺し。
歴代ハサン。
全員で殴っている。
過剰どころではない。
災害に災害をぶつけているようなものだった。
「さて。」
ブラッドレイが、
ゆっくりと歩み出る。
黒血の嵐の中。
銀の双剣を構えた姿は、
まるで死神だった。
「そろそろ終わりにしよう、ベラムド。」
隻眼が、
怪物の“核”を捉える。
究極眼。
遂に、
見切った。
「そこか。」
ベラムドの顔色が変わる。
「ッ!?」
次の瞬間。
ブラッドレイが消えた。
否。
“踏み込んでいた”。
神速。
ディルムッドの槍が再生を止め、
ギルガメッシュの宝具が防御を破壊し、
切嗣が呪詛循環を撃ち抜き、
ハサンが死を刻み、
イスカンダルが強引に体勢を崩す。
その全ての上で。
最後の一撃を通す為だけに、
ブラッドレイが走る。
「戦友諸君。」
静かな声。
「実に良い戦場だ。」
双剣交差。
十字。
埋葬機関式・対祖断絶剣術。
「――さらばだ、化け物。」
ブラッドレイの声は、
不思議なほど静かだった。
戦場の喧騒。
崩壊する地下。
咆哮する死徒。
その全てが、
その一瞬だけ遠のく。
交差した二振りの銀刃が、
十字の軌跡を描く。
――斬。
音が遅れてやってきた。
ベラムドの巨体が停止する。
その胸部。
心臓でも脳でもない。
土地融合型祖の“核”。
地下霊脈と結合していた、
呪詛中枢。
そこへ、
完璧な十字斬撃が刻まれていた。
「……馬鹿、な。」
二十七祖第十一位、
“黒血のベラムド”の声が震える。
「何故……
見え――」
「見えるさ。」
ブラッドレイは答えた。
「君は確かに強かった。」
隻眼が、
怪物を真っ直ぐ見据える。
「だが、
今日は相手が悪い。」
次の瞬間。
ディルムッドの赤槍が、
核の再生を完全に封殺。
同時に。
ギルガメッシュの宝具群が、
逃げ場を残さず降り注ぐ。
「王の前で、
無様を晒したな雑種。」
黄金の光。
さらに。
「押し潰せぇぇぇぇ!!」
イスカンダルの神威の車輪が、
怪物の身体を真正面から轢き砕いた。
黒血が爆散。
だが、
終わりではない。
その肉片全てへ。
――パンッ!!
切嗣の起源弾。
呪詛循環そのものを破壊。
ハサン達の影が走り、
残滓へ“死”を刻み込む。
完全包囲。
完全破壊。
完全討滅。
そして。
最後に。
ブラッドレイの銀刃が、
静かに振り抜かれた。
聖別銀。
埋葬機関秘跡。
祖殺し。
「眠れ。」
その瞬間。
ベラムドの巨体が、
音もなく崩れ始めた。
灰。
血。
呪い。
全てが崩壊していく。
地下を満たしていた圧力が、
急速に消えていった。
「……ハ、ハハ。」
ベラムドが笑う。
崩れながら。
消えながら。
「まさか……
この時代に……
こんな連中が、居るとは……。」
その紅い眼が、
ブラッドレイを見る。
「墓守……。」
「何だね。」
「……貴様、
本当に、人間だったのか?」
数秒。
沈黙。
そして。
ブラッドレイは、
少しだけ笑った。
「さてね。」
直後。
二十七祖第十一位、
“黒血のベラムド”は、
完全に消滅した。
静寂。
地下空間から、
死徒の気配が一斉に消える。
残ったのは、
崩壊しかけた地下通路と、
濃密な戦闘の余韻だけだった。
数秒後。
「フハハハハハハ!!」
最初に笑ったのは、
イスカンダルだった。
「見事!!
