冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第99話

遠坂邸で作戦会議――という名の雑談と情報整理が続いてから、およそ一時間後。

 

玄関のチャイムが鳴った。

 

「来たようだな」

 

ブラッドレイが立ち上がる。

 

凛が玄関へ向かい、扉を開いた。

 

そして。

 

「……え?」

 

思わず固まった。

 

その反応に居間の全員が怪訝な顔をする。

 

玄関へ視線を向けると――

 

そこには。

 

先頭を歩く桜。

 

両手に大きなバッグを抱えている。

 

そしてその後ろ。

 

完全武装したランスロット。

 

黒い鎧。

 

愛剣。

 

戦闘用装備一式。

 

今から戦争へ向かうような姿だった。

 

さらに後方。

 

間桐雁夜。

 

こちらも魔術礼装を装備している。

 

かつてのやつれた姿はなく、健康的な顔色だが、その目は完全に実戦参加者のものだった。

 

そして。

 

桜だけが妙に平和だった。

 

「皆さん、お久しぶりです」

 

にこり。

 

いつもの柔らかな笑顔。

 

その両手には大量の荷物。

 

ブラッドレイは思わず聞いた。

 

「……桜」

 

「はい?」

 

「その荷物は何だね」

 

桜は嬉しそうに答えた。

 

「お弁当です」

 

全員。

 

「ああ」

 

予想通りだった。

 

だが。

 

問題は量だった。

 

ブラッドレイは目を細める。

 

「何人前だ?」

 

「四十人前くらいです」

 

沈黙。

 

イスカンダルが吹き出した。

 

「ハハハハハハハ!!」

 

凛が頭を抱える。

 

「多いわよ!!」

 

「足りませんか?」

 

「足りるわ!!」

 

十分過ぎる。

 

一方。

 

ランスロットは居間へ入るなり姿勢を正した。

 

「諸君」

 

かつて狂戦士だった男とは思えぬ落ち着き。

 

「待たせた」

 

イスカンダルが豪快に笑う。

 

「久しいな友よ!」

 

「征服王」

 

ランスロットも僅かに笑う。

 

ギルガメッシュは鼻で笑った。

 

「相変わらず堅苦しい男だ」

 

「英雄王も変わりないようで何よりです」

 

「フン」

 

それだけで十分だった。

 

戦場を共にした者達には、それで通じる。

 

その横で。

 

雁夜が深々と頭を下げる。

 

「皆、久しぶりだ」

 

時臣が静かに頷く。

 

「元気そうだな」

 

「おかげさまでな」

 

その言葉に偽りは無かった。

 

少なくとも今の雁夜は。

 

かつて聖杯戦争で命を削っていた男ではない。

 

家族を守る父親の顔をしていた。

 

そして。

 

桜がシエルを見つける。

 

「あ、シエルお姉ちゃん」

 

「こんにちは、桜さん」

 

自然な挨拶。

 

ブラッドレイが横で見ていて少し笑う。

 

何度見ても慣れない。

 

埋葬機関最強クラスの代行者と。

 

聖杯戦争の被害者だった少女が。

 

普通に友達をやっている。

 

その光景が妙に平和だった。

 

だが。

 

ランスロットは居間を見回し。

 

ふと眉をひそめた。

 

「ブラッドレイ殿」

 

「何だ」

 

「北欧の件ですが」

 

空気が変わる。

 

騎士の目になる。

 

「途中で情報を得ました」

 

「ほう」

 

「祖級反応三」

 

「うむ」

 

「アンデルセン神父が現地で交戦中」

 

「うむ」

 

「そして」

 

ランスロットの顔が少しだけ険しくなった。

 

「ヘルシング機関のアーカードも確認されたそうです」

 

沈黙。

 

ブラッドレイは深く溜息を吐いた。

 

「やはりそうか」

 

ランスロットが頷く。

 

「埋葬機関経由の情報です」

 

シエルも表情を引き締める。

 

「間違いないですね」

 

居間の空気が一気に変わる。

 

もはや冗談ではない。

 

