冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第85話

キング・ブラッドレイが言った――その直後だった。

 

アンデルセン神父の笑みが、裂けるように深くなる。

 

『Amen――!!』

 

神父は、コートの内側へ両腕を突っ込んだ。

 

そして。

 

掴み出す。

 

祝福儀礼済み銃剣。

 

一本。

 

二本。

 

十本。

 

数十本。

 

まるで無限に湧き出るように、銀の刃が現れる。

 

ウェイバーが絶叫した。

 

「待て待て待て待て!?

なんでそんな入ってるんだよ!!」

 

『神罰だ!!』

 

『藁のように死ねぇ!!!』

 

アンデルセンは、自分自身を鼓舞するように咆哮する。

 

次の瞬間。

 

両腕が消えた。

 

否。

 

速すぎて見えない。

 

ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン――!!!

 

祝福銃剣の豪雨。

 

いや。

 

嵐。

 

無差別投擲。

 

壁。

 

柱。

 

床。

 

天井。

 

サーヴァント。

 

代行者。

 

全方向へ、凶器が撒き散らされる。

 

 

轟音。

 

大聖堂が、一瞬で穴だらけになる。

 

ギルガメッシュが、思わず素で叫んだ。

 

「貴様ァ!!

本当にこの我へ飛ばしおったな!!」

 

王の財宝が、自動迎撃を開始。

 

黄金の宝具群と銃剣が激突し、火花の嵐が吹き荒れる。

 

イスカンダルが豪快に笑いながら剣を振るう。

 

「ハハハハ!!

とんでもない神父殿だ!!」

 

ディルムッドが槍で弾き。

 

ハサン達が影へ沈み。

 

ケイネスは防御結界を展開。

 

言峰綺礼ですら、黒鍵を抜いて迎撃に回っていた。

 

そして。

 

ブラッドレイだけは。

 

壁際で、無言で首を傾け続けていた。

 

ヒュン!!

 

紙一重。

 

ヒュン!!

 

また回避。

 

ヒュン!!

 

さらに回避。

 

ウェイバーが叫ぶ。

 

「なんで避けられるんだよそれ!?」

 

「“究極の眼”だ。」

 

ブラッドレイは淡々と答える。

 

「あと、長年の経験。」

 

その瞬間。

 

アンデルセンが、ブラッドレイを指差した。

 

『逃げるなブラッドレイァァァ!!!』

 

『貴様だけ妙に避け慣れておるではないかァァァ!!!』

 

「慣れたくて慣れた訳ではない。」

 

ブラッドレイは真顔だった。

 

マルグリット・ラ・ヴェルデュールが、腹を抱えて笑っている。

 

「ふふっ……!

駄目、ほんと面白い……!」

 

だが次の瞬間。

 

アンデルセンの目が、更に狂気じみた光を帯びた。

 

『ほう。』

 

『なるほど。』

 

『避けるか。』

 

『ならば――』

 

神父は、ゆっくり両腕を広げる。

 

無数の銃剣。

 

その全てが、聖光を帯び始める。

 

ブラッドレイの“究極の眼”が、初めて僅かに険しくなった。

 

「……全員伏せろ。」

 

次の瞬間。

 

『まとめて消し飛べェェェェェ!!!』

 

銃剣の嵐が、“爆撃”へ変わった。

 

無数の祝福銃剣が、聖光を纏い地下大聖堂を埋め尽くす。

 

爆撃。

 

処刑。

 

神罰そのもの。

 

空気が裂け、石壁が軋み、誰もが迎撃態勢へ入った――その瞬間だった。

 

「――そこまでだ、アンデルセン。」

 

静かな声。

 

だが。

 

その場の全員が、反射的に動きを止めた。

 

地下大聖堂の入口。

 

崩れた聖別銀の扉の向こう。

 

黒い司祭服。

 

後ろへ纏め上げた銀髪。

 

冷徹な眼差し。

 

十数名の武装神父を従え、一人の男が立っていた。

 

エンリコ・マクスウェル 。

 

第十三課イスカリオテ局長。

 

法王庁特務局の最高責任者。

 

その男は、燃えるような戦場を一瞥すると、深々と溜息を吐いた。

 

「……相変わらずだな、アンデルセン。」

 

「少しは自重しろ。」

 

アンデルセンの動きが止まる。

 

狂気じみた笑顔のまま。

 

だが。

 

ほんの僅かだけ、“神父”の顔へ戻った。

 

『マクスウェル局長。』

 

『何用でありましょうや?』

 

その声は、先程までとは別人のように丁寧だった。

 

ウェイバーが震える。

 

「しゃ、喋り方変わった……!?」

 

ケイネスが額を押さえる。

 

「本当に同一人物か……?」

 

マクスウェルは冷淡に答える。

 

「バチカン、法王庁より停止命令が出た。」

 

「時間切れだ。」

 

静寂。

 

アンデルセンの笑みが、僅かに消える。

 

『……停止命令。』

 

『この異端共を前にして、でありますか?』

 

「そうだ。」

 

