魔法少女もの、TSもの、私の好きな言葉です。
目の前で起きた車の事故に手を出したら半身麻痺になった。仕事もパァになった。
慰謝料・保険と貰った金で食いつなぎ、狭い家でゴミ箱から俺を見る感謝状とにらめっこする日々。
「不労所得、つまんねぇ……」
何もしてないと考えが土色になる。
心の飢えがひどい。
かといって再就職のアテもない。
けれど不労生活はできて1年という現実がある。
溜め息とshort動画とTwitterの往復を繰り返していた時、送り主不明のSMSが俺の元に届いた。
個人宛に連絡してくるような仕事の縁も、家族の縁も何もない俺に届くのはどうせ詐欺かなにかのメールだろう、どれくらいおかしな文が書いてあるのか見てやろう。
そう思って開いたメールにはこう書いてあった。
『ボクと契約して、魔法少女になって欲しいんだポン!下のボタンを押してネ!!』
おかしすぎて、俺はボタンを押した。
▽
探宮者とは、ある日を境に現実を侵食するように現れる
パレスはある日突然、そこにあった建物や空間に上書きするように現れる。幾つもの階層を経て最奥にいるボスを倒すと上書きされた現実が元に戻る、正体不明の現象。
放っておけばその範囲を拡大し、中から魔物が溢れ出すこともある。
探宮者達はそんなパレスに潜り、道中出現する魔物を狩り、レベルという恩恵を得てボス討伐を目的とする。
▽
「……つまり、俺にその探宮者になれと?」
「そのとおりポン!」
メールのボタンを押したあと、俺のスマホから白黒のまんじゅうが貞子よりもずっとポップに飛び出してきた。
それは子供みたいな声で自らを『ナヴィ』と名乗り、メールの文面の前半分をそっくりそのまま繰り返したのち、ひとり劇場で語り出した。
「もう1回言うけど、君は魔法少女になってほしいんだポン!ちゃんとわかってるポンか?」
「おぉもう1回最初からやってくれるのか」
「どうせそんな事だろうと思ったポン……仕方ないポンねぇ」
そう言うとナヴィは俺にとっては2度目の、見るに堪えないパワポのような画面を、プロジェクションマッピングよろしく楕円形の目から空間に映し出した。
でかでかと映し出されたのは──
……うん、2度目だと冷静に見れる。
正体不明のまんじゅうが当然に喋ってることを無視してなおツッコミどころしかねぇ。
なんでこんな目に悪い緑色なんだよ。
せめてフォント統一しろよ。
なんで虹色にしたんだよ。
誤字してんじゃねぇか。
動くな。
著作権あんのかよ、MHKってなんだよ。
「まず、パレスについては大丈夫ポン?」
「あー、うん、さっきも言ったけど義務教育で習ったから」
「じゃあ初めは飛ばすポン!」
ごあぁっ!と凄まじい数の項がスクロールされていき、次には相変わらず目に悪い緑色の中でいらすとや風の俺?がぴょんぴょん跳ねながら端から登場する。
だから動くなって。
「ご存知の通り、パレスの魔物は倒されると魔石を残して塵と消えるポン。パレスは専門の協会が管理していて、協会はパレスから現実世界に魔物が吹き出る事を防止するため探宮者を集い、魔石を買い取る事で御恩と奉公の形をとっているポン」
「御恩と奉公て、古いな」
「でも魔物が落とすのは魔石だけじゃないポン」
「無視かよ」
「魔物が霧散すると、魔石と一緒に魔力も出ていくポン。元の宿主を失った魔力は、元の宿主を倒した相手をより強い宿主として新しく宿るポン」
絵の中で俺?が魔物を倒すと、ドロップした魔石にはお金のマーク、漂う魔力には力こぶしのマークが描かれる。
そして魔力が俺?の方に集まり、俺?がパワーアップしたとコロンビア…じゃないマッスルポーズをとった。
魔石が収入となり、魔力が力になる表現……ぽい。
デフォルメされた顔なのでとても強くなったようには見えない。
「それを繰り返して、探宮者は生物として1段高いステージにのぼるポン、これがいわゆるレベルアップだポン」
「それがどう魔法少女と繋がるんだっけ?」
「やっぱり覚えてないポンね……」
スライドが変わり、今度は俺?が魔力をパクパク食べてレベルアップし続ける絵が映し出される。
レベルアップってそんな感じの表現でいいのか……
あ、俺?が急にむせて、光って、魔法少女に……なった??
「探宮者がレベルアップをする時、ごく稀に基礎能力が上がる以外で特別な力が芽生える事があるポン。まぁ本当に種類は様々だけど、なかでも魔法少女は特別なんだポン!」
「むせる必要あったか今の」
「すっごく確率が低いんだポン!」
「無視かよ」
「宝くじが当たるよりも低いポン」
「分かりづらいな」
「ソシャゲのストーリーガチャくらいポン」
「限定ですらねぇのかよ」
「六連単くらいポン」
「なんでそこで馬券なんだよ」
ナヴィのポケット(ポケット?)からはみ出した馬券が見えたがあえて言わなかった。あれ今日のやつだし外れてねぇか……?
