ブラッドレイは深く溜息を吐いた。
「はぁ……」
本当に嫌そうだった。
「ますます嫌な予感がするんだが?」
誰も反論しない。
「だろうな」
切嗣が即答する。
「同感です」
時臣も頷く。
ディルムッドも険しい表情だ。
そして。
ブラッドレイはシエルの持つ端末を見る。
「もう一度確認するぞ」
「はい」
「アンデルセンが言ったんだな?」
「言いました」
「『面白い化け物がおる』と?」
「そのままです」
沈黙。
ブラッドレイは額を押さえた。
「……おかしい」
「おかしいですね」
シエルも同意する。
埋葬機関の面々が全員真顔だった。
それだけで異常事態である。
凛が困惑する。
「何がそんなに変なの?」
ブラッドレイは静かに答えた。
「アンデルセンは死徒を嫌う」
「うん」
「心の底から嫌う」
「うん」
「存在そのものを否定する」
「うん」
「だが」
そこで声が低くなる。
「認める事は滅多にない」
居間が静まる。
シエルも頷いた。
「そうですね」
埋葬機関の人間だから分かる。
アンデルセンという男は極端だ。
怪物は怪物。
異端は異端。
滅ぼすべき対象。
基本的にそれ以上でもそれ以下でもない。
だから。
「“危険な死徒”なら分かる」
ブラッドレイ。
「“強力な死徒”でも分かる」
シエル。
「“厄介な死徒”でも理解できる」
綺礼。
「だが」
全員が同じ結論へ辿り着く。
「“面白い”は珍しい」
沈黙。
イスカンダルが腕を組む。
「ほう」
征服王も興味を持った。
「つまり?」
ブラッドレイは窓の外を見る。
そして。
静かに言った。
「相手がただ強いだけではない」
部屋の空気が変わる。
ギルガメッシュもワインを置いた。
「続けよ」
「アンデルセンは狂人だ」
ブラッドレイは断言する。
「だが戦士でもある」
何度も剣を交えたからこそ分かる。
「あの男は”闘争”を理解している」
だからこそ。
「もし奴が面白いと言ったなら」
究極眼が細まる。
「その死徒は、奴を楽しませるだけの何かを持っている」
シエルも難しい顔をした。
「戦闘技術」
「可能性はある」
「あるいは思想」
「それもある」
「もしくは」
シエルはそこで言葉を切る。
ブラッドレイが引き継ぐ。
「奴と同類かもしれん」
沈黙。
凛が嫌そうな顔をする。
「それ最悪じゃない?」
「最悪だな」
切嗣が即答した。
「敵側にアンデルセンが居るようなものだ」
「やめろ」
ブラッドレイが即座に言った。
「想像したくもない」
「私もです」
シエルも本気で同意した。
マルグリットですら笑顔が引き攣っている。
「それはちょっと嫌ですねぇ♪」
かなり嫌そうだった。
その時。
ギルガメッシュがふと口を開く。
「逆かもしれんぞ」
全員が英雄王を見る。
赤い瞳が細まる。
「奴が楽しんでいるのではない」
「……何?」
ブラッドレイが聞き返す。
英雄王は鼻で笑った。
「相手も楽しんでいるのだ」
沈黙。
その可能性を考えた瞬間。
居間の空気が一気に重くなる。
祖級。
あるいはそれ以上。
そして。
アレクサンド・アンデルセンを相手にしてなお。
恐れず。
逃げず。
むしろ笑っている存在。
ブラッドレイは深く溜息を吐いた。
「……なるほど」
究極眼の男は静かに立ち上がる。
「本格的に嫌な予感しかしなくなった」
その言葉に。
今度ばかりは。
誰一人として反論しなかった。
ブラッドレイは腕を組んだまま、シエルとマルグリットを見る。
「シエル、マルグリット」
その声は先程までの冗談混じりではない。
埋葬機関の元番外次席としての声だった。
「あのアンデルセンが気に入るような、二十七祖は居たか?」
居間が静まり返る。
シエルは少し考え込む。
マルグリットも笑みを引っ込めた。
数秒後。
先に口を開いたのはシエルだった。
「……気に入る、という表現なら」
青い瞳が細まる。
「ほぼ居ません」
即答だった。
ブラッドレイも頷く。
予想通りだった。
アンデルセンは死徒を嫌悪する。
祖であれば尚更だ。
だが。
「ただ」
シエルは続ける。
「“認める”なら別です」
「そうだな」
ブラッドレイも同意する。
それは大きく違う。
好意ではない。
尊敬でもない。
ただ。
敵として認識する。
それだけだ。
マルグリットがゆっくり口を開いた。
「昔話になりますけどぉ♪」
珍しく穏やかな声だった。
「アンデルセンさんが一度だけ、本気で怒りながら褒めていた祖がいましたねぇ」
「……誰だ」
ブラッドレイが聞く。
マルグリットは少し考えた。
「褒めるというか……」
そして。
「“最低の怪物だが、殺すに値する”って」
