ディルムッド・オディナ。
フィオナ騎士団随一の戦士。
“輝く貌”を持つ悲劇の騎士。
第四次聖杯戦争終結後、完全受肉を果たした彼は――
最も“静かに”現代へ適応した英霊だった。
少なくとも、表面上は。
――――――――――
様々な世界、経歴を経て。
現在、ディルムッドは表向き、遠坂家の私設警備責任者という立場にある。
形式上は護衛。
だが実態は違う。
対魔術師戦闘。
対死徒迎撃。
霊脈警備。
結界監視。
更には裏社会との非公式交渉まで担う、“遠坂陣営の剣”だった。
遠坂邸再建後、彼は屋敷の離れを拠点としている。
豪奢な部屋を与えられているが、本人はほとんど使わない。
庭。
鍛錬場。
武器庫。
居るのは大抵その辺りだ。
現代服にも慣れた。
スーツも着る。
携帯電話も使う。
車も運転出来る。
だが、それでも時折、彼は現代世界から浮いて見える。
早朝。
誰も居ない庭で槍を振るう姿。
月夜の縁側で静かに酒を飲む横顔。
あるいは、戦場の気配を感じた瞬間の、獣じみた鋭い眼。
彼だけは、未だに“騎士”の時間を生きていた。
――――――――――
聖杯戦争後。
最も大きく変化したのは、ケイネスとの関係だった。
かつて。
ディルムッドは主君へ忠誠を尽くしながらも、悲劇的な破綻を迎えた。
裏切った訳ではない。
だが、“信頼”が噛み合わなかった。
結果、お互い距離を置いた。
現在は、友人として交流を続けている。
だからこそ現在のディルムッドは、以前より遥かに慎重だ。
必要以上に踏み込まない。
誰かへ過剰な忠誠を誓わない。
だが同時に――
誰かが危機に陥れば、真っ先に命を懸ける。
そこだけは変わらなかった。
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時計塔内部での彼の評価は、極めて高い。
特に戦闘能力。
受肉後のディルムッドは、生前以上の強さを獲得している。
理由は複数。
まず、“燃費”の概念が消えた。
本来サーヴァントはマスター依存。
だが完全受肉後、彼らは独立炉心化している。
更に、聖杯流出神秘の残滓が霊基へ定着。
結果。
ディルムッドは、長時間全力戦闘を維持可能になった。
恐ろしいのは、その技量だった。
彼は純粋技巧型。
怪力で押すタイプではない。
だが、その槍術は異常。
現代代行者。
封印指定執行者。
傭兵魔術師。
その誰もが言う。
「気付いた時には喉元へ槍がある」
特に必滅の黄薔薇“ゲイ・ボウ”は、現代魔術師にとって悪夢だった。
治癒阻害。
魔力回復妨害。
霊的再生封鎖。
死徒ですら嫌がる呪傷。
しかもディルムッド本人が、異様な近接技量を持つ。
現在、時計塔では半ば“対人決戦兵器”扱いされている。
――――――――――
だが。
本人は、その評価をひどく嫌っていた。
ある日。
時計塔の若い魔術師が言った。
「あなた程の英霊なら、軍隊一つ潰せるのでしょう?」
ディルムッドは静かに答えた。
「……それは、誇るべき事ではありません」
その声には、疲れが滲んでいた。
彼は知っている。
力とは、人を守る以上に壊してしまう事を。
そして、自分が“戦場の怪物”である事を。
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現在の彼は、半ば“遠坂家の騎士”として定着している。
特に凛に対しては、兄のような立場になっていた。
凛には呆れながら振り回され。
その姿は、騎士というより、“戦場帰りの大人”だった。
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そして。
彼には現在、一つだけ大きな悩みがある。
女性人気である。
致命的だった。
現代社会において、“輝く貌(ラブスポット)”は災害級。
本人が抑制していても、人を惹き付けてしまう。
街へ出れば視線が集まる。
店員が赤面する。
魔術師ですら動揺する。
しかも本人は天然。
女性から迫られるたび、本気で困惑する。
ウェイバーは爆笑した。
ケイネスは頭を抱えた。
凛は「歩く特級事故」と評した。
現在、遠坂邸では“ディルムッド単独買い出し禁止令”が出ている。
過去に数回、騒ぎになったからだ。
本人は真顔で言う。
「何故だ……」
誰も説明したがらなかった。
――――――――――
そんなディルムッドが、唯一、完全に警戒を解かない相手が居る。
アレクサンド・アンデルセン。
理由は単純。
“似ている”からだ。
忠誠。
使命。
狂気。
自己犠牲。
ディルムッドは理解してしまう。
アンデルセンという男が、“信仰”へ人生全てを捧げ切った騎士だという事を。
だからこそ恐ろしい。
一度、ブラッドレイの店で二人きりになった時。
アンデルセンは笑いながら言った。
「貴様は、騎士だな?」
ディルムッドは静かに頷いた。
「ええ」
「だろうな
命捨てる場所探している目だ」
沈黙。
数秒後。
ディルムッドは低く答えた。
「……貴方ほどではありませんよ、神父」
アンデルセンは、大きく笑った。
「ゲハハハハハ!!
