神聖時間軸なんてクソくらえ!!   作:ルルルだ。

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第2話:足りないピース

深夜の自室。

窓の外からは、遠くを走る国道線のトラックの走行音が微かな低周波となって響いてくる。家族が寝静まったこの時間は、僕にとって唯一、脳のクロック数を最大限まで引き上げられる「自由な時間」だった。

 

机の上には、秋葉原のジャンク通りで買い集めてきた電子部品や、ホームセンターで調達した銅線、レアメタルの削りカス、そして市販の高性能CPUを独自に並列化させた自家製の演算装置が無造作に散乱している。

僕はピンセットと極細のハンダごてを握り、顕微鏡を覗き込みながら、微小な量子ゲートの配線を繋いでいた。

 

目指すのは、「タイムマシン」、正確に言えば、僕の机の引き出しの奥に微かに残っている「時空間の歪み」を強制的に拡張し、安定したワームホール(次元トンネル)を形成するための『次元航行・位相アンカー装置』だ。

 

ドラえもんが使っていたタイムマシンは、未来のデパートで売られている量産品だった。あれは「時空間ナビゲーションシステム」というブラックボックスによって、使用者があれこれ考えずとも自動的に目的の時間へ行けるよう設計されている。

当時の僕には便利な魔法の絨毯に見えたが、今の僕からすれば不自由極まりない代物だ。あれはあくまで「未来の法律」の範囲内でしか動けないよう、プロテクトがかけられている。

 

だが、僕が作ろうとしているのは違う。現代のガラクタだけを使って、僕自身の計算と理論だけで時空の壁に穴を穿つ、純粋な「暴力」に近い装置だ。

 

「……計算上は、これでいけるはずなんだが」

 

ハンダごてを置き、僕は息を吐いた。

ノートには、タキオン粒子(光速を超えて動く仮想粒子)を干渉させ、局所的な重力崩壊を制御するための方程式がびっしりと書き込まれている。アインシュタインの一般相対性理論を拡張し、多次元トポロジー(位相幾何学)の観点から時空の歪みを縫い合わせる理論。僕の頭の中では、それはすでに「完全な正解」として組み上がっていた。

 

だが、理論が完璧でも、現実の「物理」がそれに追いついていない。

 

僕は試作機の中枢である、手のひらサイズの円筒形パーツを睨みつけた。

時空間のトンネルをこじ開けるためには、膨大なエネルギーを一点に収束させ、それを保持する「コア」が必要になる。僕はそのコアを、現代のシリコンとチタン合金、そして電磁石を組み合わせて代用しようとしていた。

 

パソコンのエンターキーを叩き、試作機に微弱な電流を流し込む。

『ピーッ……』という甲高い起動音と共に、円筒形のパーツが青白い光を放ち始めた。机の引き出しの中の空間が、陽炎のようにゆらゆらと歪み始める。

成功か? そう思った瞬間、ピキッ、という嫌な音が響いた。

 

「しまった、位相が耐えきれない……!」

 

慌てて電源を落とすが、遅かった。

円筒形のコアパーツは、限界を超えた熱と重力干渉に耐えきれず、内部から溶解して真っ黒な炭のようになってしまった。引き出しの中の空間の歪みも、ゴムが弾けるように元通りに縮んでしまう。

 

「……やっぱり、ダメか」

 

僕は眼鏡を外し、目頭を揉んだ。

これが、ここ数日繰り返している失敗のパターンだった。理論は合っている。だが、現代の素材の耐久性とエネルギー伝導率では、多次元干渉の負荷に絶対に耐えられないのだ。

 

「あと一つ……何か、決定的なパーツが足りない。空間のねじれを中和し、莫大なエネルギーを常温で保持できる『触媒』のようなマテリアルが。……やはり、21世紀の技術力では不可能なのか……?」

 

天井を仰ぎ見て、深いため息をつく。

未来のテクノロジーを使わずに、現代の素材だけで時空を超える。それは、石器時代の人間が木の枝と石だけでスマートフォンを作ろうとするようなものだ。どんなに頭脳が優れていても、物理的な限界という壁が存在する。

 

諦めて、未来の僕自身が画期的な新素材を発明するまで待つべきか? いや、それはあまりにも退屈すぎる。今すぐ、この停滞した日常から抜け出したいのに。

 

