シエルは携帯端末を操作しながら、小さく頷いた。
「送信しました」
内容は簡潔だった。
『北欧方面で大規模な死徒案件発生の可能性あり。ブラッドレイさん達も集結中。無理にとは言いませんが、協力をお願いしたいです。』
実に真面目な文章である。
ブラッドレイが腕を組む。
「さて」
一同も自然と視線を向ける。
「返事は来たかね?」
シエルは画面を見る。
まだ既読は付いていない。
「まだですね」
「そうか」
ブラッドレイが珈琲を飲む。
凛が苦笑する。
「今の時間なら夕飯かもしれないわね」
「あり得るな」
時臣も頷く。
雁夜達の家は意外と規則正しい。
夕食の時間に携帯を放置していても不思議ではない。
その時。
ピコン。
通知音。
全員が反応した。
シエルも画面を見る。
そして。
数秒。
固まった。
「……?」
凛が首を傾げる。
「どうしたの?」
シエルは画面を見たまま答える。
「返信です」
「早かったな」
ブラッドレイが言う。
「それで?」
シエルは静かに読み上げた。
『こんばんは、シエルお姉ちゃん』
その瞬間。
凛が吹き出した。
綺礼も肩を震わせる。
ブラッドレイは天井を見上げた。
まだ慣れないらしい。
シエルは咳払いして続きを読む。
『お久しぶりです。皆さんお元気でしたか?』
『雁夜おじさんもランスロットさんも元気ですよ』
『今は晩ご飯を食べていました』
「予想通りだな」
切嗣が呟く。
完全に夕食中だった。
シエルは続きを開く。
すると。
少しだけ表情が変わった。
「……早いですね」
「何がだ?」
ブラッドレイが聞く。
シエルは画面を見せた。
そこには。
『行きます』
たった一言。
全員が固まる。
「早いな!?」
凛が思わず叫ぶ。
まだ説明すら終わっていない。
すると続きが届く。
『ランスロットさんが既に準備を始めています』
さらに。
『雁夜おじさんは頭を抱えています』
部屋の全員が納得した。
光景が容易に想像出来る。
その直後。
また通知。
『ちなみに、今ランスロットさんが』
シエルは読む。
そして。
静かに目を閉じた。
「何だ?」
ブラッドレイが聞く。
シエルは疲れた顔で答えた。
『皆に会えるのか?』
『ブラッドレイ殿も居るのか?』
『征服王も?』
『シエル殿も?』
『なら早く準備しなければ』
沈黙。
イスカンダルが豪快に笑った。
「ハハハハハ!!」
アイリスフィールも微笑む。
「楽しみにしているんですね」
「そうみたいですね」
シエルも少し笑った。
そして。
最後の通知が届く。
シエルが確認し――
完全に固まる。
「……どうしました?」
ディルムッドが聞く。
シエルはゆっくり読み上げた。
『あと、桜も行くそうです』
全員。
「ああ」
予想通りだった。
だが。
まだ続きがあった。
『皆さんにお弁当を作るそうです』
居間が静まり返る。
数秒後。
イスカンダルが立ち上がった。
「出発はいつだ!?」
切嗣まで少し真剣な顔になる。
ギルガメッシュは鼻で笑う。
綺礼は苦笑する。
ブラッドレイは深く溜息を吐いた。
「……まったく」
だが。
その口元は僅かに緩んでいた。
「本当に退屈しないな、あの娘は」
ブラッドレイは、イスカンダルの妙に真剣な表情を見ながら珈琲を口にした。
「ランスロット達と合流してからだな」
即答だった。
「流石に先に出発はせん」
イスカンダルは腕を組む。
「うむ」
そして真顔で頷いた。
「確かに桜の弁当を置いて行く訳にはいかんな」
「そこなのか……」
切嗣が呆れたように呟く。
だが否定はしなかった。
アイリスフィールも小さく笑う。
「きっと沢山作るのでしょうね」
「間違いなく」
