よし、スライムを育てて売ろう!   作:非公開

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 俺の親父はゴミクズだった。

 

 若い時はそれなりに高名な研究者だったらしい。

 五十年くらい前に発見された『ダンジョン』という地球上には存在しないような種族が住む異空間について調べ、いくつもの謎を解き明かした。

 

 だけど壮年になって『スライム』なんていう雑魚モンスターを専門に研究するようになってから、俺の親父は落ちぶれた。

 スライムは子供より弱いような雑魚モンスターで、それについて弱点なんかがわかったとしてもダンジョンを探索する者たちにとっては不必要な情報でしかない。

 

 そんな研究に誰も期待はしない。

 

 親父に出資する人間は年々減っていき、親父は借金まみれになった。

 親とは離れてひとりで暮らしていた俺のところにも何度か金の無心をしてくるほどに。

 

 そんな親父も数年前にくたばった。

 多額の借金を残して……

 

 

 俺の母親はクソカスだった。

 

 金目当てで親父と結婚して、親父が落ちぶれるとすぐに離婚。

 俺もその時に捨てられた。

 

 当然、俺には高校に行く金もなく俺はバイトを始めた。

 けど、その母親は薬中になって、薬欲しさに闇金に借金して死んだらしい。

 

 ヤクザみたいな連中が俺のところに来た。離婚までしてる母親の借金を俺に返せ、ってことらしい。

 払わなきゃ殺して臓器を売ると脅された。

 

 

 俺はゴミクズとクソカスの間に生まれたゴミカスだ。

 

 

 家族すら大切にできない遺伝子で構成されてる人でなしだ。

 

 

 だから俺はダンジョンにやって来た……

 両親の借金は尋常な方法で返せる額じゃなかった。

 きっと自己破産しても意味はないだろう。相手はヤクザの類だ。きっと殺される。

 

 ここ、大迷宮『昏き石英の独房』は発生したばかりのダンジョンで、まだお宝が眠っている可能性があった。だが、ここには地獄の鬼のような怪物が現れる。

 西洋ではオーガと呼ばれるその魔物は強靭な肉体を持ち、鬼火と呼ばれる紫色の炎を操る。

 

 対して探索者としての俺の能力は下の下。

 仲間はスライムが一匹だけ。でもスライムの戦闘能力なんて小学生以下だ。

 

 それでも何も連れてこないよりマシだと思ったが、やっぱり連れてこない方がよかったかもな……

 

「オォ……」

 

 唸り声を漏らしながら紫色の肌を持った鬼が俺に近寄ってくる。

 後ろは壁。逃げ道はない。相手は右手にトゲのついた金属の棍棒を持ち、左手には紫色の炎を纏っている。終わった。

 

「ピィ……」

 

 俺の肩に乗ったスライムはプルプルと震えていた。

 

 そういやこのスライム『ロア』は俺の十歳の誕生日の時にくれたんだっけ。

 七年間こいつと苦楽を共にしてきた。今となっては唯一の家族だ。

 

「契約を解くから……お前だけでも生きろ……」

 

 俺があいつにタックルすれば数秒くらいは稼げるだろ。

 その間にこいつだけでも逃がす。

 いや、それも結局自己満足だ。ここで逃がしてもダンジョンから出られるとは思えない。よしんば出られたとしても野良の魔物なんて討伐対象だ。

 

 でも、最後くらい自分は善人だって浸っていたかった。

 親父とは……母親とは違うって……俺は家族を大切できる人間だって思い込んで死にたかったんだ。

 

「契約解除」

 

 諦めと少しの自己満足と共にそう呟いた、その瞬間――

 

「ダメだよ。ボクはキミが死ぬことを許さない」

 

 今……誰が喋った……?