苛立ちを紛らわすように、机の下に落ちたジャンクパーツを拾い集めようと身をかがめた、その時だった。

 

「……ん?」

 

机の脚の裏側。普段は絶対に掃除機が届かないような暗がりに、見慣れない「金属片」が落ちているのが見えた。 指先でつまみ上げる。

それは、親指の先ほどの小さな正八面体のパーツだった。

 

「なんだこれ? 僕が買ってきたジャンクの中には、こんな形状のもの……いや、そもそも現代の工業製品にこんなデザインの部品は存在しないはずだ」

 

奇妙なことだった。

金属のように見えるが、持ってみると羽毛のように軽い。しかし、指先で力を入れても全く変形しない異常な硬度を感じる。そして何より奇妙なのは、その「温度」だ。室温は20度を超えているというのに、そのパーツは氷のように冷たく——いや、違う。周囲の熱エネルギーを、自らの内部に無限に「吸い込んでいる」ような錯覚を覚える。

 

僕は急いで顕微鏡のプレパラートにそのパーツを乗せ、レンズを覗き込んだ。 「……っ!」

 

思わず息を呑んだ。

表面が滑らかに見えたそれは、ミクロのレベルでは無数の微細な幾何学模様が刻まれており、その溝の中を、僕の知らない未知の素粒子が発光しながら循環していた。

 

「嘘だろ……。常温超伝導……いや、それどころじゃない。空間の歪みそのものをエネルギーとして圧縮・保持している……『高次元重力子バッテリー』のコア……!?」

 

心臓が早鐘のように鳴り始めた。

間違いない。これこそが、僕が喉から手が出るほど欲していた「足りないピース」だ。これほどの耐久性とエネルギー保持力を持つ物質なら、タキオン粒子の干渉にも絶対に耐えられる。

 

しかし、冷静な論理的思考がすぐに疑問を提示する。 なぜ、こんなものが僕の部屋に落ちている?

この時代には絶対に存在し得ない、未来……いや、ドラえもんが持っていた22世紀のテクノロジーすら凌駕しているかもしれない未知の物質だ。ドラえもんが落としていったガラクタ?

いや、あのお世話用ロボットがこんなオーバースペックな特異物質を持ち歩いているはずがない。

 

「誰かが……意図的に置いていったのか? 僕に、タイムマシンを完成させるために……?」

 

背筋に微かな悪寒が走る。 もしそうだとすれば、それは「未来の誰か」が、過去の僕に干渉したということになる。

僕以外の何者かが、僕の行動をコントロールしようとしている?

 

「……ふん。誰の仕業かは知らないが」

 

僕はその未知のコアパーツをピンセットでつまみ上げ、不敵に笑った。

誰が落としたにせよ、使えるものは使う。神様からのプレゼントだろうが、未来からの陰謀だろうが関係ない。このパーツの波長を僕の装置に同調させるための計算式は、すでに頭の中で組み上がりつつあった。

 

「あと少しだ。これの出力制御さえ調整できれば……完成する」

 

時計を見ると、時刻は午前4時を回っていた。

今日は中学校での「総合学習の発表会」がある。面倒だが、学校をサボるとママの説教という物理法則より厄介な現象が発生するため、行かないわけにはいかない。

僕はコアパーツを大切に机の奥深くに隠し、少しだけ眠ることにした。

 

 

 

 

 

数時間後。初夏の陽射しが降り注ぐ、区立中学校の体育館。

 

今日は1学年の生徒全員が集まり、各々が自由なテーマで調べたことを発表する「総合学習・探究発表会」が行われていた。

生徒たちは班ごと、あるいは個人で、模造紙やパソコンのスライドを使いながら発表を行っている。

 

「僕たちの班は、この地域のゴミ処理問題について調べました——」 「私の研究テーマは、江戸時代の庶民の食生活と現代の栄養素の比較です——」

 

壇上で繰り広げられる発表は、どれもこれも退屈の極みだった。

インターネットで検索すれば3秒で出てくる情報を、わざわざ時間をかけて書き写し、それを棒読みで読み上げているだけ。そこに彼ら自身の「考察」や「新しい発見」は一切ない。

僕はパイプ椅子に深く腰掛け、あくびを噛み殺しながら、頭の中で昨夜のコアパーツの出力制御方程式の続きを演算していた。

 

「次は、3組のスネ夫くん。テーマは……『AIと最新のロボット工学がもたらす未来』」

 

