オンテギ・ウルト   作:ヤン・デ・レェ

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外伝7:『オンテギ・ウルス』

 

 

 

 

『オンテギ・ウルス』

 

 

 

日本で言えば室町時代末期。同時代の外交文書にしばしば登場する文言である。

 

主に大明国の文書中や、その北方、所謂北狄と称される海岸に面しつつ遊牧も行う異民族の諸族諸国家において発行された公文書中に頻繁に登場する。

 

その定義は曖昧であり、時代により解釈も異なるのだが、共通して言えることはオンテギと呼ばれる個人を中核として結束していた集団を指す言葉であったということである。

 

このオンテギなる人物には諸説が多く、同時代に存在した『四海を統べる倭寇の大頭目』であるとか、『高砂の蛮族の大王』だとか、日ノ本では『タタラ場の大天主』だとか呼ばれていたようである。

 

そのため、実在が疑われることしばしなのだが、一方で現代でも『オンテギ自由都市連邦』の国名並びに国家元首名にオンテギの名前は永年使用されてきており、これにより、オンテギという文言はおそらく世襲の氏姓や通名、通字のようなものだと考えられている。

 

記録に残る限り、明朝は再三にわたり朝貢を呼び掛け、冊封体制への編入を試みたようであるが、そのことごとくに失敗している。

 

この集団を冊封体制へと編入するためだけに三度にわたり使者を派遣しており、その都度印綬や官服の階級が上げられている点からも明朝からの譲歩の度合いが尋常ではなかったことが伺える。

 

最終的には印綬と官服なども最高等級かつ、五爪の龍の紋章が刻まれたものが贈られたと記録には残っているが、寸法が判然としない状態で贈るだけ贈った結果、一説には窮屈すぎて着用した瞬間に弾けた為に現存していない、などという眉唾の伝説も残っている。

 

また、印綬に至っては返還されており、その際に添えられていたという「いまどきハンコなんか使わねーよ」(原文ママ)という謎の文言が金字で刻まれた鋼板製の返書まで残されている。

 

現代においては謎の多い集団であり、一説には紀元前に猛威を振るった『海の民』の亜種的な存在だったのではないかとされている。

 

また同時に、今日における海洋覇権国家である『オンテギ自由都市連邦』をこの謎多き集団の後裔国家であり、かつオンテギとはその国の創世神話として創作された人造神の一種なのではないかと考える者も少なくない。

 

 

 

 

 

 

倭寇が海運と海軍事業を生業とする集団としてオンテギの名の下に統制され、或いは禁を破れば『略奪者』として間伐される立場に置かれた事により、周辺諸国家(特に超大国・明と朝鮮、アジアに進出中のポルトガルとスペイン、島嶼部の諸王国、そして日本)が、本来ならば彼らが啜るはずだった莫大な旨味を持つ巨大な海上交易網を、彼らにとって代わって独占する勢力の成立を許したという事実がある。

 

一方で、オンテギ・ウルスの成立は事実上の倭寇による沿岸部襲来を撲滅し、倭寇による海上交通における治安の悪化を防止し、交易網の整備と保衛を一手に担い、かつ高度に統制された勢力の成立により、諸国家が交易により獲得する利益を底上げしたのみならず、これらを非常に安定した収入として認識させるまでに至った。

 

結果的に、倭寇の大頭目であるオンテギが、事実上の強大な海洋覇権国家を築いた御蔭で、アジア全体の海上における治安が向上し、諸国家が倭寇により本来ならば受けていたであろう継続的な国家的災難から免れることができているのである。

 

これは海上交易の絶対支配権を確立したオンテギ・ウルスを、冊封体制の崩壊を助長させる不穏分子として、また朝貢しない不服従の独立勢力として、誰よりも苦々しく思っている超大国・明朝も、当のオンテギの事実上の根拠地となっているタタラ場の権益を付け狙い、常にその妨害と征服を渇望してきた日ノ本の朝廷・武士たちにとっても例外ではなかった。

 

