『開戦前夜』
冬木市。
表向きには、何も変わらない日々が続いていた。
学生は学校へ通い。
会社員は働き。
子供達は笑う。
誰も知らない。
この街の地下で。
人知れず。
七人の魔術師と七騎の英霊が、殺し合いの準備を進めていることを。
そして今回の聖杯戦争は。
既に、始まる前から均衡が崩れていた。
原因は一つ。
黒剣のセイバー。
埋葬機関番外次席――キング・ブラッドレイ。
その存在だった。
⸻
■アインツベルン陣営
『魔術師殺しと黒剣』
深夜。
アインツベルン城、地下工房。
切嗣は机へ地図を広げていた。
冬木市全域。
霊脈。
監視網。
ホテル。
港湾部。
教会。
全てが記されている。
久宇舞弥が静かに報告する。
「遠坂邸周辺、結界強化を確認」
「ケイネスは?」
「ホテル上層を工房化しています」
「予想通りだ」
切嗣は淡々と駒を動かす。
その姿は、まるで戦争指揮官だった。
対して。
部屋の隅。
ブラッドレイは腕を組みながら沈黙している。
「……どう思う」
切嗣が問う。
セイバーは地図を見る。
「正面から潰せば早い」
「却下」
即答だった。
「知っている」
ブラッドレイは小さく笑う。
「お前は昔からそうだ。戦場を盤面で考える」
「無駄死には嫌いなんでな」
「合理的だ」
セイバーは否定しない。
彼自身もまた合理主義者だった。
ただ違うのは。
切嗣は“犠牲を減らすために合理を選ぶ”。
ブラッドレイは“勝つために合理を選ぶ”。
似ているようで、決定的に違う。
「……綺礼」
ブラッドレイがぽつりと呟く。
切嗣の目が細まる。
「気になるか」
「あの神父だ」
セイバーは静かに言う。
「あれは危険だ」
「理由は」
「空っぽだからだ」
切嗣は黙る。
ブラッドレイは続けた。
「空虚な人間は、時に狂人より厄介だ」
その声には、妙な確信があった。
戦場で何度も見てきたのだろう。
壊れた人間を。
「気を付けろ、切嗣」
セイバーは低く告げる。
「あの男、お前に執着する」
地下室の空気が重くなる。
切嗣は煙草へ火をつける。
「……嫌な話だ」
「私もだ」
⸻
■遠坂陣営
『王と魔術師』
遠坂邸。
優雅な洋館。
だが空気は張り詰めていた。
時臣は魔術刻印の調整を行いながら、深く息を吐く。
「綺礼」
「はい、師よ」
「アインツベルンの監視は続けろ」
「承知しました」
綺礼は静かに頷く。
その時。
背後から声。
「つまらんな」
黄金の光。
アーチャー――英雄王ギルガメッシュ。
王はワインを片手に不満げだった。
「雑種共、いつまで縮こまっている」
時臣は慎重に答える。
「開戦直後に無闇な衝突は避けるべきかと」
「臆病よな」
ギルガメッシュは笑う。
だが。
その赤い瞳には確かな興味があった。
「だが、黒い剣士は別だ」
綺礼が僅かに視線を動かす。
ギルガメッシュは笑みを深めた。
「人の身で怪物を斬るか」
「……」
「実に滑稽で、実に美しい」
時臣は嫌な予感しかしなかった。
王が興味を持った。
つまり。
確実に接触する。
しかも恐らく、穏便には終わらない。
「綺礼」
「はい」
「絶対に余計な刺激を与えるな」
「善処します」
「その返答が一番不安だ……」
⸻
■ケイネス陣営
『誇り高きロード』
ホテル最上階。
結界強化。
魔術礼装展開。
ケイネスは徹底的に防備を固めていた。
「衛宮切嗣……」
苛立たしげに呟く。
「卑劣な魔術師殺しに加え、あの怪物まで抱え込むか」
ソラウが退屈そうにワインを飲む。
「そんなに気にする必要ある?」
「ある」
ケイネスは即答した。
「あれは白兵戦特化の極致だ」
ディルムッドが静かに問う。
「私でも危険ですか」
「相性が悪い」
ケイネスは資料を睨む。
「お前は正統派の騎士だ」
「……」
「対して奴は、“殺すためだけ”に研ぎ澄まされた剣だ」
騎士道ではない。
武芸でもない。
ただ効率だけを突き詰めた戦闘技術。
だからこそ危険。
「まともにやり合うな」
ケイネスは低く命じた。
「必ず私の支援下で戦え」
ディルムッドは静かに頷く。
だが。
その瞳には、武人としての熱があった。
強者。
それも、生前から完成していた怪物。
戦ってみたい。
そう思ってしまう。
ケイネスはそれを察し、頭痛を覚えた。
⸻
■ライダー陣営
『王の宴を夢見て』
安宿。
イスカンダルは豪快に肉を食っていた。
ウェイバーは机に資料を並べながら頭を抱える。
「なんで皆こんな化物ばっかなんだよ……」
「良いではないか坊主!」
ライダーは楽しそうだった。
「強敵との戦こそ覇道よ!」
「僕は死にたくないんだよ!」
イスカンダルは笑う。
そして。
不意に真顔になった。
「だが」
ウェイバーが顔を上げる。
ライダーは静かに言う。
「今回、一番厄介なのはセイバーではない」
「え?」
「衛宮切嗣だ」
空気が変わる。
征服王は戦場を知っている。
故に分かる。
あの男は危険だ。
「ブラッドレイは剣だ」
ライダーは杯を掲げる。
「だが剣だけでは戦争は勝てん」
「……」
「真に恐ろしいのは、その剣を振るう者よ」
ウェイバーは小さく息を呑んだ。
⸻
■キャスター陣営
『開幕を待つ狂人達』
廃工場。
血。
臓物。
狂気。
龍之介は楽しそうに笑っていた。
「聖杯戦争ってワクワクするなぁ!」
ジル・ド・レェは不気味に嗤う。
「ええ……ええ……!」
だが。
龍之介は不意に資料を見る。
黒い軍服の男。
眼帯。
冷たい目。
「この人さぁ」
「……」
「僕達のこと、絶対嫌いだよね?」
ジルは静かに頷いた。
「あれは“処刑人”です」
「こわ〜」
龍之介は笑う。
だがその目は少しだけ真剣だった。
本能が理解している。
あの男に見つかれば終わる。
だからこそ。
余計に興味を惹かれる。
「会ってみたいなぁ」
ジルは本気でやめろと思った。
⸻
■間桐陣営
『蟲と狂気』
間桐邸地下。
臓硯は静かに笑っていた。
「始まるのう……」
蟲が蠢く。
バーサーカーの狂気が揺れる。
老人は思う。
今回の戦争は異質だ。
何故なら。
“英雄”より“人間”の方が危険だから。
衛宮切嗣。
キング・ブラッドレイ。
どちらも、英雄ではない。
理想的でもない。
ただ。
現実を知りすぎた怪物。
「面白い……」
臓硯は嗤う。
「実に面白い聖杯戦争になりそうじゃ」
⸻
そして。
その頃。
アインツベルン城。
ブラッドレイは真顔で悩んでいた。
「……何故だ」
切嗣が煙草を吸いながら聞く。
「今度はなんだ」
「みかんが無い」
「買ってこい」
「雪が降っている」
「サーヴァントだろお前」
セイバーは真剣だった。
聖杯戦争開幕まで、あと僅か。
だが。
黒剣の英雄は、こたつとみかんに順応し始めていた。