冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第79話

巨大聖堂。

 

張り詰めていた空気の中で、

ブラッドレイは静かに前へ出た。

 

周囲では、

埋葬機関の代行者達が未だ武装を向けている。

 

概念礼装。

聖別杭。

対祖兵装。

 

どれも、

一撃で死徒上位種を葬れる代物。

 

だが。

 

ブラッドレイは意に介さなかった。

 

「久しぶりだな、マルグリット。」

 

その声に。

 

聖堂上層に立つ

マルグリットの笑みが、

僅かに深くなる。

 

「私が死んでから十年か。」

 

ブラッドレイは肩を竦めた。

 

「相変わらずみたいだな。」

 

「ふふ。」

 

マルグリットは嬉しそうに笑った。

 

巨大な断頭武装――

《ラ・サンクチュエール》を肩に担ぎながら、

首を傾げる。

 

「ブラッドレイに“相変わらず”って言われるなんて、

光栄ねぇ。」

 

その笑顔は美しい。

 

だが。

 

そこに居る全員が理解していた。

 

この女は危険だ。

 

本能が警鐘を鳴らしている。

 

ブラッドレイは続ける。

 

「ナルバレックから聞いているだろ?

我々に戦闘の意思はない。」

 

「ええ。

聞いてるわ。」

 

マルグリットは軽く頷いた。

 

「“死んだはずの番外次席が、

受肉した英霊と魔術師を大量に連れて帰ってきた”って。」

 

聖堂の何処かで、

数人の代行者が吹き出しかけている気配がした。

 

「文字にすると酷いな。」

 

切嗣が真顔で呟く。

 

一方。

 

マルグリットの視線は、

既にサーヴァント達へ向いていた。

 

ギルガメッシュ。

 

イスカンダル。

 

ディルムッド。

 

ハサン。

 

その全員を見て。

 

彼女は、

実に楽しそうに笑った。

 

「……ねぇブラッドレイ。」

 

声色が甘くなる。

 

「これ、

本当に戦わなくていいの?」

 

空気が凍った。

 

宝具展開。

 

雷光。

 

殺気。

 

一瞬で、

双方の空気が臨戦態勢へ傾く。

 

だが。

 

「駄目だ。」

 

ブラッドレイは即答した。

 

「残念。」

 

本当に残念そうだった。

 

ウェイバーが真顔で後退る。

 

「なんなんだこの組織……。」

 

だが。

 

次の瞬間。

 

ブラッドレイは、

祖の残骸を放り投げた。

 

黒い結晶。

 

呪われた灰。

 

二十七祖第十一位、

“黒血のベラムド”の残滓。

 

それが、

聖堂床へ転がる。

 

空気が変わった。

 

代行者達の視線が鋭くなる。

 

マルグリットの笑みも、

僅かに止まった。

 

「ここへ向かう途中に、

死徒二十七祖十一位と交戦し、討伐してきた。」

 

ブラッドレイの声は静かだった。

 

「これが証拠だ。」

 

沈黙。

 

そして。

 

次の瞬間。

 

聖堂全体がざわめいた。

 

「……十一位?」

 

「馬鹿な……。」

 

「討伐、だと……?」

 

代行者達の殺気が、

一瞬だけ“困惑”へ変わる。

 

マルグリットは、

ゆっくりとしゃがみ込んだ。

 

黒い結晶片を拾う。

 

その瞬間。

 

彼女の笑みが消えた。

 

処刑人の顔。

 

「……本物。」

 

低い声。

 

空気が重くなる。

 

「しかも、

完全消滅寸前まで削ってる。」

 

銀髪の女は、

ゆっくりとブラッドレイを見る。

 

「貴方達、

本当に十一位を殺したの?」

 

「正確には。」

 

ギルガメッシュが退屈そうに口を開く。

 

「我々で蹂躙した。」

 

「ハハハ!!