思ったより俗っぽいぞコイツ。
「まぁ確率がすげぇ低くてレアキャラなのは分かったよ、それで魔法少女が特別なのか?今の言い分だけじゃ単にガチャでレアキャラ当てたいようにしか聞こえねぇな」
「さっきのは魔法少女の凄さを伝える一側面でしかないポン、ちゃんと事情はあるポン」
ナヴィは俺の前でふわふわと浮くのをやめて、居を正すように床におちた。
スライドが最後のページに移る。
そこには魔法少女が、雨を舌で受け取るがごとくバカ面で大口を開けて、掃除機のごとく魔力を吸い込む姿が。
「魔法少女だけが、パレスの天敵なんだポン」
「挿絵に悪意があるだろ」
「魔法少女は常に魔力を吸収し続ける性質を持つポン、普通の人間がパレスの壁を壊したところで魔力は吸えないけど、魔法少女はいるだけでパレスを構成する魔力を吸えるんだポン」
「3回目だからなお前」
「パレスはすっごい魔力の塊で、探宮者や魔物がスキルなんかで放出した魔力をさりげなく自分の物にしてたり、ほぼ無限に近い魔力供給量をもつけど、無限じゃないポン」
「…あー、つまり?」
「魔法少女はこの世界を侵食する現象たるパレスを消し去ることが可能で、なおかつパレスの拡大防止には最適の防人なんだポン!」
話してテンションが上がったのか、ナヴィはくるくると舞い上がって笑顔を見せる。
「つまりお前は救世系のファンタジーなわけか」
「雑だポン、まぁそんな感じでいいポン」
「……でもボスを倒せばパレスはどっちみち無くなるよな?いうほど魔法少女必要か?」
「ボスに挑むリスクなしでパレスを元から断てるのが魔法少女の利点ポン」
「へぇ〜…」
……話を聞いた上で、なんで俺がとか、俺が魔法少女になれる訳ないとか、当然納得のいかない部分は生まれた。
けどコイツがそう言っているって事は、
「…それにしても、よくここまでボクの話を聞いてくれるポンね?少しくらい驚いたり否定したりしないポン?」
ほら、あからさまに聞いてきた。
こんなジャストなタイミングで聞いてくるなんざ、俺自身でもなけりゃできないだろう。
けどそりゃまぁできるだろ、だって
「いいよ別に、
俺がそう言った時のナヴィの顔は読めなかった。
まぁいいさ。
俺は自分ひとりじゃ、どうにかなる事も満足に出来ないんだからよ。
▽
「歩いて行くんだポン?」
「リハビリだよ」
服を変え、靴を履き、探宮者になるため奇天烈な浮く白黒まんじゅうを傍らに松葉杖を叩いて家を出る。
目指すは近場のパレス協会、新宿。
しかし安っすいボロアパートの2階だから錆びた階段を降りるだけで一苦労だ。
こんな俺が魔法少女なんて、笑えるな。
「なんで怪我したんだポン?」
「お前見かけによらずズケズケくるな」
「知ってる事知らない事ははっきりしたいんだポン、知らないままにはしておきたくないんだポン」
「そこは
「ルッキズムはやめた方がいいポン」
「減らず口め」
リハビリのために歩くとはいえ、目指すは新宿、距離はある。昔なら車で行っていた距離だ。
それでも、幻覚相手でも道中話していれば足の痛みは気にならないだろう。
「面白くもない話だから、言いふらすなよ」
「口は固いほうだポン!」
「全身柔らかそうなくせにか」
「1番近いのはシリコンだポン」
「まじか」
「触ってみるポン?」
「うわマジだ」
……触っても違和感なし。
末期だな俺も。
「それで?なんで怪我したんだポン?」
「…別に、大した理由じゃねぇよ」
事故からそう時間は経っていない。
思い出すまでもなく言葉が口から出ていく。
「仕事がパァになる前は、毎朝車通勤で、毎回渋滞する細い橋を通ってた。そこで軽自動車とトラックの追突事故が起きた」
「ふむふむ」
「あとから言ゃ軽自動車の女の居眠り運転が原因だったが、火災に発展。ちょうど真後ろにいた俺は車に取り残された女を引っ張り出して……ドカン!吹っ飛ばされたわけだ」
「死ぬほど痛いやつポン」
「他人事だからって雑だな」
「女の人はどうなったんだポン?」
「お前な……俺と一緒に橋から落ちて川に落ちて、俺が下敷きになったから無傷だった。俺はこのザマなのにな」
「じゃあその怪我は人助けの結果ポンね!すごいポン!やっぱり君には魔法少女の才能があるポン!」
あってへ行ってこっちへ行って、空気の抜けた風船みたいにナヴィは飛び回る。
何が魔法少女の才能だよ、鬱陶しい。
こんな話で俺を褒めるな、俺はそんな人間じゃない。俺はもう二度と他人を助けない。
本当の意味で人助けができる人間が、あとから恨めしく腐るものかよ。
「感謝状なんて、そんな高尚な人間じゃないんだ、俺は……」
「いま何か言ったポン?」
「うるせぇ、あとたまにぶつかってくんな鬱陶しい」
「ふぎゅっ!」
びゅんびゅん目の前で飛び回っていたナヴィのシリコン質なボディを掴み取る。
疲れたからちょっと休憩だ、付き合え。
「休憩するポン?」
「あぁ」
テニスコートサイズの小さな公園に入って、ペンキのはげたベンチに腰をおとす。
住宅街の中だっていうのに誰もいない。
こんな所あったんだな……家の近くだってのに知らなかった。仕事してた頃は外を歩くなんてろくにしてなかったから……
「…どうかしたポン?」
「なんでもねぇよ」
顔覗き込んでくるんじゃねぇ。
お前は犬かよ。
……犬?あぁそうか、そういえばだな
「お前、俺ん家に住み着くつもりか?」
「もちろんだポン!ナヴィは魔法少女になる君のナビゲーター、苦楽を共にする仲だポン!」
「飯とか、どうするんだよ」
「苦手な物はないポン!なんでも食べられるポン!強いていえば鶏肉が好きポン!あでも皮の裏の脂は下ごしらえでちゃんと落としてほしいポン」
「なんでそんなピンポイントでこだわりあるんだよ。……あーはいはい、食費かかる系ね……」