居間が静まる。
それはアンデルセンにしては破格の評価だった。
シエルも思い出したように頷く。
「ああ……」
「知っているのか」
「知っています」
彼女は静かに言った。
「その時、埋葬機関も大損害を受けました」
時臣が眉を寄せる。
「祖級か」
「ええ」
シエルは頷く。
「強かった」
その言葉に重みがある。
「代行者部隊壊滅」
「うむ」
「埋葬機関も死傷者多数」
「うむ」
「アンデルセンは単独で突撃」
「うむ」
「その結果」
少し間が空く。
「双方、生き残った」
沈黙。
ブラッドレイの目が細まる。
それは異常だった。
アンデルセンは基本的に殺し切る。
殺せないなら追う。
追えないなら次を狙う。
そういう男だ。
なのに。
双方生存。
「逃げられたのか」
切嗣が聞く。
シエルは首を振った。
「違います」
「なら?」
シエルは静かに答えた。
「夜明けです」
その瞬間。
ブラッドレイが理解する。
「なるほど」
時間切れ。
単純だが厄介だ。
数時間。
あるいは一晩。
アンデルセンと渡り合った。
それだけで異常だった。
マルグリットが懐かしそうに笑う。
「朝になった時のアンデルセン、めちゃくちゃ機嫌悪かったわねぇ♪」
「想像できる」
綺礼が即答した。
「“あと少しだった”って」
「言いそうだな」
ブラッドレイも頷く。
だが。
そこでシエルがふと考え込む。
「ただ……」
全員が彼女を見る。
「今回は少し違う気がします」
「何故だ?」
ブラッドレイが聞く。
シエルは端末を見る。
そこに書かれた文面。
『面白い化け物がおる』
その一文。
彼女はゆっくり首を横に振る。
「昔なら」
静かな声だった。
「“厄介な化け物”」
「“殺し甲斐のある化け物”」
「“神も見放した化け物”」
そういう表現だった。
埋葬機関の人間達が頷く。
確かにそうだ。
アンデルセンらしい。
だが。
「“面白い”は違う」
ブラッドレイの表情も険しくなる。
何度も戦ったから分かる。
アレクサンド・アンデルセンは、滅多な事ではそんな言葉を使わない。
そして。
マルグリットが珍しく笑みを消した。
「……ねぇブラッドレイ」
「何だ」
「一つだけ」
彼女は静かに言った。
「アンデルセンが、もし本当に楽しんでるなら」
居間が静まる。
「相手も同じくらい頭がおかしい可能性がありますよぉ」
沈黙。
数秒後。
ブラッドレイは深く深く溜息を吐いた。
「……やめてくれ」
本気だった。
「それ以上嫌な予感を増やさないでくれ」
だが。
誰も笑わなかった。
何故なら。
その可能性が、十分にあり得ると全員が理解していたからだった。
ブラッドレイは、ふとそこで思い出したようにシエルへ視線を向けた。
「そういえば――」
腕を組む。
「まだ確認していなかったな」
居間の面々も自然と耳を傾ける。
「この件に、英国のヘルシング機関は関与しているのかね?」
その問いに。
シエルとマルグリットが顔を見合わせた。
埋葬機関とヘルシング機関。
共に怪物を狩る組織ではあるが、決して仲良しではない。
協力することもあれば、管轄を巡って揉めることもある。
「可能性はあります」
シエルが答えた。
「場所が北欧ですから」
「英国ではないな」
切嗣が指摘する。
「ええ」
シエルは頷く。
「ただし、相手が祖級複数となると話は別です」
時臣も静かに頷く。
「国家レベルの脅威か」
「その通りです」
シエルは端末を確認する。
「埋葬機関単独で対処不能と判断された場合、教会は他組織との共同戦線を認めます」
「時計塔も同じだな」
時臣が言う。
「ならば」
ブラッドレイは少し考えた。
「既に向こうも動いていても不思議ではないか」
「不思議ではありません」
シエルは認めた。
そして。
少し嫌そうな顔をする。
ブラッドレイは見逃さなかった。
「何だね、その顔は」
「いえ……」
シエルは言葉を選ぶ。
「もし本当にヘルシング機関が出ているなら」
「なら?」
「現地の被害報告が更に信用できなくなります」
沈黙。
凛が首を傾げる。
「どういう意味?」
答えたのはマルグリットだった。
「ほら、向こうにも居るでしょう?」
にこにこと笑う。
「怪物みたいな人」
全員が嫌な予感を覚えた。
ブラッドレイも察した。
「……いたな」
「居ますねぇ♪」
「居ます」
シエルも即答する。
切嗣が聞く。
「アンデルセン級か?」
「方向性は違います」
シエルは答える。
「ですが」
そこで少し間を置く。
「死徒から見れば、どちらも災害です」
イスカンダルが大笑いする。
「ハハハハハ!!
