第四次聖杯戦争を生き延びた者達だけが持つ、奇妙な絆だった。
ブラッドレイは腕を組んだ。
「さて、気は進まないが」
そう言いながらも、その声には覚悟があった。
「切嗣にアイリスフィール、それとランスロットに雁夜達にも声を掛けるか」
時臣が静かに頷く。
「妥当だな」
「気は進まんが」
「二回言ったな」
綺礼が即座に突っ込む。
ブラッドレイは珍しく少し渋い顔になる。
「切嗣は会うたびに“また厄介事か”という顔をするのでな」
「実際そうでしょう」
凛が冷静に言った。
誰も否定出来なかった。
イスカンダルは豪快に笑う。
「ハハハハ!!
あの魔術師殺しの顔は実に面白いぞ!!」
「征服王。
貴方が原因の半分です」
ディルムッドが疲れた声で言う。
一方。
シエルは少し考え込む。
「……アイリスフィールさんが来るなら助かりますね」
凛が首を傾げた。
「そんなに凄いの?」
「凄いです」
即答だった。
「本人が戦闘向きじゃないだけで、魔力量は今でも規格外です」
時臣も静かに頷く。
アインツベルンの最高傑作。
奇跡の人形。
完全受肉後の今では、むしろ生前より安定している。
戦闘能力そのものは高くない。
だが。
大規模結界。
支援魔術。
治療。
霊的防護。
後方支援なら一級品だった。
ブラッドレイが続ける。
「そして、ランスロットだ」
その名で、ディルムッドの表情が僅かに変わる。
騎士王伝説最大の騎士。
かつての狂戦士。
だが今は違う。
「……来るでしょうか」
ディルムッドが静かに問う。
ブラッドレイは少し考えた。
「来るまい」
全員が驚く。
「え?」
凛が聞き返す。
ブラッドレイは淡々と答えた。
「私が頼んでも来ない」
「なら何故呼ぶのです?」
「だが」
そこでブラッドレイは僅かに笑った。
「桜が“行ってらっしゃい”と言えば来る」
その瞬間。
全員が納得した。
「ああ……」
完全に理解した。
現在のランスロットは、桜に非常に弱い。
というより甘い。
異常なほど。
マルグリットが楽しそうに笑う。
「ふふっ♪
この前なんて、桜ちゃんがお弁当作っただけで泣いてましたよぉ♪」
「泣いてたな」
ブラッドレイも真顔で頷く。
「泣いてましたね」
シエルも頷く。
「泣いてたのか……」
綺礼が少し驚く。
あの狂戦士が。
円卓最強格の騎士が。
お弁当で。
泣いた。
イスカンダルは腹を抱えて笑った。
「ハハハハハハハ!!
良いではないか!!」
「笑い事じゃないと思うんだけど」
凛が呆れる。
だが。
その時だった。
ブラッドレイの表情が、ふと真面目になる。
「……雁夜達には、選ばせる」
空気が静まる。
「今回は、第四次聖杯戦争の延長ではない」
誰も口を挟まない。
「雁夜は戦士ではない。
桜の家族だ」
静かな声だった。
「ランスロットも同じだ」
ブラッドレイは窓の外を見る。
雨はまだ降っている。
「彼らは既に戦い抜いた」
その言葉には重みがあった。
生き残った者だけが知る重み。
「だから強制はしない」
イスカンダルも珍しく真面目な顔で頷く。
「うむ」
征服王は静かに言った。
「王は命じる事が出来る」
そして続ける。
「だが、友には選ばせねばならん」
部屋が静まる。
かつての敵。
かつての戦友。
そして今は、それぞれの人生を歩む者達。
再び集まるのか。
それとも平穏を守るのか。
答えは、まだ誰にも分からなかった。
ブラッドレイは、今更のように首を傾げた。
「ん?」
そしてシエルを見る。
「待て待て、シエル」
究極眼の男は少し怪訝そうな顔になった。
「面識があったのか?」
その瞬間。
シエルの動きが止まった。
マルグリットは、隣で「あっ」という顔をする。
凛は即座に察した。
「あ、なんかある」
「絶対ありますね」
ディルムッドも頷く。
シエルは小さく咳払いした。
「……あります」
「ほう」
ブラッドレイの片眉が上がる。
埋葬機関時代からの付き合いだが、これは初耳だった。
綺礼も興味深そうに見る。
「どの程度だ?」
シエルは少し考えた。
そして。
「数年前に一度、桜さんの誕生日へ呼ばれました」
沈黙。
遠坂邸の空気が固まる。
ブラッドレイが数秒停止する。
「……何故?」
「私も同じ事を思いました」
シエルは即答した。
マルグリットが楽しそうに笑う。
「ふふふ♪
桜ちゃんが誘ったんですよぉ♪」
「桜が?」
今度は時臣が驚く。
「はい〜♪」
マルグリットは笑顔のまま続けた。
「ランスロットさんが埋葬機関に用事で来た時がありましてぇ」
「その時に偶然会ったんです〜♪」
シエルが少し遠い目をした。
「あれが全ての始まりでした」
嫌な予感しかしない。
凛が聞く。
「何があったの?」
シエルは静かに答えた。
「桜さんが」
間。
「『シエルさんも家族みたいなものだから来てください』と」
部屋が静かになった。
ブラッドレイは額を押さえる。
理解した。
完全に理解した。
「……断れなかったのか」
「無理です」
即答だった。
シエルは本気で即答した。
「無理でした」
「無理だったか」
「無理でした」
二回言った。
どうやら相当だったらしい。
イスカンダルが豪快に笑う。
「ハハハハハ!!