これは特に経済的安定の側面から言えば特異点に他ならず、同時代において西欧においてもアジアにおいても多用されていた銀の、統一為替レートと海上保安システムの導入により、ある種の安定と環流が形成されていたのであり、これは各国が過度の、また一方的な銀の流出により経済的に赤字になる可能性そのものを抑制することにさえも貢献した。

 

オンテギ・ウルスの成立という事象から最も恩恵を受けていたのは、なんと他ならぬ彼の国の敵対者たちだったのである。それは本来ならば望み得なかった福音に他ならないものだった。

 

だが皮肉な事に、この福音が諸国家・諸王朝に齎した精神的な、また経済的な余裕は、負と驕りのエネルギーとして、翻ってオンテギ・ウルスへの挑戦を招く事になるのだが…。

 

それは、ニンゲンをタタリ神から自然神であり動物神として成り上がらせようと奮闘するオンテギと、彼を信じて共に生きることを選んだ人々に課された、時代が与えた試練であり、今は未だ荒ぶるタタリそのものであるところの、同時代のニンゲンとの間に生じ、引き起こされるべく引き起こされた、必然の対立だったのやもしれない。

 

 

 

 

 

 

「オンテギ・ウルスぅ?ゴンザ!なんだそりゃ?」

 

久々の定例会議。天主閣の大広間で幹部が勢揃いしている最中に聞こえてきた、耳慣れたくない名前に私、オンテギは尋ねずにはいられなかった。

 

私が言葉を発したので誰もしわぶき一つしなくなり、視線が私に集中する。結局、私の問いに答えたのはゴンザだった。

 

「今、明の連中が俺たちを指して呼んでる名前です」

 

誇らしげにそう言うゴンザは今日も輝いて見える。実際、長年の苦労でか頭はつるっとしているが、そもそも今の時代じゃ普通のヘアスタイルなのかもしれない。

 

話が逸れたが国の名前が自分の名前と同じとか恥ず過ぎるのだが。そこは、さ。あれ、権力でどうにかならんかね。

 

「はぇー、なんか照れ臭いな。自分の名前が国の名前とかって…ちょっと変えてくんない?」

 

最高権力者であるはずのオンテギに、なぜか一同首を横に振る。おい、なんでだよ。

 

一同の気持ちを代弁するのは、やはりゴンザである。

 

「いや、兄ぃ、それだけは勘弁してください。みんなこの名前を気に入ってるんですよ」

 

そう言うと激しく頷く一同。

 

「ええぇ…え、それはエボシもってこと?」

 

ここはやはり妻の気持ちを尊重したい。今は京だかミカドだかなんだか、兎に角、面倒くさい使者の相手をしているためにこの場には居ないエボシの気持ち次第である。

 

「エボシ様が一番気に入ってらっしゃいますよ」

 

「うぅーん、なら仕方ないか」

 

へへ、俺は我慢の神様だぜッ!と前世で観た映画のセリフを言ってみる。言わんけど。

 

「はい、仕方ないんです」

 

そう言ったゴンザの笑顔は最高に晴れやかなものだったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?そのミカド何某とやらはあたいらに何と言っているんだい?」

 

そう切り出したのは女衆の頭を務めるおトキだ。

 

周囲には女女女…。綿や絹の上等のものを着ている者も多いが、その大半は引き摺る様な正装でもなんでもなく、着易く動き易い普段着の生地を上等なものに変えただけのようなものであった。

 

だが、髪留めや櫛はどれも舶来品であったり地味だが上等の貴石がはめ込まれていたりと、さりげなくも気品に満ちて最高級の品質のものばかりが扱われていることが一目瞭然である。

 

なにより、それだけの豪奢が見栄や虚飾の為ではなく日用かつ実用されて熟されて在ることが異常であった。

 

誰しもの顔色がよく、清潔で、教養を感じさせる立ち居振る舞いがありながら、それを繕おうとも衒おうともしない精神的な屈強性、清廉性に至るまで、あまりにも行き届きすぎていた。

 

あまりにも、生活水準が高かった。

 