シエルが断言した。
何故なら知っている。
桜はそういう少女だ。
自分一人分ではなく。
皆の分を作る。
しかも本気で。
ブラッドレイは腕を組む。
「しかし」
究極眼の男は静かに考える。
「これで主要な面子は揃うな」
時計塔。
ケイネス。
ウェイバー。
聖堂教会。
綺礼。
シエル。
マルグリット。
第四次聖杯戦争の生存者達。
切嗣。
アイリスフィール。
イリヤ。
時臣。
凛。
ディルムッド。
イスカンダル。
ギルガメッシュ。
そして。
雁夜。
桜。
ランスロット。
普通なら有り得ない陣容だった。
綺礼がワインを揺らす時臣を見ながら言う。
「第四次聖杯戦争の同窓会だな」
「同窓会で済む規模ではないと思うがね」
時臣が苦笑する。
すると凛が呆れた顔になる。
「普通の同窓会は死徒討伐に行かないのよ」
「そうなのか?」
イスカンダルが聞く。
「そうよ」
「勉強になった」
「何の勉強よ」
そんなやり取りに小さな笑いが起きる。
だが。
ブラッドレイはふと窓の外へ目を向けた。
雨はいつの間にか止み始めていた。
夜空の雲が少しずつ流れていく。
静かだった。
あまりにも静かだ。
だからこそ。
彼は分かる。
この静寂は長く続かない。
北欧では何かが動いている。
祖級。
あるいはそれ以上。
シエルがここまで警戒する以上、生半可な事態ではない。
そして。
もしアルクェイドが本当に動くなら。
事態は時計塔や埋葬機関だけでは収まらない。
「……」
ブラッドレイは無意識に左目へ触れる。
究極眼。
数え切れない戦場を見てきた眼。
その眼が告げていた。
――これは大きな戦いになる。
その時だった。
ピコン。
再びシエルの携帯が鳴る。
「また桜さんです」
「今度は何だ?」
ブラッドレイが聞く。
シエルは画面を見て――
少しだけ笑った。
「写真ですね」
「写真?」
凛が覗き込む。
そして。
全員が見る。
そこに写っていたのは。
台所。
エプロン姿の桜。
大量の食材。
その横で野菜を運ぶ雁夜。
さらに後ろでは。
真剣な顔でジャガイモの皮を剥いているランスロット。
写真の下には一言。
『準備中です』
居間が静まり返る。
そして。
ブラッドレイは小さく笑った。
「そうか」
戦いの準備。
遠征の準備。
あるいは。
友人達を迎える準備。
どちらなのかは分からない。
だが。
その光景を見ていると。
不思議と肩の力が抜けた。
「なら」
彼は静かに立ち上がる。
「我々も準備を始めるとしよう」
北欧で待つ脅威。
真祖の姫。
死徒達。
時計塔。
埋葬機関。
様々な思惑が渦巻いている。
それでも今は。
まず戦友達との再会が先だった。
ブラッドレイは立ち上がりかけた姿勢のまま、ふと真顔になった。
そして。
「それに」
静かに続ける。
「多少出発が遅れたところで問題ないだろう」
全員が彼を見る。
究極眼の男は珈琲を置いた。
「何せ」
一拍置く。
「あのアンデルセンが暴れているんだ」
沈黙。
次の瞬間。
シエルが吹き出した。
マルグリットは肩を震わせる。
綺礼は顔を背けた。
凛も笑いを堪えている。
「……否定できない」
切嗣が呟く。
時臣も静かに頷いた。
「確かにな」
イスカンダルは豪快に笑う。
「ハハハハハハ!!
それは安心だな!!」
「安心して良いのだろうか……」
ディルムッドが珍しく困惑する。
だが。
全員の頭に同じ光景が浮かんでいた。
北欧のどこか。
死徒達の拠点。
祖級存在の暗躍。
緊迫した空気。
そこへ。
黒衣の神父が乱入する。
「AMEN!!」
大量の祝福済み銃剣。
絶叫。
爆発。
死徒の悲鳴。
そして。
「ハリー!!!ハリー!!!!