アンデルセン。

 

アーカード。

 

祖級複数。

 

真祖介入の可能性。

 

どれか一つでも大事件だ。

 

その全てが同時に起きている。

 

そして。

 

そんな重い空気の中。

 

桜が手を挙げた。

 

「その前に」

 

全員が見る。

 

桜は微笑んだ。

 

「ご飯にしませんか?」

 

沈黙。

 

数秒後。

 

イスカンダルが立ち上がった。

 

「賛成だ!!」

 

「お前は本当に変わらんな」

 

ブラッドレイは呆れながらも笑った。

 

北欧には怪物達が集まりつつある。

 

世界規模の危機かもしれない。

 

だが今だけは。

 

戦友達との再会と、桜の作った弁当が優先だった。

 

ブラッドレイは数秒考え――

 

やがて小さく頷いた。

 

「それもそうだな」

 

その表情から、先程までの緊張が少しだけ抜ける。

 

「頂くとしよう」

 

その一言で。

 

桜の顔がぱっと明るくなった。

 

「はい!」

 

嬉しそうに返事をすると、早速大きなバッグを開き始める。

 

そして。

 

次々と出てくる弁当箱。

 

一つ。

 

二つ。

 

三つ。

 

四つ。

 

五つ。

 

六つ。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

居間の全員が無言になる。

 

イスカンダルが思わず聞いた。

 

「まだあるのか?」

 

「ありますよ?」

 

桜は不思議そうな顔をした。

 

その後も出てくる。

 

最終的に。

 

テーブルの上は完全に埋まった。

 

凛が頭を抱える。

 

「だから何人前作ったのよ……」

 

「四十人前くらいです」

 

「本当に作ってた!」

 

シエルが苦笑する。

 

「相変わらずですね」

 

「皆さんたくさん食べますから」

 

悪気は一切ない。

 

純粋な善意だった。

 

それが分かるから誰も強く言えない。

 

一方。

 

イスカンダルは既に席へ着いていた。

 

「よし!!」

 

早い。

 

非常に早い。

 

「いただこうではないか!!」

 

「まだ全員座っていないぞ」

 

ブラッドレイが呆れる。

 

だが。

 

その横ではギルガメッシュも席へ向かっていた。

 

「フン」

 

「お前もか」

 

「雑種の宴など興味は無い」

 

そう言いながら座る。

 

誰も信じていない。

 

イリヤが笑う。

 

「ギルガメッシュさんも食べるんだ」

 

「当然だ」

 

「食べるんだ」

 

「当然だ」

 

二回言った。

 

完全に食べる気だった。

 

その様子にアイリスフィールが微笑む。

 

時臣もグラスを置いて席に着く。

 

綺礼ですら自然に席へ移動していた。

 

かつて敵同士だった者達。

 

聖杯戦争で殺し合った者達。

 

埋葬機関。

 

時計塔。

 

教会。

 

王。

 

騎士。

 

暗殺者。

 

誰もが同じ卓を囲んでいる。

 

少し前なら考えられなかった光景だった。

 

ブラッドレイは席へ着きながら呟く。

 

「不思議なものだな」

 

切嗣が聞き返す。

 

「何がだ?」

 

「かつては互いを殺そうとしていた」

 

静かな声だった。

 

「今は同じ食卓で弁当を食べている」

 

切嗣は少しだけ笑った。

 

「確かにな」

 

アイリスフィールも頷く。

 

「でも」

 

優しい声だった。

 

「私は今の方が好きですよ」

 

その言葉に。

 

誰も反論しない。

 

桜が最後の弁当箱を置き終える。

 

「お待たせしました」

 

ランスロットが静かに頭を下げる。

 

雁夜も席に着く。

 

そして。

 

全員が揃った。

 

ブラッドレイは周囲を見渡す。

 

征服王。

 

英雄王。

 

騎士。

 

魔術師。

 

代行者。

 

暗殺者。

 

家族。

 

友人。

 

かつての敵。

 

戦友。

 

誰一人欠けていない。

 

北欧へ向かえば。

 

