神聖時間軸なんてクソくらえ!!   作:ルルルだ。

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第9話:選ばれた一本の木

それは、あらゆる破壊と喧騒の終着点だった。

無数の宇宙が激突し、数多の「ナサニエル・リチャーズ」たちが血みどろの覇権を争った史上最悪のマルチバース戦争は、極めて唐突に、そして絶対的な「静寂」によって幕を閉じた。

 

次元の狭間を埋め尽くしていた無敵のタイムシップ艦隊も、魔法によって召喚された炎の軍勢も、機械帝国が誇った数百万の兵士たちも。

それらはすべて、暗紫色の嵐、時空間そのものを貪り食う怪物『アライオス』の巨大な顎に飲み込まれ、光も音も残らない完全な「虚無」へと還元された。

 

星々が砕ける悲鳴すら、アライオスの雷鳴にかき消されていく。

征服者と名乗った男の艦隊が最後に飲み込まれたのを合図に、荒れ狂っていた次元の海は、嘘のように波を打ちやめ、深い深い暗闇の底へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

「……終わったよ。本当に、馬鹿げた戦争だった」

 

時間の概念すら存在しない、すべてのタイムラインの終着点『時の終わりの城』。

その最上階にある古びた書斎で、みすぼらしい暗紫色のローブを羽織った男が、窓の外の虚空を見つめながら静かに呟いた。

 

彼こそが、マルチバースの生き残りであり、最後にして唯一の勝者。 後に『在り続ける者』と呼ばれることになる男だ。

 

彼もまた、ナサニエル・リチャーズの変異体の一人だった。しかし彼は、軍隊を作り上げたわけでも、圧倒的なテクノロジーで他の自分を捻じ伏せたわけでもない。

彼はただ、次元の亀裂から生まれた『アライオス』をいち早く発見し、その生態を解析し、手懐けて兵器化することに成功しただけだ。

 

「圧倒的な知性、極限の野心。……そんなもの、宇宙の摂理の前では、何の役にも立たないというのに。なぜ、私以外の『私』たちは、それに気づけなかったのだろうね」

 

在り続ける者は、手元の青いリンゴをかじりながら、虚空に浮かぶホログラム・ディスプレイを操作した。

そこに映し出されたのは、焼け野原となったマルチバースの姿だった。

 

無限に広がる多次元宇宙。 それは本来、無数の可能性が芽吹き、様々な法則が混ざり合う、鬱蒼とした「巨大な森」である。

 

ある木には魔法が宿り、ある木では恐竜が進化し、またある木では物理法則そのものが逆転している。それぞれの宇宙が、独自の歴史と進化を辿る無限の可能性の森。

だが、あのマルチバース戦争を制した在り続ける者は、その森全体をアライオスに食わせて焼き払ったわけではなかった。

 

「森の木々には罪はない。罪があるのは、『カーン』という存在だけだ」

 

彼が真に恐れたのは、野心的な変異体である『カーン』という狂気的な天才が誕生する可能性を持つ宇宙(木)だけだった。

極限まで高められた知性と、無限の支配欲を持つカーンが一人でも生まれれば、その宇宙はやがて次元の壁を越え、再び他の宇宙を侵略し始める。あの悲惨なマルチバース戦争が、必ず再発してしまうのだ。

 

だから彼は、決断した。

 

「私が生まれた宇宙。そして、私が『私』になり得るすべての可能性を孕んだタイムライン……。それらを、すべて一つに束ね上げる」

 

在り続ける者は、ホログラムのコンソールに複雑な数式を打ち込んでいく。 それは、宇宙の構造そのものを編み直す、神の御業に等しい演算だった。

 

彼は、カーンが生まれ得る宇宙のタイムラインだけを強引に引き寄せ、編み込み、束ね合わせ、一本の巨大な木『アース616(神聖時間軸)』として規定した。

過去から未来へ、たった一つのシナリオ通りにしか流れないように制御された、完全に閉ざされた歴史のレール。このレールの上では、「在り続ける者」以外のナサニエル・リチャーズは決して誕生しないよう、あらゆる事象が計算され尽くしている。

 

そして彼は、この『アース616』という巨大な一本の木を、マルチバースの森の他の木々から見えない次元の壁で完全に隔離したのだ。

 

つまり、隔離された神聖時間軸の外側には、カーンがそもそも存在しない、別の理で動く宇宙が、手付かずのまま無数に存在している。

だが、それらの宇宙からカーンの脅威が生まれることはない。だからこそ、在り続ける者はそれらの宇宙を破壊せず、そのまま放置することを選んだのである。

 

「これでいい。これで、私の宇宙に二度と『狂った私』が生まれることはない。……だが、これだけでは足りないな」

 

在り続ける者は、書斎の椅子に深く腰掛け、眉間を揉んだ。

神聖時間軸という「一本の木」を創り上げたのはいいが、宇宙というのは本質的に混沌へ向かう性質を持っている。

誰かが歴史のシナリオから外れた行動をとれば、そこから「分岐」が発生し、木に新たな枝が生えてしまう。その枝が伸び続ければ、再び「別のカーン」が誕生する可能性が復活してしまうのだ。