がっつり住む気まんまんじゃねぇか。
こいつ顔の割にわりと食いそうだしな……
2人暮らしとなると、金が足りなくなりそうだ。
「…じゃあ、パレスで稼がなくちゃな」
「レベルアップすれば稼ぎやすいポン!魔法少女になればがっぽがっぽだポン!」
「俗っぽいなぁ〜」
▽
パレス入りに必要な探宮者資格は取れてしまった。
思ったよりあっさり。
資格が取れてしまったならと、そのままの勢いで最初に選んだのは初心者向けという『新宿パレス』。
歴史上初めてパレスが観測され今もなお攻略が停滞しているという『東京駅パレス』とは違い、行進の育成のためとあえて残されている場所。
そんなパレスの門を初めてくぐった日の収入は500円だった。
「つらい」
5時間弱パレスを徘徊して500円。
あげくパレスから戻った後は疲労で1時間動くことができなくなった。
それもこれも俺の半身が麻痺しているせいだ、支給された剣があったところで松葉杖で半身を引きずっていたら常にぴょこぴょこ移動している魔物に追いつくどころか見向きもされやしない。
「どんくさいポンねぇ…」
「見りゃわかンだろが……!」
「この調子じゃレベル1になるのに──」
「うっせ、はぁ〜〜……」
何をしているんだ、俺は。
自己満足の幻覚の言われるまま探宮者になって、満足に動かない体を引きずってまで汗だくになって、500円玉1枚ぽっち握りしめて。
「…………帰るか」
「了解ポン!千里の道も一歩から、魔法少女への道も今日の1歩が始まりポン!進捗が良くなくても気にすることないポンよ!」
なんでコイツはこんな元気なんだ……。
もう言い返す気力もねぇ……。
「帰りにコンビニ寄るぞ」
「何か買うポン?」
「お前の寝床とか買うんだよ、ペット用品くらい売ってるだろ、あと今日の晩飯買う、作る気力ねぇ」
「……意外と面倒見がいいポン?」
「うるせぇ」
▽
次の日も俺はパレスに潜った。
俺が見る幻覚だっていうのに人前になると律儀に隠れるナヴィを連れて、地下に広がる新宿パレスを塞ぐように後から建設された『パレス協会新宿支部』の改札を、松葉杖で片足引きずって歩く俺に向けられる視線を無視して通る。
それから階段を何段も下っていくと、極彩色で幾何学模様な水面が現れる。
それがパレスと現実の境目だ。
それをくぐれば、コンクリートとタイルで舗装された階段は不揃いな石の段差に姿を変える。
俺は得物を弓に変え、新宿パレスの第1層で待ちの狩りをした。新宿パレスの第1層は苔むした洞窟の様相をしていて、5%のレア湧きを除くと、額から伸びる鋭利な角と見敵必殺というファンキーな性質をもつホーンラビットばかりが出現する。
その階層で岩壁を背にして座り込み、俺を見たホーンラビットが突撃してくるのに合わせて矢を放つ。
こちらに真っ直ぐ突っ込んでくるホーンラビットの眉間に矢を当てるのは動く的に当てるよりも簡単だった。
動かなくていいのもよかった。
あとは最後に魔石を回収するだけでいい。
そうして2日目は1500円。3匹狩れた。
しかしそれでは安定した収入には程遠く、1年先なんて生活できそうにもない。
現に猛暑の季節、帰る頃には半身引きずって歩くには酷な気温になっていて1度脱水を起こした。それで2日目はタクシーを使って帰ったが、それで2日間の収入は20円のお釣りを残して無くなった。
俺はより沢山のホーンラビットが狩れるポイントを探して日毎場所を変え続けた。
その甲斐あって、1週間後にはなんとか日に3000円は安定するようになってきていた。
「日給3000円……30日換算の月給に直せば9万か、被扶養者のバイト並だな」
「高校生のバイト並ポン」
「言い直さなくていい」
1週間もすれば弓にも慣れてきて、こちらを発見し突っこんで来る前…多少動いているホーンラビットにも当てられるようにはなってきた。
ただやはり突っ込んできてくれた方が魔石が近くに転がり回収が楽なので、結局待ちに落ち着いた。
俺は割と弓の才能があったらしい。
講習では「難しいですよ」と言われたうえで、ろくに歩けない俺が唯一まともに使えそうだからというだけで選んだが、意外な発見だった。
あと矢を内側につがえると楽だった。
「……しかし、やっぱ少なくね?」
1週間パレスにいて俺はある違和感を得た。
"前情報で聞いていたより魔物の数が少ない"。
初心者用パレス新宿第1層でトップのシェア率を誇るホーンラビットの平均日別湧き数は最低20匹と聞いていたんだけど、何度場所を変えても5匹前後しか見ない。
もう第1層全てのフロアは見たのに。
「たまたまか、前情報が古かったか、ワザップにでもしてやられたか……」
「ワザップってなにポン?」
「……お前その辺知らないのに競馬はするのな……」
「なぜバレたポン!?!?」
ふざけたヤツとふざけたやり取りをしていても、芳しくない現実は見なければならない。
初心者用と言われるだけあって、新宿パレスは攻略し尽くされた場所。
ボスも飼い殺し状態。
俺がネットで参考にした最新情報でさえ3年前の日付で、つまり更新の必要がないほどの枯れ地。
多少情報と実態に齟齬があろうと、ホーンラビットの湧き数が少ない程度の事はなんでもないんだろう。
そもそもちゃんと稼ぐヤツはパーティ組んで5層より深い所に潜るからな。
▽
新宿パレス第1層に湧く魔物は2種類。
95%がホーンラビット、別名ロケット兎。
強靭な後脚を使って頭部の角をぶっ刺してくる、かわいい見た目によらず殺意マシマシの魔物。
何度も追いかけられたり、自分よりも強いモンスターに晒されたりして追い詰められると目を赤く染めて、誰彼構わず突撃しはじめる問題児。
ただし貫徹力はそこまでないので、生身でもない限りまず貫通されない。突っ込んできた所を盾受けして、生まれた隙に倒すのがセオリー。
