冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第93話

雨音が、静かに遠坂邸を叩いていた。

 

だが。

 

その一言が落ちた瞬間、部屋の空気は完全に変わった。

 

「……再び戦友達を集める必要があるやもしれん」

 

征服王イスカンダル。

 

その黄金にも似た瞳から、いつもの豪快さが僅かに消えていた。

 

冗談ではない。

 

遊びでもない。

 

本気だ。

 

時臣が静かにグラスを置く。

 

「それは……

 第四次聖杯戦争の生存者達を、かね?」

 

「うむ」

 

短い返答。

 

だが重い。

 

凛が眉を顰めた。

 

「待って。

 それってつまり、かなりマズいって事?」

 

「マズいぞ」

 

即答だった。

 

イスカンダルは腕を組む。

 

「余は戦を好む。

 だが、勝てぬ戦はせん」

 

その言葉に、ディルムッドの目が細まる。

 

征服王が、“勝てぬ可能性”を口にする。

 

それだけで異常だった。

 

綺礼が低く問う。

 

「……そこまでか」

 

「うむ」

 

イスカンダルは頷く。

 

「まだ確信は無い。

 だが、あれは単なる死徒の王ではない」

 

「根拠は?」

 

「兵が笑っておった」

 

沈黙。

 

誰もすぐには意味を理解出来なかった。

 

イスカンダルは続ける。

 

「恐怖で従っている軍ではない。

 洗脳でもない。

 崇拝ですらない」

 

征服王の目が細くなる。

 

「“王に付き従う兵の目”をしておった」

 

ディルムッドの表情が険しくなる。

 

騎士である彼には分かる。

 

それは危険だ。

 

極めて。

 

恐怖支配の軍隊は脆い。

 

狂信は崩れる。

 

だが、“心から従う軍”は止まらない。

 

イスカンダルは低く呟く。

 

「まるで……

 かつての余の軍勢を見ておるようでな」

 

その瞬間。

 

綺礼ですら沈黙した。

 

征服王が、自分自身を連想する相手。

 

それは、世界規模の災厄になり得る。

 

時臣が静かに尋ねる。

 

「……既に動いている者は?」

 

「アンデルセンは単独で暴れ始めておる」

 

全員が頭痛を堪えるような顔になった。

 

凛が即座に言う。

 

「最悪」

 

「うむ!!」

 

イスカンダルは力強く頷いた。

 

「最悪だ!!」

 

全く嬉しくない同意だった。

 

綺礼が深く溜息を吐く。

 

「放っておけば、いずれ全面衝突するな」

 

「間違いない」

 

アンデルセンは止まらない。

 

敵を見つければ斬り込む。

 

しかも相手が“王”なら尚更だ。

 

宗教的狂信と英雄的覇道。

 

最悪の衝突になる。

 

ディルムッドが静かに問う。

 

「他の者達は?」

 

イスカンダルは指を折る。

 

「ウェイバーは呼べば来る」

 

「でしょうね……」

 

凛が遠い目をする。

 

「ブラッドレイも動くであろう」

 

綺礼が眉を寄せた。

 

「アンデルセンと同戦場になるぞ」

 

「だからこそ必要だ」

 

征服王は真顔だった。

 

「あの神父を止められる者が要る」

 

誰も否定出来なかった。

 

実際。

 

アレクサンド・アンデルセンという怪物を真正面から抑え込める人間など、現状ほぼ存在しない。

 

マルグリットでも相打ち級。

埋葬機関総出でも被害は莫大。

 

ブラッドレイだけが、“時間を稼げる”。

 

イスカンダルは更に言う。

 

「雁夜とランスロットも必要になるやもしれん」

 

時臣が静かに目を伏せる。

 

間桐雁夜。

 

そして狂気を超えてなお騎士であり続けた黒騎士ランスロット。

 

今は桜と共に静かに暮らしている。

 

その平穏を壊す事になるかもしれない。

 

だが。

 

もし相手が、“王”なら。

 

ランスロット級戦力は必要だ。

 

凛が小さく呟く。

 

「……また戦争になるの?」

 

イスカンダルは少し黙った。

 

やがて。

 

征服王は静かに答える。

 

「分からぬ」

 

それは、彼らしくない答えだった。

 

いつもなら笑い飛ばす。

 

だが今回は違う。

 

「だがな」

 

イスカンダルは立ち上がる。

 

巨躯が、まるで戦場の将軍のように空気を圧する。

 

「もし本当に“王”が現れたなら」

 

