神聖時間軸なんてクソくらえ!!   作:ルルルだ。

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感想を書いていただいたので、投稿しました!
一応いくつかはストックしてあるので、遅めのペースにはなりますが、投稿していきたいと思います。


第3話:放課後の実験室

夕暮れ時のチャイムが街に響き渡り、騒がしかった中学校から生徒たちが吐き出されていく。

夕日は西の空を濃いオレンジ色に染め上げ、アスファルトの上に長く伸びる僕の影を不自然に引き伸ばしていた。僕は肩に掛けたカバンを少しだけ直しながら、一人でいつもの通学路を歩いていた。

 

頭の中は、すでに学校のことなど微塵も残っていない。

昨夜見つけた、あの奇妙な正八面体のコアパーツ。あれがなぜ僕の部屋の片隅に落ちていたのか。そして、それを使ってどうやって時間超越装置の出力を安定させるか。脳内の仮想空間で、幾千通りもの回路設計図が目まぐるしく構築され、シミュレーションされては消えていく。

 

「のびくん! 待ってくれ!」

 

背後から、少し息を切らせた声が僕を呼び止めた。

振り返ると、乱れた息を整えながら、出木杉が走ってこちらに向かってくるところだった。彼の小脇には、発表会の時に使っていた分厚いノートがしっかりと抱えられている。

 

「……出木杉? どうかしたのかい?」

 

僕は足を止め、静かに彼を見つめた。

出木杉は僕の前に立つと、膝に手を当てて深く息を吸い、それから顔を上げた。彼の整った顔立ちは、興奮と熱量で少し赤くなっていた。その目は、昼間の体育館で見せたあの鋭い光を失っていなかった。

 

「はぁ、よかった、追いついて……。のび太くん、さっきの発表会のことなんだけど」

 

「ああ、あれか。やっぱり君以外には、誰も理解できなかったみたいだね。先生たちも含めて、ただのSF小説のアイデアだと思われているよ。僕にとっては、極めて退屈な『事実』を並べただけなんだけど」

 

僕は歩みを再開した。出木杉は当然のように僕の隣に並び、歩調を合わせる。

 

「いや、無理もないよ。あんな複雑な方程式を中学生の発表会でいきなり見せられたら、誰だって混乱する。……だけど、僕は違った。僕には、君が黒板に書いた数式が、ただのハッタリや思いつきなんかじゃないって、すぐに分かったんだ。あのタキオン粒子の質量計算、そして位相幾何学(トポロジー)を応用した多次元の境界条件……あれは本物だ。本物どころか、現代の物理学者が何十年もかかって辿り着くかどうかも分からない、究極の統合理論の入り口だった」

 

出木杉の声は微かに震えていた。知的興奮が、彼の理性を限界まで揺さぶっているのが分かる。

 

「僕が驚いたのは、その理論の美しさだけじゃない」

出木杉は抱えていたノートを開き、僕に見せた。そこには、僕がホワイトボードに書いた数式が、彼なりの解釈と注釈付きで緻密に書き写されていた。

「君は、時間旅行におけるパラドックスを『世界線の分岐』、つまりエヴェレットの多世界解釈の物理的証明によって解決した。ここまでは理論物理の範疇だ。だけど、君はその先を言った。本来は分岐するはずの時間軸が、何者かの意志によって『強制的に一本に収束・上書きされている』と。……のび太くん、君はあの時、確かに『タイムパトロール』という言葉を使ったよね?」

 

「使ったよ。それがどうしたんだい?」

 

「あれは……単なる比喩かい? それとも、自然界の熱力学的障壁や、宇宙の検閲官仮説のような、物理的な抑止力を人格化した表現なのかな?」

 

出木杉の問いに、僕は小さく鼻で笑った。やはり、彼は賢い。賢いからこそ、既存の「常識」という枠組みの中で、僕の言葉を整合させようとしている。

 

「いいや、出木杉。あれは比喩なんかじゃない。言葉通りの意味さ。未来のテクノロジーを独占し、時空間を管理・監視する、物理的な『法執行機関』が実際に存在するんだ。彼らは、歴史が自分たちの都合の良い方向へ流れるように、過去を改変し、都合の悪い分岐を検出し、消去(剪定)している。……僕たちが生きているこの世界も、彼らが望む『正しい歴史』という名の、狭いケージの中に過ぎないんだよ」

 

出木杉は一瞬、絶句した。僕の言葉があまりにも突飛で、しかしあまりにも確信に満ちていたからだ。

 

「……そんな、SFみたいな組織が、現実に存在するというのか? だけど、どうして君がそんなことを知っているんだ?

