オンテギ・ウルト   作:ヤン・デ・レェ

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外伝5:山犬の娘、サン。

 

 

 

 

時はエボシ達が拠点開発の為に廃村を再興する以前まで遡る。

 

シシ神の森の守護者たる山犬の一族の長、モロの君は白く銀のように澄んだ美しい毛並みを持つ、巨大な犬神である。

 

エボシ達が拠点にと選んだ場所から少しの場所がシシ神の森であり、以前は人間との交流も持っていたようで、人間に対する造詣も非常に深い。

 

しかし、刀槍よりも良く研がれたその牙と爪を畏れることはあっても、もふもふで可愛いワンコとして愛着を持たれた試しもこれまでにはなかったことである。

 

なので、人間との関りと言うものは基本的には一方的な『祀り』によるものであり、その中には勝手に畏れた挙句に差し出された生贄という手法によるものも含まれていた。

 

森を侵し、破壊する人間のことを激しく憎悪しているだけに、生贄を捧げられようとも森を侵していいことになどならない。

 

のだが、何を考えたのか、モロの君は生贄に差し出された赤子を自分の手で、実子である二柱の犬神と共に育て始めたのである。

 

さて、犬神達の怒りを買った当時のシシ神の森に最寄りの村はといえば、生贄を果たしたことで勝手に満足したのか森の大規模な開墾に挑み、犬神の怒りを買い呆気なく廃村へと追い込まれた。

 

そして、その跡地の近く、別の廃村においてエボシ率いる開拓団が入植を始めたのである。

 

エボシ達による開拓と、それに次ぐ製鉄業による繁栄を注視していたモロの君は実子ともども、また山に住まう猩々たちともども、その拡大方針に対して大いに警戒心を抱いた。

 

だが、結果から言ってエボシがシシ神の森に手を付けることは滅多になく、あったとしても非常に局所的な、また恢復を前提とした穏やかなものであったのだ。

 

「おや、これまでの人間どもとは違うようだね」

 

そう思いつつも、「性根の部分はどの人間も同じであろう」という考えも拭えないままに、モロの君は生贄で差し出された娘に、自身の三番目の子供という意味で『サン』と名付けて育て始めた。

 

個体の名前というものは余程の大物の怪でもなければないものであり、そもそも個々の判別には神々の中では滅多に使われない、謂わば名付けというのは人間の文化であるのだが。

 

モロの君は敢えてそれをやったのだ。

 

三番目の山犬の子供として森での生き方を教えられて育ったサンは、しかし、同時に裁縫や職工顔負けの物作りに、保存食の作り方、そして人語などを含む、人間として人間の世界で生きる上で必要な事柄についても、母親からよくよく教えられて育ったのである。

 

ゆえに、サンには人間の言葉が理解できるし、その物の考え方というものにも理解が及ぶのである。

 

そして、その『サン』は十に満ちようかという幼子であり、奇しくも、その名は『タタラ場の娘』であるところの『サン』と全く同じなのであった。

 

狭い世間で。しかし、広い世界で生きる二人の『サン』の内、森と共に生きる『山犬の娘サン』もまた、思わぬところで人間というものについて、より深く知り、その世界に対する興味を憎悪のみならず抱くに至った。

 

それというのも、タタラ場では毎年恒例となり、今や海と山の『もののけ』たちにとっても大注目かつ大流行の的である、『山祀り』と『海祀り』のことである。

 

より詳しく言えば、その『祀り』の場で『神』として、或いは『挑戦者』として、海千山千の『もののけ』達と対等に渡り合い、その都度、見事な勲しを施すオンテギの勇姿を通して、である。

 

 

 

 

 

 

 

サンは山犬の子供であり、自分自身を山犬だと考えて譲らない。

 

だが、その一方で、自分自身の造形によく似通った…これは遺伝子的な類似を意味しない…二足の勇敢な神憑りの偉丈夫を前にして、好奇心を揺さぶられないはずもなかった。

 

実際、誰の目から見ても、オンテギというオスは余りにも勝れていた。

 

人の枠をはみ出した神気をも纏い、その特有の美しさは言語に絶し、清潔感があり、物腰は穏やかであり、その業状は恩徳に余すところなく満たされており、何よりも強く、誰よりも勇敢である。

 

老成された相貌は、偏に最初から完成された造形であるという意味にほかならず、一世一代の美男子が相手であったとしても、その存在感と魅力でオンテギに勝れる所は何一つないのだ。

 

加えて、近頃は彼が自ら拵えて供えるようになった種々様々な鉄器の類も、『もののけ』達をして聖性をひしひしと感じさせる珍品に違いなかった。

 

少し時間を遡り、先代の『ナゴの守』が見事に果てて見せた『山祀り』の時期の頃のことについて。

 

山祀りに懐疑的だったモロの君は、当初こそ隙を見せれば嚙み殺すつもりでオンテギを観察していた為、回を重ねるごと犬神の一族の立場は自然と見届け神として定着しており、同道していたサンも幼心にオンテギと『ナゴの守』との激闘を見届けたのであった。

 

モロの君は未だに懐疑的なものの、その態度は既に未だかつてなく軟化しているものと考えられた。

 

それもそのはずで、ある時に贈られた鉄の鏡はオンテギの力作であり、人を斬れない妖刀と同じく悪しき神や、邪な存在には生み出せない不朽の美しさを湛えていたからである。

 

鏡は磨かずとも黒曜石のように黒く澄み亘り、水面の如くそれを覗く者の真の姿を映し出すのである。

 

モロの君はこの鏡を子供たちにも使わせてやり、その度に、「自身の心に棲みつく邪を洗い流してくれるものだ、大事にするんだよ」と言うのが口癖にさえなっていた。

 

