「ここからが、始まりだよ。君たちが守ろうとしているその『正しい歴史』が、どれほど脆い砂上の楼閣か……僕が証明してやる」
僕の言葉に、レグと名乗った特務捜査官は顔を険しく歪めた。
「減らず口を。歩け。貴様の天才ごっこは、これで終わりだ」
背中を銃のストックで小突かれ、僕は部屋の中央に彼らが用意した『模造タイムドア』へと足を踏み入れた。
出木杉が恐怖で腰を抜かしているのが視界の隅に映ったが、彼にかける言葉はもうない。ここから先は、僕という異常値と、世界の法則を管理する者たちとの、僕にしか理解できないゲームだ。
バチィィィン!という強い放電音と共に、視界が青白い光の奔流に飲み込まれる。
ドラえもんのタイムマシンが通っていた四次元空間のトンネルとは根本的に違う。この扉は、空間座標そのものを直接書き換えて移動するポータル技術だ。
だが、その転送プロセスを僕の脳が解析した瞬間、思わず失笑が漏れそうになった。
(……やっぱり酷いな。空間の継ぎ目の処理があまりにも粗すぎる。転送時のエネルギーロスがすさまじい。これを作った連中は、空間を折り畳むための基礎方程式を根本的に理解していないまま、上辺だけを無理やり稼働させている)
光のトンネルを抜けると、足裏に硬質な金属の感触が伝わってきた。 そこは、無機質な銀色の壁に囲まれた、巨大な施設の廊下だった。
「止まるな。進め」
レグが背後から重力波スタンガンの銃口を押し当ててくる。僕は手首に嵌められた未来的な拘束具の重みを感じながら、ゆっくりと歩き出した。
眼球が瞬時に周囲の環境データを収集し、頭脳がそれを演算していく。空気中の酸素濃度、重力加速度の微細なズレ、壁の材質、そしてすれ違う警備ドローンたちの駆動音。
(重力が地球の標準値よりわずかに低い。窓がない閉鎖空間。おそらくここは、僕の時代(から数百年後の未来……22世紀あたりの、地球の軌道上に浮かぶ人工要塞といったところか)
すれ違うTPの職員たちは、重武装の部隊に連行される僕を見て、ヒソヒソと囁き合っていた。彼らの装備や施設の構造は、確かに僕の時代の常識から見れば「魔法」のように高度だ。しかし、僕の目から見れば、それらはすべて「ドラえもんが持っていたひみつ道具」の延長線上に過ぎなかった。
(退屈だ。彼ら自身の『新しい発想』が何一つない。こんな頭の固い連中が、全歴史を管理していると本気で思っているのか?)
僕は冷たい笑みを浮かべたまま、施設の奥深くにある重厚な隔壁の前へと連行された。
「座れ」
通されたのは、周囲を分厚いエネルギーシールドで覆われた、冷え切った取調室だった。
部屋の中央には金属製のテーブルと、不快なほど硬い椅子が一つ。僕がその椅子に腰を下ろすと、対面の席にレグ隊長が座った。
直後、部屋の壁面の巨大なモニターが起動し、TPの上層部と思われる数人の長官たちが、神妙な面持ちでこちらを見下ろしてきた。
『野比のび太。アースD-1、21世紀のアジア圏に居住する中学生。……事前データ通りの容姿だが、その眼つき、とても凡庸な少年のものとは思えんな』
モニターの中から、白髪の長官が重々しい声で語りかけてきた。
「事前データ、ですか。ドラえもんが残していった『観察記録』でも読んだんですか?」 僕が皮肉交じりに返すと、目の前のレグがバンッとテーブルを叩いた。
「口を慎め、バリアント! 貴様が犯した罪の重さを理解しているのか!?」
「罪? 僕が何をしたって言うんですか。ただ、秋葉原で買ってきたジャンクパーツと、自作の回路で工作をしていただけですよ」
「しらばっくれるな!」
レグは手元の端末を操作し、取調室の空中に、先ほどまで僕の部屋で起動していた「自作タイムマシン」のホログラム映像を投影した。
激しく渦巻くワームホールと、それを無理やり固定している無骨な装置の残骸。
