冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第95話

第四次聖杯戦争を生き延びた者達だけが持つ、奇妙な絆だった。

 

ブラッドレイは腕を組んだ。

 

「さて、気は進まないが」

 

そう言いながらも、その声には覚悟があった。

 

「切嗣にアイリスフィール、それとランスロットに雁夜達にも声を掛けるか」

 

時臣が静かに頷く。

 

「妥当だな」

 

「気は進まんが」

 

「二回言ったな」

 

綺礼が即座に突っ込む。

 

ブラッドレイは珍しく少し渋い顔になる。

 

「切嗣は会うたびに“また厄介事か”という顔をするのでな」

 

「実際そうでしょう」

 

凛が冷静に言った。

 

誰も否定出来なかった。

 

イスカンダルは豪快に笑う。

 

「ハハハハ!!

 あの魔術師殺しの顔は実に面白いぞ!!」

 

「征服王。

 貴方が原因の半分です」

 

ディルムッドが疲れた声で言う。

 

一方。

 

シエルは少し考え込む。

 

「……アイリスフィールさんが来るなら助かりますね」

 

凛が首を傾げた。

 

「そんなに凄いの?」

 

「凄いです」

 

即答だった。

 

「本人が戦闘向きじゃないだけで、魔力量は今でも規格外です」

 

時臣も静かに頷く。

 

アインツベルンの最高傑作。

 

奇跡の人形。

 

完全受肉後の今では、むしろ生前より安定している。

 

戦闘能力そのものは高くない。

 

だが。

 

大規模結界。

支援魔術。

治療。

霊的防護。

 

後方支援なら一級品だった。

 

ブラッドレイが続ける。

 

「そして、ランスロットだ」

 

その名で、ディルムッドの表情が僅かに変わる。

 

騎士王伝説最大の騎士。

 

かつての狂戦士。

 

だが今は違う。

 

「……来るでしょうか」

 

ディルムッドが静かに問う。

 

ブラッドレイは少し考えた。

 

「来るまい」

 

全員が驚く。

 

「え?」

 

凛が聞き返す。

 

ブラッドレイは淡々と答えた。

 

「私が頼んでも来ない」

 

「なら何故呼ぶのです?」

 

「だが」

 

そこでブラッドレイは僅かに笑った。

 

「桜が“行ってらっしゃい”と言えば来る」

 

その瞬間。

 

全員が納得した。

 

「ああ……」

 

完全に理解した。

 

現在のランスロットは、桜に非常に弱い。

 

というより甘い。

 

異常なほど。

 

マルグリットが楽しそうに笑う。

 

「ふふっ♪

 この前なんて、桜ちゃんがお弁当作っただけで泣いてましたよぉ♪」

 

「泣いてたな」

 

ブラッドレイも真顔で頷く。

 

「泣いてましたね」

 

シエルも頷く。

 

「泣いてたのか……」

 

綺礼が少し驚く。

 

あの狂戦士が。

 

円卓最強格の騎士が。

 

お弁当で。

 

泣いた。

 

イスカンダルは腹を抱えて笑った。

 

「ハハハハハハハ!!

 良いではないか!!」

 

「笑い事じゃないと思うんだけど」

 

凛が呆れる。

 

だが。

 

その時だった。

 

ブラッドレイの表情が、ふと真面目になる。

 

「……雁夜達には、選ばせる」

 

空気が静まる。

 

「今回は、第四次聖杯戦争の延長ではない」

 

誰も口を挟まない。

 

「雁夜は戦士ではない。

 桜の家族だ」

 

静かな声だった。

 

「ランスロットも同じだ」

 

ブラッドレイは窓の外を見る。

 

雨はまだ降っている。

 

「彼らは既に戦い抜いた」

 

その言葉には重みがあった。

 

生き残った者だけが知る重み。

 

「だから強制はしない」

 

イスカンダルも珍しく真面目な顔で頷く。

 

「うむ」

 

征服王は静かに言った。

 

「王は命じる事が出来る」

 

そして続ける。

 

「だが、友には選ばせねばならん」

 

部屋が静まる。

 

かつての敵。

 

かつての戦友。

 

そして今は、それぞれの人生を歩む者達。

 