司会の教師の声に、スネ夫が得意げな顔で壇上に上がった。 彼は父親のコネで手に入れたであろう最新型のタブレットを操作し、スクリーンに綺麗なスライドを映し出す。

 

「えー、これからの時代はAIの時代です。僕のパパの会社でも、すでに自動化された……」

スネ夫の発表は、確かに他の生徒よりは「ハイテク」を気取っていた。だが、僕からすれば児戯にも等しい。彼が語るAIの構造はすでに3世代前のアルゴリズムの焼き直しだし、ロボット工学に至っては、ドラえもんという22世紀の完成品を間近で見て(そしてその構造を脳内で完全に分解・再構築して)しまった僕にとっては、ゼンマイ仕掛けのおもちゃについて語られているのと同義だった。

 

「——以上で終わります。これからはITを制する者が世界を制するのです!」 スネ夫がドヤ顔でお辞儀をすると、生徒たちからパラパラと拍手が起こった。

 

「はい、骨川、よく調べられていたな。……さて、次は……野比のび太」

 

教師が僕の名前を呼んだ瞬間、体育館の空気が少しだけ変わった。

入学以来、すべてのテストで満点を取り続け、教師たちでさえ舌を巻く異常な知能を見せつけている「謎の天才」。彼が一体何を語るのか。好奇心と、少しの警戒心が混じった視線が僕に集中する。

 

僕はゆっくりと立ち上がり、壇上へと向かった。 手ぶらだ。模造紙も、スライド用のパソコンも持っていない。

 

「野比、お前の資料は?」 「必要ありません。すべて頭の中に入っていますので。黒板だけお借りします」

 

僕は壇上のホワイトボードの前に立ち、チョークマーカーを手に取った。 そして、マイクを通さずに、よく通る声で静かに話し始めた。

 

「僕の研究テーマは、『多次元空間トポロジーに基づくタイムトラベルの可能性と、過去改変に伴う時間軸分岐、およびタイムパラドックスの位相的解決』についてです」

 

体育館が、水を打ったように静まり返った。 生徒たちはもちろん、教師たちも「こいつは何を言っているんだ?」という顔をしている。

 

僕は振り返り、ホワイトボードに滑らかな手つきで数式を書き殴り始めた。

アインシュタインの場の方程式からスタートし、それに僕独自のタキオン粒子の変数(昨夜完成させたばかりの理論だ)を組み込んでいく。

 

「まず、皆さんは『時間は過去から未来へ、一本の直線として流れている』と思い込んでいます。しかし、それは我々が三次元空間の住人であるための錯覚に過ぎません。高次元の視点から見れば、時間とは無数に折り重なった『可能性の層』です」

 

ホワイトボードの半分が、一瞬にして複雑な数式と幾何学図形で埋め尽くされた。

 

「タイムマシンを作る上での最大の障壁は、光速を超えることではありません。光速を超えた際に生じる、時空の『ねじれ(特異点)』をどう安定させるかです。負のエネルギー質量を用いてワームホールを形成し、その出入り口を固定する。ここまでは、古典的な理論物理学でも提唱されてきました」

 

僕はマーカーを走らせながら、言葉を続ける。

 

「しかし、最も重要なのは『技術』ではなく『結果』です。仮に過去に戻り、歴史を変えたとしましょう。有名な『親殺しのパラドックス』です。過去に戻って自分の祖父を殺したら、自分は生まれてこない。では、誰が祖父を殺したのか?……この矛盾を、自然界はどう解決するのか」

 

僕は生徒たちの方を振り返った。

全員の顔に「完全なる理解不能」という文字が浮かんでいる。ジャイアンなどはすでに口をぽかんと開けてフリーズしており、スネ夫は顔を青ざめさせている。

 

「かつて僕の身近にいた『ある未来からの訪問者』は、歴史の改変についてこう言っていました。『東京から大阪に行くのに、新幹線で行こうと飛行機で行こうと、着く場所は同じだ。同じように、歴史は多少の変更があっても一つの未来に収束し、上書きされる』と」

 

セワシくんとドラえもんが言っていた、あの楽観的で都合のいい時間論。

僕が天才に覚醒したことで、セワシくんの借金は消滅し、ジャイ子との結婚という未来は無かったことになった。彼らの言う通り、歴史は綺麗に「上書き」されたように見えた。

 

「しかし、僕の計算では違います。自然界の摂理に従えば、過去への干渉は『分岐』を生み出します。過去に戻って何かを変えた瞬間、その改変された結果を引き継ぐ『新しい時間軸(マルチバース)』が誕生する。元の時間軸はそのまま存在し続ける。それが宇宙の自然な法則です」

 

僕はチョークマーカーを強く握りしめ、ホワイトボードをトントンと叩いた。

 

「ではなぜ、現実には『一つの歴史が上書きされた』ように見えるのか?