雷鳴。

 

窓が白く染まる。

 

「放ってはおけぬ」

 

その瞬間。

 

遠坂邸に居た全員が理解した。

 

征服王イスカンダルは――

既に、“戦場の目”をしている。

 

イスカンダルは腕を組み、低く唸った。

 

「……アサシン達には伝えるまでもないだろう」

 

その声には、妙な確信があった。

 

「ハサン共は、こういう臭いに異様に敏感だ。

 既に何人か動いておるかもしれん」

 

綺礼が静かに頷く。

 

「有り得るな」

 

ハサン達。

 

百貌。

呪腕。

静謐。

煙酔。

無銘達。

 

第四次聖杯戦争後、生き残った“山の翁の影”は、現在も独自に暗躍している。

 

どこの組織にも属さない。

 

時計塔にも。

教会にも。

国家にも。

 

ただ、“必要なら現れる”。

 

その在り方は、もはや都市伝説に近かった。

 

実際。

 

死徒絡みの事件現場では、時折“既に首だけ切断された上級死徒”が発見される。

 

痕跡無し。

 

侵入経路不明。

 

監視結界突破。

 

そして壁に残る、僅かなアラビア語。

 

―――『山は見ている』

 

時計塔は頭を抱えた。

 

綺礼は昔を思い出すように呟く。

 

「……あの連中は、敵に回すより、居るか居ないか分からん方が恐ろしい」

 

「うむ」

 

イスカンダルは笑った。

 

「あれは戦場の“影”そのものだ」

 

そして。

 

征服王は、少し楽しそうに口元を歪めた。

 

「英雄王……

 あやつに関しては、勝手に来るだろう」

 

その瞬間。

 

全員が嫌そうな顔をした。

 

凛は即座に額を押さえる。

 

「うわぁ……」

 

時臣ですら疲れたように溜息を吐く。

 

「否定出来んのが困る」

 

ディルムッドが静かに言った。

 

「確かに、あの方は“面白そうな戦”を嗅ぎ付ける嗅覚があります」

 

「嗅覚どころじゃないわよアレ……」

 

凛がげんなりした顔になる。

 

ギルガメッシュ。

 

英雄王。

 

受肉後の彼は、表向きは世界経済へ干渉する超巨大資産家として振る舞っている。

 

だが実態は違う。

 

彼は、“世界そのもの”を玩具のように眺めている。

 

古代兵器。

神秘。

死徒。

企業。

国家。

裏社会。

 

全てを俯瞰し、

気まぐれに介入し、

飽きれば去る。

 

最悪なのは。

 

その気まぐれ一つで、国家規模の勢力図が変わる事だった。

 

綺礼が静かに言う。

 

「既に気付いている可能性は高いな」

 

「間違いなく気付いておる」

 

イスカンダルは断言した。

 

「むしろ、余らより先に見ておるやもしれん」

 

沈黙。

 

それは有り得た。

 

ギルガメッシュの“千里眼”。

そして、“王の財”。

 

あの男の情報収集能力は異常だ。

 

世界中の神秘へ、既に手が届いている。

 

時臣が低く呟く。

 

「……もし英雄王まで動けば、時計塔が黙っていない」

 

「黙らせればよい!!」

 

イスカンダルが豪快に笑う。

 

「簡単に言わないでください!!」

 

凛が即座に突っ込んだ。

 

その時。

 

ふと。

 

ディルムッドが窓の外を見る。

 

「……」

 

雨。

 

夜。

 

そして。

 

遠坂邸の結界外。

 

誰か居た。

 

全員の空気が変わる。

 

綺礼の黒鍵。

時臣の魔術回路。

凛の宝石。

 

瞬時に臨戦態勢。

 

だが。

 

次の瞬間。

 

外から、呆れたような声が響いた。

 

「騒がしいな雑種共」

 

全員が顔をしかめた。

 

金色の光。

 

夜の雨の中。

 

街灯の下に立つ、赤い瞳の男。

 

黄金の王。

 

ギルガメッシュ。

 

濡れる事すら煩わしそうに、傲岸不遜な笑みを浮かべていた。

 

そして。

 

「――話は聞かせてもらった」

 

その瞬間。

 

征服王イスカンダルが、獰猛に笑った。

 

「来ると思っておったぞ、英雄王」

 

黄金の王が、悠然と門を越えてくる。

 

雨粒は、彼へ触れる前に弾けて消えていた。

 

まるで世界そのものが、王を濡らす事を拒んでいるかのように。

 