魔石買取単価は一律500円。
残る5%、いわゆるレア枠が
酸性の毒を吐くので、ホーンラビットと違って盾受けすると後悔する。
吐く毒液は放物線を描いて飛んでくるものの、ホーンラビットの突撃に慣れた目があれば回避が余裕。
ただし近距離だと出の速い舌が巻きついてくるので、遠距離から倒すのが楽。
魔石買取単価は1200円。
2週間もすればホーンラビットを日に10匹、たまにケミカルフロッグも狩ることができるようになった。
最終的に俺が第1層で落ち着いたのは、第2層へ繋がる階段からは最も遠い端のフロア。
体感最も多くホーンラビットを狩ることができて、行き止まりの地形は壁を背にすると魔物が来る方向を正面に絞れて良い。
あとはやる事は同じ。
弓を構えてひたすらに待って、魔物が現れたら、
「目標をセンターに入れて……なんつって」
この繰り返し。
ようやく日の稼ぎが安定して5000円を超えるようになってきて、余裕がうまれてきた。
昨日はケミカルフロッグを2匹も倒せちゃって日給7000円、良い感じだ。
一時は就職活動とか療養に専念するべきだったのかもと思ったけど、この調子でいけば前の仕事より稼げるようになっちゃうんじゃないだろうか。
そのためにも……
「レベル上がってくれぇ…」
「ポンポン」
「……相槌でいいのかそれ」
「ポン↑ポン↓」
「あー、はい、そうなのね…」
より高価な魔石は、より強い魔物が持っている。
より強い魔物は、より深い層にいる。
より深い層に、より強い魔物を狩るには強い力が必要になる。そのためにはレベルアップが必要だ。
とにかく魔物を狩り続ける事がさらなる収入に繋がることは明白。
ていうかナヴィの食費が割とバカにならない。
ペットフードは欠片も食わないし、鶏肉が好きとか言いながら平気で豚肉も食うし野菜も食う、子供みたいな声をしているくせに俺と同じくらい量も食べる。
そのくせ連日似通ったメニューになると小言を言ってくる、まさか最初に少し浮いた金で料理本を買わされることになるとは思わなかった。
パレスの中では転がった魔石を広い集めてくれるだけマシだが、「たまに心へのおやつは必要ポン」とかいってケーキを買わせてくるのはやめてほしい。
柄にもなくケーキ作りまでやらされ始めた始末で……あーいや、やめよう、考えると疲れる。
「……俺はどこを目指してるんだ…………」
「そりゃレベルアップで魔法少女ポン」
「あー、はいはい……」
▽
そうして飯を一緒に食べたり、
「ほい、今日の晩飯は鳥の照り焼きな」
「美味しいポン!美味しいポン!!」
「あっテメェいただきますしやがれ!」
「我慢できないポン、ご飯がすすむポン〜」
「皿舐めるなバカまんじゅう!」
なし崩しに一緒に寝たり、
「なんでこっち入ってくんだよ、ベット買ったろ」
「さむいポン」
「いや暑いだろ、今夏だぞ」
「…………」
「……っち、わーったよ好きにしろ」
「……やっぱり優しいポン」
「叩き出すぞチビまんじゅう」
そうしているうちにあっという間に1ヶ月、不本意ながらナヴィとの生活にも慣れ、家とパレスを往復する生活を続けていた頃に変化が起こった。
なんとなく、本当になんとなく、体の内側で何かが変わりつつある感覚が断続的に続くようになった。
講習で聞いた通りの話なら、レベルアップが近い兆候そのものだった。
これまでに倒したホーンラビットの数はとっくに200を超えていてようやくのレベルアップ、もうネットの情報は信じない。
ちゃんとしたレベルアップの際には講習修了の時に貰ったチェーン付きの
時刻はもう19時を超えて遅い時間だけど、待ちに待ったレベルアップがもうすぐと分かっていて帰る気になんてなれない。
「待ちきれないし、もうちょっと頑張ろう」
「もう遅い時間ポン、帰ろうポン」
「お前はレベルアップ催促する立場だろ」
「出かける前に作ってたタルト、食べ頃ポン」
「そこは俺の心配してくれるわけじゃないのね」
……ともかく。
俺は重い腰をあげて、魔物を求めて他のフロアへ行くことにした。
そこで俺は後悔した。
それは講習で習ったことだった。
パレスの中ではごく稀に、モンスターが異なる階層に出現する事がある。浅い階層の弱いモンスターが深い階層に出現する事がほとんどだが、その
それが1度でも起こったなら、そのパレスでは遠くないうちにモンスターが地上へ這い出ようとする
その名を
該当の現象を確認した探宮者には協会への報告義務が発生し、決して戦闘行為を行わず速やかに撤退する事が強く推奨される。
報告義務を放棄することは後の探宮者を危険に晒す事に通じ、パレスという災害に向かう全ての人間に対する敵対行為に等しい。
幸い過去、その義務を放棄した人間がいるという記録は存在していない。
ただ同時に、ドリフトを確認した人間が無事で帰ってきたという記録も存在しない。
何故なら浅い階層の探宮者とドリフトで出現したモンスターとでは、それまで探宮者優位であった狩りの関係があっけなく、逆転するからだ。
俺はフロア境の壁に隠れながら、それを見た。
深緑の巨体がホーンラビットを食い荒らす様を。
「ワイバーン……ッ!?」
正式名称をメノウワイバーン
食性によって
硬い鱗は剣や矢を弾き、15mもある体躯からは想像もつかないような軽快な動きで狩りをする。
パーティを組んで対処するべきモンスターで、タンクと前衛で気を引き、鱗の薄い下側から魔法で貫くのがセオリー。
普段は群れをなして飛んでいて、探宮者達を見つけては急降下して襲ってくる。メノウワイバーンが出現する階層に潜る探宮者達の間では"話の途中だがワイバーン"が定型句で、
「手に負えないな……」
「ここは撤退するポン」
