「そう言えば、イスカンダルは相変わらず、好きに冒険しているようだな?」
静かにブラッドレイは、問いかけた。
「ああ……あの人は全く変わらないよ」
ウェイバーは呆れ半分、諦め半分といった顔で額を押さえた。
「数ヶ月前なんて、“海が見たい”とか言い出して、いきなり貨物船に乗って東南アジアまで行ったらしい」
「ほぉ」
ブラッドレイは興味深そうに眉を上げる。
「で、帰ってきた時には、現地の傭兵団と酒を飲み交わして、密林の死徒狩りに参加していたそうだ」
「相変わらず規格外だな」
「しかも本人は、
『征服王たるもの、未知を見ねばならん!』
とか言ってたよ……」
ウェイバーは深く溜息を吐いた。
「時計塔は大騒ぎだった。
ロードクラスの関係者が突然行方不明。
しかも同行者が受肉した征服王だなんて、胃が痛くなる」
「だが、生き生きしているのだろう?」
「……まあ、それは否定出来ない」
ウェイバーは苦笑した。
かつて、聖杯戦争で見た背中。
雷鳴のような笑い声。
無茶苦茶で。
豪胆で。
誰より自由だった王。
受肉した今も、イスカンダルは何一つ変わらない。
世界中を放浪し、
戦場へ首を突っ込み、
酒場で騒ぎ、
時には死徒相手に軍勢を率い、
時には子供達に混ざって馬鹿笑いしている。
まるで、“生”そのものを喰らう怪物だった。
「この前なんて、アフリカで現地の魔術師部族と意気投合して、“固有結界の再現実験”とか始めたらしい」
「迷惑極まりないな」
「本当にね……」
ウェイバーは頭を抱える。
「しかも、ギルガメッシュまで面白がって資金提供してるんだ」
その瞬間。
店内の空気が微妙に固まった。
ブラッドレイが静かに珈琲を置く。
「……英雄王も動いているのか」
「あの人もあの人で好き勝手やってるよ」
ウェイバーは疲れ切った顔で言った。
「表向きは世界中の企業や資産を買収してる。
裏では魔術礼装、聖遺物、古代兵器の蒐集。
時計塔ですら把握しきれてない」
「金で世界を弄び始めたか」
「しかも本人、“暇潰し”のつもりなんだよ……」
アンデルセンが鼻で笑った。
「ハッ……
俗物の王らしいな」
「だが厄介だぞ、神父」
ブラッドレイは低く言う。
「英雄王が本気で世界へ干渉を始めれば、時計塔も聖堂教会も止められん」
「そんな事は、分かっている」
アンデルセンは笑みを消した。
「だからこそ目が離せんのだ、お前ら英霊は」
ギチ、と。
銃剣の柄を握る音。
「本来、死んでいた怪物が、
肉体を得て世界中好き勝手歩き回っている。」
その言葉には、珍しく本音が滲んでいた。
恐怖。
嫌悪。
そして警戒。
マルグリットが空気を和らげるように笑う。
「でもぉ、少なくともイスカンダルは、世界征服とか考えてないんでしょう?」
「だろうな」
「征服王だからですよぉ♪」
彼女は柔らかく目を細めた。
「多分あの人、“支配”より“旅”の方が好きなんです」
ウェイバーは少し黙り――やがて、小さく笑った。
「……うん。
たぶん、そうだ」
遠く。
夕焼けの彼方。
今この瞬間も、征服王はどこか知らない土地で笑っているのだろう。
新しい景色を見て。
新しい敵と戦い。
新しい酒を飲みながら。
それは、かつて少年だったウェイバーが、誰より憧れた王の姿そのものだった。