また増えたぞ!!」
「笑い事ではありません」
シエルが即座に返した。
ブラッドレイは溜息を吐く。
「つまり」
「はい」
「アンデルセンが暴れている」
「はい」
「祖級反応が三つ」
「はい」
「真祖が来る可能性がある」
「はい」
「そこへヘルシング機関まで参戦しているかもしれない」
「可能性はあります」
沈黙。
数秒後。
綺礼がぽつりと呟いた。
「北欧が可哀想になってきたな」
全員が頷いた。
死徒達も大概だが。
現地へ向かいつつある面々も十分異常だった。
ブラッドレイは苦笑する。
「もはや敵が何者かより」
「うむ」
イスカンダルが頷く。
「現地が無事かどうかの方が気になってきたな」
その時。
シエルの端末に新たな通知が届く。
発信元を確認した彼女の表情が僅かに変わる。
「……来ました」
「何がだ?」
ブラッドレイが問う。
シエルは画面を見ながら答える。
「北欧方面の追加報告です」
部屋の空気が引き締まる。
「ヘルシング機関の参加は――」
全員が息を呑む。
そしてシエルは静かに言った。
「未確認です」
「そうか」
ブラッドレイは頷く。
だが。
シエルの表情は晴れない。
「ただし」
「ただし?」
シエルは報告書の最後の一文を読み上げた。
『現地にて、正体不明の人型戦力一名を確認』
沈黙。
「詳細は?」
切嗣が問う。
シエルは続きを見る。
そして。
少しだけ眉をひそめた。
『アンデルセン神父と交戦中の祖級存在へ接近』
『その後、祖級反応一つ消失』
居間が静まり返る。
ブラッドレイの目が細くなる。
「……何?」
祖級反応が消えた。
それだけでも異常だ。
しかし。
その報告はまだ終わっていなかった。
シエルは最後の行を読む。
そして。
珍しく困惑した顔になった。
「目撃証言です」
「読め」
ブラッドレイが言う。
シエルはゆっくり読み上げた。
『赤いコートの人物が、祖級存在の頭部を片手で持ちながら歩いていた』
沈黙。
ブラッドレイは数秒考えた。
そして。
静かに呟く。
「……嫌な予感しかしないな」
誰一人として異論はなかった。
ブラッドレイは報告書を見つめたまま、深い溜息を吐いた。
「はぁ……」
本日何度目か分からない溜息だった。
そして。
「赤いコートの男か」
静かに呟く。
居間の全員が彼を見る。
ブラッドレイは額を押さえた。
「完全にアーカードだろう」
沈黙。
数秒後。
シエルが小さく頷いた。
「私もそう思います」
「だろうな」
「ええ」
マルグリットも苦笑している。
「十中八九そうでしょうねぇ♪」
切嗣が聞く。
「有名なのか?」
今度はシエルが答えた。
「有名なんてものじゃありません」
真顔だった。
「怪物側にも人間側にも有名です」
時臣も興味深そうに聞いている。
「そこまでか」
「そこまでです」
シエルは即答した。
そして。
少しだけ遠い目になる。
「埋葬機関の代行者なら、一度は名前を聞きます」
「うむ」
ブラッドレイも頷く。
「聞くな」
「聞きますねぇ♪」
マルグリットも同意した。
凛が首を傾げる。
「そんなに強いの?」
居間が静まる。
質問した本人も、少し嫌な予感を覚えた。
何故なら。
シエル。
ブラッドレイ。
マルグリット。
この三人が揃って難しい顔をしている。
ブラッドレイは静かに答えた。
「強い」
即答だった。
「アンデルセン級か?」
切嗣が聞く。
今度はブラッドレイが首を横に振る。
「比較が難しい」
「ほう」
イスカンダルが興味を持つ。
「どう違うのだ?」
ブラッドレイは少し考えた。
そして。
「アンデルセンは人間の怪物だ」
誰も異論を挟まない。
「アーカードは」
そこで言葉を切る。
数秒。
そして。
「純粋に怪物だ」
沈黙。
居間が静まり返る。
ギルガメッシュが鼻で笑った。
「なるほど」
英雄王は納得したらしい。
シエルも頷く。
「それが一番分かりやすいですね」
「待って」
凛が聞く。
「それ全然分からない」
正論だった。
すると。
マルグリットが楽しそうに説明する。
「アンデルセンは、人間なのに怪物みたいな人でしょ?」
「うむ」
「アーカードは、怪物なのに更に怪物なのよ♪」
「分からないわよ!」
