征服王イスカンダル。
第四次聖杯戦争終結後、完全受肉という前代未聞の事態によって現世へ留まった英霊の一人。
だが――
彼は、“現代に適応した”訳ではなかった。
むしろ逆だ。
現代世界そのものを、自らの覇道へ巻き込み始めていた。
――――――――――
最初の数年。
イスカンダルは、どの勢力にも属さなかった。
時計塔の保護下にも入らず。
聖堂教会の監視も拒否し。
国家権力にも従わない。
理由は単純だった。
「余は余である!!」
その一言。
当然、時計塔は頭を抱えた。
受肉した英霊。
しかも神代級魔力炉を内包したサーヴァント。
更に“王の軍勢”という対軍宝具持ち。
放置など、本来あり得ない。
封印指定すら議論された。
だが――
問題は、“誰がやるのか”だった。
時計塔は知っている。
一度、本気で暴れたイスカンダルを止めるには、冠位指定級戦力が必要になる。
しかも、彼は暴君ではない。
虐殺もしない。
一般人への加害も極端に少ない。
むしろ、妙に人間臭い。
酒場で笑い。
子供と遊び。
傭兵と肩を組み。
戦場で兵士を鼓舞する。
その姿は、危険人物でありながら、同時に異様なカリスマを放っていた。
結果。
時計塔は、“監視対象としての黙認”という極めて曖昧な処理を選ばざるを得なかった。
そもそも、あの戦友達との盟約がある限り手を出せず、不干渉を貫くしか無かった。
――――――――――
現在のイスカンダルは、世界中を放浪している。
拠点らしい拠点は無い。
時には中東。
時には南米。
時にはアフリカ。
時にはロシア奥地。
「面白そうだから」という理由で移動する。
だが、彼の旅は単なる放浪ではない。
その行く先々で、“何か”が起きる。
死徒討伐。
紛争地帯の制圧。
魔術犯罪組織の壊滅。
幻想種暴走事件。
時には、時計塔すら把握していない神秘災害への介入。
特に近年有名なのは、“カスピ海事件”だった。
死徒二十七祖に連なる上級死徒が、密かに傭兵国家を築いていた案件。
現地の代行者部隊が壊滅。
時計塔の封印指定執行者も半数死亡。
そこへ偶然通り掛かったイスカンダルが介入。
結果。
「面白い戦場であったぞ!!」
その一言と共に、死徒側勢力が一夜で壊滅した。
目撃証言によれば――
雷鳴。
砂嵐。
そして、地平線を埋め尽くす軍勢。
“王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)”が現実世界へ半展開されたという。
通常なら世界そのものが軋む暴挙。
だが、完全受肉したイスカンダルは、聖杯から流出した膨大な神秘の影響により、生前以上の出力で宝具を維持出来るようになっていた。
もはや、小規模な“移動国家”である。
――――――――――
そして現在。
イスカンダルの周囲には、奇妙な人脈が形成されていた。
傭兵。
魔術師。
退役軍人。
流浪の代行者。
現地レジスタンス。
亜人種。
果ては元死徒狩りまで。
理由は単純。
「ついていくと、退屈せん」
誰もがそう言う。
彼は支配しない。
命令も強制もしない。
だが、人を惹き付ける。
征服王とは、本来そういう存在だった。
ウェイバーは何度も言った。
「絶対に組織化するなよ?!絶対だからな?!」
するとイスカンダルは豪快に笑う。
「ハハハハ!!
何を言うウェイバー!!
気付けば集まっておるのだ!!」
極めて迷惑だった。
現在、時計塔内部では、彼の集団を半ば災害指定している派閥すら存在する。
特に法政科は警戒を強めていた。
もしイスカンダルが本気で旗を掲げれば――
それだけで世界各地の紛争屋、傭兵、異端魔術師、幻想種討伐者が雪崩のように集結する可能性がある。
つまり。
“新たな王国”が誕生しかねない。
――――――――――
だが、最も厄介なのは。
当のイスカンダル本人に、世界征服の意思がほとんど無い事だった。
彼は王でありながら、支配欲が薄い。
欲しいのは、“未知”。
新たな景色。
新たな強敵。
新たな文明。
新たな海。
そして、“共に笑える戦友”。
だから今日も、征服王は旅をする。
巨大な背中で笑いながら。
世界そのものを、少年のような目で見つめながら。
征服王イスカンダルの現状を、時計塔はこう記録している。
―――
『危険度:極大』
『敵対性:低〜中』
『被害予測:国家級』
『交渉難度:測定不能』
『総評:
最悪の分類。
善性と破滅性を同時に内包する“移動災害”。』
――――――――――
時計塔が最も恐れているのは、イスカンダルが“悪人ではない”事だった。
悪人なら排除出来る。
狂人なら封印出来る。
だが、征服王は違う。
彼は人を救う。
笑う。
酒を飲む。
困っている者を見れば手を貸す。
子供に泣かれれば頭を撫でる。
兵士が死ねば怒り狂う。
そして――
その延長線上で、都市を吹き飛ばせる。
そこが恐ろしい。
――――――――――
現在、イスカンダルは表向き、“民間軍事顧問”という極めて曖昧な肩書きを使っている。
もちろん偽装だ。
だが、世界各地の紛争地帯では、本当に彼を“将軍”として頼る者が存在する。
特に有名なのは、中東の“赤砂戦線”。
本来なら小国同士の泥沼戦争だった。
そこへ死徒が介入。
戦場そのものが吸血種の餌場になった。
兵士は夜毎消える。
村が血だけ残して空になる。
現地教会は壊滅。
代行者も撤退。
その時。
戦車の上で大笑いする赤髪の巨漢が現れた。
「よぉし!!