俺とナヴィは声を殺し、足音をたてないようそっと後退する。幸いに地上に戻れる階段は近いし、メノウワイバーンに見られずに向かう事ができる。
あとは音さえ気をつけておけば
「──後ろ!!」
「バカ大きな声を──ッ!」
ナヴィがいきなり大きな声を出して、振り返ったら、脇腹に熱い感触が広がった。
「───あ"?」
俺の脇腹に、ホーンラビットが刺さっていた。
協会から支給されて、これまで忘れず身につけていたプレートの隙間に、きれいに。
「ッ、あ"あ"あ"あ"!!!!」
俺は矢筒から矢を掴み取って、そのままホーンラビットの脳天に突き刺した。
ホーンラビットは死んで、魔石と塵になって消えた。当然俺に刺さっていた角も消えて、剥き出しになった切開部から血が溢れだす。
「ん"、ん"ん"ん"ん"ん"んッ!!!!」
「しっかりするポン!早く逃げるポン!」
熱くて、痛くて、辛い。
声を抑えようとしても、長さ15cm太さ5cmはある異物が腸をごちゃ混ぜにした痛さと気持ち悪さで体が勝手にのたうち回る。
松葉杖を掴んでいることもできなくなって、転んで、矢筒も落ちてガラガラと大きな音が鳴る。
1層では聞いた事がない重い足音が近づいてくる。
視界の端に光るものがあったような気がしても、見ていられない。
なんとか逃げなくちゃと無理くり体を引きずっても、メノウワイバーンの方がずっと早かった。
「──ぁ」
捕食者は躊躇いがなかった。
後脚と翼腕で、地面を走るように俺めがけて突っ込んできて、上顎と下顎の先を揃えて俺を岸壁に押し付けた。
胸から下のほうで潰れる音がたくさんした。
俺はもう、何ともわからないものを泣き叫んでいた。
メノウワイバーンは知恵あるモンスターだ。
群れる利点を知っているし、瀕死の獲物がとる必死の一撃が恐ろしいことも知っている。
だからメノウワイバーンは狩りにおいて、目の前の獲物がたとえ見るからに瀕死であっても、執拗に攻撃し確実に命を絶った上でその死肉を食い漁る。
だから、メノウワイバーンに襲われて亡くなった探宮者の身元特定はかならず難航する。
それが人であった形跡すら、探すのが難しいから。
意識が残っているのが不思議だった。
もう何度体を潰されたか分からない。
右腕と、胸から下以外の感触がない。
目は見えるけれど、たぶん片方潰れているのか、真っ赤になったメノウワイバーンの鼻先と、ナヴィがメノウワイバーンに体当たりしては、柔らかく跳ね返されている姿しか見えない。
「……しぬのか」
耳は聞こえない。
飛び寄ってきたナヴィがなんと言っているかも分からない。なのに不思議と口は動く。
意識がはっきりしてる。
呼ばれている気がする。
ナヴィにか?
……いや、違う。
俺の
……不思議な体験だな、死の間際で尚のことおかしくなっちまったのか。
でもたしかに、あぁ。
声は無くても、俺に呼べと言っているのが分かる。
……正直、もうがんばりたくない。
なのに俺ってやつは、あぁ、またこれか。
また、他人のために動こうとしてる。
学習しろよ、いい加減に。
……でも、そうだよな。
「俺がいないと、ナヴィが腹空かすもんな……」
だから俺は残った右腕を伸ばして、呼んだ。
「
伸ばした手の先で集まる光の線達を、まとめて強く、何より強く握りしめる。
掴んだものは、
手のひらサイズの小さな鍵を人差し指と親指で持ち直し、胸の中央、鎖骨の間に突き刺し、ひねる。
痛みはない。
それが、
胸元から溢れ出した白い光が無数の帯となって、メノウワイバーンを突き飛ばし、欠けた体を再構築していく。
足りない分はサイズを落として。
なくなったものは作りかえて。
光で満たされた空間の中で、重力から解放されたかのように体が自然と浮かびあがり、地面へと足をつける。
己の身体に目を向けると、潰れたプレートも血まみれの服も、身につけていた全てが消えている。
白色の光がリボンのような形状をとって、新しく作られた自分の身体に巻き付いて、少女の輪郭を飾りつけていく。
足先にはTストラップのヒール、太ももにかけて透けていくソックス、続いてガーターベルト、足を晒すフィッシュテールのスカート。
フリルのあしらわれた衣装が下から上へ構築されていき、最後に髪が伸びて、色が変わり、安定する。
全身の着替えが完了すると、最後の仕上げといわんばかりに、胸元に残っていた鍵が溶けるように体へと吸い込まれていく。
そして鍵が全て飲み込まれると、光で満たされた空間が消えると同時に、それまで灰色だった衣装に色が灯る。
純白とささやかな純金、鍵と全く同じ色に。
開けた視界の中で、視線の先には向こうの壁に叩きつけられてもがくメノウワイバーンの姿が見える。
それでもたじろぐことなく、2本の足でまっすぐ立って、体は組み込まれたプログラムをなぞるように動く。胸元に手を当て、糸を引くように軽やかに光の線を引き出し、両手のひらで挟み、広げて、鍵の杖へと変じたそれを掴んで構える。
『秘密を明かす銀の鍵、
目の前の餌が明確な敵に変じた事を理解したのか、メノウワイバーンが咆哮をあげた。
けれどもう遅い。
この体は既に、敵を倒すために動いている。
『クラウンリボン』
髪を後ろで結んでいたリボンを引き抜き、ワイバーンへ差し出すように宙に置く。
リボンは急速に球体へと形を変え、矢よりも速く、人ひとりよりも大きな光のリボンが何枚も飛び出して、ワイバーンの体を乱切りにした。
▽
気付いた時には家にいた。
見知った天井を見上げていて、自分のベッドに寝かされているのが分かった。
ただベッドが大きいような違和感がしたところに、ナヴィが顔に飛びついてきた。
「ぐぇっ」
「目が覚めてよかったポン!痛い所はないポン?!すぐに言うポン!!」
