冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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78話 挿絵有り

転移陣の光が、

脈打つように明滅していた。

 

聖歌にも似た低音が、

地下空間へ響き続ける。

 

その前に立つ

ブラッドレイは、

珍しく真剣な表情を崩していなかった。

 

「さて、諸君。」

 

静かな声。

 

だが、

そこには先程までの余裕が薄い。

 

「決して、

私から離れるなよ?」

 

再度の警告。

 

今度は、

誰一人軽く受け取らなかった。

 

ブラッドレイは続ける。

 

「埋葬機関本部は、

対化け物、異端者用の防衛装置の宝庫だ。」

 

転移陣の周囲に刻まれた、

古い聖句を見下ろす。

 

「侵入者を“人間”として扱わん。

特に私達サーヴァントは、

入った瞬間に殲滅対象判定されても不思議ではない。」

 

「なるほどな。」

 

切嗣が低く呟く。

 

「自動迎撃型か。」

 

「ああ。」

 

ブラッドレイは頷いた。

 

「聖別結界。

概念焼却。

霊体分解。

対吸血種光学兵装。」

 

さらりと恐ろしい単語が並ぶ。

 

「下手をすれば、

祖より危険だ。」

 

「ハハ!

素晴らしいではないか!」

 

笑ったのは

イスカンダル。

 

「余はそういう要塞は嫌いではない!」

 

「お前は少し危機感を持ってくれよ……。」

 

ウェイバーが顔を引き攣らせる。

 

だが。

 

ブラッドレイの次の言葉で、

空気が変わった。

 

「そして、

何より危険な存在がいる。」

 

隻眼が、

暗く細まる。

 

「埋葬機関第五位代行者。」

 

地下空間に、

僅かな静寂。

 

ブラッドレイは、

静かにその名を告げた。

 

「―― マルグリット・ラ・ヴェルデュールだ。」

【挿絵表示】

 

 

その瞬間。

 

綺礼の目が僅かに細まり、

ケイネスが眉を顰めた。

 

「第五位……?」

 

ウェイバーが息を呑む。

 

埋葬機関における“位”。

 

それは単なる序列ではない。

 

討伐実績。

殺害数。

対異端戦闘能力。

そして、

“どれほど人外を殺せるか”。

 

純粋な処刑能力順位。

 

「マルグリット・ラ・ヴェルデュール。」

 

ブラッドレイは、

僅かに苦笑した。

 

「通称、“微笑む断頭台”。」

 

地下の空気が冷える。

 

「……嫌な二つ名だな。」

 

ディルムッドが低く呟く。

 

「嫌どころではない。」

 

ブラッドレイは即答した。

 

「あれは本当に危険だ。」

 

珍しく、

断言だった。

 

「祖討伐任務中、

何度か共闘した。」

 

隻眼が、

遠い記憶を見る。

 

「敵味方まとめて処刑しかける女だ。」

 

「待て。」

 

切嗣が真顔になる。

 

「味方ごとか?」

 

「ああ。」

 

ブラッドレイは淡々と頷いた。

 

「本人に悪気は無い。」

 

「余計に怖いよそれ!?」

 

ウェイバーが悲鳴を上げる。

 

ギルガメッシュですら、

僅かに興味を示した。

 

「ほう?

そこまで言うか、ブラッドレイよ。」

 

「言うとも。」

 

ブラッドレイは静かに言った。

 

「単独で戦場を“処刑場”へ変える。」

 

脳裏に蘇るのは、

血霧。

笑い声。

飛ぶ首。

 

そして。

 

銀髪の女が、

愉悦に笑いながら巨大な断頭武装を振るう姿。

 

「狂っている。」

 

短く、

ブラッドレイは評した。

 

「だが、

埋葬機関では珍しくもない。」

 

「いや、

十分珍しいだろう……。」

 

ケイネスが本気で引いていた。

 

その時。

 

転移陣が、

完全起動する。

 

轟音。

 

空間が裂け、

白い光が吹き荒れる。

 

そして。

 

転移寸前。

 

ブラッドレイが、

最後に静かに告げた。

 

「もし彼女が現れたら――」

 

隻眼が、

全員を見る。

 

「刺激するな。」

 

数秒。

 

沈黙。

 

そして。

 

「……出来る限り努力しよう。」

 

珍しく、

ギルガメッシュが真面目に答えた。

 

「――生前の私でも、殺しきれない存在だった。」

 

転移光の中。

 

ブラッドレイのその一言は、

地下空間の空気を完全に変えた。

 

誰も、

すぐには言葉を返せない。

 

つい先程。

 

二十七祖第十一位を、

英雄達の連携で討伐したばかり。

 

その中心に居た男が。

 

かつて祖を二体葬った“番外次席”が。

 

そんな男が、

“殺しきれなかった”と言ったのだ。

 