余も混ぜろォ!!」
結果。
三日後には死徒側戦線が崩壊した。
イスカンダルは現地兵士達を率い、真正面から死徒軍勢へ突撃。
雷撃で装甲列車を吹き飛ばし、
戦車を投げ、
笑いながら吸血鬼を素手で握り潰した。
しかも恐ろしいのは。
彼の周囲では、“士気”という概念そのものが狂う。
本来なら恐慌状態になる筈の兵士が、笑いながら突撃を始める。
絶望的戦況で逃げていた傭兵が、気付けば共に戦っている。
魔術師ですら、その精神干渉に近いカリスマを完全には解析出来ていない。
ケイネスはかつてこう評した。
「アレは魔術ではない。
“王”という概念そのものだ」
――――――――――
更に厄介なのは、“王の軍勢”の変質だった。
本来、“アイオニオン・ヘタイロイ”は固有結界。
世界を侵食し、王の記憶世界を展開する対軍宝具。
だが受肉後。
そして、聖杯汚染と現世定着による神秘変質の影響で。
イスカンダルの軍勢は、半ば“現界常駐”状態へ近付いていた。
つまり。
以前のように短時間限定ではなく、
“常時接続”に近い。
時折、彼の周囲では不可解な現象が起きる。
誰も居ない筈の荒野で、軍靴の音が響く。
夜営地で焚火が増えている。
兵糧が減る。
知らない兵士が酒を飲んでいる。
そして戦場になると――
居る。
当たり前のように。
イスカンダル配下の英霊達が。
ヘタイロイの将軍達が。
「征服王に続けェ!!」
「ハハハハハ!!
久しいな戦場は!!」
「蹂躙せよ!!」
死者の軍勢。
本来ならあり得ない。
英霊の現界維持など、世界が許容する筈がない。
だが、イスカンダルの周囲では、その“不可能”が徐々に現実化し始めていた。
時計塔はこれを極秘指定。
名称:
『ヘタイロイ現象』
認定危険度:
原初神秘災害級。
――――――――――
そして現在。
イスカンダルには、非公式ながら三つの勢力が接触している。
時計塔。
聖堂教会。
そして――
ヴァチカン第十三課“イスカリオテ”。
理由は同じ。
「敵に回したくない」
特にイスカリオテは複雑だった。
アンデルセンは、イスカンダルを嫌っている。
理由は単純。
“人間として強過ぎる”からだ。
怪物ではない。
吸血鬼でもない。
悪魔でもない。
それなのに、神秘側の怪物達を真正面から蹂躙する。
しかも本人は豪快に笑っている。
アンデルセンからすれば、極めて不気味だった。
一度、両者は東欧で衝突しかけている。
死徒討伐対象を巡って。
雪原。
吹雪。
代行者部隊。
イスカンダル率いる現地武装勢力。
そして、互いに睨み合う怪物二人。
緊張は最高潮だった。
だが。
イスカンダルは大笑いした。
「ハハハハハ!!
良い目だ神父!!
余は貴様、嫌いではないぞ!!」
アンデルセンは銃剣を向けながら言った。
「私は貴様ら英雄達が大嫌いだ」
「うむ!!
知っておる!!」
結果。
その場では死徒殲滅が優先され、全面衝突は回避された。
だが後にアンデルセンは言っている。
「ブラッドレイとは別種だ……
アレは、“人間のまま世界を周りを取り込み侵略する怪物”だ」
――――――――――
そして。
そんな征服王が、唯一頭の上がらない相手が居る。
ウェイバー・ベルベット。
現在のロード・エルメロイⅡ世。
世界中を放浪するイスカンダルだが、数ヶ月に一度、何故か突然ウェイバーの元へ現れる。
大量の酒。
土産。
謎の遺跡品。
現地の変な武器。
時にはラクダ。
そして。
「ウェイバァー!!
余は帰ったぞ!!」
毎回、時計塔は大混乱になる。
講義中でも来る。
ロード会議中でも来る。
一度など、時計塔上空へ戦車ごと突っ込んできた。
法政科が卒倒した。
時計塔結界部門が悲鳴を上げた。
ケイネスは頭痛薬を飲んだ。
当のウェイバーは、最終的に諦めた顔で言う。
「……もう好きにしてくれ」
するとイスカンダルは満面の笑みで笑う。
「うむ!!」