まるで、実際にその目で見たことがあるかのような——」

 

「見たことなら、何度もあるさ。何しろ、つい最近まで僕の部屋には、その未来のテクノロジーの塊であるロボットが居座っていたんだからね」

 

「ドラえもん、のことかい……?」

 

出木杉の目が大きく見開かれた。

「確かに、彼は未来のロボットだと言っていた。だけど、あれは……ただの親しみやすいお世話用ロボットで……」

 

「そう、お世話用ロボットだ。ドラえもん自体は、高度な人工知能を持ってはいるけれど、基本的にはただの『既製品』さ。僕たちがスマートフォンを、その電子回物理や電磁気学の動作原理を知らずに、ただ画面をタップして使っているのと同じ。ドラえもんも、未来のデパートで買った道具を、ただポケットから取り出していただけに過ぎない。……だけど、僕はその中身を理解してしまった。ただそれだけの話だよ」

 

僕たちは、住宅街の静かな上り坂に差し掛かっていた。

夕焼けの光が、僕たちの背中を長く照らし出す。出木杉は僕の横顔をじっと見つめながら、複雑な表情を浮かべていた。彼にとっての僕は、かつて「勉強もスポーツもできなくて、ドラえもんに頼り切っていた、守るべき友人」だったはずだ。それが、今や自分の遥か先を行く、理解を絶した存在に変貌している。

 

「のび太くん……君は、ドラえもんが帰ってから、ずっと一人でそんなことを考えていたのか?」

 

「考えていただけじゃない。……実際に、作っているんだ」

 

「え……?」

 

「タイムマシンだよ。ドラえもんの借り物じゃない、僕自身の力で、現代の素材と僕の理論だけで動く、本物の時間超越装置をね。もっとも、現代の技術の限界のせいで、試作機は何度も壊れてしまったけれど……」

 

出木杉は、まるで心臓の鼓動を抑えるように胸に手を当てた。

 

「タイムマシンを、自作している……!? 中学生の君が、現代の技術だけで……?そんなの、信じられない。理論上可能だとしても、それを実現するための超高密度エネルギーや、常温超伝導の回路、空間を湾曲させるための高重力場をどうやって作り出すんだ?現代の原子力発電所を何十基動かしたって、一瞬のワームホールを維持することすら不可能なはずだ!」

 

「その通り。君の指摘は極めて正しいよ、出木杉。理論が完璧でも、物理的な壁は超えられない。……昨日までは、僕もそう思っていた」

 

僕は立ち止まり、出木杉の方を向いた。

 

「だけど、昨日、僕の部屋に『それ』が落ちていたんだ。現代の素材では絶対に不可能な、高次元の重力子干渉に耐え、無限の熱エネルギーを吸収・保持できる、未知の結晶体。……何者かが僕にタイムトラベルをさせるために、意図的に過去に置いていったとしか思えない、足りないピースがね」

 

出木杉は息を呑んだ。彼の知性が、その事実の持つ恐ろしい意味を理解しようと激しく脳を働かせている。

 

「……もしそれが本当なら、のび太くん。君は、歴史のタイムパラドックスそのものに、足を踏み入れようとしているんじゃないか?そのパーツを置いた『未来の誰か』は、君がタイムマシンを完成させることを知っていて、それを『過去』の君に渡した。つまり、原因と結果が循環している……」

 

「そう、 ブートストラップ・パラドックスだ。情報はどこから生まれ、マテリアルは誰が作ったのか。僕自身も、その歪みには気づいている。……どうだい?興味があるなら、僕の部屋に来て、自分の目で確かめてみるといい」

 

僕はポケットから自宅の鍵を取り出し、悪戯っぽく微笑んでみせた。

 

出木杉は一瞬、ためらうような素振りを見せたが、彼の本能的な探究心が、その恐怖をあっさりと塗り潰した。

 

「……行くよ。君が本当に、僕たちの常識を覆すものを作っているなら、この目で確かめないわけにはいかない」

 

「歓迎するよ。僕の理論を、少しでもまともに理解できる人間は、この世界には君しかいないからね」

 

僕たちは歩く速度を速め、野比家へと向かった。

 

 

 

 

野比家の玄関を開けると、家の中はしんと静まり返っていた。ママはスーパーへ夕飯の買い出しに出かけているようで、キッチンには書き置きが残されていた。

 

「お邪魔します……」

出木杉は、どこか神聖な場所に足を踏み入れるかのように、緊張した面持ちで靴を脱いだ。かつて何度も遊びに来たはずの野比家が、今の彼には全く別の異空間に見えているのだろう。

 

二階への階段を上り、僕の部屋の襖を開ける。

 

一見すると、どこにでもいる中学生の、少し散らかった部屋だ。しかし、出木杉の一歩はその部屋の「異常性」を即座に感知した。

 