「……本気か?」

 

最初に口を開いたのは、

切嗣だった。

 

ブラッドレイは静かに頷く。

 

「ああ。」

 

短い返答。

 

だが、

そこに誇張は一切無い。

 

「マルグリット・ラ・ヴェルデュール。」

 

転移光が、

彼の隻眼を照らす。

 

「死なない。」

 

「……不死性持ちか。」

 

ケイネスが眉を顰める。

 

「いや。」

 

ブラッドレイは低く否定した。

 

「あれは、

“壊れても止まらない”類だ。」

 

その表現に、

綺礼が静かに目を細めた。

 

理解したのだ。

 

それがどれほど危険な意味か。

 

「肉体を破壊しても、

四肢を落としても、

臓器を潰しても、

あの女は笑いながら首を刈りに来る。」

 

ウェイバーの顔色が消える。

 

「……化け物じゃないか。」

 

「埋葬機関第五位だぞ?」

 

ブラッドレイは僅かに笑った。

 

「今更だろう。」

 

その声音には、

奇妙な実感があった。

 

「祖討伐任務で、

一度だけ敵対死徒ごと、

私まで断頭しかけた事がある。」

 

「待て。」

 

ディルムッドが流石に止めた。

 

「貴殿、

味方だったのだろう?」

 

「ああ。」

 

「何故そうなる。」

 

「彼女曰く。」

 

ブラッドレイは淡々と再現する。

 

『あら、大丈夫よ?

ブラッドレイなら首を落としても、

しばらく戦えるでしょう?』

 

と言われたよ。

数秒。

 

沈黙。

 

「……狂人では?」

 

ウェイバーが真顔で言った。

 

「正解だ、人の身でありながらサーヴァントみたいなものだ。」

 

ブラッドレイは即答した。

 

だが。

 

その直後。

 

「しかし。」

 

彼は静かに続ける。

 

「埋葬機関において、

彼女は極めて優秀な代行者でもある。」

 

「矛盾しているな。」

 

ギルガメッシュが鼻を鳴らす。

 

「いや、

していない。」

 

返したのは綺礼だった。

 

「埋葬機関に必要なのは、

“人間性”ではない。」

 

静かな声。

 

「怪物を確実に殺せる事だ。」

 

その言葉に、

地下空間の空気が少し冷える。

 

ブラッドレイも頷いた。

 

「だからこそ、

今も第五位に居る。」

 

そして。

 

彼は珍しく、

少しだけ疲れたように笑った。

 

「生前の私でも、

殺しきれない存在だった。」

 

「勝敗で言えば、

何度か私が優勢だった。」

 

隻眼が細まる。

 

「だが、

殺せない。」

 

「何故だ?」

 

イスカンダルが興味深そうに問う。

 

ブラッドレイは数秒黙り。

 

そして、

静かに答えた。

 

「……笑っていたからだ。」

 

「?」

 

「首を落とされても、

腹を裂かれても、

身体を半分吹き飛ばされても。」

 

転移陣の光が強まる。

 

「彼女は、

嬉しそうに笑っていた。」

 

その言葉に。

 

流石の英雄達も、

僅かに沈黙した。

 

戦士は理解する。

 

恐ろしいのは、

強者ではない。

 

“壊れている者”だ。

 

恐怖が無い。

躊躇が無い。

死を恐れない。

 

それは時として、

英雄すら上回る。

 

「だから覚えておけ、諸君。」

 

ブラッドレイは、

ゆっくりと双剣へ手を添えた。

 

「彼女が笑い始めたら、

非常に面倒な事になる。」

 

「さて――」

 

ブラッドレイが、

古代転移陣の中央で静かに口を開く。

 

足元の魔法陣は、

既に完全起動状態へ移行していた。

 

青白い光が脈動し、

空間そのものが軋み始めている。

 

「転移が始まる。

備えてくれ。」

 

その瞬間。

 

――ゴォォォォ……

 

重低音。

 

地下霊脈が反応し、

転移陣の周囲に幾重もの聖句が浮かび上がった。

 

空気が重い。

 

いや。

 

“世界そのもの”が、

彼らを拒絶し始めていた。

 

「これは……。」

 

ケイネスが顔を顰める。

 

「強制的に存在情報を検査されている……!」

 

「当然だ。」

 

ブラッドレイは淡々と答える。

 

「埋葬機関本部へ入る以上、

“何者か”を通さねばならん。」

 

その瞬間。

 

光が一人ずつを舐めるように走った。

 

サーヴァント。

 

魔術師。

 

代行者。

 

異端。

 

全員の霊的構造を、

転移術式が確認している。

 

ウェイバーが顔を青くする。

 

「こ、これ、

拒絶されたらどうなるんだ……?」

 

「爆散する。」

 

「もっと早く言ってくれよ!?」

 

イスカンダルが豪快に笑う。

 

「ハハハ!!