 

 その疑問が解消されるよりも早く、今しがた契約を解除したはずのロアの変化に気が付いた。

 水色だった粘液は一回り大きくなっていて、内部に透けて見える本来一つのはずの結晶体(コア)が三つに増えていた。

 

「分裂」

 

 声がそう呟いた瞬間、ロアの粘液が三等分に別れる。

 その内二匹がオーガの顔を目掛けて飛び付く。

 

「悪いけど、ボクはキミがよく読んでいた漫画の主人公のような覚醒はしてない。ただちょっとだけ強くなっただけ。この鬼に勝つなんて無理。でも少しなら時間は稼げる。ね、だから逃げよ!」

 

 そっか、この声はお前なんだな……ロア……

 俺に残された唯一の家族。

 お前がそう言うなら、聞かない理由はない。

 

「わかった!」

 

 三匹に分裂したうちの一匹を拾い上げ、もう一度肩に乗せて俺は走り出す。

 オーガは顔にスライムが飛び付いて来たことで一時的に視覚を失っている。

 今なを横抜けれる。

 

「でもあの二匹は大丈夫なのか?」

「あれはボクの分裂体だから大丈夫! コアが一つでも残ってれば他の二つは再生できるんだ!」

 

 そんな能力がスライムにあるなんて聞いたこともないが、本人そう言ってるんだから今は信じよう。

 俺は全速力でオーガの横を通り抜ける。が――

 

「オォォォォォオオオオオオオオオ!!!」

 

 視界がないはずなのに、オーガは棍棒を俺に勢いよくスイングする。足音で位置を把握したのか? ヤバ、死ぬ……

 

 オーガの剛腕によって振るわれた棍棒が俺の顔面に迫る。

 防衛本能だろうか、咄嗟に身をかがめたことでその棍棒は俺の頭上を抜けていった。

 

 今だ……走れ!

 

 

 

 ◆

 

 

 

 それから何度かオーガと遭遇したが、似たような方法でやり過ごして俺とロアはなんとかダンジョンの外に出ることができた。

 

「あぁ、死ぬかと思った……」

 

 そのまま親父が研究所として使っていた一軒家まで帰って来たころには、心身共に満身創痍だった。

 相続放棄してなくてよかった。

 まぁ、どうせ放棄してもヤクザからの借金は減らないから合理的にそうしただけだけど……

 

「おかえり、蓮渡(れんと)。どうやら初めてのダンジョン探索は上手くはいかなかったようだね」

 

 玄関に立っていたのは黒髪の女だ。ワイシャツとジーンズを着た彼女は、俺に微笑みかけてくる。

 

「なんだその姿、気に入ってるのか?」

 

 そう問いかけると同時に、女は物理的に姿を崩す。

 粘液状に身体が変化し、最終的に紫色のスライムの形状に落ち着いた。

 

「インターネットで見たモデルの一人を模倣してみたんだ。君が気に入るかと思ってね」

「そういうのいいから」

「ふむ、そうか」

 

 こいつは【リテラリスライム】の『メノウ』……スライムが進化した魔物で、記憶した姿に変化できる。

 親父が死んでこの家に来たら普通に暮らしてた、親父の忘れ形見だ。

 ダンジョンに連れて行かなかったのは、通常スライムより更に戦闘能力がないから。

 

「それよりお前は親父の研究を継いでるんだよな?」

「記憶しているだけだよ。彼の代わって研究しようなんてことは思ってない。だから継いでいるという表現は適切では……」

「どうでもいい。ロアが進化したみたいなんだ、見てくれないか?」

「ほう?」

 

 メノウはロアの周りを一周しながら興味深そうに様子を観察している。

 

「メノウ、ボクのことがわかるか?」

「ふむ。これは私と同じ第二段階の進化したスライムであることは間違いないようだね。それに人間の言葉を話せるということは知能型への進化だ。コアが三つあるね……」

「分裂できるよ」

「ふむふむ。なるほど、私の知識にあるどの種とも一致しない。ということは完全な新種だね。おめでとう、君はまだ名もついていない新たな種族を誕生させたようだ」

 

 新たな種族って……そんな簡単に……

 