見るべき足元というものが、少なくとも生活環境という側面においては皆無であった。

 

だが、何よりも使者を驚かせたのは場を仕切るのが女だったということである。

 

否、それは言葉が足りなさすぎる。

 

正確には、その場には女しかいなかったのである。

 

上質ながら厭らしくない、おまけに動き易い衣に身を包んだ女たちが詰めかけて、まるで井戸端会議のようにこの場の主…世に天主などと嘯く女傑ことエボシ御前と、彼女への…正確にはその夫・オンテギへの…使者との会談に口出しをしてくるのである。

 

足をムズつかせながら、使者は怒りとも困惑ともとられかねない不機嫌を隠すこともできずに要求を伝えたのだ。

 

『アサノ公方に取って代わった無礼を許す故、その証として都に参内して官位を受け取り、その感謝の印としてシシ神の首を献上せよ』と。

 

使者はエボシ御前の言葉を待ったが、彼女は微動だにせず、冷めた視線で使者を一瞥すると、視線を先のおトキへと繰り、先刻の発言へと繋がるのである。

 

使者は食って掛かる気力もなく、もう一度繰り返し同じ内容を語った。

 

だが、それはほとんど周囲に詰めかけた女たちの騒めきで搔き消されておトキにも、当然エボシ御前にも届いたようには思われなかった。

 

「あーあー!そんなんじゃ聞こえないねえ!言いたいことがあるんなら大きい声を出しな!タタラ場じゃ年がら年中鉄を打ってるもんだから耳が遠いのも多いのさ」

 

「だからほら、誰だって声が大きくなきゃ言いたいことは伝わらないよ!」

 

使者は怒りに震えて刀に手が伸びかけたが、ぐっと堪えて今度はがなって叫んだ。

 

「おー、ようやく聞こえたよ。ところで聞きたいんだがね、そのミカドってやつはあたいらに何を呉れるんだい?何を呉れたんだい?」

 

おトキの言葉に『官位』を『名誉』をと言わんとして、周囲がシンと静まり返っていることに気付いた使者は、辺りを見回して腰を抜かした。

 

周りにいた女たちの視線が自分に集中していることに今更ながら気づき、だのに音一つしない不気味さに、何よりその瞳の冷たさに恐れ戦いた。

 

使者から饐えた臭いが漂ってくるのを待たず、おトキが再び口を開いた。

 

「アンタの所為とは言わないよ。ただね、アンタの御蔭じゃないってことも言えるさね」

 

「わかったら、人に物を頼む時の頼み方ってもんから、まずは学び直してくるんだね」

 

おトキの目力と気迫に押し出されるように、使者は今度こそ、色々と撒き散らし、すべてかなぐり捨てながらその場から逃げ出した。

 

「ご苦労だったね、トキ。よくやってくれた」

 

あのひと(オンテギ)に、こういう話は聞かせたくない。御蔭で手間が省けた」

 

「まぁ、いずれまた、違う形で手出しはしてくるだろうが…その時のことは、その時考えればいい。今の私たちには選べるだけの余裕があるのだから」

 

「まずは、本当によくやってくれた。頼りにしているよ」

 

使者が去った後で、エボシはみんなの前でおトキの労をねぎらった。

 

それに対しておトキはあっけらかんとこう答えるのだった。

 

「なんの、こんなんでいいならいくらでも。それよりも畳を張り替えなくちゃ、オンテギ様が鼻を摘まむのが見えてますよ」

 

使者の粗相を茶化しつつ、労を労とも思わず、からからと笑うおトキの頼もしさと言ったらなかった。

 

そのあと、すぐさまストックしてある新品の畳に一面が張り替えられたので、後にここを訪れたオンテギが、その敏感な鼻を摘ままずに済んだのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしのことを買って、タタラ場で一人の人間として扱ってくれたエボシ様の御蔭で今の幸せがある」

 

「どっか抜けてる旦那の甲六が一丁前に仕事をこなしておまんま食えてんのは、目端が利いて気を回してくれる世話焼きゴンザの御蔭もある」

 

