オンテギ・ウルト   作:ヤン・デ・レェ

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転生である、ありきたりなことだが。

何の先触れもなく新しい人生が始まり、戸惑いと同時に、淡い期待を抱いたことも覚えている。

 

当時の私は、まったくの考えなしだったのだ。

 

果たして、転生した場所は海っぱたの、語るも涙の貧しい寒村であった。

 

言うまでもなく、温かい食事は具も疎かな汁物のほかにはなく、温水のウォシュレットが搭載された水洗トイレなど望むべくもなかったのである。

 

おまけに時折訪れるのは絵にかいたような山賊による乱取りである。時には地侍によるものの時もあるが、両者の違いなど奪われる側からすれば大差がなかった。

 

ここまで語ればなんとも悲壮極まる境遇であるが、前世よりも良かったことも無きにしも非ずであった。

 

というのも、今世の私は非常に丈夫な身体をもって生まれてくれたのである。

 

驚くなかれ、かの金剛力士像も真っ青の固太りの肉体は、当時の平均身長を優に超えて大男どころではない、大大大男というくらいの偉丈夫に育ったのだ。

 

貧しい村でよくもまあ、とも思われるが考えてみれば納得できる理由もあった。

 

なにせ、幼いころから優れた身体にものを言わせて、また海端であるのをいいことに海に潜っては、素潜り漁で栄養豊富な海の幸を乱獲しては自分と村の住人の腹に収めまくっていたのだから。

 

なまくらの銛一本で自分の三倍もある鮫や、もっと大きな鯨を獲ったことだってあるのだ。

 

当然、私は村一番の大男であり、村一番の力持ちであった。

 

私がばかすか漁獲量を上げるおかげで、寒村の懐も多少は温かくなったものと思いたいが、そこへ擦り寄って現れたのが地侍と山賊と、それから世に言う倭寇…海賊たち…であった。

 

連中は何を考えたのか私の村を盛んに襲うようになり、気が付けば私は漁ではなくて賊の撃退に追われる日々を送るようになっていった。

 

そしてある日、ことは起こった。

 

村長に呼ばれてこう言われたのだ。

 

「お前のおかげで村は豊かになった。だが、豊かになり過ぎた」

 

「今はお前がいるから何とかなっているが、お前がいなくなれば我々はすべてを失いかねない」

 

「そこでだ、お前は守るではなく攻める側に回り、この村が襲われないようにして欲しい」

 

「そのために村の若い者を一人連れて言ってよい。その代わり、二度と戻ってくれるな」

 

要するに、私は追放されるべきまでに、村にとっては過剰な存在になっていたのである。

 

伏して頼み込む村長の言葉を断る術を持たなかった私は、素直に彼の言葉を教訓と餞別として受け取ることにした。

 

そして同じ村で昔から一番の子分として仕えてきてくれた男に声をかけると、彼は喜んでついてきてくれることになった。

 

私が追放されるという話をすると、男…権左は憤って言ってくれた。

 

「この村がここまで豊かになったのは兄ぃのおかげじゃないですかい。それをなんだって、帰ってくるなとはッ…恥知らずにも程がありますよ!」

 

権左の言い分は全くその通りなのだが、このご時世…およそ平成・令和の日本ではない…においては妥当な政治的判断だとも思うのだ。

 

そう、納得してしまっている自分がいるうちに、私は権左一人を連れて次の倭寇の襲撃の時に村を出た。

 

村を出た後のことは初めから決まっていた。

 

「者ども聞けい!こちらにおわす兄ぃ、じゃなくて御大将のオンテギ様が今日から手前らの新しい統領だ!オンテギ様の言うことは絶対だ、わかったら返事をせぃ!」

 

「へい!権左の兄ぃ!オンテギの統領!」

 

そう、私たちは襲ってきた倭寇の船と船員を乗っ取ってそのまま使うことに決めたのである。

 

倭寇の元統領は殺していないが、こっぴどく私に負けたせいか今では整列する船員たちの隅っこの方で威勢よく返事を返していた。

 

だから彼にも一応、今の境遇には納得いただけているはずである。

 

倭寇を乗っ取って早晩、寝首を掻かれていられないからな。

 

 

 

 

 

 

 

さぁて、ようやく…いや、思ったよりも早く独り立ちもできたことだし、これから前世を思い起こしながら快適な生活環境を整備していくとしようかな。

 

そのためにもまずは、故郷の村が二度と襲われない程度には、周囲の地侍と山賊を打ちのめしておくとしようか。

 

「権左…話があるんだ」

 

「はい、なんですかい改まって。そんな改まらなくたって、俺はどこまでもオンテギの兄ぃについていきますよ」

 

「あぁ、ありがとう。でもな、大事な話なんだ」

 

「はい、謹んでお聞きします」

 