「能力もそうだが進化条件が気になるね。ダンジョンで何があったか詳しく教えてもらえるかい?」

 

 促されるまま俺はメノウにダンジョンで起こったことをそのまま話した。

 すると……

 

「なるほど契約の解除か、素晴らしい。君の父親、井澄洋一(いすみよういち)の実験結果と照らし合わせれば進化条件は凡そ検討は付く」

 

 たしか、リテラリスライムの進化条件は「本を沢山読む」とかだってメノウが言ってた気がする。

 でも、こんな体験談一つで進化条件なんて特定できるものなのか?

 

「主従契約、契約譲渡、契約破棄、そのすべてを体験することに加えて偏りのない食事を与えることといったところだろうね」

「その根拠は?」

「あぁ、そう言えば言っていなかったか。君の父親が研究していたのはなにもスライムという種の性質だけじゃない。もっと広義的な研究項目だ」

「こうぎてき?」

「広い意味ってことさ。君の父親が研究していたのは【魔物の進化】についてだ。スライムはその実験に都合のいい特性を持つ種族だっただけ」

 

 魔物の進化?

 いや、そんな話一度も……

 

 いや、そういやスライムが進化したとか言って喜んでいた時があった気がする。

 雑魚が進化して下の中くらいになってなんの意味があるんだと思って流していたけど、そうか……そういう意味だったのか?

 

「それとこのスライム種の能力を共有しておこう」

 

 第一に複数のコアを持つ。

 コアは一つさえ残っていれば栄養と時間で復活する。

 コアごとに分裂させ、独立した行動が可能。

 

「戦闘能力は以上だが、このスライムにはマルチタップのような能力がある」

「マルチタップ、ってコンセントの挿し口を増やすヤツ?」

「そうだ。端的に言えば【契約紋の拡張】。スライム種に限定されてはいるが、契約の最大数を十枠増やせる」

「えっへん」

 

 スライムなのに胸張ってる。なにこいつ、可愛いかよ。

 

「って、契約枠を増やせるだって……!?」

「あぁ、私はそう言ったよ」

 

 契約とは魔物と人間の間に絶対服従の主従契約を結ぶことだ。

 数千円で売られる使い捨ての魔道具を使って契約は結ばれる。

 破棄は主人側からはいつでもできる。

 

 主従契約には枠があり、最大数は人によるが多くても五つ程度。俺の場合は二つしかない。

 ロアとメノウで埋まっているから、本来はこれ以上契約はできない。

 でもロアがいれば、後十匹のスライムと契約できるってことか……

 

「ん? ちょっと待て、じゃあもしロアと同じ種のスライムともう一体契約した場合はどうなる?」

「当然、契約枠はもう十枠プラスされる」

「それって……ヤバくね……?」

「だから言ったじゃないか。素晴らしい……と。この新種の能力があれば、もしかしたら君の父親の研究を完成させることすら可能かもしれないね」

 

 親父の研究なんて露ほどの興味もなかった。

 でも、今の俺の状況を打破する手段はそれくらいしか残ってない。

 

 金が欲しい。力も欲しい。

 

 それに、俺なんかが望んでもいいのなら、誰かに愛されてみたい。

 

「ロアごめん。俺ともう一回、契約を結んでくれるか?」

「しょうがないなぁキミは、もう簡単に契約を切ったりしちゃダメだよ? わかった?」

「わかったよ。ありがとな」

 

 契約用の魔道具は、親父の部屋を漁れば一枚だけど出て来た。

 魔法陣が描かれた紙に、俺の血とロアの粘液を一滴ずつたらす。

 

 

「――我が名は井澄蓮渡、汝と今ここに主従の契約を結ばん」

 

 

 その言葉と同時に、俺の右手の甲にタトゥーのようなひし形の紋章が本のような紋章の隣に追加で浮かび上がる。

 

「改めてよろしくね」

「あぁ、こっちこそよろしくな」

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