「そんでもって、そもそも、その全部の全部がオンテギ様の御蔭なんだ」

 

「甲六と祝言を上げさせてもらえたのだって、子供を作れたのだって、オンテギ様とエボシ様の御蔭じゃないか」

 

だからこそ、おトキはオンテギとエボシを絶対に裏切らない。

 

だが、それはおトキのみならず、このタタラ場で暮らす者の大半に言えることだった。

 

彼らの大半は食いっぱぐれ者であり、元々の居場所がなかったか、なくなってしまった者たちであるのだ。

 

中には奴隷だった者も多いし、ただの奴隷よりも非道い目に遭ってきた者も少なくない。

 

明でも朝鮮でも日ノ本でも、もっと北の大地でも、北狄の部族でも、南蛮でも。

 

出自は様々で、誰しもが語り尽くせぬ辛酸を舐めながら生きてきたのだ。

 

飢饉が起きて売りに出された娘もいれば、給料の貰えない軍隊から逃げてきた明の私設軍隊の一団もあり、南蛮の船から拾われた黒人の奴隷に、宗教の問題で締め出された挙句辿り着いた白人の傭兵まで様々だ。

 

中には科挙の合格者だったり、元は司祭だったり、嫌々高利貸しを営んでいた者だったりもいて、言語も文化も何もかもバラバラだ。

 

それでも一点だけ、言葉が通じなくても、寸分と違えず意味を通じ合っていることがある。

 

それは、誰しもがオンテギに拾われたということである。

 

そして、誰もがオンテギから『癒しと救い』を、或いは『赦し』を与えられたと感じて、そう考えている点である。

 

彼らは皆、自由な人間である。

 

オンテギが確かにそう言ったのだから。

 

なら、そうに違いないのだ。

 

少なくとも彼らの中の世界では。それは絶対の事実なのである。

 

だから、それぞれが、それぞれの方法で、オンテギを表現する。オンテギへの感謝や敬愛を表現する。

 

この、あっけらかんとしていて、豪放磊落な主人は、それゆえ誰よりも繊細なきらいがあることを誰もが知っている。

 

何も考えていないように見せていても、誰よりも家族のことを、この巨大な家族全体のことを考えてくれていることを、みんな実は知っていて、ただそれを言わないだけなのだ。

 

顔は美しく、潔癖で、優しく、度量があって、大いに変ではあるけれども。

 

タタラ場の人々は、そんなオンテギのことが愛おしい。

 

オンテギは皆から愛され、中には崇拝する者も少なくない。

 

ゆえに、各々の言葉で、各々の世界の大事な意味を込めて、彼らはオンテギのことを呼び称えるのだ。

 

明や朝鮮から加わった者どもはオンテギを『大天子』と呼び、白人や黒人などは『大天主』と呼び、倭寇の連中は『御大将』だとか『大頭目』と呼び、蛮族と呼ばれる北狄や高砂の人々は挙って『大王』と呼ぶ。

 

そして、誰しもが心を込めて『オンテギサマ』と呼ぶのである。

 

中には『様』まで含めてオンテギの名前だと勘違いしている者もいるくらいのものなのに、当のオンテギは誰に呼び捨てにされても、きっと「んぁ?」とか言って歩みを止めて立ち止まり、ゆっくりと振り返るのだ。

 

その視線の先で、誰かが転んでいたら、一人で立ち上がれないと知れたのなら、膝をつくまでもなく、何でもないことのようにヒョイと抱き起して「大丈夫か?」と聴いてくれるのだ。

 

そういう信頼が形となり、言葉でも文化でも断ち切れない靭帯となり、タタラ場を始めとした、事実上の諸都市国家群を一つに固く強くまとめ上げているのである。

 

オンテギに救われ、オンテギに癒され、オンテギに赦されたことで、オンテギを慕い、オンテギを愛する人々の集合体。

 

それが、『オンテギ・ウルス』の正体である。

 

 

 

 

 

 

 

 

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