実に見事な共闘であった!!」
「当然だ。」
ギルガメッシュが腕を組む。
「王が二人も居たのだ。
負ける道理が無い。」
「いや、
一番危険だったのはあのブラッドレイだろ……。」
ウェイバーが真顔で呟く。
その言葉に、
何人かが無言で頷いた。
一方。
ブラッドレイは、
静かに双剣の血を払っていた。
「……ふむ。」
周囲を見る。
崩壊。
死屍。
砕けた霊脈。
そして。
奥。
地下最深部。
薄暗い闇の中に、
古い巨大な魔法陣が浮かび上がっていた。
転移術式。
埋葬機関本部へ繋がる、
古代級の転送陣。
ブラッドレイは、
ゆっくりと軍帽を被り直す。
「どうやら、
まだ生きていたらしい。」
その隻眼が、
魔法陣を見据える。
「さて、戦友諸君。」
静かな声。
「次は――
埋葬機関との交渉だ。」
「ナルバレックに――いや、埋葬機関への貸しもできたな。」
ブラッドレイは、
崩壊した地下空間を見回しながら静かに言った。
床には、
未だ完全には消滅していない黒血が散っている。
祖級存在の残滓。
それだけで、
一流の魔術触媒に匹敵する危険物だった。
「二十七祖第十一位の討伐は、
とてつもない交渉材料になる。」
その言葉に、
時臣の目が細まる。
魔術師として、
その価値を瞬時に理解した。
「……確かに。」
遠坂時臣は慎重に黒灰を見つめる。
「祖級の残骸など、
時計塔でも滅多に流通しない。」
「滅多どころではない。」
即座に返したのは、
ケイネスだった。
ロード・エルメロイの目には、
隠し切れない興奮すら浮かんでいる。
「十一位クラスともなれば、
封印指定級の研究対象だ……!」
だが次の瞬間、
ケイネスは咳払いをして表情を戻した。
「……いや、
当然、軽率には扱わんがな。」
「ハハ。」
ブラッドレイが笑う。
「時臣、ケイネス。
君達も少し頂いたからいい。」
銀剣で、
地面の黒い結晶片を軽く示す。
「二十七祖の残骸なんて、
希少だぞ?」
その瞬間。
時計塔組の空気が微妙に変わった。
魔術師である以上、
“研究価値”への欲求は隠せない。
特に。
祖級存在の残滓は、
神代級神秘に限りなく近い。
触媒。
呪詛研究。
霊子解析。
不死性研究。
用途は無数。
「……本当に分けていいのか?」
ウェイバーが思わず聞く。
ブラッドレイは肩を竦めた。
「別に私の私物ではない。」
「それに。」
隻眼が、
地下最奥の転移陣を見る。
「この程度の土産が無ければ、
埋葬機関との会話は面倒になる。」
「なるほどな。」
切嗣が短く呟く。
「“交渉材料”か。」
「そうだ。」
ブラッドレイは頷いた。
「祖討伐は、
聖堂教会にとって最大級の功績だ。」
黒い灰を踏みながら歩く。
「しかも十一位。
埋葬機関でも、
討伐成功時は代行者全員に通達が飛ぶレベルだろう。」
「……確かに、
ナルバレックなら喜ぶだろうな。」
言峰綺礼が静かに言った。
だが。
その直後。
「喜ぶだけで済めば良いがな。」
ケイネスが低く呟く。
空気が少し重くなる。
祖討伐。
それは功績であると同時に――
“危険人物認定”でもある。
特に。
今ここに居るのは。
受肉した英霊。
桁違いの魔術回路を得たマスター達。
祖殺しの元埋葬機関員。
世界のバランスを崩しかねない、
異常戦力集団。
「埋葬機関からすれば、
監視対象どころではない。」
遠坂時臣が苦笑する。
「最悪、
封印指定扱いも有り得る。」
「だからこそ。」
ブラッドレイは静かに言った。
「先に“貸し”を作る。」
その場の何人かが、
納得したように頷く。
合理的だった。
祖討伐という成果を渡し、
敵ではなく“利用価値のある協力者”として認識させる。
戦うより遥かに賢い。
その時。
後方で。
「おお!!」
イスカンダルが、
祖の黒骨を片手で持ち上げていた。
「見よウェイバー!!
これは良い酒杯になりそうだぞ!!」
「やめろ、バカ!!!
絶対呪われるからな?!それ!!」
「フハハハハ!!」
地下に笑い声が響く。
一方。
ギルガメッシュは退屈そうに鼻を鳴らしていた。
「雑種の残骸など興味は無い。」
そう言いつつ、
一片だけ回収している辺り、
完全に無関心でもない。
ブラッドレイは、
そんな“戦友達”を見渡し、
僅かに笑った。
そして。
地下最奥。
古代転移陣の前へ立つ。
刻印は、
未だ淡く発光している。
生きている。
埋葬機関本部へ続く道。
「……さて。」
双剣を収める。
軍帽を深く被り直し。
隻眼が、
静かに細まった。
「次は、
死徒では済まんぞ、戦友諸君。」
「相手は――」
転移陣が、
低く唸り始める。
「人類側最悪の処刑人達だ。」