母親の心境の変化は子供たちにもしっかりと伝わっており、森の守護者であると同時に祀りの見届け人としての立場に誇りを抱き、その勲功の賜物を頂き物としておすそ分けされることは、子供たちにとって御馳走にありつけるハレの日として理解されていると言って差し支えなかった。

 

中でも、食べ盛りで好奇心旺盛なサンは『ナゴの守』との一戦を見届けてからというもの、あのオンテギという人の形をした『神』に夢中である。

 

サンはことあるごとに母親や兄弟や、山のもののけや獣達とオンテギについての知識の交換をするために言葉を交わしており。

 

オンテギは何者なのか、どこに住んでいるのか、どんなものを好むのか、どんな匂いがするのかと知りたがったのだ。

 

特に、『ナゴの守』が天に昇った時の話は大好物であり、その見届けの際に神籬の程近くで直接オンテギと触れ合いを許された猪神たちの自慢話にも、誰よりも根気強く付き合ってやるものだった。

 

猪神たちは誇り高く、森の中でさえ少しお高く留まっている部分があるので、嫌われていなくとも、その話になると誰もが首を引っ込めるのがお決まりなのだが。

 

サンだけはその鼻先で触れ合ったオンテギの掌の感触について、その馨しく蕩ける様な臭いについて、事細かに、途中の脱線と寄り道にも耐えて最後まで聴いてくれるのだ。

 

ゆえに、今となっては山犬の兄弟の次に大の仲良しと言えるような猪神の友達が両手両足の数では足りないほどいるのが、サンという娘である。

 

その中には今代『ナゴの守』もおり、父祖から継いだ栗色の毛並みの威容は見事の一言である。ちなみに、自慢話が一番長いのも彼だったりするのだが、そこはご愛敬である。

 

また、山犬の姫と仲良しなのは何も『山祀り』にて多くの『挑戦者』を輩出している猪神族だけではない。

 

植樹の手伝いの際に頻繁にオンテギらと顔を合わせる機会に恵まれている、山の猩々たちの方が詳しいことだって多いのだ。

 

シシ神の森に棲む『もののけ』たちにとって、タタラ場の連中は悪い奴らというわけではないが、木を切り倒さない連中でもないのだ。

 

しかし、彼らが切り倒す木の数など高が知れているし、寧ろ、互いの境界線を侵す森の広がりを防いで緩衝地帯を作ることは必要な措置であるから協力してもバチは当たらないのであり。

 

切り倒した後はすぐさま、オンテギ自らが先頭に立ってあの神憑りの速度と精度で植樹をしてくれているので、植えた端から芽を出し育つ新木の方が多いくらいである。

 

この植樹の際にも、式典として神籬が張られてその内側で作業をするのだが、その内側に入ることを許されているのが猩々たちなのである。

 

昼間はオンテギと一緒になって芽を植えるのだが、その際に助言を求められたり、種を融通し合ったりして、昼餉を共にするまでがお決まりなのであった。

 

この昼餉がなんとも素晴らしい振る舞いなので、『山祀り』の『挑戦者』として賜りものを口にする機会の少ない猩々たちにも不平はないのだ。

 

野菜と鶏肉と魚介と山菜と干物と味噌と…御馳走をたんまりと、それもオンテギと同じ釜の飯を切り株に並んで腰かけて食ったなどと、そんな話を自慢げに囁き合えば、地獄耳のサンが現れないはずもなかった。

 

かくして、サンは猩々たちの自慢話にも嬉々として付き合ってやるので、気難し屋の猩々といえども彼女のことを好ましく感じる者は多いことで有名なのである。

 

終始そんな様子なので、オンテギの話題を求めて森を駆け回るサンはシシ神の森のある種の名物となりつつあった。

 

オンテギの話題を通じて、すっかり顔の広くなったサンを頼って、猩々や猪神や、時にはモロの君からも御遣いを頼まれることが増えたことはサンにとって誇らしいことであり、それは同時に彼女にとって、オンテギと関わることが自分にとって非常に好いことであるという認識に繋がる大きな要因の一つなのである。

 

最近多い頼まれごとは、いわゆる場所取りの折衝役であり、誰もが見届け人のモロの君からの承認を得て、特等席で神籬の中での生と死の御祀りを見捧げようと必死なのだ。

 

『山祀り』の時期は不定期だが、先々月には『海祀り』があったという話は疾うに聞こえてきていたし、そこでオンテギが見事な一角の獣を天へと導き寿いだことは、神口に膾炙して久しいのである。

 

先に海とくれば、次は山に違いないのだから、いついつその時が来るのかと誰もが心待ちにしていた。

 

猪神どもは今年も自分たちが選ばれるだろうと信じて疑わないので神籬の最前列をリクエストしてきたし、大山猿が育ってきているとの噂であるところの猩々たちも意気込んで神籬の間近を希望して憚らない。

 

サンは東奔西走、シシ神の森の中を兄弟の背に跨って駆け回り、顔役としての務めを稚ながらに見事に果たしてみせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、今年も『山祀り』の時期がやってくる。

 

人間が忘れ、神々が成す術なく喪った『祀り』を蘇らせたオンテギによる大祭は、それが創られてから遂に十年を迎えようという今年こそ、両者尚一層の熱意と共に行われるのである。

 

ただ、神々も、人々もこの時ばかりは一丸となって心待ちにする今年の御祭りには、どうにも一波乱の予感が…。

 

そこに視えるのは同じ『名』を持つ二人の『姫』の姿であり、『タタラ場のサン』が『祀り』の見届けを許されてその場へと現れることで引き起こされる、新しい波風の匂うにあろうものなのか。

 

よもやそこで、『二人のサン』が邂逅しようものとは、天のみぞ知ることなのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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