「私たちの故郷を襲ってきていた地侍と山賊についてなんだが…この際だから全部まとめて潰しちまおうと思ってな」

 

「おぉ!!いやしかし、本気ですか?」

 

「本気だ。物の数ではない。なにより、今回は俺とお前の二人というわけでもないからな」

 

「流石はオンテギの兄ぃだ…感服いたしましたぜ」

 

「よせやい…照れるだろう?」

 

「へへっ…早速、野郎どもに声を掛けてきまさぁ!」

 

「ああ、頼んだぞ、権左」

 

「はい!」

 

権左は倭寇の船の中を走り回って野郎どもを掻き集めると、号令をかけて私の前に見事に整列させた。

 

「野郎ども!これからオンテギの御大将から有難いお話がある、耳の穴をかっぽじって聞き漏らすんじゃねえぞ!」

 

「へい!権左の兄ぃ!」

 

権左は村でも荒くれの若者をまとめる役を買って出ていた奴だからか、この手の連中の扱いは彼に任せておけば間違いなさそうだ。

 

私は船の一段高い場所に立ち、一歩前に出た。それだけで船の上、整列する船員たちの中に汗がにじむような緊張感がほとばしったのが分かった。

 

私は一度、ぐるりと彼らの小汚い顔を見回してから口を開いた。

 

「故郷の村を何度も襲った賊を討伐するために部隊を組む。相手は山賊と地侍だ。数は双方合わせて百を超える程度だろう」

 

百…と誰かが呟いた。目の前の倭寇たちはどれだけ多く見積もっても三十人ほどだからだろう。

 

数の不利を知り不安になっただろうが、それでも逃げ腰ではない。

 

彼らの目はぎらついているし、私に向かって熱い視線が集まった。

 

「船には権左と数人だけを残し、残りの全員は私と一緒に賊退治だ」

 

「明日までに各自で用意を整えるように、以上だ」

 

「あと、特に頑張ったものには褒美として分捕り品の幾つかを与えるからそのつもりでいるように」

 

私の最後の言葉に一同は「うおー」と雄たけびを上げたが、権左の睨みですぐさま元の直立不動に戻った。

 

よく躾られているが、まだまだ、野蛮だな。今は私自身を含めて…、今はまだまだ。

 

一同は解散し、装備を確かめ始めるものも多かったし、明日に向けてたっぷりと睡眠をとる者も、分捕り品に思いを馳せて語り合う者らもいた。

 

それぞれの思惑はそれぞれだろうし、期待するものも色々だったが、ただ一つ共通して言えるのは、誰一人として私たちの敗北の心配をしていないという点だろう。

 

それは、私と権左とて、いや誰よりも私と権左がそうであったのだが…その理由は明日以降におのずと知れることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃああああああ!鬼だ!鬼が出たぞおおおお!」

 

そう叫びながら逃げ惑うのは、頭領を私に一刀両断された山賊の一味の生き残りである。

 

「逃がすな!皆殺しだぁ!」

 

すぐさま血気に逸る部下が刀を抜いたが、急いで止めに掛かる。

 

「いや、皆殺しじゃない。降参すれば命は助けてやるぞ」

 

「だそうだ、さぁ、さっさとオンテギ様のご慈悲に縋れ!」

 

刀を振り上げたままの姿勢で、目を怒らせて海の潮で焼けた太い声を張り上げる部下に山賊たちはたちまち武器を捨て、転げては許しを乞うた。

 

「ひいいいいいぃぃぃぃ!ここここ、降参、降参だ!お助けをぉぉぉ!」

 

「御大将、終わりやした!」

 

威勢のいい声が耳に届いたので頷いて次の指示をやる。でないと勝手に傷つけたりするからな。

 

「よし、縛って転がしておけ。生き残った連中は船に連れ帰るぞ。後で権左に仕切らせる」

 

「へい!オンテギ様の仰せのままに!」

 

「あ、うん…よきに計らってくれたまえ」

 

結局、山賊も地侍も終始こんな感じだった。

 

最初に出くわした奴だけは見せしめに文字通り一刀両断したり、逆に敢えて一太刀浴びて無傷であることを示したり。

 

そうして難なく制圧すること五日ほどで辺り一帯の山賊と地侍の溜まり場は綺麗さっぱり御掃除が終わってしまったのである。

 

掃除が終わるころには、別の倭寇がやってきてこれをとっちめたりもしたので、なんだかんだで私たちは三百人を優に超す大所帯へと成長していたのだった。

 

いよいよ、本格的にこいつらを食わせていくためにも倭寇として海に出る必要が出てきたなぁ…ここまでは私の素潜りで半分は食わせることが出来てたけど…これ以上増えるのはまずいな。

 

そういうわけで、船九隻に分乗した三百人ほどの私の海賊団は故郷の海を出て明の寧波の近くへ向けて帆を張ったのである。

 

 

 

 

 

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