再び命懸けの戦いが待っているかもしれない。

 

アンデルセン。

 

アーカード。

 

祖級存在。

 

真祖。

 

数え切れない脅威がある。

 

だが。

 

今だけは違う。

 

ブラッドレイは箸を手に取った。

 

そして。

 

穏やかに言う。

 

「では」

 

かつて戦場で共に戦った者達へ。

 

そして。

 

今を生きる仲間達へ。

 

「いただこう」

 

「「「いただきます」」」

 

遠坂邸に。

 

久しぶりの穏やかな食事の時間が訪れた。

 

ブラッドレイは一口、卵焼きを口に運んだ。

 

ゆっくりと噛みしめる。

 

派手さはない。

 

高級料理でもない。

 

だが――

 

その味に、ふと目を細めた。

 

「ほう」

 

桜が少し緊張した様子で顔を上げる。

 

「お、お口に合いましたか?」

 

ブラッドレイはもう一口食べてから頷いた。

 

「ああ」

 

短い返答だった。

 

だが続く言葉は珍しく柔らかかった。

 

「美味いな」

 

桜の表情が明るくなる。

 

「本当ですか?」

 

「本当だ」

 

ブラッドレイは味噌の香りが残る煮物を口に運ぶ。

 

そして静かに言った。

 

「暖かい味だ」

 

居間が少し静かになる。

 

その言葉は、料理そのものだけを指していなかった。

 

桜もそれを感じたのか、少し照れくさそうに笑った。

 

「ありがとうございます」

 

イスカンダルが豪快に笑う。

 

「うむ!!実に良い!!」

 

既に三人前ほど平らげていた。

 

誰も驚かない。

 

「これぞ家庭の味というやつだな!」

 

「食べるのが早すぎる」

 

ディルムッドが呆れる。

 

その横でギルガメッシュも黙々と食べている。

 

凛がじっと見つめた。

 

「……」

 

「何だ雑種」

 

「意外と気に入ってるわよね?」

 

「当然だ」

 

即答だった。

 

「良い物は良い」

 

それだけだった。

 

だが皿は綺麗になっている。

 

説得力があった。

 

イリヤがくすくす笑う。

 

アイリスフィールも穏やかに微笑んでいた。

 

一方。

 

シエルは普通におかわりしている。

 

マルグリットも嬉しそうに食べていた。

 

「いいですねぇ♪」

 

「うむ」

 

ブラッドレイも珍しく同意する。

 

そして。

 

しばらく料理を味わってから。

 

静かに呟いた。

 

「こういう食事は久しぶりだな」

 

誰に向けた言葉でもなかった。

 

軍人だった頃。

 

埋葬機関にいた頃。

 

聖杯戦争の頃。

 

常に戦いの中にいた。

 

まともな食卓など数えるほどしかない。

 

だからこそ。

 

この何気ない時間が妙に心地良かった。

 

雁夜が苦笑する。

 

「桜が張り切る訳だ」

 

「ええ」

 

時臣も頷いた。

 

父親らしい穏やかな顔だった。

 

「昔から料理は好きだったからな」

 

桜は少し照れながら俯く。

 

その様子を見たブラッドレイは。

 

ふと飲食店を営む今の自分を思い出した。

 

戦場。

 

血。

 

死。

 

怪物。

 

それらに囲まれて生きてきた男が。

 

今は客に珈琲を淹れている。

 

桜は人々に料理を振る舞っている。

 

切嗣は家族と笑っている。

 

雁夜も生きている。

 

かつてなら考えられない光景だった。

 

ブラッドレイは小さく笑った。

 

「……なるほど」

 

その声に切嗣が顔を上げる。

 

「何だ?」

 

ブラッドレイは再び料理を口に運びながら答えた。

 

「守る価値はあるな」

 

静かな言葉だった。

 

だが。

 

その場にいた者達には十分伝わった。

 

何を指しているのか。

 

誰も聞かなかった。

 

ただ。

 

桜だけが少し照れながら。

 

「たくさんありますから、おかわりもどうぞ」

 