「埋葬機関とこの化け物達との全面衝突は、現時点で法王庁の利益にならん。」

 

マクスウェルの視線が、ブラッドレイ達を順番に見ていく。

 

受肉英霊。

 

怪物級執行者。

 

時計塔の君主。

 

そして。

 

地下で二十七祖を討伐した存在達。

 

その事実を、既に掴んでいる目だった。

 

「特に。」

 

マクスウェルは、ブラッドレイを見る。

 

「“元番外次席”が健在となれば尚更だ。」

 

ブラッドレイは、壁際で深々と溜息を吐いた。

 

「助かったよ局長殿。」

 

「本当に。」

 

アンデルセンが、ギリ……と銃剣を握り締める。

 

『しかし局長。』

 

『眼前に異端がおります。』

 

『化け物がおります。』

 

『我らは神の代理人。』

 

『神罰の地上代行者。』

 

『ならば――』

 

「アンデルセン。」

 

マクスウェルの声が、一段低くなる。

 

「命令だ。」

 

沈黙。

 

地下大聖堂の空気が張り詰める。

 

そして。

 

数秒後。

 

アンデルセンは、ゆっくり頭を垂れた。

 

『……了解した。』

 

嫌々絞り出した声だが。

 

“服従”の言葉だった。

 

神父は、ゆっくり銃剣を下ろす。

 

だが。

 

その目だけは、ブラッドレイから逸れない。

 

『覚えておけ、異教徒に化け物共。』

 

『我らイスカリオテは。』

 

『いつでも貴様ら異端を狩る。』

 

『神の敵である限り――』

 

『必ず。』

 

ブラッドレイは、疲れ切った顔で答える。

 

「ああ。」

 

「出来れば次は、もう少し穏便に頼みたい。」

 

『断る。』

 

即答だった。

 

ウェイバーが、思わず頭を抱える。

 

「うわぁ……全然平和的に終わってない……」

 

その横で。

 

マルグリット・ラ・ヴェルデュールが、くすくす笑う。

 

「でもまぁ。」

 

「アンデルセンが“命令で引いた”だけでも

 

地下大聖堂。

 

崩壊しかけた聖堂の中心で。

 

なおも硝煙と聖別の残滓が漂っていた。

 

誰もが武器を下ろしてはいない。

 

ただ。

 

“今は撃たない”というだけの、極限の静寂。

 

その中で。

 

エンリコ・マクスウェル は、ゆっくりと髪をかきあげた。

 

そして。

 

心底不愉快そうに、受肉した英霊達と魔術師達を見渡す。

 

「……運が良かったな。」

 

冷たい声。

 

見下し切った口調。

 

「異教徒共。」

 

「並びに化け物共。」

 

その言葉に、ギルガメッシュの眉が僅かに動く。

 

ケイネスも不快そうに顔を顰めた。

 

だが。

 

マクスウェルは意に介さない。

 

「法王庁の判断が無ければ。」

 

「この場は貴様らの墓場になっていた。」

 

ウェイバーが小声で呟く。

 

「いや絶対逆だったろ……」

 

ブラッドレイは、疲れ切った顔で額を押さえていた。

 

「やめてくれ。」

 

「また始まる。」

 

マクスウェルは、そんな空気すら無視して背を向ける。

 

「アンデルセン。」

 

短い命令。

 

「帰るぞ。」

 

沈黙。

 

先程まで狂気そのものだった アンデルセン神父 は。

 

まるで何事も無かったかのように。

 

ゆっくりと姿勢を正した。

 

乱れていた黒衣を整え。

 

血塗れの手袋を直し。

 

銃剣をコートへ収める。

 

その所作だけ見れば。

 

敬虔な神父そのもの。

 

ウェイバーが、逆に怖くなっていた。

 

「切り替え怖っ……」

 

アンデルセンは、背を向ける。

 

そして。

 

ほんの僅かだけ首を傾け。

 

ブラッドレイへ向けて、低く呟いた。

 

『……次は殺す。』

 

静かな声だった。

 

だが。

 

先程の絶叫よりも、遥かに冷たい殺意が滲んでいた。

 

ブラッドレイは、深々と溜息を吐く。

 

「もう会わない事を祈るよ。」

 

短く返す。

 

それだけだった。

 

次の瞬間。

 

イスカリオテの神父達が、一斉に踵を返す。

 

黒衣の群れ。

 

聖別武装。

 

狂信者達。

 

その最後尾で。

 

アンデルセンだけが、最後までブラッドレイを見ていた。

 

そして。

 

不意に、笑う。

 

裂けるような笑み。

 

『クク……』

 

『アハハハハ……』

 

『次は、確実に。』

 

 

そして。

 

イスカリオテの一団は、闇の向こうへ消えていった。

 

静寂。

 

長い沈黙。

 

地下大聖堂に残ったのは。

 

崩壊した壁。

 

突き刺さった無数の銃剣。

 

そして。

 

精神的に疲弊し切った一同だった。

 

ブラッドレイは、壁へ寄り掛かったまま呟く。

 

「……だから嫌なんだ、あの男は。」

 

 

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