神聖時間軸なんてクソくらえ!!   作:ルルルだ。

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第7話:戦争の予兆

「平和と防衛。……ふん、反吐が出るほど甘美で、吐き気を催すほど脆弱な言葉だ」

 

ナサニエル・リチャーズは、薄暗い地下施設のコントロール・ルームで、ホログラム・ディスプレイに投影された多次元ネットワークの光点を見つめながら、独りごちた。

 

あの「平和的」な案内者カーンから時空転移技術とエネルギー革命のデータを受け取ってから、彼の世界の時間軸で、およそ半年が経過していた。

 

地表は相変わらず分厚いスモッグに覆われ、ハイパーインフレと資源枯渇による暴動が街を焼き尽くしている。

ナサニエルは、地表の愚かな人類を救済する気など最初から毛頭なかった。案内者から受け取った「世界を救うためのエネルギー技術」を、彼は暴徒たちに分け与えるどころか、自らの研究施設の地下深くを要塞化し、完全に外界から遮断するための動力源としてのみ使用していた。

 

彼の地下要塞では今、恐るべき速度で『軍事転用』が進められていた。

 

「ナサニエル様、第4プラントの自律型ドローン製造ライン、稼働率が120パーセントに到達しました。次世代型次元干渉装甲の精製も、予定より3日早く完了する見込みです」

 

背後から、無機質な合成音声が響く。

ナサニエルが独自にプログラミングしたAI、彼以外の知的生命体を一切信用していない彼が、唯一手足として使うことを許した機械の側近だ。

 

「上出来だ。新開発のタキオン・パルス砲の出力テストはどうなっている?」

「出力は安定しています。しかし、この宇宙の残存資源だけでは、あと数千の兵器を量産するためのレアメタルが枯渇します」

 

「問題ない。資源など、あの『無数にぶら下がっている果実』から、いくらでももぎ取ればいいだけのことだ」

 

ナサニエルは、ホログラム・ディスプレイの空中に浮かぶ無数の球体、マルチバースの観測データを指差した。

 

彼がこの半年間で行ったのは、自軍の強化だけではない。 「評議会」という、お人好しな『私』たちが構築したネットワークへの潜入と、徹底的な情報収集だ。

 

評議会の防衛ネットワーク・アクセス権を手に入れたナサニエルは、表向きは「世界の復興に成功しつつある、良識ある変異体」として振る舞いながら、裏では彼らのデータベースの最深部までハッキングし、すべての宇宙の座標と資源量を丸裸にしていた。

 

「通信を繋げ。定例報告の時間だ」

 

ナサニエルが命じると、AIが即座にホログラムの波長を切り替えた。

部屋の中央に、数人の「ナサニエル・リチャーズ」の立体映像が浮かび上がる。案内者をはじめとする、評議会の幹部たちだ。

 

『やあ、ナサニエル。そちらの復興状況はどうだい?』

案内者が、親しげな笑みを浮かべて問いかけてくる。

 

ナサニエルは、完璧に計算された「苦労を乗り越えた誠実な学者」の表情を作り、深く頷いた。

「おかげさまで、エネルギー問題はほぼ解決したよ。地表の暴動も治まり、ようやく学問と文化の再建に手が回るようになった。すべては君たちのおかげだ。感謝してもしきれない」

 

『それは素晴らしい! 君の卓越した頭脳があれば、復興など容易いと信じていたよ』

別の宇宙のルネサンス期の貴族のような服装をしたナサニエルが、拍手をして喜んだ。

 

『だが、油断は禁物だ』

軍人のような制服を着た別のナサニエルが、険しい顔で忠告する。

『我々が警戒している"危険な変異体"たちの動きが、ここ最近活発化している。彼らはすでにいくつかの無人宇宙を食い潰し、軍事力を拡大しているらしい。防衛ネットワークの強化を急がねばならない。ナサニエル、君の宇宙の防衛システム構築は進んでいるか?』