化け物共ォォォォ!!」
大惨事である。
シエルは額を押さえた。
「……本当にありそうだから困るんです」
埋葬機関の人間だからこそ分かる。
アレは冗談ではない。
ブラッドレイは腕を組む。
「仮に敵が祖級だとしても」
「うむ」
「アンデルセンなら突撃する」
「するな」
綺礼が即答した。
「確実にする」
シエルも断言する。
マルグリットも頷く。
「止められませんねぇ♪」
「止まらん」
ブラッドレイも言う。
全員一致だった。
切嗣が小さく息を吐く。
「敵からすると災難だな」
「本当に」
シエルは遠い目になる。
「死徒側からすると、突然天災が降ってくるようなものです」
ギルガメッシュが鼻で笑う。
「フン」
英雄王はワインを揺らした。
「あの狂信者の性格は気に入らぬが」
赤い瞳が細まる。
「敵対者としては最悪の部類だな」
珍しく高い評価だった。
その時。
イリヤが不思議そうに首を傾げる。
「アンデルセンさんって強いの?」
部屋が静まる。
誰が答えるか。
数秒後。
ブラッドレイが答えた。
「強い」
即答だった。
「私が保証しよう」
それだけで十分だった。
キング・ブラッドレイ。
死徒二十七祖を討伐した男。
埋葬機関の怪物。
その男が一切迷わずそう言う。
イリヤは少し驚く。
「ブラッドレイおじさんより?」
またおじさんだった。
ブラッドレイの眉が僅かに動く。
だが今回は流した。
「単純な強弱では測れん」
静かな声。
「だが」
そして。
かつて何度も剣を交えた宿敵を思い出す。
地下聖堂。
銃剣の嵐。
狂気の笑み。
人間とは思えない執念。
「敵に回したくない男だ」
その言葉には重みがあった。
シエルも。
マルグリットも。
綺礼も。
誰も反論しない。
だから。
ブラッドレイは小さく笑った。
「故に安心だ」
「何も安心できません」
シエルが即座に返す。
「今頃アンデルセンがいるせいで、現地指揮官達は頭を抱えてますよ」
「だろうな」
「間違いなく」
「だろうな」
二人は同時に頷いた。
そして居間には、再び笑い声が広がる。
北欧では恐らく大騒ぎになっている。
だが。
それならそれで良い。
あのアレクサンド・アンデルセン神父が暴れているなら。
少なくとも。
死徒達だけは、彼ら以上に酷い目に遭っているはずだった。
ブラッドレイは珈琲を飲みながら、しみじみと呟いた。
「……想像すると、相手が死徒でも可哀想だな」
数秒の沈黙。
そして。
「それは本当にそうです」
シエルが即答した。
迷いが一切なかった。
「えぇ……」
凛が苦笑する。
「そこまで?」
「そこまでです」
シエルは断言した。
マルグリットも何度も頷く。
「祖でも嫌でしょうねぇ♪」
「嫌だろうな」
ブラッドレイも同意する。
切嗣が少し興味深そうに聞く。
「そんなにか?」
すると。
埋葬機関側の三人。
シエル。
マルグリット。
ブラッドレイ。
全員が同時に頷いた。
それだけで十分だった。
綺礼がワインを置く。
「想像してみろ」
全員が彼を見る。
「仮にお前達が死徒だとする」
凛が嫌そうな顔をする。
「嫌な例えね」
「そして」
綺礼は続けた。
「何十年も掛けて計画を立てる」
時臣が頷く。
祖級なら普通だ。
百年単位も珍しくない。
「秘密結社を作る」
「うむ」
「拠点を築く」
「うむ」
「眷属を増やす」
「うむ」
「完璧な計画を完成させる」
「うむ」
そして。
綺礼は静かに言った。
「そこへアンデルセンが来る」
沈黙。
全員の脳裏に浮かぶ。
数十年の計画。
数百人の配下。
巨大な地下神殿。
祖の玉座。
荘厳な雰囲気。
そして。
扉を破壊し突入する。
「AMEN!!!」
と叫びながら、虐殺を開始する。
全て台無しである。
イスカンダルが吹き出した。
「ハハハハハ!!」
シエルは遠い目になる。
「しかも大体そうなんです」
「本当にそうなのか」
ディルムッドが驚く。
「もっと酷い時もあります」
シエルは即答した。
「ありますねぇ♪」
マルグリットも笑う。
ブラッドレイが静かに補足した。
「一度、祖の眷属が千人規模で集まっていた事があった」
全員が聞き入る。
「ほう」
イスカンダルも興味深そうだ。
「潜入作戦だった」
ブラッドレイは続ける。
「本来なら情報収集後、戦力を集めて殲滅する予定だった」
極めて真っ当な作戦。
しかし。
「アンデルセンが居た」
沈黙。
嫌な予感しかしない。
「案の定、待てなかった」
「ああ……」
凛が顔を覆う。
「そして単独突入した」
「うむ」
「結果」
ブラッドレイは真顔で言った。
「祖は死んだ」