なぜ、分岐したはずのもう一つの世界……例えば『僕が借金まみれで苦しむ未来』が観測されないのか。答えは簡単です。誰かが、力技で自然の摂理を捻じ曲げているからです」

 

かつて読んだ、未来のマニュアルの片隅に書かれていた法律。 時間犯罪を取り締まり、歴史を保護するという名目のもとに作られた巨大組織。

 

「未来のテクノロジーを独占し、彼らの時代を管理する組織……仮に『タイムパトロール』とでも呼びましょうか。彼らは、分岐した別の可能性を『エラー』として強制的に消去するか、あるいは無理やり一つの時間軸に縫い合わせて『正しい歴史』をでっち上げているのです。だから歴史が上書きされたように錯覚する。自然の摂理ではなく、彼らが『そうなるように強要している』だけなんです」

 

それは、未来の絶対的な監視者たちに対する、僕なりの強烈な批判だった。

 

「自分たちにとって都合の良い未来だけを『正史』とし、それ以外の可能性、無数の人々が選択した自由意志の結果を『犯罪だ』と決めつけて取り締まる。もしそんな存在がいるとすれば、それは自然の摂理を守る警察などではありません。ただの傲慢な独裁者です」

 

僕はチョークマーカーを置き、生徒たちを真っ直ぐに見据えた。

 

「宇宙は、決められた一つの『正しい歴史』に縛られるほど窮屈なものではない。過去を変えれば未来が変わる。その無限の分岐こそが、生命の自由意志の証明だと、僕は結論づけました。……僕の発表は以上です」

 

静寂。 誰も一言も発さない。拍手すら起こらない。

中学生の自由研究の場で、相対性理論と多次元宇宙論を超越した数式を見せつけられ、あまつさえ「存在しないはずの未来の警察組織への批判」を熱弁されたのだ。彼らがパニックになるのも無理はない。

 

「あ、ええっと……野比」 ようやく、司会の教師が引きつった笑顔で口を開いた。

「その……非常に、なんていうか。SF小説の設定としては、よく練られていて面白い、発表だったな。うん。映画監督にでもなれそうだよ、ハハハ……」

 

的外れな感想。 生徒たちの中からも「また野比の変なスイッチが入った」「何言ってんのか全然わかんなかったぜ」というヒソヒソ声が漏れ聞こえ始めた。

 

(……やはり、このレベルの連中と話しても、何も面白くない)

 

僕は内心でため息をつき、一礼して壇上から降りようとした。 だが、その時。

 

無関心と無理解に包まれた体育館の中で、ただ一人。

教室の最前列の隅に座る出木杉英才だけが、信じられないものを見るような目で、ホワイトボードの数式を食い入るように見つめていた。

 

彼の額には滝のような汗が浮かび、手元のノートには僕が書いたタキオン粒子の演算式が、必死の形相で書き写されていた。

 

(……出木杉)

 

かつて、小学校で一番の天才と呼ばれた男。

他の連中が僕の話を「妄想」だと笑う中、彼だけは、僕が黒板に書いた数式が『完全な真理』であることを、その卓越した直感と知性で「理解」しつつあるようだった。

 

壇上から降りる僕と、ノートから顔を上げた出木杉の視線が交差する。

彼の目には、かつての優等生としての余裕はなく、底知れぬ深淵を覗き込んでしまった者特有の、恐怖と強烈な好奇心が入り混じっていた。

 

(この時代にも、まだ少しだけ面白いヤツは残っていたか)

 

僕はわずかに口角を上げると、自分の席へと戻っていった。

 

早く家に帰ろう。 そして、あの謎のコアパーツを組み込み、装置を完成させよう。

誰が決めたかもわからない「正しい歴史」などという退屈な檻をぶち破り、僕自身の手で、新しい次元の扉を開くために。

 

(第3話へ続く)

 

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