 

「もちろんだ」

ナサニエルは、腹の底で蠢く嘲笑を押し殺しながら答えた。

「君たちから提供された防衛アルゴリズムをベースに、次元の壁を補強している。もし野蛮な『私たち』が攻めてきても、決して突破されることはない」

 

『頼もしい限りだ。引き続き、情報共有を密にしていこう。すべての宇宙の平和のために』

 

通信が切れる。 ホログラムの光が消えた瞬間、ナサニエルの顔から誠実な仮面が滑り落ち、冷酷な征服者の素顔が露わになった。

 

「すべての宇宙の平和のために、か。……笑わせる」

 

ナサニエルは、コントロール・コンソールに歩み寄り、指を滑らせた。

彼が先ほど『防衛システム』と呼んだものは、当然ながらただの盾ではない。他のカーンたちの宇宙からの干渉を完全に遮断しつつ、こちらから一方的に侵略するための『超大型次元ポータル発生器』だ。

 

「AI、指定座標7-7-2のマルチバース・ゲートを開け。収穫の時間だ」

 

『了解しました。ポータル起動』

 

地下施設の中央に設置された巨大なリング状の装置が回転を始め、黄金色の光の膜が形成される。

 

ターゲットとしたアース指定座標7-7-2。

そこは、知的生命体が進化の過程で絶滅し、豊かな自然と莫大な鉱物資源だけが手付かずのまま残された、完全な『無人の宇宙』だった。

評議会の連中もこの宇宙の存在を知っていたが、彼らは「自然のまま保護すべきだ」などという馬鹿げた倫理観から、手を出していなかった。

 

「倫理。道徳。……そんなものは、弱者が自らの無力さを正当化するための言い訳に過ぎない。力を持たぬ者は、力を持つ者に奪われる。それが全多次元宇宙を貫く唯一の真理だ」

 

ポータルの向こう側に広がる、緑豊かな原始の地球。

ナサニエルが指を鳴らすと、地下施設に待機していた無数の自律型採掘ドローンと、重武装を施された機械化歩兵、彼が自らの手で設計した、恐怖を知らぬ『クロノ・トルーパー』のプロトタイプたちが、地響きを立ててポータルへと行軍を開始した。

 

彼らは無人の宇宙に降り立つと、容赦なくレーザーで森を焼き払い、大地を抉り、地下深く眠るレアメタルやエネルギー結晶を根こそぎ採掘し始めた。

 

「これだ。これこそが、圧倒的な力だ」

 

モニター越しにその蹂躙劇を見下ろしながら、ナサニエルはワイングラスを傾けた。

他者の宇宙を侵略し、資源を奪い、自らの血肉とする。その過程には、なんの痛痒もない。むしろ、自己の知性と野望が物理的な力となって宇宙を支配していく快感に、彼の細胞は歓喜の声を上げていた。

 

「『私』たちは、確かに優れている。だが、彼らは致命的な欠陥を抱えている。自分たちと同じ顔を持つ他者を、無意識のうちに『自分と同等の理性を持ち合わせている』と錯覚し、対等な関係を築こうとする……その甘さだ」

 

ナサニエルは、ディスプレイに映る評議会のメンバーたちの顔データを冷たい目で見つめた。

 

「私は違う。たとえ同じ細胞、同じ知性を持っていようと、私以外のナサニエル・リチャーズはすべて『敵』だ。いや、敵ですらない。私が唯一絶対の玉座に座るための、ただの踏み台に過ぎない」

 

この半年間、防衛ネットワークを監視する中で、ナサニエルはある確信を抱いていた。

 

『危険な変異体』と『平和的な変異体』。 今は綺麗に二分されているように見えるが、こんな均衡は長くは続かない。

極限まで高められた知性とエゴイズムを持つナサニエル・リチャーズという人間が、無限の宇宙を前にして、いつまでも「分け合う」ことで満足できるはずがないのだ。

 