再び集まるのか。

 

それとも平穏を守るのか。

 

答えは、まだ誰にも分からなかった。

 

ブラッドレイは、今更のように首を傾げた。

 

「ん?」

 

そしてシエルを見る。

 

「待て待て、シエル」

 

究極眼の男は少し怪訝そうな顔になった。

 

「面識があったのか?」

 

その瞬間。

 

シエルの動きが止まった。

 

マルグリットは、隣で「あっ」という顔をする。

 

凛は即座に察した。

 

「あ、なんかある」

 

「絶対ありますね」

 

ディルムッドも頷く。

 

シエルは小さく咳払いした。

 

「……あります」

 

「ほう」

 

ブラッドレイの片眉が上がる。

 

埋葬機関時代からの付き合いだが、これは初耳だった。

 

綺礼も興味深そうに見る。

 

「どの程度だ?」

 

シエルは少し考えた。

 

そして。

 

「数年前に一度、桜さんの誕生日へ呼ばれました」

 

沈黙。

 

遠坂邸の空気が固まる。

 

ブラッドレイが数秒停止する。

 

「……何故?」

 

「私も同じ事を思いました」

 

シエルは即答した。

 

マルグリットが楽しそうに笑う。

 

「ふふふ♪

 桜ちゃんが誘ったんですよぉ♪」

 

「桜が?」

 

今度は時臣が驚く。

 

「はい〜♪」

 

マルグリットは笑顔のまま続けた。

 

「ランスロットさんが埋葬機関に用事で来た時がありましてぇ」

 

「その時に偶然会ったんです〜♪」

 

シエルが少し遠い目をした。

 

「あれが全ての始まりでした」

 

嫌な予感しかしない。

 

凛が聞く。

 

「何があったの?」

 

シエルは静かに答えた。

 

「桜さんが」

 

間。

 

「『シエルさんも家族みたいなものだから来てください』と」

 

部屋が静かになった。

 

ブラッドレイは額を押さえる。

 

理解した。

 

完全に理解した。

 

「……断れなかったのか」

 

「無理です」

 

即答だった。

 

シエルは本気で即答した。

 

「無理でした」

 

「無理だったか」

 

「無理でした」

 

二回言った。

 

どうやら相当だったらしい。

 

イスカンダルが豪快に笑う。

 

「ハハハハハ!!

 想像出来るぞ!!」

 

綺礼も少し口元を緩める。

 

「確かにな」

 

桜のお願い。

 

しかも善意百パーセント。

 

断る方が難しい。

 

シエルは諦めたように続けた。

 

「それで行ったら……」

 

嫌な予感しかしない。

 

「雁夜さんが料理を作っていて」

 

「うむ」

 

「ランスロットさんが庭の手入れをしていて」

 

「うむ」

 

「桜さんがお茶を淹れていて」

 

「うむ」

 

「気付いたら夕食まで食べていました」

 

沈黙。

 

完全に家だった。

 

時臣が遠い目になる。

 

「……あの間桐雁夜が」

 

「凄く普通のお父さんでした」

 

シエルは断言した。

 

凛も少し笑う。

 

それは想像出来た。

 

戦いから離れた今の雁夜なら。

 

きっとそうなる。

 

ブラッドレイが腕を組む。

 

「なるほど」

 

ようやく納得した。

 

「だからランスロットの近況を知っていたのか」

 

「ええ」

 

シエルは頷く。

 

「それ以降も何度か」

 

「何度か」

 

「何度か」

 

ブラッドレイは完全に呆れた。

 

埋葬機関最強格の代行者。

 

第七聖典の使い手。

 

死徒達から恐れられる怪物。

 

それが。

 

普通に桜達の家へ遊びに行っている。

 

マルグリットが楽しそうに笑う。

 

「今では、桜ちゃんから『シエルお姉ちゃん』って呼ばれてますよぉ♪」

 

シエルは顔を逸らした。

 

否定しなかった。

 

つまり事実だった。

 

その瞬間。

 

凛が吹き出した。

 

綺礼も肩を震わせる。

 

イスカンダルは大爆笑。

 

ギルガメッシュですら鼻で笑った。

 

ブラッドレイだけが、静かに呟く。

 