「とりあえず顔からどいてくれ何も見えん」
「ご、ごめんポン!」
無臭の白黒まんじゅうが顔からどいた後、すぐに起き上がった。
そう、すぐに起き上がれる。
体は軽い。
痛いところもない。
ただ違和感だらけだ。
「……ナヴィ、これはお前の想定通りか」
「あ、えーっと……その……」
言わずとも、ナヴィは俺が何を聞いているのか分かっているはずだ。そのうえで言葉を濁し、すぐには答えない。
自分の中でナヴィへの信用が減っていくのが分かった、同時にナヴィが俺の見ている幻覚ではないという確信が増えていく。
俺の幻覚でしかないと思っていたナヴィの言っていた"魔法少女"が実際に起きた、それだけでも十分だというのに、俺がナヴィに疑いの目を向けていても、ナヴィは破綻することなくそこにいる。
それはナヴィが俺の幻覚なんかじゃなくて、確かに存在する個人だという証拠だ。
「もう1回聞くぞ、これはお前…知ってたのか」
……が、しかし。
もうそんな事よりも大事なことがある。
俺の体が魔法少女のそれから戻っていないことだ。
いや、服は元通りになっている。
男だった時の服のまま、体の小さな女の子になってしまっている。
くたびれるほどに着慣れていたはずのシャツが、大きすぎると感じる。
低くて聞き取りずらいとさえ言われた自分の声が、子供のように高い声になっている。
ベッドが大きくなったように感じて当然だ、俺の方が小さくなったんだから。
スマホの中から飛び出してきた白黒まんじゅうが現実の存在だと分かった以上、そいつが言った通りの現象…俺が魔法少女になるという事が起きても、それ自体は不思議じゃない。
だが、体が戻らなくなるなんて話は聞いていない。
俺は飛び起きて、白黒の体を掴んで問いただした。
「次無視したらお前の体を左右白黒きれいに切り分けて森に捨てるぞ、蟻の餌になりたいか」
「──ッししし知らない!知らないんだポン!!」
「ならお前の知ってること全部話せ」
「そっっ、れは、その…できないポン……」
「お前自分が今どういう立場か自覚してるか」
「してるポン!でも話せないんだポンッ!!!」
白黒まんじゅうの目には涙が浮かんでいた。
1ヶ月一緒に生活してきて初めて見る。
そんなもので性別ごと変えられた怒りが静まっていくのを感じる、そんな自分が馬鹿馬鹿しい。
「……話せない理由はなんだ、それは話せるか」
「…これポン」
ナヴィは口を開けて、舌を出した。
これまで何度もご飯の時間に大飯をかっくらっていた舌だ、俺の作った飯をおいしいポン!とか言って大袈裟に食って、ある時はソースまで舐め取ろうとしていた舌だ。
そこに、光る模様があった。
文字なのか記号なのかさえ分からない。
単なる外国語というには幾何学的すぎる。
1番近いと思ったのは、それこそゲームやファンタジーに出てくるような……魔法陣。
「それのせいで喋れないのか」
「ボクたちの世界では、こちらの世界で魔法少女の素質がある人が見つかったとき、導き手を派遣するポン。ただし不必要にボクたちの世界の事を喋らないように隷属の魔法をかけるんだポン」
「今話してることは大丈夫なのか」
「ボクが別の世界から来たって話は大丈夫ポン、魔法少女との円滑なコミュニケーションのためにある程度出自を明かす事は許されているポン、でも隷属の魔法の事は、だめポン」
「話したらどうなる」
「この魔法は車載カメラみたいな仕組みで、ボクが許されたこと以上を話したとみなした時、30分後に該当の記録を報告、その日魔法少女が寝ている間にボクは送還されて、代わりが来るポン」
「代わりって何だ」
「代わりは代わりポン、寝ている君の記憶から前任者が喋りすぎた記憶を消去して、前任者がいた記憶に自らを上書きして、次の日からボクとして君の隣にいるポン」
「送還されたお前はどうなる」
「……言いたくない、ポン」
ナヴィの声は震えていた。
沢山のことを聞き出しているうち、気付けばナヴィをきつく握ったはずの手を離していた。
俺ってやつは本当に、どうしようもない。
「……お前、なんでそれを話した」
「…………」
「……それは、言えないのか、言いたくないのか」
「…………」
「…そうか」
ナヴィの顔は見えなかった。
いや、俺が見たくなかった。
要は俺は、たかだか1ヶ月の付き合いの不思議生物に絆されていたわけだ。他人を助けて自分の人生を棒に振る俺らしいことこの上ない。
心底、馬鹿馬鹿しい。
居眠り運転で事故ったバカ女を助けて半身麻痺、今度は正体不明の白黒まんじゅうの言いなりになって性別も何も失っちまった。
個人情報どころか保険も戸籍も、探宮者の登録さえ失うかもしれない。
生活ができなくなるどころの話じゃない。
文字通りに生きていけない。
なのになんで俺は、背を向けてふくれっ面をするくらいしか出来てないんだ……!
子供の喧嘩じゃないんだ、なのに、なんで。
こいつを放って出ていくことも、そうやって簡単にこいつとの関係を終わらせることさえ、なんで出来ない……ッ!
「……君に、嘘をつきたくなかったんだポン」
──やめろ。
「君がボクを夢かなにかだと勘違いしてる事は分かってた、でもボクは都合が良いからってそれを黙ってた、本当の事を言わないまま君の隣に1ヶ月も居続けた」
──やめろ。
「ボクは君を騙してた。それがバレて追い出されて、君と一緒にご飯を食べたり、一緒に寝たりする時間がなくなるのが怖かった」
──それ以上、なにも
「そんなボクが君に許されちゃだめなんだポン、僕は罰を受けなくちゃならない、君に怪我を…怖い思いをさせた罰も。だからボクのことは忘れてほしいポン!君が怖い思いをした記憶も消してもらえるようにお願いしておくから──」
「それ以上、もう何も言うな」
──これはこの体の影響か?