実に愉快な戦だったぞ!」

 

イスカンダルも笑う。

 

マルグリットは、

数秒沈黙し。

 

そして。

 

――クスッ。

 

笑った。

 

危険な笑み。

 

「……ふふ。」

 

肩が震える。

 

「アハハ。」

 

代行者達の空気が変わる。

 

何人かが、

本気で距離を取った。

 

ブラッドレイが眉を顰める。

 

「おい。」

 

「ダメよブラッドレイ。」

 

マルグリットは、

 

心底嬉しそうに笑っていた。

 

「だって、

楽しそうじゃない。」

 

巨大断頭武装を、

ゆっくりと持ち上げる。

 

「二十七祖十一位を皆で殺して、

そのまま埋葬機関へ来るなんて。」

 

銀髪が揺れる。

 

狂気混じりの笑顔。

 

「最高じゃない。」

 

「たまたまだ。」

 

ブラッドレイは、

平然と言った。

 

巨大聖堂が静まり返る。

 

「たまたま地下で遭遇し、

たまたま戦闘になり、

たまたま皆で囲んで殺した。」

 

数秒。

 

完全な沈黙。

 

そして。

 

「アハハハハハハハハ!!」

 

最初に吹き出したのは、

マルグリットだった。

 

腹を抱えて笑っている。

 

巨大断頭武装《ラ・サンクチュエール》を杖代わりに、

本気で笑い転げていた。

 

「たまたま!?

二十七祖十一位が!?」

 

聖堂中の代行者達も、

流石に空気が崩れる。

 

「いやいやいや……。」

 

「遭遇する時点で災害なんだが……。」

 

「しかも討伐してるぞ……。」

 

一方。

 

ウェイバーは、

頭を抱えていた。

 

「感覚がおかしくなってる……。」

 

ケイネスも疲れた顔で額を押さえる。

 

「もう何が普通なのか分からん……。」

 

だが。

 

マルグリットだけは、

本当に楽しそうだった。

 

銀髪を揺らしながら、

涙まで浮かべて笑っている。

 

「ふふ……

相変わらずね、ブラッドレイ。」

 

彼女は、

ゆっくりと顔を上げた。

 

その紅い瞳が、

真っ直ぐブラッドレイを見る。

 

「“たまたま”で祖を殺す人間なんて、

あなた達くらいよ。」

 

「光栄だな。」

 

ブラッドレイは肩を竦める。

 

その時。

 

聖堂最奥。

 

重い扉が、

ゆっくりと開いた。

 

――ゴォォォ……

 

空気が変わる。

 

先程まで騒がしかった代行者達が、

一瞬で沈黙。

 

緊張。

 

敬意。

 

そして、

本能的警戒。

 

現れたのは――

 

長身の女。

 

黒衣。

 

鋭い眼光。

 

埋葬機関長。

 

ナルバレック。

 

その姿を見た瞬間、

聖堂全体の空気が引き締まった。

 

ナルバレックは、

無言で場を見渡す。

 

英霊。

 

魔術師。

 

祖の残骸。

 

そして。

 

ブラッドレイ。

 

数秒の沈黙の後。

 

彼女は低く口を開いた。

 

「……なるほど。」

 

視線が、

床の黒い残滓へ向く。

 

「本当に、

十一位を討伐してきたか。」

 

その声音には、

僅かな驚きすら混じっていた。

 

ブラッドレイは静かに頷く。

 

「さっきも言ったが、たまたまだ。」

 

「ふむ。」

 

ナルバレックの視線が、

ギルガメッシュ達へ移る。

 

英雄王すら、

僅かに目を細めた。

 

埋葬機関長。

 

対怪物殲滅組織の頂点。

 

その圧力は、

明らかに普通ではない。

 

そして。

 

ナルバレックは、

静かに告げた。

 

「歓迎しよう、“聖杯戦争の生還者達”。」

 

その一言で。

 

埋葬機関との、

本当の交渉が始まった。

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