違いない!!」
その夜。
雨が降っていた。
遠坂邸の庭園。
再建された日本庭園の池へ、静かに雨粒が落ちている。
縁側に、二つの影があった。
ディルムッドと、言峰綺礼。
奇妙な組み合わせだった。
片や忠義の騎士。
片や、愉悦を知ってしまった神父。
聖杯戦争では敵同士だった男達。
だが今は、湯気の立つ茶を前に、静かに座っていた。
「……不思議なものです」
ディルムッドがぽつりと言った。
「何がだ?」
「かつて、私は貴方を警戒していました」
「今もしているだろう」
「ええ」
即答だった。
綺礼は少し笑う。
「正直な男だ」
ディルムッドは雨を見つめたまま続けた。
「ですが同時に……
貴方が誰かを守ろうとしている事も知っています」
綺礼の目が僅かに細まる。
「凛の事か」
「はい」
綺礼は静かに言った。
「不思議だよ。
かつては他人なんて、どうでも良かった」
「人は変わります」
「……どうかな」
低い声。
雨音が強くなる。
「私は未だ、自分が善人になったとは思わん」
「善人である必要はありません」
ディルムッドは静かに答えた。
「誰かを守る理由など、人それぞれでしょう」
綺礼はしばらく黙り――やがて小さく笑った。
「お前は、本当に騎士だな」
「貴方ほどではありませんよ」
「私は神父だ」
「似たようなものです」
綺礼が珍しく吹き出した。
階段を下りる足音。
赤い髪を揺らしながら、遠坂凛が姿を見せた。
「何よ、こんな時間に全員揃って」
そして空気を見て、顔を顰める。
「……またロクでもない話?」
「いつもの事だ」
綺礼が平然と返す。
「アンタは毎回それ言うわね……」
凛は呆れながらも、自然にその輪へ加わった。
昔なら考えられない光景だった。
言峰綺礼。
遠坂時臣。
ディルムッド。
同じ部屋で酒を飲み、会話をしている。
しかも険悪ではない。
聖杯戦争は、あまりにも多くを壊した。
だが同時に――
歪な形で、人間関係を作り変えてもいた。
時臣が静かに凛を見る。
「桜から連絡は?」
「うん。
雁夜おじさん達、今日は遊園地行ってるって」
少し笑う。
「ランスロットが張り切り過ぎて、ぬいぐるみ大量に取ってるらしいわ」
ディルムッドが僅かに目を細めた。
「……彼らしいですね」
バーサーカー。
狂戦士ランスロット。
かつて黒い鎧の怪物として暴れ回った騎士王伝説最大の騎士は、今や“異様に子供へ優しい大男”として生活していた。
特に桜には甘い。
壊れ物へ触れるように接する。
それは、狂気の果てで失ったものを取り戻すようでもあった。
綺礼がふと呟く。
「雁夜も変わったな」
「ああ」
時臣は静かに頷いた。
かつて、互いに憎悪すら向け合った男達。
だが今は違う。
間桐雁夜は、命を削る蟲地獄から解放され、静かに生きている。
桜と。
ランスロットと。
不器用ながらも、“家族”として。
時臣はワインを見つめながら言った。
「……私は、間違っていたのだろうな」
部屋が静まる。
凛が少し目を伏せる。
だが綺礼は、否定もしなかった。
ただ静かに答える。
「人は皆、間違える」
その声は、どこか疲れていた。
時臣は小さく笑った。
「君がそう言うとはな」
「私も歳を取った」
「取ってないでしょうがアンタ達」
凛が即座に突っ込む。
ディルムッドが少し吹き出した。
その時だった。
屋敷の外。
結界が微かに震える。
全員の目が変わった。
ディルムッドが立ち上がる。
綺礼の黒鍵が袖から滑り落ちる。
時臣の魔力が空気へ広がる。
だが。
次の瞬間――
門の向こうから、豪快な笑い声が響いた。
「ガハハハハハハハハハハ!!!