いや、そうだ、そうに違いない。
だって涙脆いにも程がある。
なんで俺は泣いてるんだ。
たかだか1ヶ月過ごしたやつを、俺を騙していたやつを、俺の人生をめちゃくちゃにしたやつを、なんで抱きしめて離せない。
……あぁクソ、クソったれ。
いいさ、言ってやるよ。
どうせお前に会う前からもうおかしくなってたんだ、言ってやるさ。
俺はイカれたお人好しだよ、ちくしょう。
「お前がいないと、飯が寂しいだろ……ッ!」
「──っ!でもっ!!」
「うるせぇッ!変身ッ!!!」
「なっ!?えぇっ!?!?」
いつの間にか…多分目が覚めた時には首から下がっていたのだろう銀色の鍵を、また乱暴に胸に差して、開く。
2度目の変身。
2度目の魔法少女。
自分を守るためでも、モンスターを倒すためでもなく、本当に学習しない我ながら、
『しがらみを解く銀の鍵……ノウム・トゥルース。今はただ、友のために』
うるせぇ俺の口のくせに勝手に喋るな。
「……なんで顔赤くしてんだお前」
「だ、だって、いま、とも、友達って……!」
「聞き流せよ」
「むりポン!ぜったいむりポン!!」
うるせー。
なんだこいつ、友達いなかったクチか?
そんなとこまで俺と一緒じゃなくていいだろ。
俺が今からしようとしてる事を説明したところで、さっきみたいにギャーギャー御託を並べられるなこりゃ。
「ナヴィ、舌出せ」
「…………??????」
「キスすんぞ」
「……え"っ"!?!?!?」
「隙あり」
キスなんてするわけないだろう。
驚いて口を開けたところに舌を人差し指と親指でキャッチする。いやぁ魔法少女ってのも悪くないな、四肢が先まで自由に動く。
「
「ヤだね、要はこいつを何とかすりゃいいんだろ」
「──!!」
片手でナヴィの舌を掴んだまま、もう片方の手で握っていた鍵の杖を、変身の時に使った大きさまで戻す。
暴れてのたうち回るナヴィの制止を無視して、穴に糸を通すようにゆっくりと、舌の上で光る魔法陣に差して──開く。
お前の顔がよく見えるぜ、ナヴィ。
涙脆いこの体が目元にたっぷりこさえた水たまりが邪魔でも、お前のアホ面はよく見える。
あの話ぶりだ、出来ないと思ってるんだろう。
しちゃいけないと思ってるんだろう。
お前の舌に刻まれた隷属の魔法を解くなんてこと。
だがこの力は、この魔法少女は、
お前の
「諦めろよナヴィ、お前の隣は、どうしようもない
「───ッ!!!!」
光が、溢れた。
▽
結論からいうと、ナヴィにかけられた隷属の魔法を解くことは叶わなかった。
俺の魔力が足りなかったか、魔法の力が足りなかったのか、隷属魔法の中身を処理しきることが出来なかった。
兎にも角にも実力、レベル不足。
ただしそれでも、隷属の魔法が保持していた、俺が目覚めてからの記録は消去できた。
つまりこれで、ナヴィが送還される理由はない。
「もっとレベルがあがったら、何とかしてやるからな……っていつまで泣いてんだチビまんじゅう」
「う"う"ぅ"〜、だって、だってぇ〜」
「いつもみたいにポンポン鳴いてろよ、ガチ泣きしてんじゃねぇっての」
「……そういう君も目元まっかポン」
「うっせ」
ぴーちくぱーちく泣き続けるナヴィを抱えて、ベットに倒れ込む。
今の俺は魔力を使い果たして魔法少女の姿を失っている。それでもやっぱり姿形は魔法少女のそれのまま、2度目の変身解除でも元に戻る事は起きなかった。
これからどうするのかを考えなくちゃならないが、正直体が重くてだるくて、考え事は全部明日にまわしたい。寝たい。
見知った天井を見上げたまま、ぶっきらぼうに聞こえるようにナヴィに言った。
真面目に話したなら今のナヴィが思い詰めすぎる事なんて容易に想像がついたからだ。
「あーなんだ、お前が罰だなんだ言ってたのもう気にすんなよー?どっちかつーと明日からのことを手伝え」
俺としては、本当の事を話されていなかった事も女の子の姿か戻れない事も、どちらもとっくに起こってしまった事だ。
あとから償われたところで何も変わらない。
それに俺は、送還される事を覚悟していた時のナヴィの言葉を信じることにした。
俺の体が少女のそれになってしまったことに、ナヴィは知らないでも言いたくないでもなく"分からない"と言った。つまりは仮に俺が十分にレベルアップして隷属の魔法を解除しても、ナヴィの口から答えが出ることはないということ。
なら今すぐに答えは手に入らない。
どっちにしても説明不足な件と隷属魔法の件についてナヴィの世界にカチ込むつもりではあるが、その時に知ってそうなやつをシめて聞き出すことにしよう。
少なくともこっちの世界で少女化なんて現象、解決どころか説明もつけられるわけがない。
だから今できる事はこれからの事だ。
でも俺はいま何も考えたくないから、明日からお前手伝えよと、そういうつもりで言った言葉にナヴィは飛び跳ねた。
「わかったポン!すぐ準備するポン!!」
「あぁおい、飛び出すなって、あとでいいから」
「ちょっとスマホ借りるポン!!」
「話聞けってお前……っ、いつの間にパスワード覚えたんだよ……たく」
俺のスマホの方へ飛んで行ったナヴィを追いかけようにも、一度横になってしまった体は鉛のように重くて起き上がれない。
唯一、さっさとスマホのロックを解除したナヴィが次に通販のサイトを開くのが、ナヴィの瞳に映った反射で見えた。
……この体は視力もいいらしい。
「……何か買うのかぁ?」
「君の服ポン!」
「…………ふくぅ?なんで?」
「疲れてると思うけど、自分をよく見るポン」
「あぁ……?」
言われた通りに、寝たまま首だけ動かして下を見る。