ますます分からなくなった。
だが。
ブラッドレイは静かに報告書を見る。
黒いコート
祖級反応消失
首を持って歩いていた
そして。
小さく呟く。
「むしろ安心したな」
「安心?」
シエルが聞き返す。
「ああ」
ブラッドレイは頷く。
「アーカードなら味方側だ」
「それはそうですね」
「少なくとも死徒ではない」
「そうですね」
「祖側でもない」
「そうですね」
二人は何度も頷く。
そして。
切嗣が聞いた。
「つまり?」
ブラッドレイは珈琲を飲み干す。
「北欧に」
一拍。
「アンデルセンとアーカードがいる」
沈黙。
数秒。
そして。
イスカンダルが大笑いした。
「ハハハハハハハハハ!!」
征服王は腹を抱えている。
「死徒達が可哀想になってきたぞ!!」
「本当に」
アイリスフィールも苦笑した。
凛ですら少し同情している。
だが。
シエルだけは複雑な顔だった。
「いえ」
「何だ?」
ブラッドレイが聞く。
シエルは真顔で答えた。
「その二人が同じ場所に居る時点で、現地の被害が心配なんです」
沈黙。
ブラッドレイ。
マルグリット。
綺礼。
全員が頷いた。
確かにその通りだった。
死徒が滅びるのはほぼ確定だろう。
だが。
北欧の土地。
建物。
森林。
その他諸々。
それらが無事かどうかは、全く別問題である。
ブラッドレイは窓の外を見ながら、小さく笑った。
「……なるほど」
そして。
「やはり急いだ方が良さそうだな」
今度ばかりは。
誰も反論しなかった。
ブラッドレイは静かに珈琲を置いた。
「アーカードの情報を伝えておく」
その一言で、居間の空気が少し引き締まる。
「ヘルシング機関の有する荒事専門のゴミ処理係だ」
「随分な呼ばれ方ですね」
シエルが苦笑する。
だがブラッドレイは続けた。
「そして――」
究極眼の男は報告書へ視線を落とした。
「正体は、あのワラキア公爵本人」
その瞬間。
時臣の表情が変わる。
ケイネスがこの場にいれば椅子から立ち上がっていただろう。
「……まさか」
切嗣も目を細める。
「吸血鬼ドラキュラか」
「ああ」
ブラッドレイは頷いた。
「本人だ」
沈黙。
凛ですら名前くらいは知っていた。
吸血鬼伝説の中でも最も有名な存在。
物語。
伝承。
怪談。
数え切れない創作の原型。
その存在が実在し。
しかも。
「ヘルシング機関所属なのか?」
ディルムッドが驚いたように聞く。
「所属というより飼われているというべきか」
ブラッドレイは苦笑する。
「あるいは共存か」
シエルも難しい顔になる。
「教会でも意見が割れますね」
「当然だろう」
綺礼が静かに言う。
「怪物を狩る組織が、最強クラスの怪物を保有しているのだからな」
矛盾している。
だが。
それがヘルシング機関だった。
イスカンダルは豪快に笑う。
「面白いではないか!」
「面白くはあるな」
ブラッドレイも認めた。
「だが敵にはしたくない」
「アンデルセンと同じ評価ですね」
シエルが呟く。
「そうだな」
ブラッドレイは即答した。
「片方は人間の怪物」
そして。
「片方はホントの怪物だ」
居間が静まり返る。
報告書にあった内容。
祖級反応消失。
首を持って歩いていた男。
それがアーカードなら。
むしろ説明がつく。
切嗣が腕を組む。
「つまり北欧には」
「うむ」
「祖級複数」
「うむ」
「アンデルセン」
「うむ」
「アーカード」
「うむ」
「真祖まで来る可能性がある」
「うむ」
沈黙。
そして。
凛が呆れたように言った。
「予想以上に北欧が戦場じゃない」
「その通りだ」
ブラッドレイは深く溜息を吐く。
「最悪の場合」
窓の外を見る。
「二十七祖どころか、神話や伝説の怪物達の同窓会になる」
「そして、そこへ、我々受肉した元サーヴァントにマスター達も混ざる」
イスカンダルが大笑いした。
ギルガメッシュは鼻で笑う。
綺礼は頭を抱える。
シエルは疲れ切った顔になる。
そしてブラッドレイは静かに立ち上がった。
「よし」
全員が見る。
「桜達の到着を待って出発する」
一拍。
「どうやら本当に、急いだ方が良さそうだ」
その言葉に。
今度は誰一人として異論を唱えなかった。