「え?」
凛が固まる。
「眷属も死んだ」
「え?」
「拠点も半壊した」
「え?」
「アンデルセンは軽傷だった」
完全に沈黙した。
イリヤだけが無邪気に聞く。
「軽傷?」
「四肢がちぎれかけていただけだ」
「それ軽傷じゃないと思う」
凛が即座に言う。
正論だった。
切嗣が額を押さえる。
「敵からすると悪夢だな」
「悪夢です」
シエルが断言する。
「死徒側からすると、埋葬機関が来るより嫌です」
「そこまでか」
「そこまでです」
即答。
ブラッドレイは少し考える。
そして。
真面目な顔で言った。
「私なら埋葬機関と戦う」
「うむ」
「だがアンデルセンは嫌だ」
「分かります」
シエルが頷く。
マルグリットも頷く。
綺礼も頷く。
埋葬機関と、協会関係者が全員頷いた。
ギルガメッシュですら鼻で笑う。
「狂信者とは厄介なものだ」
そして。
ブラッドレイは窓の外を見ながら、小さく呟いた。
「……だから多少出発が遅れても問題ない」
「まだ言いますか」
シエルが呆れる。
だが。
全員少しだけ思っていた。
今頃。
北欧のどこかで。
死徒達の方が。
自分達より遥かに酷い目に遭っているだろう、と。
ブラッドレイは腕を組んだまま、ふと真顔になった。
「むしろ――」
その声で、部屋の空気が少し変わる。
「あのアンデルセンが暴れて、まだ殲滅出来ていない事の方が異常だ」
笑い声が止まる。
埋葬機関の面々も表情を引き締めた。
「少なくとも数時間は経過しているだろう?」
ブラッドレイはシエルを見る。
「そうですね」
シエルも笑みを消した。
「連絡が入ったのが夕方頃です」
「つまり」
綺礼が静かに続ける。
「アンデルセン神父は、既に数時間戦っている」
時臣の眉が僅かに動く。
「それは確かに妙だな」
イスカンダルも腕を組む。
「うむ」
征服王の表情も真剣だった。
「余もそう思っていた」
ギルガメッシュがワインを揺らす。
「フン」
赤い瞳が細まる。
「確かにあの狂犬なら、普通の死徒の軍勢など数時間も要らぬ」
切嗣が静かに言った。
「つまり敵は予想以上か」
誰も否定しない。
ブラッドレイは低く呟く。
「アンデルセンは強い」
断言だった。
「私が知る限り、あの男は真正面から死徒の軍勢へ突っ込んで生還する」
マルグリットが頷く。
「しますねぇ♪」
「普通はしないんだがな」
ブラッドレイは溜息を吐く。
「しないですね」
シエルも同意した。
そして。
ブラッドレイの表情が険しくなる。
「だが」
部屋が静まる。
「そのアンデルセンが数時間暴れても終わらない」
究極眼を持つ男は静かに結論を口にした。
「ならば敵は祖級だ」
「あるいは」
シエルが続ける。
「祖級が複数」
その言葉に空気が重くなる。
凛が思わず呟く。
「それ、かなり不味いんじゃないの?」
「かなり不味い」
切嗣が即答した。
「アンデルセン神父が時間を稼いでいると考えるべきだ」
綺礼が小さく笑う。
「本人はそのつもりが無さそうだがな」
全員が納得した。
おそらくアンデルセン本人は、
「AMEN!!」
と言いながら楽しそうに暴れている。
だが結果として。
時計塔。
埋葬機関。
第四次聖杯戦争の生存者達。
彼らが集結する時間を稼いでいる。
ブラッドレイは窓の外を見る。
「なるほど」
雨は完全に止んでいた。
「そう考えると」
小さく笑う。
「今回ばかりは、あの男に感謝せねばならんな」
シエルは複雑そうな顔をした。
「本人が聞いたら喜びますよ」
「それは困る」
「私も困ります」
即答だった。
マルグリットがくすくす笑う。
しかし次の瞬間。
シエルの携帯が再び震えた。
全員の視線が集まる。
「北欧からです」
シエルの顔から笑みが消える。
メッセージを開き。
数秒。
沈黙。
そして。
「……やはり」
その一言で、部屋の空気が凍る。
ブラッドレイが問う。
「何だ?」
シエルはゆっくり顔を上げた。
「アンデルセンは敗北していません」
誰も驚かない。
問題はその先だった。
「ですが」
青い瞳が細まる。
「現地の代行者部隊三個中隊が壊滅」
居間が静まり返る。
「祖級反応が三つ」
さらに。
「そして――」
シエルは画面を見つめる。
珍しく本気で警戒していた。
「アンデルセン本人から、『面白い化け物がおる』という報告が入っています」
その瞬間。
ブラッドレイの究極眼が細くなった。
かつて何度も死線を潜った経験が告げる。
それは最悪の報告ではない。
最悪なのは。
アレクサンド・アンデルセンが。
“危険”ではなく、
“面白い”
と言ったことだった。