ギルガメッシュ。

 

受肉から数年を経た今も、その存在感は圧倒的だった。

 

赤い瞳。

黄金の髪。

纏うのは現代風の黒いスーツ。

 

だが、その姿はどれほど現代へ溶け込もうと、“王”以外の何物でもない。

 

「この我を抜きにして、随分面白そうな話をしているな?」

 

ギルガメッシュは口元を歪めた。

 

「我にも話せ」

 

凛が即座に頭を抱える。

 

「最悪なのがもう一人来た……」

 

「ほう?」

 

ギルガメッシュの視線が凛へ向く。

 

「随分と口が回るようになったな、遠坂の娘」

 

「誰のせいよ誰の」

 

「当然、我の教育の賜物であろう」

 

「教わった覚え無いわよ!!」

 

イスカンダルが豪快に笑った。

 

「ハハハハハ!!

 相変わらず騒がしいな英雄王!!」

 

「貴様が言うな征服王」

 

ギルガメッシュは鼻で笑い、勝手にソファへ座る。

 

自然過ぎた。

 

まるで自分の屋敷だと言わんばかりに。

 

時臣が静かに額を押さえる。

 

「……何故、誰も招いていない客ばかり来るのだろうな」

 

綺礼が真顔で答えた。

 

「類は友を呼ぶのでは?」

 

「君にだけは言われたくない」

 

珍しく即答だった。

 

ギルガメッシュはワインを勝手に取り、香りを確かめる。

 

「ふむ。

 悪くない」

 

「それ、父さんの秘蔵なんだけど……」

 

「ならば尚更良い」

 

誰も止められない。

 

止めても無駄だと知っている。

 

英雄王は一口飲み――そして、ふっと笑みを消した。

 

その瞬間。

 

空気が変わる。

 

王の気配。

 

圧。

 

視線だけで、部屋の温度が下がる。

 

「――東欧の件であろう?」

 

ディルムッドが静かに目を細めた。

 

「既に掴んでおられましたか」

 

「当然だ」

 

ギルガメッシュは不愉快そうに鼻を鳴らす。

 

「雑種共が随分派手に動いているのでな。

 嫌でも目に付く」

 

イスカンダルが笑う。

 

「で、どう見る?」

 

ギルガメッシュは数秒黙り――

 

やがて、低く言った。

 

「“王”だ」

 

部屋が静まり返る。

 

征服王と同じ結論。

 

それだけで重い。

 

ギルガメッシュは続ける。

 

「しかも、ただの王ではない」

 

赤い瞳が、鋭く細まる。

 

「古い。

 極めて古いぞ、アレは」

 

綺礼が問う。

 

「死徒二十七祖か?」

 

「それとも違う」

 

ギルガメッシュはワインを揺らした。

 

「神代に近い臭いがする」

 

その瞬間。

 

時臣の表情が変わった。

 

神代。

 

それは、現代魔術師にとって“別格”を意味する。

 

現代では再現不可能な、真なる神秘の時代。

 

ギルガメッシュは不快そうに舌打ちした。

 

「まるで地下で腐っていた古代王が、そのまま蘇ったようだ」

 

イスカンダルが低く笑う。

 

「だから血が騒ぐのだろう?」

 

「戯け」

 

だが、ギルガメッシュは否定しなかった。

 

むしろ。

 

その赤い瞳には、確かに愉悦が宿っていた。

 

強敵。

 

未知。

 

古き王。

 

英雄王にとって、それは退屈を壊す刺激だ。

 

凛が嫌そうな顔で言う。

 

「……ねぇ、今すごく嫌な予感したんだけど」

 

「安心せよ遠坂の娘」

 

ギルガメッシュは笑った。

 

「我はまだ本気で暴れる気は無い」

 

「“まだ”って言ったわね今」

 

「聞こえんな」

 

最悪だった。

 

だがその時。

 

ふと。

 

ギルガメッシュの表情が、僅かに変わる。

 

赤い瞳が、遠くを見る。

 

そして。

 

「……ほう」

 

小さく呟いた。

 

イスカンダルが眉を上げる。

 

「どうした?」

 

数秒。

 

英雄王は、ゆっくり笑った。

 

その笑みは、獣のようだった。

 

「来るぞ」

 

空気が凍る。

 

「何がだ」

 

ギルガメッシュは立ち上がる。

 

窓の外。

 

東の空。

 

遥か彼方を見つめながら――

 

静かに告げた。

 

「戦争だ」

 