そこにあるのは少し前飛び起きた時にすっぽ抜けたであろう当然ながら男物のズボン、パンツ。寝ている今でさえオーバーサイズすぎるシャツの、前のボタンが外れていて、インナーが見えている。それもまたサイズがぶかぶかすぎて、胸部から首元にかけてが丸出しになっていた。
体の推定年齢にしては大きな丘も見えてしまう。
「……これは立ち上がったらひどいやつか?」
「肩幅が合ってなさすぎて全部ずり落ちるポン、さっきだってポロリしまくってたポン」
「お前俺らがさっきまで割と感動的な話してた自覚ある?台無しだよ割と」
「今はこれからを考える時間ポン、前だけ見るポン」
「おい涙返せよ」
「えぇと、スモックは水色が定番ポンね〜」
「てめぇっ!!」
俺は飛び起きてナヴィに飛びかかった。
自由に飛べるのをいいことにスマホを抱えて回避するナヴィ、再度飛びかかる俺。
3分ほどそれを繰り返していたら隣人が「うるさいのよ!」と壁ドンしてきて、固まったところを確保した。
「やぁっと捕まえたぜクソまんじゅう……!」
「暴力反対ポン〜!」
「くっくっく、紐でくくって車輪つけて、やたら住宅展示場で配ってる動物風船もどきにしてやる……」
「帰り道で飽きられて捨て方に悩まれるやつポン!せめて1日はかまって欲しいポン〜!!」
「くっくっく……うん?」
ドタバタ走り回ったときに舞い上がったのか、1枚のレシートが目の前にひらひらと落ちてきた。
キャッチすると、そこに書かれていたのは買取と特別手当の領収書だった。
メノウワイバーンの魔石買取で20万円、
しめて70万という大金が翌営業日に口座へ振り込まれるという内容の領収書。
見覚えのある、パレスを出てすぐの協会の、魔石換金所の受付がいつも手渡してくれたもの。
額こそ初めて見る桁なものの、領収書自体は見知っている。それが意味するところに俺はすぐ理解がついてしまった。
わなわなと手が震え始めている。
それでも、努めて冷静にナヴィに聞いた。
「……ナヴィ、俺が気を失ってる間、俺は何してた?家に帰るまでどうしてた?」
「えっと……まず魔石を換金してたポン」
「……それで?」
「それから第1層にメノウワイバーンが出現した事も伝えてて、証拠にメノウワイバーンの魔石も渡してたポン、受付の人はすごく驚いてて……」
「……」
「沢山の事を言ってたポン、スタンピードの事とかお金のこととか、明日から忙しいとかお金の振込とか、君は話を聞き終えたらすぐ帰っちゃったポン」
「…………それは、ずっと魔法少女の姿で?帰り道もずっと?徒歩で?」
頷くナヴィ。
膝から崩れ落ちる俺。
その音に壁ドンする隣人。
「終わりだ…………」
俺の知らぬ間に、俺の体は勝手に動いていた。
いや、魔法少女に変身した直後は勝手にポーズとるわ勝手に喋るわで、意識を失っている間に勝手に動いてもそれ自体は驚かない。
むしろパレスの中で倒れられていたら命の方が危なかった、それはいい。
ただその代わりと言わんばかりに俺の社会性は抹殺された。魔法少女の姿を公に見られてしまった。
魔法少女の俺がとった行動はおそらく俺のルーティンだ。モンスターを倒したら魔石を拾い、換金所に行って売却し、徒歩で帰る。
それはいい。
だが換金所のところで必ず探宮者資格証と
顔写真や魔力波形は当然男の時のものだ。
それが今家に帰ってこれているという事は、照会の時はどうしたんだ?
この体の変化はコスプレだの装備変更だので説明がつくわけがない。
換金所の人がスタンピードの情報で焦って動転してスルーしてくれたのか?それとも何か魔法少女の都合のいいアレで隠し通せたのか?
俺の存在は今社会的にどうなっているんだ。
定期ケースの中に入っている資格証も識別証も見たくない……自分の知らないところで大事が起きているのに、現実を直視したくない……もう何も見たくねぇ……
「問題が山積みすぎる……」
「き、気をしっかりもつポン、今気を落としても何も変わらないポン、明日確認すればいいポン」
「さっきまでバカやってたやつに慰められちまった……」
「きょ、今日はもう寝るポン、明日考えるポン」
「うん……」
もう無理限界三歩奥な俺はナヴィを抱き寄せて、ベッドに入った。ベッドの上に脱ぎ散らかされたズボンにパンツにシャツにインナー、全部を足で落としてナヴィと自分を布団でくるむ。
1ヶ月一緒に暮らしてきて初めてここまで密着して横になる。けどむしろその方がよかった。
考えれば考えるほど社会的立場も個人証明も無くしたかもしれない自分の事がぐるぐるして、いつもより辛い現実に耐えられそうにない。
事故のことさえ思い出して、男の時は平気だったのに今は泣き出しそうなんだ。
「き、君ってベッドに入る時裸族だったポン?1ヶ月で初めて知ったポン…!」
「気遣うにしても冗談ヘタすぎ」
「ごめんポン……」
「変なとこ触らなけりゃ、別にいい」
「お胸もお股も触らないポン!」
「オブラートは剥がさんでいい……まったく」
「で、でもおてての中にはいさせて欲しいポン、君の手は温かくて落ち着くんだポン」
「……好きにしろ」
俺はナヴィを胸にぴったりつくように引き寄せて、手のひらで包んだ。
それこそ子供みたいに脚もたたんで。
この体は、体が自由に動くのはいいが色々と困る。服のサイズは合わないし、涙脆いし、何より寂しがり屋だ。
こんなポンポンポンポンうるさい白黒まんじゅうの、ちょっと人肌より温かい体温で安心してしまう、極度の寂しがり屋。
それに、
「……ありがとな」
そんな言葉が出てしまうくらいには、嘘をつくのも隠し事をするのも苦手だった。
※なお寝相は悪いものとする