久しいな遠坂ァ!!」
凛が頭を抱えた。
「うわ、最悪」
門を突き破る勢いで現れたのは、巨大な赤毛の男。
征服王イスカンダル。
しかも後ろには。
ラクダ。
戦車。
大量の木箱。
そして何故か、傷だらけの傭兵達。
「土産を持ってきたぞウェイバー!!」
「居ないわよ!!」
「何ィ!?」
イスカンダルは本気で驚いた顔をした。
その後ろで、傭兵の一人が真顔で呟く。
「……王よ、だから場所が違うと」
「うむ!!
細かい事は気にするな!!」
遠坂邸の空気が、一瞬で騒がしくなる。
綺礼が額を押さえた。
ディルムッドは静かに槍を下ろす。
そして。
時臣は、深く深く溜息を吐いた。
「……入っていきたまえ、征服王」
イスカンダルは満面の笑みを浮かべた。
「うむ!!」
居間は、数十分後には完全に“征服王の陣地”になっていた。
大量の酒瓶。
謎の香辛料。
異国の干し肉。
見たこともない武器。
更には。
何故かラクダが庭に居る。
「なんで連れてきたのよソレ!!」
凛が本気で叫ぶ。
イスカンダルは豪快に笑った。
「うむ!!
可愛かったのでな!!」
「意味が分からないわよ!!」
傭兵達は既に慣れているのか、淡々と荷物を運んでいた。
その中には、魔術師。
元代行者。
戦場医師。
果ては亜人混血らしき者まで居る。
統一性がまるで無い。
だが全員、妙な連帯感だけはあった。
時臣が静かに観察する。
「……本当に、軍勢になっているな」
「おぉ?」
イスカンダルは酒樽を片手で持ち上げながら笑った。
「別に国を作る気など無いぞ?」
「問題は、貴方にその気が無くとも周囲がそう見ない事です」
ディルムッドが静かに言う。
イスカンダルは数秒黙り――やがて、大きく笑った。
「ハハハ!!
難儀よなぁ現代は!!」
「貴方が言いますか」
綺礼が呆れたように言った。
その時。
一人の傭兵が、部屋の空気を見て少し戸惑った。
「……王よ。
本当に大丈夫なんですか?
ここ、元敵地でしょう」
その瞬間、空気が少し静まる。
確かに、その通りだった。
ここに居る面々は、本来なら殺し合っていた者達だ。
聖杯戦争。
血。
裏切り。
願い。
絶望。
その果て。
今、同じ卓を囲んでいる。
イスカンダルは、酒を一気に飲み干した。
そして笑った。
「だから良いのだ」
全員が彼を見る。
征服王は、あまりにも自然に言った。
「命を懸けて戦った相手と酒を飲める。
これ以上面白い事があるか?」
「ましてや、我らは、戦友同士だ」
凛が呆れた顔をする。
「アンタ、本当に頭おかしいわね」
「うむ!!」
誇らしげだった。
ディルムッドが少し目を細める。
その姿を見ていると、奇妙な感覚になる。
この男は、確かに危険だ。
世界を動かしかねない。
だが同時に。
人を惹き付ける。
理屈ではない。
ただ、“この背中についていきたい”と思わせる何かがある。
だからこそ恐ろしい。
時臣が静かに問う。
「……それで、征服王。
今日は本当に土産だけかね?」
イスカンダルの笑みが少し変わる。
部屋の空気が引き締まった。
傭兵達も黙る。
征服王はゆっくり座り、低く言った。
「東欧が荒れておる」
綺礼の目が細まる。
「死徒の件か」
「うむ」
イスカンダルは頷いた。
それだけで空気が変わる。
「ただの死徒ではない。
軍がおる」
ディルムッドが静かに尋ねる。
「規模は?」
「最低でも数千」
凛の顔色が変わった。
「数千!?」
「しかも統率されておる」
イスカンダルの目から笑みが消える。
「騎兵。
砲兵。
結界部隊。
血液精製施設まであった」
時臣が低く呟く。
「……国家運営」
「そうだ」
征服王は頷いた。
「そして中心に居る」
沈黙。
暖炉の火が揺れる。
イスカンダルはゆっくり言った。
「王だ」
その瞬間。
部屋の空気が重く沈んだ。
征服王が、“王”と呼ぶ。
それは単なる支配者ではない。
怪物だ。
世界を変える存在。
綺礼が低く問う。
「何者だ」
イスカンダルは数秒黙り――
やがて笑った。
だが、その笑みは獰猛だった。
「分からぬ」
全員が眉を寄せる。
「だがな」
雷鳴。
窓が震える。
征服王イスカンダルは、戦場を前にした時の顔で笑った。
「久しぶりに、血が騒いだ」