「航時法第7条『技術の不正な前倒し』、および第12条『未認可の時空間干渉』の重大な違反だ。本来、21世紀の技術水準において、空間座標を単独で突破することは物理的に不可能である。それを貴様は、我々の監視網を潜り抜け、独力で実行しようとした」
レグは僕を睨みつけ、さらに問い詰めた。
「答えろ。どうやってあの装置を組み上げた? 現代の電力と市販のCPUだけで、どうやってタキオン粒子の干渉に伴う重力崩壊を制御したんだ?バックアップした未来人は誰だ!?」
僕は肩をすくめ、小さくため息をついた。
「未来人?誰もいませんよ。僕の頭脳が、あなた方22世紀の凡庸な科学者たちよりも少しだけ優れていた。ただそれだけのことです」
「嘘をつくな! 理論がどうであれ、現代の物質ではエネルギーの暴走に耐えられないはずだ!事実、貴様の装置の内部から、現代の工業製品ではない『未知の特異物質(コア)』の波長が検出されている。あれは何だ!? どこで手に入れた!」
(……やはり、あのコアパーツの異常性に気づいていたか)
あの正八面体の結晶体。僕の部屋の暗がりに落ちていた、現代には存在し得ないオーバースペックな触媒。あれがなければ、確かに装置は完成しなかった。
だが、僕自身にもあれを誰が落としたのかは分かっていない。ただ、結果として僕の手元にあり、僕が利用した。それだけだ。
「拾ったんですよ。机の下でね。……それより、僕はあなたたちに聞きたいことがあるんです」
僕は手錠で繋がれた両手をテーブルの上に置き、指を組んだ。
「あなたたちは、僕が自力でタイムマシンを作ったことを『罪』だと言いました。でも、僕の計算では、過去や未来を自由に行き来し、歴史に干渉したとしても、世界線が『分岐』するだけで、パラドックスは起きないはずです。違う世界が新しく生まれるだけで、宇宙全体から見れば何も矛盾は生じない。……なぜ、それをそこまで恐れるんです?」
僕の問いに、モニター越しの白髪の長官が冷たく答えた。
『パラドックスが起きないから良いという問題ではない。我々タイムパトロールの使命は、我々の宇宙における「唯一の正しい歴史」を保護することだ。無用な分岐や、歴史の改竄は、世界の秩序を乱すノイズに過ぎない』
「『正しい歴史』ね」
僕は唇の端を吊り上げ、冷笑した。
「それは、誰が決めたんですか? 自然の摂理ですか? 宇宙の意志ですか?
……いいえ、あなたたち未来人にとって『都合のいい歴史』なだけでしょう。自分たちが豊かな生活を送るために、過去の人間が選択した別の可能性をエラーと呼び、強制的に消し去っている。……『剪定』しているだけじゃないですか」
剪定。 その言葉を僕が口にした瞬間、取調室の空気が完全に凍りついた。目の前のレグの顔から血の気が引き、モニターの中の長官たちは一斉に目を見開いた。
「き、貴様……今、何と言った?」
レグの声が、微かに震えていた。
「剪定ですよ。木の枝を切り落とすように、無数に生まれるはずの平行世界を切り捨て、一つの歴史に無理やり縫い合わせている。そうでしょう?」
僕は、彼らの動揺を楽しむように言葉を続けた。
「教えてくださいよ。あなたたちが消し去った時間軸の人たちの気持ちを、考えたことはありますか?彼らにも人生があった。喜びがあった。悲しみがあった。それを『正しい歴史から外れた』というただ一つの理由で、あなたたちは宇宙ごと消滅させている。……ずいぶんと傲慢で、独裁的な警察ですね」
「黙れェェェッ!!」
レグが激昂し、僕の胸ぐらを掴んで椅子から引きずり上げた。だが、彼の手は小刻みに震えていた。怒りではない。それは底知れぬ『恐怖』だった。
僕の理論は、彼らの図星を突いた。いや、それ以上の何か……彼らが絶対に触れてはならない『タブー』に触れてしまったのだと、僕の直感は告げていた。
(なぜ、ただの時間警察がここまで怯える?『剪定』という概念は、彼ら自身の発想ではないのか?)