勉強机の周りには、市販のタワー型パソコンが何台も配線で繋がれ、冷却ファンが低く唸りを上げている。棚には、漫画本ではなく、量子力学、位相幾何学、超弦理論、さらには現代の最先端物理学でもまだ確立されていない未翻訳の原論文がぎっしりと並んでいた。

そして床の上には、電子基板や超高圧電磁石、液体窒素の冷却ボンベなどが整然と、しかし異様な密度で配置されている。

 

「これは……本当に、君が一人で組んだのか?」 出木杉は部屋の中を見回し、呆然と呟いた。

 

「ああ。現代の並列計算処理能力では、高次元の座標計算が追いつかないからね。市販のGPUをハッキングして、独自の量子エミュレーション・システムを構築したんだ。これだけでも、現在のスーパーコンピュータをいくつか合わせた以上の演算能力があるよ」

 

僕は勉強机の前に座り、引き出しの奥から、例の「正八面体の結晶パーツ」を取り出した。

 

「これが、昨日僕の部屋の隅に落ちていたものだ」

 

出木杉は、僕の差し出した手のひらを見つめた。

夕闇が迫る部屋の中で、その正八面体のパーツは、微かに青白い光を放ちながら、周囲の光を吸い込むように歪んで見えた。出木杉は恐る恐る手を伸ばし、それを指先で摘み上げた。

 

「……っ、冷たい……いや、違う。熱が、吸い込まれていく……。それに、この軽さは何だ? アルミニウムよりも軽いのに、この不自然なまでの硬度は……」

 

「そうだ。顕微鏡で見ると、その表面にはプランク長さ(物理的に測定可能な最小の長さ)に近いフラクタル構造が刻まれている。分子レベルではなく、時空間の最小単位に直接干渉して、エネルギーを保存しているんだ。これが僕のタイムマシンの『コア(位相アンカー)』になる」

 

僕は引き出しを開けた。

引き出しの中には、ドラえもんが使っていた頃の「空っぽの空間」は存在しない。代わりに、びっしりと張り巡らされた金メッキの超伝導配線と、真空状態に保たれたガラス管、そして中央に空いた、小さな円筒形の挿入口が見えた。

 

「この中に、そのコアを挿入する。そして、現代の電気エネルギーを、僕が開発した『タキオン変換器』に通して一気に流し込む。そうすれば、引き出しの中の局所的な空間が重力崩壊を起こし、高次元の時空トンネルが開通する」

 

出木杉は、結晶パーツを僕に返し、ごくりと唾を呑み込んだ。

 

「のび太くん……君は、本当にこれを作動させるつもりなのかい? もし、本当にタイムマシンが完成してしまったら……」

 

「完成させるさ。いや、完成させなければならない。僕の頭脳は、この退屈な今という牢獄に、これ以上耐えられないんだ」

 

僕は結晶パーツを円筒形の挿入口へと静かに運んだ。 その瞬間、部屋の中の空気が、キィン、と高音の耳鳴りのような音を立てて緊張し始めた。

 

「待って、のび太くん!」

出木杉が僕の肩を掴んだ。彼の目は、興奮だけでなく、真剣な警告の色を帯びていた。

 

「何だい?」

 

「君が発表会で言ったこと……『タイムパトロール』のことが、どうしても引っかかるんだ。もし、君の言う通り、彼らが本当に歴史の改変を取り締まっている組織なら、君がこのマシンを起動させた瞬間、彼らは黙っていないはずだ。歴史を『上書き』し、分岐を許さない彼らにとって、君のような超天才が、自分たちの管理外でタイムマシンを完成させることは……最大の『イレギュラー』のはずだ!」

 

出木杉の指摘は、まさに核心を突いていた。

僕が自力でタイムマシンを作る。それは、彼らの独占している特権を侵し、彼らの引いた『正しい歴史』というレールを破壊することを意味する。彼らがそれを放置するはずがない。

 

「わかっているよ、出木杉」

僕は静かに、しかし冷酷な笑みを浮かべた。

 

「だからこそ、面白いんじゃないか。彼らが『正しい歴史』を押し付けてくるなら、僕は僕の知性をもって、その傲慢なルールを叩き潰してやる。……僕はね、誰にも自分の運命を決められたくないんだ。ドラえもんが帰ったあの日、僕は自分の足で歩き始めた。その先にある未来が、例え未来人たちの法律に違反していようと、知ったことじゃない」

 

僕は、結晶パーツをゆっくりと、奥へと押し込んだ。

 

『カチリ』。

 

小さな、しかし決定的な金属音が、夕暮れの部屋に響いた。 その瞬間、勉強机のすべてのモニターが、不気味なノイズと共に一斉に起動した。

 

(第4話へ続く)

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