資源の配分、思想の違い、あるいは些細な猜疑心。

それらが火種となり、やがて評議会の内部でも必ず裏切りと殺し合いが始まる。すべての変異体が、己こそが至高であると証明するために、血みどろの覇権争いを起こす日は近い。

 

「どうせ殺し合う運命なら。……私が、最初にすべての盤面をひっくり返してやる」

 

ナサニエルは、地下施設の最深部へと歩を進めた。

 

厳重なセキュリティゲートをいくつも抜け、たどり着いた巨大な格納庫。

そこには、無人の宇宙から略奪した莫大な資源と、評議会から盗み出した最新技術を融合させて作り上げた、彼の野望の『結晶』が鎮座していた。

 

全長数百メートルに及ぶ、流線型の巨大な艦船。

通常の空間を飛ぶための宇宙船ではない。時空間そのものを切り裂き、多次元の海を航行し、ポータルなしで複数の宇宙を同時に攻撃することを可能にする多次元航宙戦艦、タイムシップだ。

 

その漆黒の装甲は、あらゆる物理攻撃とエネルギー兵器を無効化するタキオン吸収コーティングが施され、主砲には一つの惑星を数秒で塵に帰す次元崩壊砲が搭載されている。

 

そして、その艦の周囲には、すでに数百万機に及ぶクロノ・トルーパーが、微動だにせず整列していた。

人間の兵士は使わない。人間の恐怖、躊躇、そして裏切りという不確定要素を、ナサニエルは誰よりも嫌っていた。自らの完璧な演算の通りに動き、決して命乞いをしない機械の軍隊こそが、彼の手足として最も相応しい。

 

「……美しい」

 

ナサニエルは、巨大な戦艦の装甲に触れ、恍惚とした表情を浮かべた。

 

「評議会の連中は、防衛ばかりに気を取られている。危険な変異体たちは、まだ小競り合いを繰り返しているだけだ。誰も、これほど巨大な軍隊を『隠し持っている』者がいるとは夢にも思っていない」

 

彼は自らの服装を見下ろした。 かつての薄汚れた作業服はとうに捨て去っていた。今の彼は、紫と緑を基調とした、強靭なアーマーを身に纏っている。

それは単なる防具ではない。彼の脳波と直結し、周囲の空間座標を自在に操作し、あらゆる物理法則を彼の意志のままに捻じ曲げる、神の衣だった。

 

「準備は整った」

 

ナサニエルは振り返り、格納庫に整列する数百万の軍隊を見下ろした。

 

「全軍、起動」

 

彼の声に呼応し、数百万のクロノ・トルーパーのバイザーが一斉に不気味な紫色の光を放った。 地響きのような駆動音が、地下要塞全体を震わせる。

 

「第一の目標は、評議会のデータバンクを管理しているアース指定座標2-9-1。……平和を謳う愚かな『私』たちを血祭りにあげ、彼らが持つすべての技術とポータル網を制圧する」

 

それは、宣戦布告だった。 特定の国や星に対するものではない。無限に広がるマルチバースそのものに対する、絶対的な宣戦布告。

 

「彼らに教えてやろう。知識を分け合う同盟など、砂の城に過ぎないということを。真の秩序とは、ただ一つの圧倒的な力によってのみもたらされるということを」

 

ナサニエルの顔に、狂気に満ちた、しかし完璧な論理に裏打ちされた冷酷な笑みが広がる。

 

「私は、すべての過去を書き換え、すべての未来を支配する。無数の『私』たちの屍の上に立ち、全次元の頂点に君臨する」

 

彼は、自らの新たな名を、多次元の海に向けて高らかに宣言した。

 

「私の名は、カーン。……『征服者』カーンだ!!」

 

31世紀の暗い地下底から放たれた狂気の波動は、やがて全宇宙を巻き込む最悪の悲劇『マルチバース戦争』の火蓋を、決定的に切って落とした。

 

(第8話へ続く)

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