遠坂邸の結界が、再び静かに揺れた。

 

だが今度は誰も慌てなかった。

 

――いや。

 

正確には、“慌てるより先に察した”。

 

あまりにも静かだったからだ。

 

殺気が無い。

 

威圧も無い。

 

ただ、“そこに居る”。

 

雨の夜。

 

門の向こう。

 

黒い外套を羽織った男が、片手に何かを提げながら歩いてくる。

 

キング・ブラッドレイ。

 

かつて埋葬機関特務。

番外次席。

聖杯戦争では、セイバー

“究極眼”の怪物。

 

そして。

 

その手には――

 

切り落とされた死徒の首。

 

異様だった。

 

最上位死徒特有の禍々しい魔力を放ちながら、なお完全に沈黙している。

 

しかも。

 

ブラッドレイ自身は。

 

無傷。

 

返り血一つ無い。

 

呼吸すら乱れていない。

 

まるで散歩帰りだった。

 

「まったく」

 

ブラッドレイは、少し困ったように溜息を吐いた。

 

「君達の周りは退屈しないな?」

 

そのまま、死徒の首を軽く持ち上げる。

 

「顔を見に来たら、滅多に居ない最上位の死徒と遭遇するのだから」

 

凛が即座に顔を引き攣らせた。

 

「ちょっと待って。

 何でそんなコンビニ帰りみたいなノリで最上位死徒の首持ってるのよ」

 

「偶然だ」

 

「絶対違う」

 

綺礼が静かに目を細める。

 

「……祖級か?」

 

「いや」

 

ブラッドレイは首を横に振った。

 

「祖ではない。

 だが、極めて古い」

 

ギルガメッシュの赤い瞳が細くなる。

 

「ほう」

 

イスカンダルは獰猛に笑った。

 

「で、どうだった?」

 

ブラッドレイは数秒黙り――

 

やがて低く言った。

 

「統率されていた」

 

空気が沈む。

 

また同じ結論。

 

「この死徒も、斥候のような動きをしていた。

 知性が高いだけではない」

 

ブラッドレイは死首を床へ置く。

 

ゴトリ。

 

その瞬間。

 

凛と時臣の結界が自動反応した。

 

死徒の首だけで結界が警戒態勢へ入る。

 

異常な神秘密度。

 

ディルムッドが静かに槍へ手を掛ける。

 

「……何者です」

 

ブラッドレイは静かに答えた。

 

「分からん」

 

珍しかった。

 

彼が断言出来ない。

 

それだけで危険度が理解出来る。

 

「だが」

 

究極眼が細まる。

 

「久しぶりに、“戦場の臭い”がした」

 

その言葉に。

 

イスカンダルが笑う。

 

ギルガメッシュも笑う。

 

まるで猛獣同士だった。

 

「ハハハハハ!!

 やはり貴様も感じたかブラッドレイ!!」

 

「不本意だがな」

 

「良いではないか!!

 血が騒ぐぞ!!」

 

「お前だけだ征服王」

 

だがブラッドレイも、完全には否定しなかった。

 

その時。

 

凛が、ふと眉を顰める。

 

「……ねぇ」

 

全員が彼女を見る。

 

「絶対巻き込まれてるわよね?」

 

沈黙。

 

空気が止まる。

 

綺礼が小さく呟いた。

 

「……嫌な予感がするな」

 

そして。

 

まるで、その言葉を待っていたかのように。

 

遠坂邸の固定電話が鳴った。

 

全員の視線が向く。

 

静寂。

 

時臣が受話器を取る。

 

「――遠坂だ」

 

数秒。

 

彼の表情が変わった。

 

険しく。

 

そして僅かに呆れを含む顔。

 

「……そうか」

 

電話を切る。

 

凛が即座に聞く。

 

「誰?」

 

時臣は深く溜息を吐いた。

 

「埋葬機関だ」

 

嫌な予感しかしない。

 

綺礼が静かに問う。

 

「内容は?」

 

時臣は数秒沈黙し――

 

やがて言った。

 

「アレクサンド・アンデルセンが、東欧へ単独突入したそうだ」

 

全員が頭を抱えた。

 

ブラッドレイだけが、静かに目を閉じた。

 

「……やはり始まったか」

 

そして。

 

彼はゆっくり剣へ手を掛けた。

 

その動作だけで、部屋の空気が戦場へ変わる。

 

「急いだ方が良い」

 

究極眼の男は、低く呟く。

 

「間に合わねば、本当に戦争になる」

 

 

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