そう言って、もう一つ弁当箱を開けた。

 

そして居間には再び笑い声が広がった。

 

北欧の怪物達も。

 

アンデルセンも。

 

アーカードも。

 

今だけは遠い話だった。

 

ブラッドレイは箸を置き、満足そうに息を吐いた。

 

「ならば――」

 

静かに立ち上がる。

 

「私もコーヒーを淹れよう」

 

その言葉に何人かの表情が変わった。

 

ブラッドレイの店の珈琲は、冬木でも評判になっていた。

 

「時臣」

 

ブラッドレイは振り返る。

 

「少し厨房を借りるぞ」

 

時臣は優雅に頷いた。

 

「もちろんだ」

 

そして少し笑う。

 

「遠坂家の台所が、君の店に比べれば見劣りするのは勘弁してほしいがね」

 

「十分だ」

 

ブラッドレイはそう言って厨房へ向かう。

 

その背中を見送りながら。

 

イスカンダルが首を傾げた。

 

「そんなに美味いのか?」

 

「美味い」

 

ディルムッドが即答した。

 

珍しく迷いがない。

 

「即答?!」

 

凛が驚く。

 

「本当に美味い」

 

すると。

 

シエルが何とも言えない顔で呟いた。

 

「埋葬機関の会議でも話題になりました」

 

「何故だ」

 

切嗣が聞く。

 

「会議中に皆が飲みたがるからです」

 

沈黙。

 

マルグリットが笑い出した。

 

「ありましたねぇ♪」

 

「ありました」

 

シエルは真顔だった。

 

「死徒二十七祖の報告より先に」

 

少し間を置く。

 

「『ブラッドレイさんの店は営業しているのか』という話題が出ました」

 

「何をしているんだ君達は」

 

ブラッドレイ本人が居たら呆れていただろう。

 

その時。

 

厨房から。

 

豆を挽く音が聞こえてくる。

 

ゴリゴリと一定のリズム。

 

不思議と落ち着く音だった。

 

居間の会話も自然と小さくなる。

 

ランスロットが耳を傾ける。

 

「慣れているな」

 

「そりゃそうだ」

 

雁夜が笑う。

 

「店主だからな」

 

そして。

 

数分後。

 

静かな香りが漂い始めた。

 

居間の空気が変わる。

 

深く。

 

豊かで。

 

どこか懐かしい香り。

 

イリヤが目を輝かせた。

 

「いい匂い!」

 

アイリスフィールも微笑む。

 

「本当ね」

 

切嗣ですら少し表情が緩んだ。

 

やがて。

 

ブラッドレイが盆を持って戻ってくる。

 

人数分のカップ。

 

一滴も零れていない。

 

「待たせたな」

 

テーブルへ並べられる珈琲。

 

湯気が静かに立ち昇る。

 

ブラッドレイ自身も一杯手に取り、席へ戻った。

 

そして。

 

一口飲む。

 

満足そうに目を細める。

 

「うむ」

 

イスカンダルが早速飲む。

 

そして。

 

「ほう!」

 

征服王の顔が明るくなった。

 

「これは良い!」

 

ギルガメッシュも飲む。

 

何も言わない。

 

だが二口目に入った。

 

十分だった。

 

ディルムッドは苦笑する。

 

「相変わらずだな」

 

ブラッドレイは肩を竦めた。

 

「戦うよりは得意だからな」

 

その言葉に。

 

一瞬だけ静寂が訪れる。

 

かつて戦場を駆けた英雄。

 

埋葬機関の処刑人。

 

死徒を狩る剣士。

 

そんな男が。

 

今は誰かのために珈琲を淹れている。

 

それはどこか。

 

この平和な時間そのものを象徴しているようだった。

 

そしてブラッドレイは珈琲を口に運びながら、穏やかに言う。

 

「さて」

 

窓の外は既に夕暮れ。

 

「北欧へ向かう前に、もう少しだけ休むとしよう」

 

誰も反対しなかった。

 

今だけは。

 

この平穏を味わう資格が、皆にあった。

 

 

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