「……世の中、本当に分からんな」

 

死徒二十七祖。

 

埋葬機関。

 

真祖。

 

聖杯戦争。

 

そんなものよりも。

 

桜という少女が築いた縁の方が、よほど不可解だった。

 

ブラッドレイは腕を組み、しばらく本気で考え込んだ。

 

そして。

 

「世界が狭いのか、あの娘が大物なのか分からんな」

 

静かにそう呟いた。

 

その瞬間。

 

部屋の何人かが思わず笑った。

 

特にシエルは小さく吹き出している。

 

「後者だと思います」

 

即答だった。

 

ブラッドレイが眉を上げる。

 

「ほう?」

 

シエルは少し懐かしそうな顔になる。

 

「桜さんって、不思議なんですよ」

 

窓の外を見ながら続ける。

 

「誰かを肩書きで見ないんです」

 

埋葬機関。

 

代行者。

 

死徒狩り。

 

そんなものを一切気にしない。

 

「シエルさんはシエルさん。

 ランスロットさんはランスロットさん。

 雁夜さんは雁夜さん」

 

シエルは小さく笑った。

 

「だから気付いたら懐へ入られてるんです」

 

マルグリットが何度も頷く。

 

「そうなんですよぉ♪」

 

「私なんて初対面で『マルグリットお姉ちゃん』でしたからね」

 

「お前もか」

 

ブラッドレイが思わず言う。

 

「私もです〜♪」

 

「お前もか」

 

今度は二回目だった。

 

凛がクスクス笑う。

 

「なんか想像できる」

 

時臣も静かに頷いた。

 

遠坂桜。

 

自分が手放した娘。

 

だが今は、間違いなく幸せに生きている。

 

その事実は、時臣にとって何よりも重かった。

 

イスカンダルが豪快に笑う。

 

「ハハハハハ!!

 王の器というのは案外そういうものかもしれんぞ!!」

 

「征服王、それは少し違うと思います」

 

ディルムッドが苦笑する。

 

だが。

 

ギルガメッシュは珍しく否定しなかった。

 

赤い瞳を細めながらワインを傾ける。

 

「……いや」

 

全員が彼を見る。

 

英雄王は静かに言った。

 

「征服王の言葉も間違いではない」

 

凛が驚く。

 

「アンタが同意するの?」

 

「雑種」

 

ギルガメッシュは鼻で笑った。

 

「王とは何だと思う」

 

誰も答えない。

 

だから彼は続けた。

 

「力か?」

 

違う。

 

「知恵か?」

 

違う。

 

「財か?」

 

それも違う。

 

そして。

 

英雄王は静かに言った。

 

「人を惹き付ける事だ」

 

部屋が静まる。

 

「民が集まる。

 英雄が集まる。

 怪物が集まる」

 

ギルガメッシュはワインを飲む。

 

「それが王だ」

 

イスカンダルが楽しそうに笑う。

 

「ほう?」

 

「だから、あの娘は王ではない」

 

凛が首を傾げる。

 

「違うの?」

 

「違う」

 

英雄王は即答した。

 

そして。

 

珍しく穏やかに続けた。

 

「王より厄介だ」

 

その瞬間。

 

全員が吹き出した。

 

「それ褒めてるの?」

 

凛が聞く。

 

「褒めておらん」

 

「絶対褒めてるじゃない」

 

ブラッドレイも小さく笑った。

 

本当に珍しい事だった。

 

死徒二十七祖。

 

埋葬機関。

 

時計塔。

 

真祖。

 

英雄王。

 

征服王。

 

そんな怪物達の話をしているはずなのに。

 

気付けば話題の中心は、一人の少女になっている。

 

ブラッドレイは静かに窓の外を見る。

 

雨はまだ降っている。

 

遠くでは、新たな戦いの気配が近付いている。

 

世界は再び動き始めている。

 

だが。

 

その中で。

 

雁夜とランスロットと共に笑う桜の姿を思い浮かべると――

 

不思議と口元が緩んだ。

 

「……まあ」

 

究極眼の男は、穏やかに呟く。

 

「少なくとも、あの娘は我々より余程まともだな」

 

それには、誰一人反論出来なかった。

 

 

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