ならば耐えれば良かろう!」

 

「お前、

あなた本当に大雑把だな!?」

 

一方。

 

ギルガメッシュは腕を組み、

不愉快そうに鼻を鳴らした。

 

「不敬極まる術式よ。」

 

その周囲では、

宝具達が微かに唸っている。

 

転移陣そのものが、

英雄王を“危険存在”として警戒していた。

 

「……まあ当然か。」

 

切嗣が小さく呟く。

 

「この面子、

どこから見ても危険物だからな。」

 

その時。

 

突如。

 

転移陣の光が赤く変色した。

 

警告。

 

空間震動。

 

地下全体に、

鐘のような音が響く。

 

――侵入警戒。

――高位危険存在複数確認。

――埋葬機関警戒態勢移行。

 

ウェイバーの顔が引き攣る。

 

「もしかしなくても、

歓迎されてなくないか!?」

 

「安心したまえ。」

 

ブラッドレイは笑った。

 

「大歓迎だ。」

 

「最悪じゃないか!!」

 

その瞬間。

 

転移陣が、

完全展開した。

 

視界が白く染まる。

 

空間圧縮。

 

浮遊感。

 

肉体と魂が、

一瞬だけ切り離されるような感覚。

 

そして。

 

最後に聞こえたのは――

 

ブラッドレイの、

静かな声だった。

 

「諸君。」

 

隻眼が、

獰猛に細まる。

 

「ここから先は、

“人類側の地獄”だ。」

 

眩い白光が、

ゆっくりと収束していく。

 

浮遊感が消え、

足裏へ重力が戻った。

 

同時に。

 

――ズゥゥゥゥン……

 

まるで巨大な鐘を鳴らしたような重低音が、

空間全体へ響き渡る。

 

そこは、

ロンドン地下とは別世界だった。

 

天井は遥か上方。

 

巨大な地下聖堂。

 

無数の銀十字。

黒い石壁。

血のように赤いステンドグラス。

 

そして。

 

空気そのものに、

濃密過ぎる“殺意”が混じっている。

 

「……ッ。」

 

ウェイバーが思わず息を呑んだ。

 

「なんだよここ……。」

 

「結界密度が異常だ……!」

 

ケイネスですら顔を険しくする。

 

魔術回路へ、

常時圧力が掛かっている。

 

普通の死徒なら、

存在するだけで焼却されるレベル。

 

だが。

 

それ以上に異常だったのは――

 

“気配”。

 

見られている。

 

無数に。

 

暗闇。

回廊。

上層。

聖堂の影。

 

そこら中から、

恐るべき視線が突き刺さっていた。

 

代行者。

 

埋葬機関。

 

対怪物殲滅の専門家達。

 

しかも。

 

全員が、

即応可能な距離に居る。

 

「諸君、無事かね?」

 

転移陣の中央。

 

ブラッドレイが、

静かに軍帽を被り直した。

 

その姿は、

先程までの戦場以上に自然だった。

 

まるで。

 

こここそが、

彼の本来居るべき場所であるかのように。

 

「ようこそ。」

 

隻眼が、

巨大聖堂を見渡す。

 

「私の古巣――」

 

次の瞬間。

 

空間の奥で、

無数の武装が起動した。

 

銀杭。

概念銃。

聖別砲。

拘束術式。

 

一斉展開。

 

サーヴァント達が即座に戦闘態勢へ移る。

 

ギルガメッシュの背後に黄金の波紋。

 

イスカンダルの雷光。

 

ディルムッドの双槍。

 

ハサン達の影。

 

空気が張り裂ける。

 

だが。

 

ブラッドレイだけは、

全く動かなかった。

 

そして。

 

彼は、

静かに笑った。

 

「――化け物達の巣窟へ。」

 

その瞬間。

 

聖堂上層。

 

暗闇の中から、

ゆっくりと一人の女が現れる。

 

銀髪。

 

白い肌。

 

血痕。

 

そして。

 

心底楽しそうな、

笑顔。

 

巨大な処刑武装を肩へ担ぎながら、

女は聖堂上から覗き込む。

 

「あら。」

 

鈴のように美しい声。

 

だが、

底知れない狂気が混じる。

 

「随分と騒がしい来客ねぇ?」

 

空気が変わる。

 

ブラッドレイの表情が、

僅かに険しくなった。

 

「……来たか。」

 

女。

 

埋葬機関第五位代行者。

 

マルグリット・ラ・ヴェルデュール。

 

“微笑む断頭台”。

 

彼女は、

嬉しそうに目を細めた。

 

そして。

 

真っ直ぐ、

ブラッドレイを見る。

 

「久しぶりね、ブラッドレイ。」

 

巨大な断頭武装から、

血が滴る。

 

「今日は誰の首を落とせばいいの?」

 

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