 

「誰かが、この木を管理しなければならない。不要な枝が生えるたびに、それを切り落とし、燃やし尽くす『庭師』が必要だ」

 

だが、彼は自分と同じような天才を信用していなかった。知性を持つ者は、必ずシステムに疑問を抱き、反逆を企てるからだ。

そこで彼は、時間の外側、あらゆる物理法則が適用されない次元の隙間に、巨大な官僚組織とオフィス空間を創り上げた。

 

それが、『時間変異取締局(TVA)』である。

 

在り続ける者は、無数の人間(他の時間軸から記憶を消去して連れてきた変異体たち)をTVAに配置した。 そして、彼らの脳に直接、強固なプログラミングを施したのだ。

 

『あなたたちは、タイムキーパーという神によって創られた』 『あなたたちの使命は、全宇宙の平和を守るため、神聖時間軸の分岐を剪定することである』

 

そして、彼が創設したTVAの職員たちは、その世界の真実を知らない。

 

在り続ける者による大規模な記憶操作によって、彼らは「自分たちが全宇宙を管理している」と錯覚させられ、そして最も重要なこと「ナサニエル・リチャーズ」という存在に対する記憶すらも完全に消去されていた。

もしその中でも「カーン」という個体の危険性を知れば、職員の中に彼を崇拝する者や、彼を利用しようとする者が現れるかもしれないからだ。

 

TVAの職員たちは、ただアース616という一本の巨木から不要な枝(分岐)が生えないよう、永遠にハサミを入れ続けるだけの、記憶を持たない「庭師」に過ぎなかった。

 

「彼らはシステムの一部だ。疑問を持たず、ただハンコを押し、分岐を切り取り、時間を元に戻す。切り取られた枝は、アライオスの巣である虚無に送り込まれ、すべてが消去される。……完璧だ。これほど美しい永久機関はない」

 

在り続ける者は、机の上で黄金色に輝く『神聖時間軸』のホログラムを見つめながら、満足げに微笑んだ。

 

これで、すべてが終わった。 マルチバースの脅威は去り、秩序が保たれる。彼はこの時の終わりの城から、永遠に庭師たちの働きを見守っていればいい。

 

「……だが」

 

在り続ける者は、不意にホログラムの視点を「アース616の外側」へと向けた。

彼が隔離した巨大な一本の木の隣。鬱蒼と茂るマルチバースの森の中に、彼が注意を払っていなかった「ある一つの木」が存在していた。

 

『アースD-1』。

 

カーンが生まれる可能性を持たない、一見無害で、のどかな宇宙。 だが、その宇宙の歴史を早送りで観測していた在り続ける者の目に、ある奇妙な現象が飛び込んできた。

 

「……おや? この宇宙の住人たち、時間の壁を自力で越え始めているな」

 

アースD-1の未来、22世紀から23世紀にかけて。

そこでは、人類が極めて独自の発展を遂げ、ブラックボックス化された「時間旅行技術(タイムマシン)」を一般化させていたのだ。

そして、彼らの中の特権階級が『タイムパトロール(TP)』という組織を作り、自らの宇宙の歴史を管理し始めている。

 

「タイムパトロール……。自分たちの歴史を管理する警察、か。発想は私と同じだな」

 

在り続ける者は、リンゴをかじる手を止め、目を細めた。

彼らのタイムマシン技術は、まだ原始的な四次元空間の航行にとどまっており、マルチバースの壁を越える(空間座標を直接書き換える)ほどの力は持っていない。

 

だが、時間という概念に干渉し続けていれば、いつか彼らの技術は多次元の壁をすり抜け、この神聖時間軸のシステムにノイズをもたらすかもしれない。

 

「森の他の木が、勝手に枝を伸ばして、私の木に絡みついてくるのは厄介だ。……少し、彼らの庭師たちに『ルール』を教えてやる必要があるな」

 

TVAの職員たちを送り込んでもいいが、彼らは記憶を消されただけの単なる兵隊だ。別マルチバースの住人に対して、複雑な交渉をこなせるほどの知能は与えられていない。

 

「仕方ない。私が直接、神として赴くとするか」

 

在り続ける者は、暗紫色のマントを翻し、書斎の奥に隠された個人的な次元ポータルの前へと歩み寄った。

 

「彼らに、次元の壁を越える技術のほんの一部を与えてやろう。その代わり、彼らには永遠に『自分たちの宇宙の中だけで』遊んでもらう。私の聖域には、決して踏み込ませない」

 

これは、絶対的な上位存在からの、優しくも冷酷な『不可侵条約』の提案だった。

 

彼がポータルを起動すると、黄金色の光が渦を巻き、アースD-1の22世紀の空間へと道が繋がった。

 

「さて、未来の警察官たちは、この神の降臨をどう受け止めるかな」

 

在り続ける者は、少しだけ楽しげな笑みを浮かべながら、光の向こう側......ドラえもんたちの生まれた、時間工学が発展しつつある世界の未来へと、一歩を踏み出した。

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