想像出来るぞ!!」
綺礼も少し口元を緩める。
「確かにな」
桜のお願い。
しかも善意百パーセント。
断る方が難しい。
シエルは諦めたように続けた。
「それで行ったら……」
嫌な予感しかしない。
「雁夜さんが料理を作っていて」
「うむ」
「ランスロットさんが庭の手入れをしていて」
「うむ」
「桜さんがお茶を淹れていて」
「うむ」
「気付いたら夕食まで食べていました」
沈黙。
完全に家だった。
時臣が遠い目になる。
「……あの間桐雁夜が」
「凄く普通のお父さんでした」
シエルは断言した。
凛も少し笑う。
それは想像出来た。
戦いから離れた今の雁夜なら。
きっとそうなる。
ブラッドレイが腕を組む。
「なるほど」
ようやく納得した。
「だからランスロットの近況を知っていたのか」
「ええ」
シエルは頷く。
「それ以降も何度か」
「何度か」
「何度か」
ブラッドレイは完全に呆れた。
埋葬機関最強格の代行者。
第七聖典の使い手。
死徒達から恐れられる怪物。
それが。
普通に桜達の家へ遊びに行っている。
マルグリットが楽しそうに笑う。
「今では、桜ちゃんから『シエルお姉ちゃん』って呼ばれてますよぉ♪」
シエルは顔を逸らした。
否定しなかった。
つまり事実だった。
その瞬間。
凛が吹き出した。
綺礼も肩を震わせる。
イスカンダルは大爆笑。
ギルガメッシュですら鼻で笑った。
ブラッドレイだけが、静かに呟く。
「……世の中、本当に分からんな」
死徒二十七祖。
埋葬機関。
真祖。
聖杯戦争。
そんなものよりも。
桜という少女が築いた縁の方が、よほど不可解だった。
ブラッドレイは腕を組み、しばらく本気で考え込んだ。
そして。
「世界が狭いのか、あの娘が大物なのか分からんな」
静かにそう呟いた。
その瞬間。
部屋の何人かが思わず笑った。
特にシエルは小さく吹き出している。
「後者だと思います」
即答だった。
ブラッドレイが眉を上げる。
「ほう?」
シエルは少し懐かしそうな顔になる。
「桜さんって、不思議なんですよ」
窓の外を見ながら続ける。
「誰かを肩書きで見ないんです」
埋葬機関。
代行者。
死徒狩り。
そんなものを一切気にしない。
「シエルさんはシエルさん。
ランスロットさんはランスロットさん。
雁夜さんは雁夜さん」
シエルは小さく笑った。
「だから気付いたら懐へ入られてるんです」
マルグリットが何度も頷く。
「そうなんですよぉ♪」
「私なんて初対面で『マルグリットお姉ちゃん』でしたからね」
「お前もか」
ブラッドレイが思わず言う。
「私もです〜♪」
「お前もか」
今度は二回目だった。
凛がクスクス笑う。
「なんか想像できる」
時臣も静かに頷いた。
遠坂桜。
自分が手放した娘。
だが今は、間違いなく幸せに生きている。
その事実は、時臣にとって何よりも重かった。
イスカンダルが豪快に笑う。
「ハハハハハ!!
王の器というのは案外そういうものかもしれんぞ!!」
「征服王、それは少し違うと思います」
ディルムッドが苦笑する。
だが。
ギルガメッシュは珍しく否定しなかった。
赤い瞳を細めながらワインを傾ける。
「……いや」
全員が彼を見る。
英雄王は静かに言った。
「征服王の言葉も間違いではない」
凛が驚く。
「アンタが同意するの?」
「雑種」
ギルガメッシュは鼻で笑った。
「王とは何だと思う」
誰も答えない。
だから彼は続けた。
「力か?」
違う。
「知恵か?」
違う。
「財か?」
それも違う。
そして。
英雄王は静かに言った。
「人を惹き付ける事だ」
部屋が静まる。
「民が集まる。
英雄が集まる。
怪物が集まる」
ギルガメッシュはワインを飲む。
「それが王だ」
イスカンダルが楽しそうに笑う。
「ほう?」
「だから、あの娘は王ではない」
凛が首を傾げる。
「違うの?」
「違う」
英雄王は即答した。
そして。
珍しく穏やかに続けた。
「王より厄介だ」
その瞬間。
全員が吹き出した。
「それ褒めてるの?」
凛が聞く。
「褒めておらん」
「絶対褒めてるじゃない」
ブラッドレイも小さく笑った。
本当に珍しい事だった。
死徒二十七祖。
埋葬機関。
時計塔。
真祖。
英雄王。
征服王。
そんな怪物達の話をしているはずなのに。
気付けば話題の中心は、一人の少女になっている。
ブラッドレイは静かに窓の外を見る。
雨はまだ降っている。
遠くでは、新たな戦いの気配が近付いている。
世界は再び動き始めている。
だが。
その中で。
雁夜とランスロットと共に笑う桜の姿を思い浮かべると――
不思議と口元が緩んだ。
「……まあ」
究極眼の男は、穏やかに呟く。
「少なくとも、あの娘は我々より余程まともだな」
それには、誰一人反論出来なかった。