僕は首元を締め上げられながらも、全く動じずにレグの目を見つめ返した。
「それにしても、不思議ですよね。あなたたちのテクノロジーは素晴らしいですが、あの青い扉……僕を連行してきた『ポータル』だけは、どう見てもあなたたちの技術体系から浮いている。洗練されていない。エネルギーロスが酷すぎる。……あれ、本当はあなたたちのオリジナルじゃないですよね?」
「なっ……!?」
レグの手が緩んだ。
「どこかの誰かの技術を、見よう見まねでパクったんでしょう?しかも、本質を理解できずに表面だけを真似た『劣化版』だ。……あなたたちタイムパトロールは、一体誰に怯え、誰の真似をして、この歴史を管理しているんですか?」
完全な沈黙が落ちた。 レグは弾かれたように僕を突き飛ばし、後ずさった。モニターの中の長官たちは、信じられないものを見るような目で僕を凝視していた。
「……長官」
レグが、震える声でモニターを見上げた。
「この少年は……危険すぎます。航時法の知識どころか、我々のポータル技術の不完全さ、そして……『上位組織』の存在すらも、直感で看破しています。このまま我々の管轄内の通常の収容所に留めておけば、いずれ必ずシステムを破られます!」
白髪の長官は、重々しい沈黙のあと、深く頷いた。
『認めざるを得んな。対象・野比のび太の知能は、我々の管理限界を超越している。彼がなぜ、「剪定」という概念に自力で辿り着いたのかは不明だが……これ以上、彼をこの時間軸に置いておくわけにはいかない』
長官は、冷酷な目で僕を見下ろした。
『対象を、アースD-1の通常収容所から移送する。彼を「次元の狭間の監獄」——TVAとの不可侵領域の境界にある、特別収容セクターへ送れ。そこで永遠に歴史から隔離するのだ』
「了解しました」
レグが敬礼し、部下たちに合図を送る。 再び、僕の背中に冷たい銃口が押し当てられた。
「次元の狭間の監獄……」
僕は手錠を鳴らしながら立ち上がり、低く笑った。
「僕の作ったタイムマシンでも辿り着けないような、時間の外側に連れて行ってくれるんですね。歓迎しますよ。……そこには、あなたたちみたいな退屈な連中より、もっと『面白い連中』がいるのかな?」
僕の挑発に対し、レグはただ忌々しそうに顔を歪めた。
「歩け。その頭脳ごと、永遠の暗闇の中で腐り果てるがいい」
取調室の空間が再び歪み、あの青いノイズ混じりの『模造タイムドア』が開かれた。
僕は光の扉へと促されたが、その手前でピタリと足を止め、振り返ってレグとモニターの長官たちを見た。
「ねえ、レグ隊長。最後に一つだけ聞いていいかな」
「なんだ。今さら命乞いなら聞かんぞ」
「まさか。……あなたたちが誇り高く掲げている『航時法』と、その旧式マシンのベースになっている四次元航行の基礎理論。あれ、誰が構築したか知ってる?」
僕の突然の問いに、レグは眉をひそめた。
「……何が言いたい」
「僕だよ」
僕は、薄ら笑いを浮かべて言い放った。
「僕が小学6年生の時に、ノートの切れ端に暇つぶしで書き殴った数式だ。空間位相のループ理論も、タキオンの相殺係数もね。……セワシくんから聞いたよ。あなたたちの時代の歴史の教科書には、『野比のび太が次元工学の父である』ってハッキリ書かれているはずだよね?」
その言葉に、レグの表情が硬直した。 モニター越しの長官たちも、バツの悪そうな、それでいて核心を突かれたような屈辱的な顔をしている。
彼らは知っていたのだ。自分たちの組織の根幹を成す技術が、今まさに目の前で手錠をかけられているこの少年の頭脳から生まれたものであることを。
「自分たちの組織の『生みの親』が作った技術をブラックボックス化して、偉そうに歴史の番人を気取っている。挙句の果てに、生みの親本人が少し工作をしただけで、『危険だ』『法律違反だ』と大騒ぎして逮捕しに来る」
僕は肩をすくめ、わざとらしく首を振ってみせた。
「……傑作だね。君たちタイムパトロールは、未来の治安を守る警察なんかじゃない。恩知らずで滑稽な、壮大なコント集団か何かかな?」
「き、貴様ァァァッ!!」
レグの顔が屈辱で真っ赤に染まり、彼は怒りに任せて僕の背中を強く蹴り飛ばした。
「さっさと行け、この歴史のバグが!!貴様の存在など、我々がすべて綺麗に消し去ってやる!!」
背中を押され、僕は模造タイムドアの青い光の中へとよろめきながら足を踏み入れた。 だが、僕の顔には笑みが張り付いたままだった。
自分の世界の歴史を管理する、恩知らずで原始的な警察機関。彼らとの問答は、すでに僕の知的好奇心を満たすものではなくなっていた。
彼らの背後には、彼らにポータル技術を与え、「剪定」というルールを敷いた、もっと巨大な存在がいる。
前誤って23世紀と表記していましたが、正確には22世紀です